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炎の魔神みぎてくんクリスマス②

2.「結局、手作りが一番」

 というわけで、コージたちはとんでもないクリスマスパーティーを開催するはめに陥ってしまったのである。いや、この企画は公正に見ると断じてパーティーではない。明らかに「闇鍋」、それもチョコレートや鷹の爪がはいった闇鍋の世界である。くじで当たってしまったものはありがたくもらわないといけないというルールがあるのだから、闇鍋とまったく同じである。少なくとも最低一つは恐怖のプレゼントがあるのだから余計始末が悪い。

「コージ、どうする?」
「どうするってなぁ…どうしよう。まったくディレルがこんなこと言い出さなきゃ、平穏無事な年末を迎えれたのに…」

 下宿に帰ったコージとみぎては狭い部屋に二人して寝転んではため息をついていた。もともと二人の下宿というのは、コージが一人で住むために借りた1Kのアパートである。その部屋に巨体の魔神までいるのだから明らかに狭い。寝るときなど寝返りを打つのも難しいほどである。まあ二人とも雑魚寝状態にはすっかり慣れてしまっているので、普段は何の問題もない。しかし…ここでパーティーを開くとなると状況は違う。

「俺さまとコージと、ディレルと、発明女と、最悪の場合ディレルの妹さんだろ?部屋に入るのか?」
「うーん、キッチンまでつかうかぁ…つーかディレルはうちの状況知ってるはずだからいいけど、ポリーニはなぁ」

 二人と格別に仲が良いディレルは、週に一度くらいはこの下宿に遊びに来るのでこの狭い部屋の現状に文句を言うはずは無い。が、ポリーニはとなるとどうであろうか…こういう「男の部屋」の実態というものを目の当たりにして大騒ぎするのがオチのような気がする。もっともコージやみぎての雑な性格は彼女も良く知ってるはずだから、意外となんてこともないかもしれないのだが、それはやはり希望的観測だろう。

「まあとにかくみぎて、今度の土日は大掃除。どうせ年末にやるつもりだったし」
「げぇっ~、まあ仕方ないよなぁ…俺さま大嫌いなんだけどさぁ」

 コージの「掃除宣言」に魔神はまたうんざりしたようにため息をつく。まあしかしともかくこの程度の狭い部屋であるから、二人がやる気になれば掃除は早いだろう。パーティーにはなんとか間に合うような気もする。しかし…問題はそれだけではなかった。

「ところでコージさぁ、あっちはどうするつもり?俺さま意味良くわかんねぇんだけどさ」
「あれって?」

 魔神はちょっと天井を見上げて思い出そうとするしぐさをした。おそらく「正しい人間語表現」であろう。輪講の時にもちょっと話題に上ったが、あくまでこの魔神の母国語は「精霊語」である。人間の言葉も(多少魔神なまりはあるが)普段はまったく違和感無くしゃべっているが、時々単語の意味を勘違いしていたり、間違った表現をすることがある。特に本人がまったく経験の無いこととなるとその傾向がひどい。(典型的な例が「風邪を引く」とか「病院に行く」とか、人間の病気にかかわる単語である。この健康優良魔神はどうやら病気というものを経験したことがないらしい。)だから今回も初体験のクリスマスパーティーということで、正しい人間語を一生懸命思い出そうとしているのであろう。

「えっとさ、クリスマスギフトの交換。交換だろ?どうする」
「プレゼントね。めんどくさすぎ…」

 コージは苦笑しながらみぎてにうなずく。「クリスマスギフト」という言い回しでは、なんだかお歳暮のようなイメージが強い。まあ間違ってはいないし意味は判るので深く突っ込むつもりはないのだが…問題は内容である。

 考えてみれば当然のことなのだが、ポリーニが提案(というより要求)した「プレゼント交換」は一方的なものではない。当然全員が何かを持ち寄って、くじ引きでプレゼントをもらうというのがルールである。ということは、コージやみぎても何らかのプレゼントを見繕わないといけないということだった。それもあんまりつまらないものでは興ざめになってしまう。ポリーニの発明品が安全かどうかは別にして、それに匹敵するような見栄えのする、または面白いものにしないといけないのである。要はセンスの問題である。
 ところが実はこういうことが、この二人にとってはなにより面倒なのである。なにせみぎてのほうはお判りのとおり、三度の飯とスポーツ(というより喧嘩)が大好きな脳筋系魔神であるし、コージはコージでだらけるのが大好きな超めんどくさがりやである。普段からこういうことにアンテナを張り巡らしていない二人だから、「センスのいいものを選べ」といわれても困ってしまうわけである。

「めんどくせぇって言ってる場合じゃねぇぜ、コージ。発明女だけならともかく、ディレルの妹さんもいるんだぜ…あのキャンキャンした声で騒がれたら俺さま百メートルは逃げる。」
「むう、それはちょっとたしかに…」

 危機感に満ち溢れた魔神の声にコージも同意せざるを得ない。発明女ポリーニも厄介だが、実はディレルの妹セレーニアも一筋縄ではいかない強敵である。とにかく「今時のぶっ飛び女子高生」を地で行っている上に、人の良いディレルとは好対照の積極的で恐いもの無し女子なのである。この二人の前でクリスマス宴会が興ざめするようなことをしようものなら、黄色い声の大合唱で責めまくられることは必定である。大の魔神だって逃げたくなるのも無理は無い。こうしてみると二人の周りにはとんでもない女性ばかりがいるような気がするが…それはどうやら事実のようである。

 二人はまるで二日酔いのようにもう一度頭を抱えたが、ろくなアイデアが出るわけなど無かった。クリスマス当日までに思いつくことを祈るしかないのである。

*     *     *

 数日の間悩んだコージだったが、結局まともなアイデアなど浮かぶはずは無かった。本当はやはり「手作りの」ギフトが一番いいとはわかっているのだが、あわてて作ってもろくなものが出来るはずは無い。となると何か気の利いたグッズでもどこかで見つけてくるしかないのだが…これまたそう簡単に見つかるわけも無かった。
 もちろんコージとみぎては別々にプレゼントを探さなければならないので、今回ばかりは別行動である。あの単細胞魔神がどんなものを選ぶかというのは、それはそれで興味深いのだが、その前に自分のプレゼントが浮かばないのではそれどころではない。

 というわけで、コージはディレルの様子を探ることにしたのである。ちょうど運良く研究室でデータ整理をしているところを見つけてのことだった。それほど根をつめてやるような作業ではないので、話しかけるのには都合が良い。

「ディレル、結局妹さんは来るのか?」

 当たり障りの無い切り出しである。会場提供者として聞く権利はあるし、部屋の掃除にも少なからぬ影響を与える(ポリーニだけなら掃除も適当である)のだから問題はない。

「あ、うん。もう喜んじゃって。妹、夜遊び大好きだし…」
「夜遊びって…そこまでのもんじゃないような」

 コージは内心ますます焦りながらも口では平然とそういった。ディレルの妹が本当にくるとなると、土日は本気で大掃除しないといけないかもしれない。
 しかしディレルはそんなコージの不安をあっさりと見抜いたように、笑いながら言った。

「あ、妹ぜんぜん部屋のことは気にしないって。っていうか、妹の部屋も結構ひどいから。両方見ている僕が言うんだから大丈夫ですよ」
「…それ慰めになってないな」

 女性の「部屋がめちゃめちゃ」というのがどのようなものなのか想像がつかないコージは肩をすくめるしかない。まあおそらくいろんな服とかが散らかっているのだろう…が、だからといって今回掃除をしなくていいというわけにはいかない。
 それはともかく、コージは肝心の用件を切り出すことにした。プレゼントの準備をするのもこの土日しかないのだから、あまり搦め手から攻めている時間は無い。

「ところでプレゼント、準備してるのか?つーか、どうする?」

 ところがディレルはそれを聞いて突然笑い始めたのである。どうやらこの質問も彼は予期していたらしい。

「あははは、同じことさっきみぎてくんにも聞かれたんですよ。ずいぶんまじめに悩んでたみたい。初めてのクリスマスパーティーってことで、ちょっと緊張してるのかな」
「あいつらしいなぁ…」
「でもコージだって結局そうじゃないですか?なんだか同居しているとどこか似てくるんですねぇ…いろいろとね」
「えっ、あいつと?…」

 笑われたコージのほうはちょっと赤面する。単細胞魔神と彼が似ているといわれると、当然ほめられている気はしない。が、どういうわけか彼は怒るというより気恥ずかしい気分になってしまったのである。こういうときディレルにはどうもいろいろ見抜かれているような気がしてならない…というわけでともかくコージの顔は(本人が思っている以上に)真っ赤になったのである。
 ディレルはそんなコージを見てますますおかしそうに笑った。

「あはは、でもちょっとうらやましいなぁ」
「うらやましいって?こっちはいろいろ苦労が…」
「あはははは」

 コージは口を尖らせていつもの「魔神との同居苦労話」(大飯ぐらいで金がかかるとかなんとか)を語ろうとするが、ディレルは笑うだけでまったく取り合わない。まあこの話は既に何十回と無く出てきた、いわばお約束の反論なので、軽く流されるのはいたしかたないことである。

 さて、しばらく馬鹿な話を続けた後、ディレルはおもむろに本論に入った。もちろんクリスマスプレゼントの件である。

「でもコージ、実は僕も悩んでいたんですよ。あんまりつまらないものだと興ざめでしょ?かといって高価なものは避けたいし…」
「だよなぁ…」
「それに問題は『誰がもらうか判らない』ってことですよね。極端に男女でサイズとかが違うものとかは不向きでしょうし。その辺は気をつけたほうがいいですよ」
「だろ?みぎてなんてこういうこと、ほとんど経験が無いみたいだし…」
「でしょうねぇ。一応僕から彼には助言しておいたんですけどね」

 たしかにプレゼントが「あまりに安っぽい、つまらないものは良くない」というのは当然だが、逆に高価なものというのも問題がある。本人の経済的負担も大きいし、なにより一人だけ飛び抜けた価格のプレゼントでは他のメンバーが興ざめしてしまう。そういう意味で「手ごろな値段」というのは重要なことである。
 それにもう一つ重要なのは、誰がもらうか判らないくじ引きプレゼントであることだった。たとえば靴とかそういったものになると、男性向け女性向けがはっきりに分かれることになる。コージが女性向けハイヒールなどもらってもどうしようもない。この辺は今回充分に注意が必要だった。経験不足のみぎてにはちゃんと言っておかなければならないだろう。
 が、そうするといったいディレルはあの魔神にどういう助言をしたのであろうか…すると彼はにこにこ笑ってこう答えた。

「結局、手作りが一番喜ばれるって言ったんですよ。値段も手ごろでしょ?で、ハンズセンターで物色したらいいんじゃないかって勧めたんです」
「なるほどなぁ…」

 ハンズセンターというのは最近流行りの「DIY」関係のグッズがいろいろそろった大きなお店である。五階建てのビルがまるごと工具やら布地やら、はたまたかなりマニアックな(ステンドグラス材料とか革・金属板、文房具や紙、自家製パンやビールのキット、さらには電気関係も)材料まで取り揃えた面白い店である。手作り関係ならここでそろわないということはほとんどありえないという、DIY派にははずせないオシャレなホームセンターだった。手作り材料に限らずちょっとしゃれたアイテムも売っているので、こういうプレゼント探しには非常に便利である。

「でもこの土日だけじゃDIYには時間がなぁ…」
「いや、完全なDIYじゃなくても…たとえば革の財布作りキットとか売ってるんですよ。そういうのなら一日でも出来るんじゃないですか?実際僕もそのつもりだし…」
「なるほどな」
「コージも悩んでいるより物色しに行ったほうがいいですよ。別にハンズセンターに限らなくても、街でみつけた面白いものでもいいじゃないですか。悩むより歩けですよ」

 ディレルはちょっと得意げに笑う。どうやら既に彼はめぼしをつけているらしい。これは早速コージも行ってこないと一人だけ惨めな結末になってしまう。

「そうだな、ちょっと俺も行ってくるか。みぎての様子も心配だし…」
「ははは、それがいいですよ」

 というわけで、コージはディレルに軽く礼を言うと、街へプレゼント探しに出かけることにしたのである。たしかに悩むより歩けである。あの魔神がどんな予想外のプレゼントを見つけるか、そして自分もいかに面白いグッズを選ぶか…こう考えるとちょっと楽しくなってくるのが不思議である。そう、最初は面倒だったこの企画だが、なんだか彼もポリーニ、ディレル、そして何よりみぎての驚いたり笑ったりする顔が見たくなってきてしまったのである。

(③につづく)

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