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炎の魔神みぎてくん POWER LIVE ⑦「アンコールなんて話になったら」

7.「アンコールなんて話になったら」

 ステージの上にはアンプやなにやらがぞろぞろと並べられ、いかにもロックコンサートという状態になっている。ドラムセットやアンプ、でっかいスピーカーなどが並んだ光景は、間近で見るとやっぱり迫力がある。コージの楽器はアコースティックなので、こういうアンプの類は使ったことがないということもあって、実物をこんな距離で見るのは初めてなのである。
 スタッフに手伝ってもらってすばやくセッティング(妙な楽器ばかりなので、据え置きの機材はほとんど使えない)を済ませた一同は、早速ちょっとだけ挨拶をすることになる。あんまり珍しい楽器ばかりなのでさすがに紹介が必要なのである。司会の落研部長(三代目笑家ランプアイ)がコージにマイクを向ける。

「本当に珍しい楽器が多いですね。まずは先に紹介お願いします」
「はじめまして。『地獄谷温泉振興会』のコージです。まずは僕が使っている、これはリュートです。祖母から習いました」

 あまり長く話すわけには行かないので、あとは和音をちょっとかき鳴らしておしまいである。古楽器独特の素朴な音色がマイクを通じて会場内に響き渡る。と、どうしたことかそれだけで歓声が上がる。

「シンさんの言うとおりですね。ちょっと会場、怖いですよ…」

 みぎてのパーカッションの紹介をしている隙を見計らって、ディレルがコージに耳打ちをする。ライトを浴びている舞台の上からは(まぶしいので)あまり観客の様子は見えないのだが、やはり単なる大学生バンド大会として考えると異常な気がする。わざわざ司会者が楽器紹介を入れたのは、もしかするとこの異様な盛り上がりをクールダウンさせるという配慮もあるのかもしれない。
 とはいえたちまちのうちに楽器紹介は終わってしまい、早速演奏開始となる。蒼雷の合図とともに、ディレルの竪琴から前奏のメロディーが流れ始めると「セイレーンの歌」の始まりである。みぎてのパーカッションがリズムを刻み始め、蒼雷のエレキギターとコージのベース…リュートの音色が加わって、誰も聞いたことのないサウンドが会場に広がった。民俗音楽とロックと、それからラテン(みぎてのパーカッションはやはりラテンの香りがする)が入り混じった、神秘的なサウンドである。『盛り上がりアクセラレータ』の効果なのかもしれないが、演奏をしているコージ自身が、そのあまりに不思議なサウンドにトリップしそうな気分になるほどだった。そしてディレルの甘いヴォーカルが加わると、その不思議な高揚感はますます強まって行くような気がする。歓声もそれに比例してますます激しくなってゆくのがわかる。

(!)

 目がライトに慣れてきたコージは、会場の熱狂ぶりを見てさすがに愕然とした。既に警備担当のスタッフが最前列の観客を押しとどめるのに必死になっている。特に前列のほうは全員が立ち上がって、暴徒のように前へと押し寄せてきている状態である。世界的人気のバンドのコンサートというならともかく、こんな学生バンドの演奏でありえる光景ではない。それもたったの一曲で、である。

(まずいっ!ディレルの呪歌が効果発揮してる!)

 そのときコージはこの異様な高揚感の正体を悟った。『盛り上がりアクセラレータ』とディレルの呪歌の複合パワーである。どんな構造なのかわからないのだが、盛り上がりアクセラレータはサウンドを派手に、乗りやすくエフェクトをかけているのだろう…が、それにディレルの「セイレーンの呪歌」が加わると、本来効果がほとんどないはずの男のトリトン族の歌声すら、呪歌としての力を発揮してしまうのかもしれない。ロックのリズムに乗せようが、メロディーと楽器が変わっていないのだから呪歌としての機能は消えていない。いや、むしろロックに編曲したせいでもっと激しいパワーを発揮している恐れすらある。
 コージは演奏を続けながら、相棒の魔神の方をちらりと見た。みぎてもどうやら事態を悟っているらしく、目でコージに危険を警告している。

(どうしよう…いざとなったら演奏を打ち切るか)

 困ったことに「セイレーンの歌」はもともとクラシック調の長い曲なので、演奏時間は持ち時間いっぱいである(普通の曲ならたいていは五分程度なのだが)。しかし観客が警備スタッフの警戒線を突破しそうになるならば、その時点で演奏を打ち切ってしまわないとやばいことになりかねない。いや、しかしこのたぐいの精神に効果をもたらす呪文は、無理に途中で打ち切るとかえって暴走することもありえる。できれば穏やかに呪文の効果を打ち消すのがベストである。しかしそれをするとしても、ディレルのこれだけの呪歌に匹敵するサウンドは、そうそうできるものではない。できるとしたら…あの魔界のドラムだけである。
 あの時…カラオケボックスで彼らが初めて聞いた「セイレーンの歌」…その魔力を打ち消すことができたのは、みぎてのゴミ箱ドラムだけだった。魔神が打ち鳴らす純粋で原始的なビート、それだけが彼らを現実に引き戻すことができたのである。ならば…まだ手段はある。
 そう、そのとき突然コージの脳裏に幻聴として聞こえてきたのは、ドラム缶の力強いサウンドだった。もしかするとそれはコージ自身の心臓が鳴らすビートだったのかもしれないが、少なくとも彼には相棒の魔神がたたきつけるドラム缶の鼓動として聞こえたのである。

 会場はもはや爆発寸前にまでヒートアップしていた。観客の中には失神しそうな様子の女性もいるし、警備スタッフを殴りそうになっている学生もいる。これ以上はもはや事故がおきる可能性が高い。コージはもう一度みぎてと、それからリードギターの蒼雷の方を見て、目でサインを送った。

(やるしかない。俺に任せてくれ)

 蒼雷も既に事態を悟り、どうやってこの呪歌を収拾するか考えていたのだろう。コージの視線にうなずきで答える。コージは蒼雷がソロで間奏する隙を見て、リュートを脇に置いて舞台の袖に走った。あわてて戻ってきたコージを見て、審査員席からシンが飛び出してくる。

「コージ君!これどうするんだ?やばいぞ」
「シンさん、ドラム缶お願いします!」
「わかった!」

 シンはうなずくと、すぐに控え室にあるテーブル…つまりさっきのブルーの古いドラム缶を運び出す。いくら中身が空洞だといっても、一人で運ぶにはかなりきついものがあるのだが、さすがは魔神族である。いとも簡単に抱えてしまう。
 二人はそのまま舞台に戻ると、ドラム缶をみぎての横にいきなり設置した。コージはそのままリュートを手に取ると、再び演奏を続ける。みぎてはゴミ箱パーカッションをシンに預け、近くにあったマイクスタンドを手にとっていきなり半分にたたき折った。金属製のマイクスタンドといっても、魔神の怪力にかかるとあっさりとつなぎ目のところで折れてしまう(もしかすると安物なのかもしれないが)のはびっくり仰天であるが、今はそんなことは気にしている場合ではない。
 みぎては手ごろな長さになったマイクスタンドの残骸をバチ代わりに握り締めると、タイミングを見計らった。暴動がおきるのが先か、それとも呪歌を打ち消す魔界のドラムが鳴り始めるのが先か、本当にぎりぎりのタイミングである。コージは祈るような気持ちで、しかし力いっぱいリュートの演奏を続けるしかない。
 と、いよいよディレルの歌声が盛り上がり、クライマックスに入った。同時に悲鳴と歓声が煮えたぎる溶岩のようにそこかしこで噴出し始める。もはや警備員の努力も限界である。

(みぎてっ!)

 そのときだった。大地を揺るがすような大きな、ドラム缶から打ち鳴らされる力強い響きが会場を切り裂いた。ガーンという金属の強烈な音は、今まで会場を支配していた呪歌とはまったく別種の、魂にまで響く刺激をすべての観客に与えた。まるで原初の炎から生み出されるような単純で鮮烈なサウンドの乱入で、観客は一瞬沈黙し、時が止まったように動きを止める。そしてもう一度、ドラム缶から新たなビートが打ちなされると、今まで熱狂に駆られて押し寄せていた人々は、まったく別の高揚感を与えられて、今度はその場で歓喜の声を上げて踊り始めたのである。

絵 武器鍛冶帽子

*     *     *

「ふう、やばかった。まじやばかった。」
「コージ毎回そればっかしだな。でも俺さまもあせったけどさ」
「毎度のことなんですけど、やっぱりやばかったですねぇ…」
「ポリーニの発明も怖いけど、今回はディレルの歌がやばすぎ…」

 「アマチュアバンドバトル」が終わって、へとへとになって会場を後にしたコージたちは、楽器を講座に持ち帰るとくたびれきったようにその場にへたり込んだ。一応審査員もいる「バトル」なので、賞があるのだが、もちろんコージたちには関係ない。(最優秀賞は例のプロ並みの「デモスティック・チューター」である。)
 それにしてもあんなに薄着の、半裸に近い服装だったのにもかかわらず、全身汗でびっしょりである。スポットライトが暑かったというのもあるし、演奏に力が入ったというのもあるだろうが、なんとなくほとんどが冷や汗という気もする。あのまま暴動になっていたらもちろん学園祭は無茶苦茶だったし、後始末も一騒動だったことは間違いない。そう考えると、かなりギャンブルだったがみぎての魔界ドラムを使ったのは、事態の収拾策としては最善手だったとしかいいようがない。

「でもまさか僕の歌があんな効果を出すなんておもいませんでしたよ」
「そこがポリーニの発明品を甘く見たってこと。まあ俺も予想外だったけどさ」

 図らずも事件の主役になってしまったディレルは頭をかきながら困惑しきりである。練習の時には全然問題がなかった「セイレーンの歌ロックバージョン」が、あんな劇的な効果を生んでしまうとは、いくら彼でも想像がつかなかったのは当たり前である。まあしかしコージたちのバンドが登場する直前の段階で、既にかなり会場は危険な状態であったということを考えると、原因をあの歌だけに求めるのは無理がある気もする。

「何よ、その分盛り上がったじゃないの。大成功だわ」
「…やばい大成功という気もしないでもないけど。ドラックパーティーみたいで…」
「そこがロックらしくていいんだって。ドラッグだぜ!いかれた最高のロックじゃねえかっ!」
「うーん…」

 どうやらポリーニと蒼雷は、この大成功(裏はどうであれ、演奏自体は大成功)に非常に気分がいいようである。ポリーニは発明品の劇的効果に大満悦だし、蒼雷のほうは演奏そのものが盛り上がってしまえば文句などまったくのである。ロックの名の下には何でもありらしい。
 ともかく演奏会場の盛り上がりを加速するという効果は、見方を変えれば危険な精神効果を持っているともいえないことはない。まあ今回の場合はディレルの呪歌のほうが主原因という可能性もあるのだが、どっちにせよいささか扱いには注意が必要な発明品である。技術の光と影、というところだろうか。

「とにかくこんなぶっつけ本番はもうやめようって。聞いてるかポリーニ」
「実験なんだからこれくらいのことでびびらないでよ。男の子でしょ?」
「…そういう問題なのか?…」
「そこで口ごもったら負けてますよコージ…」

 ぶっつけ本番でこんなやばい発明品を大衆を巻き込んで実験するというのはやっぱりまずいような気がするのだが、男の子、といわれてしまうとちょっと反論しにくいものがある。この辺は男に生まれた弱みである。
 まあたしかにコージの見る限り、体育館から出てくる人たちの表情はみんな満足したようなうれしそうな(熱狂疲れとも言う)顔をしているのだから、今回の場合は結果オーライ、大成功ということにして、これ以上は深く追求しないほうがよさそうである。ただし…とっさのドラム缶パーカッションのためにみぎてが壊したマイクスタンドは、あとで弁償しないといけないのだが。

「マイクスタンドはどうします?あれ…」
「うーん、みんなでカンパ。さすがに今回は緊急避難だし。」
「しかたないわね、カンパしてあげるわよ」
「しょうがねぇなぁ。でも、まあそうだよなぁ」
「よかった。二、三日飯抜きとかいわれたら俺さまどうしようかとおもった」

 情けない顔をして胸をなでおろす魔神の表情に、コージたちはいっせいに爆笑である。まあ今回はみぎての魔界ドラムがなかったら大変なことになっていたのだから、全員でお金を出し合って弁償するのが順当なところだろう。
 さて、そんな感じでお茶を飲みながら反省会をしていた彼らのところに、シンが現れる。ステージのちょっと派手な衣装ではなく、最初に来ていたモスグリーンのジャケットとサングラス姿である。どうやら講座の前においてある(高級)スポーツカーを回収しに来たのだろう。

「やあ、おつかれさん。無事に収まってよかったよ。ほんと…」
「あ、シンさんもお疲れ様でした。本当にありがとうございます」

 実はシンも汗びっしょりで、ちょっと疲れた表情となっている。タレントは少々のことでは疲れた顔を見せてはいけない(らしい)という点を考えると、これはかなり今回はきつかったのかもしれない。

「ほんとにシンさんがいてくれて助かったよな。今回は…」
「マジに俺さまもそうおもう。最後にはパーカッションまで一緒にたたいてもらったしさ…」
「あはは、いや面白かったよ、ほんと。魔界サウンド久しぶりだったし」

 結局あの魔界のドラムの後、シンまで加えて全員で即興の魔界音楽の演奏というすごいことになったのである。実はあのステージには三人も魔神族がいたというとんでもない秘密があったのだが、それを知っているのはこの場にいるメンバーだけである。(表向きはシンは魔神族ではなく、トリトン族ということになっているのである。)
 さて、ディレルが入れたおいしい紅茶を受け取ったシンは、あらためて感心したように言った。

「でもほんとにとっさによくあれを思いついたね、コージ君も」
「いや、そんなほめられるってほどのことじゃないです。みぎてと一緒に住んでるからああいうトラブル慣れてるし…」
「いやでもすごいよ。演奏もよかったし。本当に息が合ってるコンビだねぇ」

 息が合っているとシンにいわれると、なんだかコージはちょっと顔を赤らめてしまう。別にやましいことはない…つもりなのだが(ないと言い切れるほどではないのは二人だけの秘密である)、なんとなく見透かされているようで恥ずかしくなるのはいつものことなのである。が、ともかく今回のアクロバティックな収拾策は、たしかに息が合っている二人だからこそできたことかもしれない。
 すると蒼雷は激しく首を縦に振って、シンの意見に賛成する。

「あ、それは俺もいつもおもう。お前ら息合いすぎ。」
「蒼雷はポリーニいるからいいじゃん」
「ええっ!この発明女、俺の言うこと全然聞かないし」
「うっさいわね、コージ。あたしたちはこれがちょうどなのよ!」

 蒼雷とポリーニは一気に共同戦線を張って、コージたちに反撃する。実際コージから見れば、蒼雷とポリーニの関係はなんだかいつもポリーニ優位という気がしてしまうのだが、この手のことは他人が云々するようなものではない。げらげら笑ってギャグにするのが一番いいのである。
 ひとしきり笑ったところでシンはちょっと予想外なことを言い出した。

「いや、実はね。審査員特別賞を出そうかっていう話もあったんだけどね。あの演奏といい、とっさのドラムの迫力といい」
「ええっ?特別賞?」
「それすごいじゃない!」
「すごいっていうか、ちょっとまずいような…」

 コージだけでなく、ポリーニや蒼雷、みぎてさえも驚いてしまう。たしかに演奏自体は盛り上がったことは盛り上がったのだが、優秀賞をもらったグループの演奏と比べると月とすっぽん、とてもじゃないが比べられるものではない。それにポリーニの発明品やディレルの呪歌で起きた騒ぎなのだから、こんなもので賞をもらうのはちょっと問題である。
 シンも笑ってディレルの意見を肯定する。

「まあね。僕も迷ったんだけど、まあ今回はまずいかなっておもったんだよ。事情は大体知ってるからね。それに…」
「それに?」
「うっかり賞を出して、アンコールなんて話になったら困るだろ?」
「あ、それはいえてる…」

 うっかり賞を出してもう一度ステージに彼らを引っ張り上げようものなら、アンコールとかそういう声がでてもおかしくない(最優秀賞の「デモスティックチューター」などは二度もアンコール曲を演奏したのだから、充分ありえる話である)。またあんな大騒ぎがおきようものなら、今度はドラム缶とマイクスタンドではすまないことになりかねない。

「なんだ、残念よね。賞取れたらあたしの発明品も箔がつくのに~」
「ちょっと、これ以上騒ぎ大きくしてどうするんですかポリーニ」
「そうだぜ、賞を狙うって言うのはロックのスピリッツとは反対なの。盛り上がったんだからこれで充分」

 しきりに残念がるポリーニに、ディレルと蒼雷は大慌てで反論する。まあともかくシンさんが喜んでくれて、観客が沸いたというだけで充分すぎる勲章である。それになにより…みぎてや蒼雷が学園祭に参加して、楽しむことができたというのが一番なのである。
 シンもそんなコージの思いがわかっているのか、ニコニコ笑って彼の肩をたたいた。「特別賞はコージとみぎてのものだよ」という意味なのかもしれない。そして思いついたようにうなずくとこういった。

「っていうことで、みんなで打ち上げに行かないか?特別賞の代わりって言ったら何だけど、僕がご馳走するから」
「え、まじ?俺さま腹減ったし、カラオケでもいいぜ!あそこ飯うまいしさ」
「ええっ?またカラオケですか?あそこが騒ぎの始まりだったのに…」

 今回の学園祭騒動は、カラオケボックスでの一幕が始まりだった、という事実を思い出したディレルは、頭を抱えてしまう。しかしたしかにこれだけの人数を抱えてとっさに入ることができる宴会場はなかなかない。それに…

「でもまあ今回の騒ぎの締めくくりにも、カラオケがいいかもな。蒼雷やシンさんもいることだし…」
「カラオケで始まってカラオケで終わる、ですか?まあそういわれるとそうかなぁ…」
「いいわよ!じゃああたしの発明品、『パーティーを盛り上げてくれるルームランプ』を披露するわ!」
「えええっ!今日は発明品はもうだめです!絶対だめ!」

 またしてもポリーニが珍発明品を出そうとしたのを聞いて、ディレルは悲鳴を上げる。その悲鳴があまりにもおかしかったもので、彼らは思わず大爆笑の渦に包まれたのは言うまでも無いことだった。

(みぎてくんPOWER LIVE 了)

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