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炎の魔神みぎてくん ポリーニの発明天国②

2.「…それ多分、全部だ…」

 シュリが結婚するという情報は数日のうちに大学中に知れ渡った。別に先生が一人結婚するだけの話なのだが、ここまで話題をさらうのも人徳(?)と言うかなんというかである。もちろん実はセルティ先生などはかなり前から知っていたのだが、こうなるのを恐れてか今まであえて話題にしなかったらしい。

 シュリが結婚すると言う大事件を聞いて一番激しい反応を示したのは、これは予想通りポリーニだった。ご存知の通り自他ともに認めるシュリのライバル…女発明家の彼女である。

「ちょっとコージっ?みぎてくんほんとなの?マジ?大マジねっ?冗談だったらまた実験台の刑よ!」

 コージ達がシュリに招待状を受け取ってから、わずか三十分後には彼女は部屋に飛びこんできた。三つ編みでまんまる眼鏡の、あまりに典型的な眼鏡っ娘である。コージの幼なじみの腐れ縁であるから、自然お互い遠慮無くめちゃくちゃなことを言いあう。

「マジって何がさ。ポリーニ興奮しすぎ」
「うっさいわねっ!シュリの結婚に決まってるじゃない!あのスーパー青びょうたんが結婚なんてにわかには信じられないわよ」
「スーパー青びょうたん…」

 どうやら彼女にとってはライバルの結婚がかなりの衝撃なのである。いや、実際コージだってかなりびっくりしているのだから、彼女がにわかには信じられないというのも無理は無い。何せ二人とも発明道に命をかけているものどうしだから、まさかライバルが結婚するとは想像出来なかったのだろう。まさに青天の霹靂といった表情である。

「っていうかポリーニ、なんでそこまで動揺してるのさ…」
「動揺って、そんなこと無いわよ!でもちょっとショックじゃない…あのメカフェチが奥さんもらうなんて想像つかないのよ。コージ想像つくの?」

 ポリーニの剣幕にコージは苦笑した。もちろんポリーニはコージと同じ年の学生だから結婚するにはちょっと早い。が、しかしたしかにあのシュリが結婚するとなると、同じ発明道を突き進むものとしては先を越されたようでかなりショックと言うのも…判るような気もする。
 あまり激しいポリーニの動揺ぶりに、コージはちょっととりなすように言った。

「まあそう言っても仕方ないじゃん。それにもしかしてお見合いで話が決まったのかもしれないし」
「お見合いねぇ…お見合いならちょっと判るわ。そうね、それしか考えられないじゃない!なるほどねぇ…」

 コージの言葉にポリーニはやっと納得したようにうなずいた。コージはあくまで「お見合いかもしれない」と言ったにもかかわらず、彼女の中では「お見合いで決まったに違いない」という断定に変わっている。やはり明らかに彼女はシュリの結婚が悔しくて仕方が無いのである。万が一にもこれが恋愛結婚だったら大変なことである。

「えっ?でも最近おまえも蒼雷ソウレイのやつとメールのやり取りしてるんじゃねぇの?」

 みぎては首をかしげてポリーニに突っ込んだ。コージはちょっと慌てたが所詮口には戸板はつけられない。蒼雷と言うのはひょんなきっかけで知り合った友人で、みぎてと同じような魔神族なのだが、どうやらその後ポリーニがちょくちょくメールを出しているらしいのである。筋肉青年萌えのポリーニはともかく蒼雷のほうがどう思っているのか、コージもみぎても興味津々なのだが、まあこれは他人の騒動である。ただ、少なくとも蒼雷はネットとかメールとかは苦手らしく、返事を出すのに四苦八苦しているらしいのは間違い無いらしい。
 当然のごとく、みぎての無茶な突っ込みにポリーニは真っ赤になって反論する。

「蒼雷くんはあんたみたいにデブじゃないわよっ!あんたももうちょっとダイエットしないと氷沙ヒサちゃんに嫌われるわよっ!」
「うぐっ…」

 氷沙と言うのは彼らの友人で雪の精霊、いわゆる雪女である。和風のなかなかかわいい娘で、みぎてやコージ達ともう二年以上のつきあいになる。どうやら彼女はみぎてのことが好きらしいのだが、なかなか話は進展していない。まあともかくこの辺の恋のさやあての話は話せば長くなってしまうので、ここではこれ以上あえて触れないことにする…が、ともかくこの反論はみぎてには十分有効打である(みぎては悪く言えば筋肉デブ…要するにレスラー体型なのである)。

 ロクに反論できないみぎてに、ポリーニはそのまま気晴らしとばかりに連続毒舌攻撃をしかけたのはいうまでもない。下手な刺激はしないものである。

*       *       *

 興奮しまくるポリーニに対して、もう一人の講座仲間であるディレルは平然としたものだった。

「うーん、まあシュリさんもそろそろいい歳ですから、結婚してもおかしくないと思いますよ。でもよく相手見つかりましたよねぇ…」

 ディレルはさもおかしそうにくすくす笑う(当然掃除しながらである)。このトリトン族の青年もレギュラーなのでそろそろご存知だとは思うが、彼はこのメンツの中では唯一の常識人である。性格が極めて穏やかで、さらにこれ以上ないほどお人よしなので、コージたちにとって非常にありがたい存在である。なにせめんどくさがりでずぼらなコージやドジで単細胞のみぎてのちょんぼをしっかり埋めてくれるのである。

「うーん、そう思うんだけどさ。でもシュリのあの変貌振り見たら、俺さまちょっとビビル…」
「たしかにねぇ…」

 みぎてがさも恐ろしいものを見たかのようにこわごわ言うのを聞いて、ディレルは苦笑しながらもうなずいた。たしかにあの変貌振りは驚きである…驚愕を通り越して恐怖ですらある。大掃除はともかくきちんとセットした髪といい、こぎれいな白衣といい…今までのシュリのイメージとは余りにかけ離れているのである。恋というのがいかに偉大なものであるかについては、頭の中ではわかっていたのだが…いざ目の当たりにしてみるとここまで人を変貌させるとは、世間知らずのみぎてでなくても仰天するのは仕方がない。

「まーね、出会いはどうだったかは判らないんですけど、今シュリさんが恋人に夢中だってことは間違いないと思いますよ。素直に祝福してあげればいいんじゃないですか?」
「そ、そりゃまあその…それについては俺さまも別に異論は無いんだけどさ」

 この魔神はディレルの「一般的解釈」にはまったく釈然としてないようである。今まで散々シュリの珍発明品に苦労させられた彼としてみては、なにか感情で納得できないものがあるのだろう。こういう点では興奮して大騒ぎのポリーニと合い通じるものがある。ましてや平然とディレルに流されるとますます複雑な気分である。

 ディレルはそんなみぎての不満げな表情を見て笑う。が、そのあとふと困ったようにこんなことを言った。

「ところでコージ、みぎてくんもだけど。二人ともやっぱり披露宴呼ばれたんだよね。僕もなんだけど…」
「あ、そうなんだよ。ディレルもだよな?」

 コージとみぎては核心の話題になったということで、掃除の手を休めてディレルのほうを見た。ディレルは机の上のポーチから純白の封筒を取り出す。さっき彼らがもらったものと同じ物である。

「うーん、いくらなんでも僕達学生を披露宴に呼ぶって言うのはちょっと僕も驚きですよ。学生結婚とかそういうのならば話も判るんですけど、シュリさんはあくまで助手先生なんですから…」
「やっぱりディレルもそう思うかぁ…」

 ディレルはうなずくと手早く封筒をあけてみる。中にはこれまた分厚い紙でお決まりの招待状の文言が印刷されていた。「ご出席」「ご欠席」と書かれた返信用はがきまでお約束である(「ご」をわざわざ消すのである)。ディレルは招待状を開いて音読してみる。

「えっと、新郎シュリ・ヤーセンと新婦エラはこのたびめでたく…場所はニューバビロニアホテル・鳳凰の間、きれいな良いホテルだよね、ここ…」
「飯うまいのか?ちょっと楽しみだなっ」
「いきなり料理につられてるし…」
「だからぁ…とにかく絶対になにかあるって思いません?」

 大食らいのみぎてともなると、ホテルの宴会料理では上品過ぎて物足りないのではないかという気はするのだが、とにかく味は安心である。「料理につられて」というのは情けない話なのだが…いや、そういう問題ではないのである。
 ボケまくるみぎては無視して、ディレルは招待状と二人の顔を交互に見ながら断定口調で言う。

「本来披露宴に出るような間柄じゃない僕たちをわざわざ呼ぶんですよ。もうこれ、絶対にとんでもないたくらみと言うか、騒ぎと言うかが待ってますよ。狙ってますって」
「狙ってる?…っていうとまさか」

 ここまでくるとコージにも招待状の意味はうすうす判ってくる。ディレルはさもうんざりしたようにため息をついて、恐ろしい予想を口にしたのである。

「今までの珍発明の数々を一挙に僕たちに見せびらかしたいとか、その実験台に僕たちをあてにしているとか、ポリーニが悔しがる姿が見たいとか…その辺です」
「…それ多分、全部だ…」
「それかよぉ…」

 判ってはいたがこうもはっきりディレルに言われると、コージでなくてもげんなりしてしまう。脳天気が身上のみぎてですら一気にげっそりしてしまった。これで料理までまずかったら最悪であるが、幸い高級ホテルのコース料理であることだけが唯一の救いである。というかそれだけを楽しみに行くしかない。
 あまりのことになえてしまったコージだが、さらにそれに追い討ちをかけるようにディレルはもう一つの問題点をずばりと指摘してきたのである。

「ところで二人とも…礼服どうするんです?」
「礼服?…背広かぁ…」
「礼服って人間界用の…俺さま持ってねぇ」

 ディレルはやれやれといった感じで肩をすくめた。

「別に礼服はレンタルって手もあるんですけど、問題はサイズですよね。みぎてくんでっかいから…」
「ぎくり…」
「やっぱりみぎて、今から痩せろって…つーか頼むからちゃんと痩せてこれ以上家計を圧迫しないでくれって力いっぱい言いたい」

 半分やけくそになって魔神にかみつく(?)コージに、ディレルは笑ったら良いのか慰めたら良いのか一瞬困ったが、結局のところやはり笑うしかなかったのである。

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