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炎の魔神みぎてくん 大学案内 ④「魔界のかぼちゃって人を」

4,「魔界のかぼちゃって人を」

 翌日の朝がやってきた。天気は秋にもかかわらずどんよりと曇りである。寒冷前線がやってきているということで、午後からは冷たい雨になるらしい。まさしく今日のコージたちの気分を映し出したような寒々しい天気だった。
 せっかくのディレルの策略で、「発明品発表会」が回避されると思ったのに、もろくも計画失敗なのである。今までも何度と無くひどい目にあっている彼らに、明るい気分になれというほうが無理である。だからといって仮病を使って学校を休む…という芸当ができないところが、この二人の不器用なところである。(コージはともかく、炎の魔神が風邪を引くなどいくらなんでも一発で仮病とわかる。)

「うーん、うーん…」
「知恵熱でも出たか、みぎて…」
「ひでぇなコージぃ…」

 みぎては昨夜からどうにか対策はないかとうんうんうなりっぱなしである。もちろんコージも考えてはいるのだが、どうにも手が思いつかない。発明品実験でみぎてやコージが赤っ恥をかくのはまだ許せるとして、せっかくの見学に来たマルスまで危険な目にあう可能性もあるのは、さすがに気になる。
 頭を抱えるようにして登校する彼らは、校門前でディレルたちにばったりと出会う。ディレルと、それから今日のゲストのマルスである。

「よぉっ!おはよっ!」
「おはよぉ~」
「あっ、みぎてくん、コージ…元気あるのか無いのか微妙ですねぇ…」
「おはようございます…大丈夫ですか?」

 ディレルはコージとみぎての顔を交互に見ながら苦笑する。たしかに好対照というしかない…みぎてのほうは同行するマルスに心配をかけないようにと、さっきとは打って変わって威勢のいい挨拶だし、コージは逆に立ち直る元気も無いのだろう、露骨にへたれた声である。が、もちろん二人の心理は長年の付き合いであるディレルには手に取るようにわかる。要するに二人とも「ほとほと困り果てている」というわけである。

「元気元気!な、コージ。そういうことにしようぜ」
「うーん、みぎての様子、五分前とはえらい違いだってことはわかるよな?」
「そりゃわかりますよ。みぎてくんの空元気くらいいつものことじゃないですか」
「ええっ!人がせっかく無理してるのに…」
「それ自分で言ったら意味無いじゃん…」

 あっさりと虚勢を見抜かれて、魔神はがっかりしたようである。実はここに居るメンバーは主賓のマルスは別にして、今日の成り行きを不安に思っているものばかりである。いや、どうやらマルスも事情を知っているらしい。おそらく昨夜ディレルが説明したのだろう。

「本当に申し訳ありません。僕が無理を言ったせいで…」
「ええっ!気にすんなって」
「あ、そうそう。気にしなくていいって。こいつがちょっと赤っ恥かくだけだし」
「うわっ、コージっ!それ裏切り発言!」

 恐縮した面持ちのマルスに、コージもみぎてもあわてて冗談を言って雰囲気を変えようとする。実際のところ今日の悩みはコージやみぎてがポリーニの発明騒ぎに巻き込まれて、せいぜい恥をかくとか、びっくり仰天する程度の話である。マルスの将来を決めるかもしれない重要な「大学見学」に比べれば些細な話といわなければならない。(もっとも、だからといって赤っ恥をかいても平気、というわけにはいかないのだが。)ここは奮起一発、空元気を出して行くしかないだろう。
 四人はさっきまでの疲れきった雰囲気はどこへやら、いつものとおりにぎやかに研究室へと向かったのである。

*       *       *

 コージたちは交代でマルスをつれて、午前中のんびりと大学構内を案内して回った。コージのような院生ともなると、授業の無い時間も多い。せいぜい「有機魔法工学特論」とかそういう大学院授業があるだけである。そういう点で一番忙しいのは実はみぎてなのだが(みぎては実験助手アルバイトなので、よその講座から手伝いを頼まれることがある)、今日は予定も少ないのでたっぷりマルスに付き合えるわけである。
 事務室のある本館からスタートした彼らは、大講義室棟を抜ける。そこには小さな池があって、隣にはかなり大きな生協食堂がある。午前中から学生が、授業の空き時間だろうかカレーを食ったりパンを食ったり、はたまた(食堂を占領するのはどうかと思うのだが)ギターの練習をしたりと活気がある。

「生協食堂って、敷地に三ヵ所あるんだよ。ここのカレーが一番うまいぜ」
「みぎて、辛い料理が好きだからなぁ…ここのカレー、辛すぎ」
「辛いのもあるけどさ、大盛りがうれしいぜ」
「あ、それはわかる」

 大学内の食堂・喫茶店の比較など、明らかにB級グルメな話題なのだが、当人たちは大まじめである。たしかに学生というものは、一日の三分の一以上の時間を大学で過ごすわけだから、飯がうまいに越したことは無い。それに生協食堂というのは概して値段が安い。大喰らいの魔神でなくても、ついつい利用してしまうのは当然だろう。もちろん異論もある。

「うーん、僕はどっちかといえば隣の生協喫茶のほうがうまいと思いますよ。ここのご飯、ちょっと炊き方が硬いし」
「ええっ、ディレル、カレーなんてべちゃべちゃの米じゃうまく無いじゃん」
「毎日カレーってわけには行かないじゃないですか」

 という具合である。この程度のグルメで盛り上がれるところは学生の楽しみであろう。一同は(朝飯は既に済ませているので)ディレルお勧めの生協喫茶「またーり」でドリンクを飲みながらの激論である。

 しばらく休憩(午前中から休憩というのもなんであるが)したあと、今度はクラブハウス見物ということになった。実はコージもディレルも大学に入学してからはまともなクラブに所属したことは無いので詳しいことはよく知らないのだが、この大学はかなり歴史も古いので、部活のほうも伝統がある。野球部やサッカー部、ラグビー部などメジャーなスポーツはもとより、アーチェリーやゴルフ、はたまた水球やらラクロスまで何でもそろっている。野球部のように人気のあるクラブはメンバーが百人以上という大所帯なのである。まあもっともそういう巨大クラブの場合は別に専用クラブハウスを持っているので、この集合住宅(?)にいるのは中堅くらいのクラブなのだが…
 クラブハウスの前についた一同は、恐る恐る入り口をくぐった。恐る恐るというのは単に彼らがほとんど来たことが無いという理由もあるが、この建物がぼろぼろだということもある。外から見ていても壁は落書きやらなにやらでよごれているし、窓ガラスはひびをテープで補修してあるし、床にはごみやらなにやらがころがっている。見るからに強烈な「部活~」という雰囲気が漂ってくる。

「へぇ~っ!俺さまここ来たことねぇや。なんだかすげっ!」
「建物古いですからねぇ。床抜けそう…」
「コンクリート製だからそれはないと信じよう…あ」

 言ってるそばからコージは前方に、みごとにあいている床の穴を発見する。危ないので木の板でふたはしてあるが、周囲に立派なひびが延びている。

「地震あったら崩れちゃいますねここ…」
「こういうところでも平気じゃないと、体育会系部活はできないって」
「俺さま平気。部活ってちょっとあこがれるな」

 残念なことにみぎては正規の学部生ではなく、研究室の聴講生ということになっているので、こういう部活はなかなか参加しにくいのである。もし状況が許せば、魔界の拳法をやっているこいつのことだから、間違いなく拳法部かなにかに入部していることだろう。

「文化系の部室はもう少しましなのかな?」
「さあなぁ、行ってみないとわからないけど、多分似たようなもんじゃ…」

 予想していたとはいえ、ここまですごい状態を目の当たりにしたディレルは、いささか引き気味である。みぎてやコージは(実は自分たちの下宿も結構ぼろいので)この程度のものでは驚くわけも無い。そういう図太い神経が無ければ魔神と人間の同居ライフなどできないというわけなのだろう。

「やっぱりびっくりしてるみたいですよ、マルス…」
「あ、えっと…すごいです」
「うーん、もうこれアジトの世界だからなぁ。…ほら、そこの張り紙なんて…」
「…うわっ、学生運動のビラですねぇ…」
「へぇ~っ!俺さまはじめてみたぜっ!なんかすげぇこと書いてるなぁ」

 いつのころのものかわからないが、たしかに古くなって変色したビラがべたべたと壁に貼り付けてある。べったりと糊付けされていたのだろう、一部分ははがされているのだが、半分以上はそのままである。往年の「学生運動華やかなりしころ」の遺物である。骨董品といってもいい。ともかくこんなすごい世界を垣間見ては、まだ高校生のマルスは目をぱちぱちさせるばかりである。
 が、そのときだった。突然マルスの目の前のビラから、ものすごい音が飛び出して、クラブハウス中に響き渡ったのである。いや、音というより「大群衆の歓声」に近い。

『団結、ガンバロー!オー!』
『ガンバロー!オー!』
「うわっ!」
「げげっ!」

 マルスどころかディレルもコージも仰天である。あまりに突然なもので、マルスなどはびっくりしてしりもちまでついてしまう。どうやらビラに住んでいる「シュプレヒコールの精霊」に違いない。
 みぎてはげらげら笑いながら、ビラにいる精霊をつかんで引っ張り出す。ちょうど人間のこぶしの形をした、小型の精霊である。

「こいつこいつ。珍しいやつだぜ。マルスが来たんで活性化したんだな。」
「歓迎の挨拶にしちゃ、ちょっとはた迷惑だなぁ…」
「ちょっとびっくりしましたねぇ…って、部室に居た人がこっちのぞいてますよ。あ、すいません…」

 突然の物音に驚いたのか、中に居た人が何人か扉から顔を出しこっちを不審そうに見ている。ジャージ姿やら上半身裸やらもいるところを見ても、ともかく相当びっくりさせたに違いない。さすがにこれは大顰蹙ものである。どうやら彼らは赤面してそそくさと脱出するしかないようである。
 ということで「これぞ大学生活」(?)ともいえるクラブハウスの威容と怪奇をたっぷり体験した一同は、昼休みになる前に再度生協食堂へといそいだ。午前の授業が終わってしまうと、食堂が一気に大混雑になるからなのである。

*       *       *

 さて、昼飯を生協食堂で済ませた一同は、いったん講座に戻ってから午後の部の見学である。午後は農学部や経済学部、医学部とめぐって、グラウンドに行ってクラブの練習風景見学である。なんとなくクラブ見学が多いような気がするが、やはりキャンパスライフの主要部分は(少なくとも記憶に残る部分は)授業よりもサークル活動という気がするので、それはそれでいいのである。
 農学部はこの大学の中では最も広い敷地を占めている。実験農場がばかでかいからである。ビニールハウスがいくつもかまぼこのように連なり、見たことも無いような妙な植物や果実が栽培されているのがわかる。

「えっと…『魔界植物育成中、注意』…なんだかすごいですねぇ」
「えっ?魔界植物って?あ、ほんとだ、あれ『炎かぼちゃ』だぜ」
「どれどれ…ハロウィンのかぼちゃよりちょっと赤いな。うまいのか?みぎて」
「俺さまあんまり好きじゃねぇ。こっちのかぼちゃより甘ったるいから、お菓子みたいだぜ」

 魔界でしかできない果実や野菜をビニールハウスで栽培できれば、たしかに商品価値が高い。まあもっとも魔界の食べ物が人間界でうけるかどうかはまったく別問題であるが…(コージの感想としては、魔界の食べ物は好き嫌いが分かれる。)

「でも、なぜ注意なんでしょうねぇ…」
「そりゃ、ビニールハウスの中は炎の魔界みたいに気温が高いからじゃないのかな?」

 そういいながらコージはビニールハウスの扉をそっと開けて中に入ってみた。むわっとした熱気が中から彼らの顔に吹き付けてくる。やはり予想通り炎の魔界と同じ気温に設定されているのだろう。あまり長時間扉を開けているといけないようである。一同は急いでハウスの中に入って扉を閉めた。が、そのときである…

「あ、コージ、あぶねぇっ!」
「えっ?あっ!」

 なんと四人がビニールハウスに入ると同時に、「炎かぼちゃ」はウニュウニュと動き始めたのである。見るとかぼちゃの腹がぱっくり裂け、がちゃがちゃと口のように開いている。まさしくハロウィンかぼちゃの世界である(目は無いが)。

「げげげっ!」
「こっちだコージっ!」

 コージはみぎてにかばわれて、ようやくかぼちゃの難を逃れる。かぼちゃはどうやら自分より明らかに強い魔神に恐れをなしたのだろう。たちまち元の実に戻ってへにゃへにゃと寝そべってしまう。

絵 武器鍛冶帽子

「あーっ、びっくりした。魔界のかぼちゃって人を襲うのか?みぎて…」
「んなことないんだけどなぁ。単なる野菜だぜ。かぼちゃの魔物っていうなら話はわかるけどさ…あっ!」

 みぎてはじろりとかぼちゃをにらむ。と、そこにはまた変な黒っぽい影がいるのである。またしても…小さな精霊である。

「こいつのいたずらだぜ。ほらっ」

魔神はすばやく小さな精霊の首根っこをつかんでつまみあげる。小さな風船のような精霊で、中がぼんやりと光っている。きのこの精霊のようなものらしい。

「こんなの見たこと無いね。獰猛なの?」
「魔界でたまに居るけど、人を襲うとか聞いたことねぇや。いたずらするだけだぜ」
「いたずらかい…ふう」

 そういいながらも、コージはこっそりマルスのほうを横目で見る。おとといにも同じようなことがあったことを思い出せばわかるが、どうやらこれはマルスが原因なのである。
 みぎては単にマルスのことを「精霊に好かれやすい」と言っていたが、つまりは周囲の小さい精霊までが、勝手に活性化するということなのである。「好かれている」本人は特に困ったことは無いのかもしれないが、当然周囲では怪現象がちょくちょく起きることになる。最初聞いたときにはうらやましいと思ったが、こうしてみると結構困った特技かもしれない。
 まあもっとも生まれたときからこの調子なら、それなりに本人のみならず周囲もなれてしまっているのだろうし、どうやらちょっとはた迷惑なだけで、命に危険があるような騒ぎは起きないようである。(命に危険があるようないたずらをすると、結局マルスにまで迷惑が及ぶということで、精霊たちも配慮しているのかもしれない)
 しかしこの調子で学校案内をするのはいいが、この後控えている研究室紹介…特にポリーニの「発明品発表会」を考えると頭が痛くなってくる。いや、単に発明品だけの問題ではない…これにマルスの周囲に居るいたずら精霊たちが加わると考えると、どういう騒ぎが起きるのか想像するだけで不吉な予感がしてくる。というより…
 もはやコージは「見学が平穏無事に終わる」ということ自体を断念しつつあったのは、いたしかたないことだろう。

(⑤へつづく)

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