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炎の魔神みぎてくん 熱帯低気圧②「しまった、墓穴だ…」

2.「しまった、墓穴だ…」

 蒼雷そうれいと連れの子供の魔神は、傘ではなく雨合羽姿だった。いや、蒼雷のほうは雨合羽というより蓑と笠姿である。これは非常に興味深い。コージにせよディレルにせよ、こんな珍しいスタイルは昔話の中でしか聞いたことが無い。
 もっとも笠を脱いだ蒼雷は、都会へ旅行に出てきたというのにもかかわらず、これはいつもどおりの魔神ファッションだった。背中を通り越して足にまで届きそうな長くブルーの髪の毛はトレードマークだから良いとしても、それに服というよりカラフルな長い帯を何本も引っ掛けただけという衣装、両腕両足には鬼瓦そっくりの模様のあるこて…とりあえず危ないところだけはなんとか隠れているからいいのだが、やはりこのファッションはエスニックを通り越して、間違ったコスプレの世界である。もっともみぎてが驚きもしないところを見ると、魔神の世界では意外と普通のファッションなのかもしれない。が、街中ではやはりコスプレ、蓑と笠までつけると、もうなんだか民話のごった煮である。案の定だがほかの通行人はじろじろと珍しそうに見ている。
 思わずディレルは頭を抱えて蒼雷に言った。

「あっちゃ~、その服、街中じゃあきわど過ぎますよ。蒼雷くん~」
「え?何言ってるんだよ金髪。羽衣は天神の基本スタイルだろ?」
「羽衣…羽衣なんだ一応…」

 「金髪」というのはディレルのことである。蒼雷はディレルのことをいまだにこう呼ぶ。別に名前を覚えていないわけではないのだし、仲が悪いというわけでも決してないのだが(にわかコンビを組んだこともあるのだし、ギクシャクしていれば迎えになど来るわけも無い)、どうもこの呼び名を改める気は無いらしい。ディレルにしてみればちょっと不満かもしれないが…
 どうしようかとディレルはコージのほうを向いて、視線で相談しようとしたが、その時足元のほうから子供の声がした。

「おい、アニキ。こいつらオイラに紹介しろよ!」

 連れの子供の魔神である。背丈はやはりコージやディレルの腰ぐらいしかない。手と足にアクセサリーの輪をつけて、カラフルな腰巻をしている。短い頭髪からは本当に小さな角が四本も生えている。そして何より魔神らしいのは肌だった。驚いたことに明るいブルーだったのである。みぎてが赤鬼としたら、このちび魔神は青鬼であろう。
 とはいえちょっと口を利いただけで、こいつの性格が非常に生意気であることはすぐわかる。そう、典型的やんちゃ坊主なのである。蒼雷はちょっと「まずい」という表情を見せながら紹介する。

「あ、おう、このでっかい赤いのが『みぎて』。炎の魔神だからいたずらして火傷すんなよ。それからこいつがみぎての愛人のコージ。で、こいつが世話好きの『金髪』…じゃなくてディレル」
「変なデマを人に教えないように」

 コージはあわてて突っ込みを入れたが、思わずちょっと赤面している。愛人というのはひどい言い回しだが、実は痛いところを付いているといってもいい。が、ともかく子供にあまり大人の秘密情報を与えるのは教育上よろしくない。もちろんみぎては目を丸くしてなにか反論しようとしたが、コージの視線で黙り込んだ。こういうときにこの魔神が何か言うとたいてい墓穴を掘るものである。
 蒼雷はコージの突っ込みに笑いながら、今度は子供の魔神を紹介した。

「で、こいつはヴィスチャ。俺の甥っ子。」
「へへっ、人間界に来るのは初めてさ。お前ら、オイラの子分にしてやるから」
「子分って…うへぇ」
「魔神ですから信者なんでしょうけど…」

 子供のくせにえらく生意気なことをいうやつである。まあ子供といっても魔神族だから、コージより歳は上かもしれない。とはいってもこっちにも一応大魔神がいるのであるから、子分というのはちょっとありがたくない。ディレルなどは思わず心配になって、みぎての様子をそっと見る。が、もちろんこれくらいでぶちきれるほどこの魔神は短気ではない。人間界で一番大事なことは我慢なのである。
 蒼雷のほうはちょっとあわてて軽くヴィスチャをこつくと、平然と(話題をさっさと変えないとまずいと思ったのだろう)後ろの鳥の紹介をはじめた。

「こいつは『天の鳥船アマノトリフネ』。ちょっとした立派な霊獣だぜ」
「うはぁ、霊獣でくるとは思わなかったですよ」
「野球大会の時乗ったやつだろ?すごいよなぁ。みぎて、甲斐性ないから霊獣なんて持ってないし」
「霊獣飼うと世話大変だぜ、コージ」
「俺は魔神の世話だけで充分大変だって」

絵 竜門寺ユカラ

 一同が珍しそうに天の鳥船を取り囲むと、鳥船のほうはちょっとうれしそうに首をかしげる。明らかにかなりの知性を持っているようである。
 しばらくの間彼らは、天の鳥船やヴィスチャのことを話題に、風が強いバスターミナルでおしゃべりをしていた。が、ふと思い出したように蒼雷はきょろきょろと周囲を見る。そして首をかしげてこう言ったのである。

「ところでさ、あの発明女は?」
「えっ?ポリーニのこと?」

 うなずいた蒼雷にディレルは不思議そうに顔をして答える。

「ポリーニはまだ学校じゃないですか?なんだかここ数日すごく熱心に研究室にこもってますから…」
「だよな、すげぇ恐い顔して何か作ってるし…」

 みぎては思わず身震いをして相槌を打つ。この魔神にとって、ポリーニの発明品は人間界最大の禍というのに等しい。なにせ彼女の珍発明品が登場するごとに、まず確実にみぎてたちを実験台にするからである。
 ところがそれを聞いた蒼雷は、すこし不満そうな顔をして言ったのである。

「何だよ、人をこんなとこまで呼びつけておいて、本人は出迎えなしなのかぁ。あの女…」
「ええっ?」
「ポリーニに呼ばれたって?」
「マヂかよ!」

 三人は意外な蒼雷の発言に驚愕した。蒼雷の突然の来訪は、単にバビロンの街を観光するとかそういう目的ではなく、どうやらここ数日のポリーニの研究と関係あるらしいということが、すぐに想像できたからである。これは…大変危険な、とんでもない発明品が絡んでいるに違いない。きわめて悪い情報である…
 コージたちは突然「大騒ぎの予報円、暴風圏付き」の真っ只中にいるのを自覚せざるを得なかったのは言うまでも無い。

*       *       *

 コージたちは早速蒼雷たち一行を連れてバビロン大学へと向かった。もちろん蒼雷の運転する霊獣「天の鳥船」で、である。街中を霊獣で走り回るというのはかなり珍しい話なのだが、ちゃんとこの霊獣はナンバープレートを首から提げているので、まったく(法的には)問題が無いようである。もっとも容積的には、乗客五名だとかなりぎりぎりサイズなのだが。

「この天気でも学校にいるのか?発明ね~ちゃん」
「いますね。絶対いますよ」
「間違いねぇと俺さまも思う…」

 半分あきれ、半分あきらめたような表情でディレルは蒼雷に答えた。いや、ディレルでなくても簡単に予想が付くことだったが、確実にポリーニはまだ研究室にいるはずである。蒼雷を呼んだのがポリーニであるとすれば、彼女が蒼雷を待っていないはずは無い。
 といっても本音を言うと、コージはあまり(少なくとも今日は)研究室に顔を出したくなかった。いや、これはコージだけでなくみぎてやディレルだって同じ見解だろう。今日みたいな嵐の日は正直言うとあんまり厄介ごとに巻き込まれたくない。せっかく蒼雷たちが遊びに来てるのだから、みんなで居酒屋にでも行って、それから素直に帰宅したいものである。
 が、さすがにコージといえども、蒼雷一人で研究室にゆけとか、そういう冷たいことを言う気にはならない。もちろん蒼雷が大学に来るのは初めてだというのもあるが、そんなことは些細な問題である。なにより一番まずいのは「相手がポリーニである」ということなのである。

 ポリーニ・ファレンス…彼女がどんな厄介な女性であるかという点については、いまさら説明するほどのものでもない。とにかく一見よくいるそばかす&眼鏡っ娘なのだが、恐ろしいことにさまざまな珍発明をするという厄介な趣味(?)を持っている。もちろん実験台はさっきも触れたとおりみぎてやコージである。
 そんなに実験台がいやなら、きっぱり断れば断りきれないものではないはずなのだが、それがそうもいかないところがややこしい。実はポリーニはコージの幼馴染なのである。子供のころのコージの格好悪いところとか失敗をことごとく知られている。恐ろしいことに中学の時のコージの丸坊主姿の写真までしっかり握られているのだから、下手に逆らうと後で何をされるかわかったものではない。それにポリーニは魔法工学部では数少ない「一応女性」である。つまり女王様なのである。本質的に女性に激アマのみぎてなどでは抵抗するすべが無い。
 そういうわけで、コージたちは今回の蒼雷の訪問に危機感を募らせていたのであるが、かといって尻尾を巻いて蒼雷を見捨てるわけにはいかない。やばいと判っているのに見て見ぬふりをするなんてあまりにあまりである。

 というわけで、まるで台風の雨雲より暗い表情となったコージたち一同は、大学の校門をくぐった。もう日暮れで、さらには天気も悪いのですっかり暗くなっている。さすがに嵐の前日ということで、ほとんどの研究室はさっさと店じまいをしているのが判る。が、やはり案の定、ポリーニのいる部屋には煌々と明かりがついている。彼女が少々の台風くらいでへこたれるわけないのである。

「やっぱりいるぜ。ほらあそこだよ」
「ほんとだ、明かりがついてるな」

 乗用霊獣を校舎の前に停めて、さっそくコージたちはポリーニの研究室へと乗り込むことにした。ちなみに…彼女は実はコージたちと同じ院生なのだが、あまりに圧倒的なずうずうしさで、共同研究室の一室を彼女専用に占拠してしまっているのである。教授や准教授ですら黙認せざるを得ないのだから相当なものである。

「…『ポリーニのラブラブ研究室』…これか?」
「読んで字のごとく。これだ」
「…これじゃなかったらいいのにと、少し俺、思った」

 部屋の前にたどり着いた蒼雷は、いきなり目に入った乙女チックなネームプレートに度肝を抜かれた。木製のプレートには明らかに手作りの小さなぬいぐるみやらなにやらがぶら下がっている。そして「ラブラブ」というべたな表現である…魔神や氏神さまじゃなくても、思わず不安がこみ上げてくる。なんだかこの先には男には見てはいけない秘密の領域があるのではないか…という気がしてくるわけである。
 しかしいつまでもここでどきどきしているわけにもいかない。蒼雷は不安一杯になりながらも、そっと扉をノックした。

「おう、発明女…いるか?」

 ところが返事は意外な方向からした。なんと彼らの真後ろにポリーニが、ホカ弁を抱えて立っていたのである。どうやら今夜の晩飯を買いに出た帰りだったらしい。

「失礼ね~っ、発明女は無いでしょ、発明女は!乙女に向かって言うせりふじゃないわっ!筋肉じゃなかったら百叩きにするところよ!」
「げげっ!」

 蒼雷だけでなく、みぎてもコージも、大の男どもはそろって突然の彼女の出現に、心臓が縮み上がるほど驚いたのは、薄暗い廊下のせいではないのは明らかだった。

*       *       *

 「ポリーニのラブラブ研究室」は、その名前に似つかわしくなく、ずいぶんちらかって雑然としていた。「女の子」というものに(それがたとえ「自称」乙女であっても)幻想を抱いていた蒼雷にとっては、かなりショッキングな光景であろう。なにせいたるところに裁断したビニールの切れ端や、なにかの図面や、それから書き損じのメモやら糸くずやらが散乱しているのである。まあそうは言っても雑然具合でいえばコージたちの部屋だって大してかわらない。いや、男所帯なのであるからもっと壮絶である。
 当然ながらコージもみぎてもこの部屋に来たのは初めてというわけではない。いや、むしろ何度も来た事があるといった方が正しいのである。そのたびごとにろくでもない発明品の実験につき合わされるのだから、彼らにとっては恐怖の部屋である。
 が、それに比べても今日の状況はひどかった。よほど片付ける暇が無かったというのがなんとなくわかる。どうやらこれは彼女がここ数日研究室にこもりきりだったということと何か関係があるのかもしれない。

「ちょっと散らかってるけどごめんね。ここ三日ろくに寝てないのよ」
「ええっ、大丈夫かよ?」

 みぎてはびっくりして心配そうな声を上げる。この健康優良児魔神にとって、「寝ていない」ということは飯を食わないということに匹敵して大事件なのである。たしかに彼女の目の下には青い隈ができている。

「幽霊が部屋に出てきて眠れない…ってわけじゃないですよね」
「あ、だったら俺さまに任せなっ!幽霊くらいすぐ蹴り飛ばしてやるからさっ」

 ディレルが冗談めかして言った言葉を真に受けて、みぎては勇ましくうなずく。まあみぎては一応精霊族なので、幽霊など本当に蹴り飛ばしてしまえるのだが、まさかそういう問題ではないだろう。
 ポリーニは呆れ顔で答える。

「幽霊なんて出るわけ無いわよっ。もし出たら蒼雷君に退治してもらうわ。せっかく来てもらったんだから。ねっ」
「…ねっ、だって。熱いな」
「アニキ~っ、彼女だ彼女だっ!」
「こらっ、ませガキっ!」

 ポリーニの微妙にして思わせぶりな発言に、蒼雷は大慌てである。蒼雷の意向などまったく無視して話がすすみそうになっているのだからたちが悪い。弟分のヴィスチャは初耳だったらしく面白がって騒ぎだてる。まあもっとも彼にしてみても、女の子に甘い言葉をかけられるのがいやなわけはない。今回わざわざ自慢の自家用霊獣で嵐の中を駆けつけたところを見ても、おそらくまんざらでもないのだろう。

「でもポリーニ、寝不足っていったい…締め切り前の漫画家みたいじゃないですか。」

 ディレルは机の上に転がっているドリンク剤の空き瓶を見て、さすがに驚いたようすで言った。たしかに空き瓶がごろごろと、それも値段が安いものから一本三千円するものまでそろって転がっている。これはまさしく同人誌即売会直前の世界だった。言われてみれば部屋の散らかり方まで相通じるものがある。スクリーントーンの切れ端が落ちてないことだけが違いといってもいい。
 すると彼女は言った。

「あたしは漫画は描かないわよっ。レイヤーだもの」
「…レイヤーって何なんだ?コージ」
「俺も知らない」
「コス・プ『レイヤー』のことですよ。前、お祭りの時に僕たちもやらされたじゃないですか。まあみぎてくんや蒼雷君は今でもそのまんまコスプレの世界ですけどね」
「あ、あれか…」

 そのまま話はコスプレの話や同人誌即売会の話に転がりそうになってくる。コージとみぎて、それから蒼雷にとってはああいうものはまったくといっていいほど未知の領域だったが、どうやらポリーニやディレルは多少は(ポリーニは多分に)知っているらしい。そういえばたしか去年の夏のバビロンカーニバルの時は、ポリーニ特製のコスプレでかなりヘビーなダンスをさせられたのである。コージの心の中に不安が走る。

「まさかまた俺達、着ぐるみ着ろとかダンスをしろとかいうんじゃないだろうな?」
「ええっ!またかよ!蒼雷も一緒にか?」

 コージの不平にみぎても大慌てである。あの変な戦隊もの衣装は、(傍目からはまったくわからないが)暑いやら通気性が悪いやらで、着ている側としては最悪である。あんなのを着て激しくダンスを踊るのはもう勘弁してほしいというのは、全員(除くポリーニ)の共通見解だった。
 が、ポリーニは平然と言った。

「あ、あれは当然カーニバルの時に新しいの企画するわ。蒼雷君も参加ね。ラッキー☆」
「しまった、墓穴だ…」
「えっ!」
「コージっ!みぎてくんっ!寝た子を起こしちゃいましたね…」

みぎてとコージは蒼白になったが、一度口から出たものは引っ込めるわけには行かないのが世の常だった。

(③につづく)

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