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炎の魔神みぎてくん草野球⑥

6.「ふう、やっぱりきついよ」

 こうしてなんとか無事に強打者アラリックをしのぐと、コージはもう絶好調だった。投球というものはリズムが大事だというが、今日のコージはそういう点で調子がいいのである。いや、いつもスローペースであるコージから考えると、うそみたいにリズミカルな投球だった。続くおっさん打者などものの数にも入らない。少々ランナーを出しても、それなりになんとか抑えてしまえるのである。自分でもここまで調子がいいというのは初めてだった。もしかするとこれがポリーニ特製のユニフォームの効果なのかもしれないのだが、だとするとなかなかいい発明品である。(反則かどうかはわからないのだが、新素材ユニフォームが反則だという話は聞いたことが無い。)

 ところが問題は打撃のほうだった。こまったことにアラリックの剛速球を誰も打ち崩せないのである。塁に出たといえば、さっきのみぎてのデッドボールと、たまに出るファーボールくらいのもので、コージだろうが蒼雷だろうが、まともなヒットが一つも打てなかった。ましてや女性陣ともなると、バットに当てるだけならともかく、あの速度の球を打ち返すのはとても難しい。このまま行くと、たとえ残りの回をコージが抑えても、1対0で負けてしまうことになる。何しろ回は既に7回表である。草野球なので7回までしかないのだから、彼らの攻撃は次で終わりだった。

「アウトっ!」

 なんとかアラリックの最終打席をピッチャーゴロで抑えて、コージはベンチに戻った。ここまで頑張ったのに反撃の糸口をつかめずに負けてしまうのはちょっと残念である。無論相手が元野球部入りであることを考えると、良くぞ1点で抑えたという気もするのだが、やはり勝てるなら勝った方がいい。それに本音を言うと、わざわざ遠くから来てくれた氷沙ちゃんや蒼雷、そしてなによりみぎてに勝利の味を味わってほしいという気持ちもしてくる。それがなにより今日のコージの絶好調の理由なのかもしれない。

 最終回の打順は幸いにしてトップバッター、蒼雷からだった。クリーンナップである。

「蒼雷、頼むぞ。意地でも塁に出ろよ」
「体当たり、ありか?」
「あれは事故だって。当たりに行ったら反則」

 蒼雷もどうやらやる気満々である。昨日急に彼の神社に押しかけて、無理やり(ほとんど拉致するように)出陣を頼んだというのに、本当にこいつも楽しそうである。彼の場合数少ない魔神族の仲間と一緒に野球が出来るということがうれしいのかもしれないが…いや、本当にそれだけだろうか?

 バットを握り締めて打席に立つ蒼雷の姿を見て、コージは不思議な感慨で一杯になった。楽しそうな蒼雷の顔を見ていると、単にコージの相棒、大魔神みぎてがいるから、彼らに手を貸してくれるというわけではないという気がしてくる。むしろ蒼雷自身が彼らのことが好きなのだ。みぎてかコージや仲間のことを、そしてコージ自身がみぎてのことを大切に思っているのと同じように、蒼雷は彼らと一緒に過ごしているこの瞬間を心から楽しんでいる。つまり、蒼雷はコージたちの友達、大切な仲間なのである。少なくとも…コージはこの瞬間、そのことをはっきりと確信していた。

 ところがその瞬間だった。

「いてっ!」
「あっ、かすったのか?大丈夫か蒼雷!」

 突然蒼雷はバッターボックスで肩を抑える。どうやらアラリックの内角攻め速球が、肩にかすったらしい。そういえば前の回あたりから、さしものアラリックにも疲れが見えている。球速はともかくコントロールはだんだん甘くなってきている。それでも内角攻めをしてくるところが、アラリックの強気の性格をよく示しているのだが…今回はそれがデッドボールとなったのである。

「デッドボール!」

 蒼雷は肩を抑えながら、一塁へと軽いステップで歩く。と、コージに向かって軽くウインクした。「何でもいいから塁に出ろ」作戦成功という合図である。

 コージは早速次の手を打つ。

「シュリ、チャンスがあったらバント。」
「送りバントね。では秘密兵器を出しましょう。」
「秘密兵器?」

 シュリはかばんからごく普通の、しかしやや分厚い眼鏡を取り出す。どうみてもただのビン底眼鏡である。

「眼鏡?それなにか特殊?反則技じゃないだろうな」
「発明品ってほどのものじゃないですが、この眼鏡は視力大幅アップのスペシャル眼鏡なのです。」
「そりゃ眼鏡は視力アップだから…でも普段使ってないじゃん」
「いや…実はわたし、乱視でしてね。こいつは私の目に合わせて自動補正機構を組み込んであるのです。未完成品で長時間かけると頭が痛くなるんで、普段は使ってないんですがね」

 高機能だろうが遠近両用だろうが、ただの視力矯正眼鏡ならば反則になるわけでは無い。というより今までよく乱視で野球をやっていたものである。いずれにせよこの場はシュリの秘密兵器(?)に任せるしかない。

「シュリ『先生』っ!頑張ってっ!」

 氷沙ちゃんの甘い言葉に送られて、シュリはバッターボックスに向かう。シュリは立派な助手先生なのだが、ここにいる学生(コージ達)でシュリを先生と呼ぶ人はいない。みぎてにいたっては「変態発明家」とキッパリ言い切るほどである。だから今日の氷沙ちゃんの甘い甘い言葉には、さすがのシュリもちょっと顔を赤らめる。

「あっ!うまいっ!」

 眼鏡の効果か氷沙の応援パワーか、シュリはうまい具合に一塁線上にバントを決めた。すかさず蒼雷は猛然と二塁に向かってダッシュする。さすがに風の魔神である…ピッチャーがボールを拾ったときには蒼雷は二塁を軽々と踏んでいた。送りバント大成功である。

「さすが風の魔神!」
「っていうか、素直に盗塁しても良かったみたいですねぇ…ほとんど突風みたいでしたよ」

 ディレルの意見にコージはうなずく。が、その辺まで練習不足の彼らではとっさに判断できない。というよりコージは蒼雷がここまで足が速いとは思っていなかったのである。人間ならばオリンピック級だろう。

「おうっ、コージの番だぜ!」

 みぎてはニコニコ笑ってコージの肩をたたいた。コージは少し緊張しながらバットを手にとり、立ち上がろうとした。が…

「あれっ…」
「コージ、どうしたんですか?」
「おいっ、大丈夫かよ!」

 立ち上がったコージは思わずふらふらとへたり込んだ。それに頭が痛い。熱っぽい感じがする。セルティ先生はあわててコージの額に手をかざし、熱を測った。

「やだ、コージ君、軽い熱中症よ。さっきから頑張りすぎたのよ」
「ええっ、ここで…ううーん」
「打席に立てそうか?」
「立つ。立つだけはする。あとはみぎて、頼む」

 普通ならここで代打を出す場面なのだが、もはやコージたちのチームにはメンバーがいない。かといってここまで来て試合放棄することだけは、絶対いやだった。

「とりあえず水を飲んで。で、みぎてくんに抱えてもらって。あ、氷沙ちゃん氷お願い」
「コージさま、はいこれっ」

 ぬらしたタオルを氷沙が魔力で凍らせると、即席の氷嚢の出来上がりである。さすがは雪女特製の氷嚢で、とても気持ちがいい。あとはとりあえずバッターボックスに棒立ちになるだけで、コージの出番は…残念だが終了である。
 相棒のみぎてに抱えられ、コージはベンチに戻ってきた。心配そうな魔神の瞳を見ると、コージは本当に申し訳なく感じてしまう。試合の勝ち負けはともかく、この大事な相棒に、こんな心配をさせてしまうことがつらいのである。
 ベンチに寝転がったコージは、バッターボックスに向かうみぎての後姿に向かって言った。

「思いっきり打ってこいって。俺はちょっと寝てれば治るよ」

*     *     *

 最終回裏、ツーアウト・ランナー二塁、バッターはみぎてという見せ場である。両方の選手も、応援団(経済学部チームには何人かの応援がいる)も興奮の坩堝である。盛り上がらない方がおかしい…バビロン大学一の名物学生、炎の魔神みぎてと元野球部のアラリックの対決である。さらにここまでの試合の紆余曲折ぶり(デッドボールやらぎっくり腰)が、ますますこの対決を危険な水準にまで盛り上げるわけである。
 経済学部応援団には、この野球大会に参加していないが宴会には参加する先生方や、それからアラリックのファンらしい女性やらが、がなり声と黄色い声をあげて応援している。こっちはこっちでポリーニや氷沙が声援とも悲鳴ともつかない声で対抗し、さらにシュリの「自動解説マシン」までがやかましく実況中継をしているのだから、決して負けてはいない。

『さあ、最後のバッターです!ツーアウト・ランナー二塁!一打逆転のチャンスでもあります!バッターは今日3打席無安打一四死球のみぎてくん…』
「ほんとに器用に台詞を合わせてますねぇ…さっきは結構ずれてましたけど」

 ディレルの言うとおり、実はさっきの回の解説はバッター一人分だけ遅れて、かなり間抜けな解説音声となっていたのである。どうやら後ろのダイヤルで、遅れを補正することが出来るらしい。役に立つようなたたないような自動実況中継である…が、盛り上がることは間違いない。

 みぎてはバッターボックスに立つと、威圧するような鋭い目でアラリックをにらんだ。こういう瞬間のみぎてはさすがに大魔神らしく、獰猛な野獣を髣髴とさせる表情になる。普段はまず絶対に見せない(そして見せたがらない)、闘いの前の表情だった。同居しているコージすら数えるほどしか見ていない、大魔神のもう一つの顔である。しかしアラリックもそれに気おされる様子も無く、むしろ闘志をむき出しにして魔神を睨み返す。二人の間の激しいにらみ合いに、いつしか観客も固唾を呑んでこの対決の行方を見守った。まだ頭痛がおさまらないコージすら、我慢できずに起き上がって、相棒の姿を祈るように見つめる。

絵 武器鍛冶帽子

 アラリックは大きくモーションをとると、決着をつけるために白球を投げた。

「あっ!」
「打った!」

 快音がグラウンドに響き渡った。ボールはミットに突き刺さらず、そのまま三遊間に向かってまっすぐ、あたかも純白の光の矢のように飛んでいった。

「ヒットだっ!蒼雷っ!」

 コージは思わず立ち上がった。溶けかけの氷嚢がベンチに落ちる。いや、コージだけではない。ディレルが、氷沙が、ポリーニが…ベンチにいた全員が総立ちになった。

 ところが…

「げふっ!!」
「あっ!バカっ!」

 なんとボールは、電光のように二塁を飛び出していた蒼雷の左肩に、ものの見事に激突してしまったのである。蒼雷の足があまりに速いのが悪いのか、それともみぎての打球が強烈過ぎたのか…蒼雷はボールに跳ね飛ばされ、そのまま情けない格好で転倒する。幸いあたり方は軽くて骨折などはしていないようだが、これは痛い…転がりまわるくらい痛いのは当たり前である。
 ディレルはびっくり仰天して、コージに聞いた。

「コージ?こういう場合どうなるんですか?」
「…蒼雷、アウト」
「えっ?そうなの?ほんとなの?」
「みぎてはヒット。蒼雷がアウトになる。たしかそのはず…」

 つまりツーアウトでこういう事態になると、当然ここで攻撃は終了、試合も終了である。ディレルもポリーニも、予想外の結末に唖然として、その場にへたり込んでしまった。

「ゲームセット!」

 審判の声が高らかに試合の終了を告げた。満身創痍、そして結局は惜敗である。自動実況中継マシンから、試合終了のサイレンがグラウンドいっぱいに響き渡った。

*     *     *

「参ったぜ。正直なところ、お前達の勝ちだよ。」

 缶ビールを手にして、アラリックは頭をかきながらコージに言った。恒例の試合後の軽い一杯会である。両チームが持ち寄った弁当やお菓子、そしてお酒やビールで懇親を深めるのである。

 アラリックは相変わらずの上半身裸、脱ぎ系状態である。野球部で鍛えた身体は、間近で見ると魔神族のみぎてや蒼雷と比べてもそれほど遜色は無い。二人の魔神も試合が終わるとユニフォームを脱いでしまったので、今は脱ぎ系が三人もいる暑苦しい宴会である。

「ふう、やっぱりきついよ。普段運動してないし…」

 コージは冷たいジュースを飲みながら、苦笑して答える。氷沙の氷嚢のおかげで、ようやく頭痛も引いたところである。とりあえず水分補給をして、今夜はゆっくり休むつもりだった。

「どうっ?少しはぎゃふんといった?あたし達をなめると恐いってことわかったでしょ?」
「わかったわかった。女は恐いよ」

 ポリーニは久し振りに会った元彼に、すこしは反撃した気分なのである。まあたしかにアラリックが一番得意としている野球で、ここまでコージたち素人集団が切迫したということだけでも、彼女の溜飲がさがるというのも判る。もっともどうやらこの様子では、二人の関係というのはもうずっと昔の話で、今はすっきり友達づきあいが出来るというわけだろう。勝手な想像ではらはらしたコージたち男どもがバカみたいである。

「あはは、あのヒットが風の魔神にぶつからなかったら、絶対負けてた。あ、そういえばあいつ等大丈夫か?」
「蒼雷の肩はちょっとあざになってるけど、それくらい。二人ともそういう点はとてつもなくタフ」
「さすがは魔神だな。そういうダチが一杯いるってすげぇな」
「一杯ってほどじゃ…まあでも普通いないか」

 感嘆したようなアラリックの言葉に、コージはちょっと恥ずかしげに笑う。たしかにコージの周りには不思議なほど奇妙な友人が集まってくる。魔神二人といい、氷沙ちゃんといい、普通の人間では絶対に知り合うことが出来ないような仲間だった。コージはそういう点で幸せなのかもしれない。

 向こうではみぎてと蒼雷が、軽く酒を飲みながら口論をしている。

「蒼雷~、せっかくの俺さまのヒットをぶち壊しやがって~。コージがあんなに力投してたのにさぁ」
「うるせぇみぎてっ!こっちは二塁から全力でダッシュしてるんだから、お前がもっと高いヒット打てよっ!俺はコージの指示通りしてたんだぜっ!」

 二人は仲がいいのか悪いのかよく判らない…いや、あんなことで盛り上がるのだからやはり仲がいいのである。コージはその時ちょっとうれしく感じた。相棒みぎてはもちろんのこと、蒼雷だってコージのことを気に入ってくれているということが、言葉の端々からしっかり伝わってくるからである。そしてコージはそんな二人のじゃれ合いを見ているのがとても楽しかった。

 その時…コージははたと気がついた。コージにとって本当に幸せなことは、魔神の友達がいるということではないのである。コージ自身を気に入ってくれている素敵な友達に囲まれていること、そしてなによりコージ自身がそんな彼らのことを好きであるということなのである。コージがみぎてや、蒼雷や、それから仲間たちを好きな分だけ、彼らもコージのことを気に入ってくれる。それが何より幸せであるということなのだ…

 コージはそんな思いを胸に、もう一杯ジュースを飲み干した。と、そこにディレルがやってきた。

「コージ、お疲れ様。なんとか無事に終わってよかったですね。ロスマルク先生ももう大丈夫みたいだし…」
「ふう、うまくいってよかった。予想外に熱が入ったし」

 ちょっとはにかんだような笑いを浮かべて、コージは答える。ひょっとすると今しがた考えていたことを、ディレルに読まれたのではないかと思ったからである。
 ところがディレルは笑いながら、コージの予想とはまったく違う、しかし強烈なことを言ったのである。

「じゃあ来年もコージ、監督やりますよね。僕ばかり幹事ってのもなんですから…」
「ええっ!」
「おっ!来年も出るなら練習試合とかやろう!」
「勘弁してくれって、メンバー集めはもうしんどい」

 悲鳴を上げたコージに、その場にいる全員は声を上げて笑ったのである。

(おわり)


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