見出し画像

炎の魔神みぎてくん 大学案内 ②「大学ってこんなところだって誤解されると」

2.「大学ってこんなところだって誤解されると」

 コージ、みぎて、ディレル、そして甥っ子マルスの四人は、銭湯を出ると早速近くのファミレス…ファミリーレストランへと向かった。銭湯で結構長話をしていたということで、既にすっかり日が沈んで星がちらほらと見えている。さすがは晩秋である。ちょうど空腹になる時刻だからファミレス行きに異論はない。
 実はファミリーレストランというのは、初対面の人と一緒に会食するには非常に都合がいい。ともかく料理の種類が多いというのが最大の利点である。つまり「好き嫌いやアレルギー、生活習慣の問題」を回避できるということなのである。
 コージのような人間族はたいていのものを食べることが出来るのだが、それでも好みはある。ところが炎の魔神族であるみぎてとなると、やはり種族の性質上あんまり冷たい(アイスクリームとか)ものは食べることが出来ない。トリトン族のディレル達だって多少のタブー(鯨やいるかのような海洋哺乳類は絶対食べない)がある。ファミリーレストランならば、各人が食べられるもの、食べたいものを自由に選ぶことが出来るので安心なのである。
 彼らが入ったファミレスは、まあこういうタイプの中では比較的平均価格が安いとされている、まさしく大衆ファミリーレストランである。当然こんな夕飯時はお客が多い。ちょっとばかり入り口で待つことになるが、これはいたしかたない。
 しばらく待った後、一同はようやく座席につくこととなる。風呂上りはだれでも腹が減るものなので、この飢えた学生集団はメニュー選びもそこそこに怒涛の注文である。特に大喰らいの魔神などは、まず出てくるまでに時間のかからない「カレー」を頼んで、それを食っている間にもう一品頼むという計画だった。いや、みぎてだけではなく、育ち盛りのマルスも負けず劣らず大量注文である。

「だからファミレスってちょっと高くつくんだよなぁ…」
「そういえば僕たちが子供のころもたくさん食べましたよねぇ」
「それ言っても財布には慰めにならないって」

 たしかに二品ぺろりと平らげるというのはすごいといえばすごいのだが、よく考えてみるとコージたちが育ち盛りだったころは同じようによく食ったものである。が、いずれにせよ出費がかさむのは変わらない。これでホテルなどで会食だったらえらいことになっていたに違いない。
 さて、出てきた料理をうまそうにぱくつく二人を横目で見ながら、コージはディレルに聞いた。

「ところでさ、甥っ子さん…マルスはバビロンでどんな予定なの?」
「あ、えっとね、バビロン大学を見たいんだってさ。まだ高1なんだけどね」
「もぐもぐ…僕、卒業したら受験するつもりなんです」
「えっ?あっ、高1なんだ…」
「なるほどなぁ~」

 どうやら実はマルスは「高1」らしい。コージには中学生かそこらへんの年に見えていたのである。まあよく考えてみると背丈の小さい人も世の中には多いので、このくらいの高校生も結構いるはずである。日ごろみぎてみたいなでっかい魔神と同居しているせいで、こういうところはちょっと感覚が狂いがちである。
 しかしともかく、大学受験の前に一度大学というものを見てみたいというのは非常に前向きな話である。たしかにこのマルスという少年はディレルに似て賢そうだし、大学受験を考えてもおかしくは無い。まあコージが高校生のときに「将来のために大学を見てみたい」とか考えたかといわれると、はずかしいことだがまったく無い。まあ彼が高校生だったのは既に七・八年前だし、受験戦争は当時よりもっと熾烈になっているのかもしれない。
 すると隣のみぎてはちょっと興味深げにうなずいて言った。

「おうっ、こいつ魔道士に向いてるぜ。俺さまが太鼓判押すからさ」
「出た出た、みぎての根拠なしいい加減発言」
「ええっ!ひでぇなぁ~」
「なんだかみぎてくんの太鼓判って怪しさいっぱいですからねぇ」

 コージやディレルの突っ込みに、みぎては口を尖らせて抗議する。まあこの辺はいつもの掛け合いなのである。が、そのまま魔神は面白そうに続ける。

「あ、でもさ。根拠なしってわけじゃねえんだよ。一応。」
「えっ、そうなんだ。なんかあるな、みぎて」
「へぇ~っ、なにかやっぱり魔神だから感じることとかなんですか?」

 感心したようなコージとディレルに、魔神はうなずく。

「えっとさ、こいつ絶対俺さま達精霊族に好かれやすいタイプなんだ」
「…好かれやすいって…」
「そういうのあるんですか~、やっぱり」

 コージもディレルも目を丸くして驚く。精霊魔法というのは、精霊と術者の関係で成立するというのはわかっているのだが、精霊側に「好き嫌い」というのがあるとは二人とも想像もしていない事実だった。いや、考えてみれば傍らにいるみぎてだって魔神族…つまり精霊族の一種なのだし、お互い気に入っているからこそ同居までしているのである。普通の精霊だって好き嫌いがあるのは当たり前であろう。
 しかし…「精霊に好かれやすいタイプ」というのがいったい普通の人とどういう風に違うのかという点については、二人ともまったく想像もつかない。

「いったい普通の人とどういう風に違うんだ、みぎて?」
「…う~ん、そういわれても説明難しいぜ」
「たしかに難しそうですねぇ。一応、性格とかの問題なんですか?それとも素質?」
「性格っていうのとはちょっと違うんだよな、うーん、なんていったらいいんだろ…」

 いつものことだがこういう「説明」となると、みぎては学の無さというか、ボキャブラリーの貧困さが炸裂する。もともと「好かれる」とかそういう類のものは、言葉で説明できる内容かどうかも怪しいことである。ましてや文学的表現が絶無に等しい「単細胞魔神」みぎてであるから、いくら真っ赤になってうんうんうなろうが適切な表現など浮かぶはずも無い。
 が、逆にコージやディレルも精霊魔術を志す学生である。「精霊に好かれやすい」要素というのがあるとすれば、彼らにとっては非常に興味深い話だった。おそらくは天性のものなのだろうが、もしコツがあるならぜひとも実践したいというのが本音である。二人は魔神と、それから向かいに座るマルスを交互に見比べ、なにかヒントのようなものがないかと一生懸命考える…が、結局気がつくことといえば「二人とも良く飯を食う」程度である。
 結局なんともわけがわからず、コージとディレルは首をかしげて食後のコーヒーを飲もうとした…が、その時である。
 突然がたがたと彼らの後ろの窓ガラスが音を立てた。

「えっ?地震?」
「うわっ!」

 二人はぎょっとして背後を振り向く…が、途端にがたがたはぴたりと収まる。こんなものが地震であるわけはない。人影こそ無いが、あきらかにいたずらである。窓の外にでも誰か知り合いがいるのだろうか…
 ひょいと首を伸ばしたディレルは、不思議だというような表情になって再び腰を下ろした。

「誰もいませんよ。おかしいですね」
「…みぎて、なんか見たか?」
「あ、あれじゃねぇのか?ほら、あそこ」

 魔神は笑って隣の窓ガラスの方を指差す。が、一見そこはなにもいるようすはない。困惑しながら二人はそっちのほうをきょろきょろ見回した。が、ややあってようやくディレルはその正体に気がつく。

「あ、精霊ですよ、小さいけど…」
「え?まさかあれ?あ、ほんとにいるけど…」

 よくよく目を凝らしてみると、たしかに窓の近くにぼんやりと小さな黒っぽい精霊がいて、こっちをのぞいている。当然ながら普通の人間にはこういう精霊は見えない。魔道士の卵である彼らだからこそ、実体化していない精霊もわかるのである。(ちなみにみぎての場合はちゃんと実体を持っているので、普通に人間界で生活できる。)どうやらどうもさっきの「がたがた」は、あの精霊がちょっとしたいたずらをしただけのことらしい。世に言う「騒霊」…ポルターガイストというやつである。
 しかし普通はこんなファミレスで騒霊現象など起きるはずは無い。どんな家でもかならず結界があるし、守護霊もいるので、悪さをする精霊は入ってこれないのである。

「へんですねぇ…でもあの精霊、そんな悪い種類には見えないんですよ。第一悪意のある精霊だと、家の結界にひっかかりますよ」
「あ、うん。あれよくいるやつだし、単なるいたずらじゃねぇの?」
「いたずら…するもんかなぁ普通…」

 ディレルがちょっと手招きすると、たしかにちび精霊はふわふわとやってくる。どこにでもいる「音符の精霊」である。黒い玉に一本の尻尾がおたまじゃくしのように生えている。旗が無いから四分音符である。
 が、音符はディレルのところを通り過ぎて、マルスの傍に近づいてそこで落ち着き無くちょろちょろしたり、それからコーヒースプーンを触って小さい音を(長さはやはり四分音符分である)たてたりしている。やはり興味の対象は、明らかにこのトリトンの少年のようである。どうも彼が精霊に好かれやすいということは、紛れも無い事実のようだった。が、食事中にこんなじゃれ付かれたらちょっと迷惑ではある。
 とはいえ当のマルスは全然そんなことは気にしていないようである。見えていないわけではない。精霊力に鈍感ならば魔道士向きではないことになるが、どうやら全くの逆のようだった。そこら辺にたくさん精霊がいても、それが普通と思っているだけらしい。気にしていたらきりが無いという表情である。事実コーヒースプーンをおもちゃにする音符の精霊を無造作につかまえて、スプーンを回収するところなどは明らかに手馴れている。で、さらに次のせりふがこれである。

「えっ?そうなんですか?精霊に好かれやすいって…僕考えたこと無かったです」
「ええっ!大人物だぜこいつ」
「…慣れって恐いな。慣れ…」

 どうやら子供のころから「精霊の居る風景」しか見たことがないので、これが普通だと思い込んでいるようである。呆れたようなコージの一言だが、マルスのほうはそれすら何のことかわかっていないらしい。大人物というべきなのか、それとも天然ボケというべきなのかは微妙である。

「うーん、普通こんなに部屋の中までちょろちょろふわふわ出てこないですよ…精霊って」
「そうなんですか?うーん」
「まあ例外もある。たとえばそこの魔神」
「ええっ!俺さまちょろちょろ?」
「まあ少なくともちょろちょろじゃあないですねぇ…」

 一応みぎても精霊族なので、「普通精霊は常時部屋の中に出てこない」というのは例外もあることになる…さらにこれだけ態度がでかいとなると、ちょろちょろというのは全くもって正しくない。
 炎の魔神が不満そうな顔をすると、三人だけでなく小さな音符の精霊までけたけたと笑い声を上げる。チビ精霊にまで笑われて、ますます魔神は不満な表情いっぱいになったのは当然のことだろう。

絵 武器鍛冶帽子

*       *       *

 晩御飯も終わって、四人は月夜の街をのんびりと歩いた。もちろん銭湯「潮の湯」目指してである。長旅…というほどのものでもないが、マルスはそれなりに疲れているはずだろう。もっともまだ高校生なのだから、この程度はぜんぜん平気かもしれないが、逆にディレルやコージ、そしてみぎては明日も学校である。あんまり夜更かしというわけにも行かない。

「でさ、マルス。一応滞在の予定ってきまってるのか?」
「あ、えっと…一応、明日か明後日でも講座見学って話、してるんです」
「たぶん明日、僕が連れてゆきますよ」

 すっかりみぎてはマルスが気に入ったらしく、ニコニコ笑ってがしがしと頭をなでる。コージから見れば、マルスはディレルに似て素直な、言い換えると単におっとりした少年というだけなのだが、やはり精霊族のみぎては彼からなにか引力のようなものを感じているのだろう。なんだかそれはそれでしゃくにさわるような気もする。
 もっともさすがに付き合い三年ともなると、これしきのことで妬いたりねたんだりするなどという浅い関係ではない。なんども喧嘩したり仲直りしたりしている二人だから、こんなことは何度だってある。要するにみぎてという相棒は本当にお人よしで、そして仲間をとても大事にするというだけのことである。まあそれでもやっぱり…輝くようなみぎての笑顔に、多少はやきもきしたりするものなのだが。
 が、それはそれとして、いささか気になるところがある。コージは不安を早速口に出してディレルに警告した。

「でもディレル、うちの講座…見せて大丈夫か?」
「えっ?コージ…あ、うーん」
「いいかディレル。ポリーニだぞ、ポリーニ」
「…そうなんだよねぇ…」

 コージの指摘にディレルはちょっと困ったような顔になる。いや、コージの意識の中ではもっと「大いに困った顔」をしてくれないと困るのである。なにせコージたちの講座は一般の大学の講座とは決定的に違う、頭が痛くなる厄介な問題を抱えているからである。もちろん魔神が学生をやっているというのも違いといえば違いなのだが、そんなレベル(それだけでも十分普通とは違うのだが、頭が痛くなるほどではない)の話ではない。なにしろ彼らの講座には…変態発明女王、ポリーニ・ファレンスがいるからなのである。
 彼女のことは(これまた常連なので)そろそろご存知の方も多いだろう。三つ編みのそばかす・眼鏡っ娘という外見はまあこういう理系の女子学生ならよくいるからよいとして、学内で一・二をあらそう変な女の子なのである。ともかく何が問題といって、怪しい魔法製品を次々と発明しては、それを周囲に押し付けて実験台にするという最悪の趣味を持っている。いや、趣味といってはいけない…これは彼女の立派な研究テーマなのである。他にもこの学校にはわけのわからない発明品を作りたがる人はいる(向かいの講座のシュリ先生はポリーニのライバルである)ので、彼女だけの特権ということにはならない。
 が、コージたちにとって何が一番恐ろしいかというと…彼女の場合は圧倒的ともいえる押しの力によってコージやみぎてを「恐怖の実験」に巻き込むことだった。コージにせよみぎてにせよ、なんどひどい目にあったかしれない。ボウリング場でボールの代わりにスピンさせられたり、巨大風船に乗った彼女が台風に巻き込まれて飛んで行くのを命がけで追いかけたりと、語れば三時間くらいはネタがあるほどである。
 まあそれでも友達づきあいをやめないというのは、同じ講座仲間だし、それなりに彼女にもいいところはあるし(責任感は強いし面倒見はいい)、さらにはコージにとっては幼馴染であるというところもある。結局のところお互い慣れ親しんでいるからこその騒ぎなのだろうが…

 問題はこのとんでもない講座を、マルスに見せるべきだろうかということである。というか正直、コージは不吉な予感でいっぱいなのは言うまでも無い。当然彼以上に毎度ひどい目にあっている傍らの魔神は、コージ以上に露骨に不安いっぱいの表情を見せ始めた。

「それ、やっぱやべぇぜディレル…」
「うーん、そうかなぁ」
「だってさ、大学ってこんなところだって誤解されるとショックじゃねぇか?俺さまも最初そう思ったし」
「ええっ、みぎてくんやっぱりそんな風に思ってたんですかっ!」
「そりゃそうだろうなぁ…サンプルが1/1だからな」

 人間界や大学についてこの魔神が誤解するとすれば、それはコージやディレルにも多少の(コージの場合はかなりの)責任があるのだが、それは話が別である。ともかくみぎてもコージもかなりの危機感を持っているということは間違いない。
 ディレルは二人があまりに危険を強調するもので、さすがに不安になってきたらしい。しばらく考えた後、計画の変更を宣言した。

「じゃあこうしましょう。えっと、講座見学は明後日。たしかポリーニ、研修会に行くって言ってましたし」
「あ、そのほうがいいって。それなら安心だよな」
「部屋が散らかってるってことは別問題だけどな」
「それはもう仕方ないですって。理系の講座の現実はちゃんと見ておいたほうがいいとおもいますし…」

 理系の講座というものは、所狭しと実験器具とガラクタと文献がつみあがっていて、廊下にまでそれがはみ出していて、消防の査察など受けようものならえらいことになるというのは、どこの大学でも同じである。ましてやクラブの部室棟とか、生協の売店とか、大学にはごみごみしたスラムみたいなところはいくらでもある。そういうものも一緒くたにして、大学というものを見ておくことも悪くは無い。
 ということでわいわい騒いでいるうちに、彼らは最初の出発地点「潮の湯」の前に到着である。そろそろ夜も遅くなってきたので、いつまでも外で立ち話しているわけにもいかない。明日に備えて解散ということになる。

「じゃあな。また明日」
「マルスはあさってくるんだよな。楽しみにしてるぜっ!」
「はい、よろしくお願いします」
「みぎてくんもコージも、あんまりむちゃくちゃなことは教えないでくださいね」
「おうっ、わかってるって。任せときなっ!」
「魔神がいるだけでもう十分むちゃくちゃな講座なんだけどな、うちは」

 冗談をいいながら、彼らはにこやかに別れを告げて家路についたのである。まさかこのマルス少年が、予想外の騒ぎを引き起こしてしまう原因だとは…神ならぬ身の彼らにはまったく想像できなかったのは当然のことだろう。

(③へつづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?