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炎の魔神みぎてくん グルメチャンネル ④「うわっ!なんで女の子がっ?」

4.「うわっ!なんで女の子がっ?」

「あれ?あれがうわさの?…うっひゃあ~、でっかいです!ちょっと見上げるくらいの背丈ですよ!魔神ですよ奥さん、ほんとに魔神です!」

 プロデューサーの合図と同時に、でっかいビデオカメラのスイッチが入る。研究室にレポーターが潜入するシーンの撮影開始である。と、さっきまではちょっと芸能人にしてはおとなしいかなという感じだったシン元選手が、こんど大げさなほどのアクションでこれまた大げさな台詞とともに入場してくる。あまりの豹変ぶりにこっちが驚くほどである。こういうときにきちんと演技できるのは、さすがにプロということだろう。一応さっきお互いに自己紹介を済ませているにもかかわらず、「たった今発見しました」というのは台本のせいである。
 とはいえあんまり大げさな台詞なので、思わずみぎてもコージもくすくす笑ってしまう。プロでもなんでもないコージたちは、特にプロデューサーから細かい指示を受けているわけではない。番組ぶち壊しのとんでもないことをしなければ、素直に笑ったりしゃべったりすればいいのである。
 カメラはコージとみぎての前までやってきて、それからいよいよ二人の初出演シーンとなる。

「いや、すごいですね。えっと、ほんとに魔神族の方なんですよね」
「おう、俺さまみぎて大魔神、炎の魔神族なんだ。こっちは相棒のコージ」
「ちーっす、コージです。こいつのマネージャーです」
「うわっ、マネージャーって僕達芸能人と一緒じゃないですか」

 コージも考えたものである。自己紹介をする時にいつも悩む問題なのだが、みぎてはともかく(炎の魔神という肩書き(?)がある)、コージの立場を一言で説明するのはかなり難しい。公式なことを言えばもちろん「級友」ということになってしまうのだが、それではディレルやポリーニと同じになってしまう。寝起きを共にする同居人で、ずっと魔神の世話をしてきたのは彼だということを考えると、それだけで済ますのは的確ではない。「世話係」という案もでたのだが、動物園の飼育係みたいである(なによりみぎてがすねる)。かといって真相に近い「相棒」「同居人」といってしまうと、今度は別の邪な妄想(実はかなり的確なところもあるのだが)がちらついてしまいかねない。
 そこで出てきたのが「マネージャー」という肩書きである。実際学校ではコージはみぎての面倒を見ているだけでなく、この魔神の魔力を使って行われる実験の受付や交通整理をしているのである。魔神級の強大な魔力は、さまざまな実験に引っ張りだこなので、きちんとスケジュール管理をしないとえらいことになってしまうのである。これならかなり正確な立場をあらわしているし聞こえもいい。

「みぎてさんは人間界に来て何年くらいなんですか?」
「四年目だぜ。人間界って炎の魔界よりちょっと寒いけど、食い物はうまいよな」
「っていうかみぎては食いすぎだからこんなにごっついんです」

 ボケと突っ込みを交えながらのインタビューはなかなか快調である。番組自体がもともとグルメ番組なので、みぎての食い物系ボケは非常に都合がいい。それに少ししゃべっているうちに少し肩の力がぬけてきたところもある。もともと度胸満点の魔神だからというのもあるだろうが、シンさんのほうも彼らが緊張しないように誘導してくれているのだろう。
 さて、魔神の紹介や翼の見せびらかしを済ませたところで、シーン1は終わりである。

「はい、OKですよ!なんだか二人とも慣れてるね。こういう経験あるの?」
「あはは、俺さま今までもいろんなことやってるし。こういうテレビとかは初めてだけどさ」
「こいつ度胸だけは満点だし。でもシンさんの名インタビューのおかげですよ」
「そういわれると照れちゃうな」

 撮りなおし無しで無事に最初のシーンが終わったということで、プロデューサーもシンさんも少しほっとした表情で笑う。大体こういうものは、シーンをひとつ撮ってみればあとの進行も予想がつくものなのである。(うまくいかないときは最初から最後までてこずる。)この調子なら少々ポリーニが羽目をはずしても、まあ大脱線はしない程度で済むかもしれない。コージだけでなく、どうも相棒も同じことを考えたらしい。ちょっとほっとしてきたと同時に急速に腹が減ってくる。するとそれに気がついたらしくプロデューサーはゴーサインを出す。

「さて、そろそろお昼だね。じゃあ一軒目の店へいって撮影だよ」
「おうっ、俺さまもう腹へって力が抜けそう」

 情けない声を出す魔神にスタッフはくすくす笑う。が、シンさんは安心したようにうなずいた。

「それはよかった。初出演で緊張して食べれなくなる人も多いからね」
「みぎての場合それだけはないですって。シンさんはどうですか?」
「僕もおなかが減ってそろそろ限界だよ。朝飯食ってないんだ」
「ええっ?マジかよそれ!」
「うん、グルメ番組は朝飯抜いておくことにしてるんだ。何度も食べるからね」
「…俺さまそれ無理。倒れる」

飯抜きなんて想像したくないという風に首を振る魔神に、今度は全員げらげら笑い始めたのはいうまでもない。

*       *       *

 ここから先は全部の店を回るのはみぎてとコージ、そしてレポーターのシンだけで、ディレルやポリーニはそれぞれが紹介する店で合流である。ということは…合流するまでは厄介なことが発生してもディレルの協力が得られないということになる。もちろんシンさんは初対面とは思えないほど好感の持てるいい人だが、あくまでテレビ側の人である。さすがに頼り切ってしまうわけにはいかない。そう考えると少しだけ不安がよぎるコージである。

 さて、一軒目に紹介する店というのは、みぎてお気に入りのラーメン屋「大学前ラーメン」である。ここのキムチラーメンはたしかにうまい。大体いつもここにくるときは夜の十時過ぎで、家に帰ってご飯を作る元気がないときである。
 なぜこの店がみぎてのお気に入りなのかというと、実はここの盛り付けは学生街にありがちな「超大盛り系」で、「小」サイズが普通のラーメン屋の並、大盛りなど頼もうものならバスケットボールか何かと同じくらいの大きな丼に、具まで山盛りのサイズで出てくるのである。いくらコージの三倍は飯を食う大喰らいのみぎてでも「大盛り+ライス」で満足できるという、まさしくこの魔神のためにあるような店だった。
 十二時半にロケ開始ということで店に到着した彼らだったが、当然店は大入り満員である。こんなところに大きなカメラを持ち込むのはちょっと難しい。もちろん店主とはあらかじめ話がついているので、どうにかしてもらえるのは間違いないのだが…ある程度ピークが終わるまで待つしかないようである。

「昼間はこんなに混んでるんだなコージ」
「うーん、俺も知らなかった。いつも夜も遅くに来るから並んだことないし」
「これだけの行列だと期待できるね。あ、店長さんが来たようだ」

 店がテレビに出るということで、忙しい間をぬって店長が挨拶にやってくる。もちろん常連のみぎてたちはよく知っているおっさんである。

「伊達にしょっちゅう喰いに来てないな、二人とも。うちの店の味がわかるんだから」
「あはは、こいつが特にお気に入りなんですよ」

 店長の威勢のいい挨拶にコージは笑う。しかし次の一言にコージの笑みはそのまま凍りついた。

「注文はいつもの大盛りって聞いてるけど、いいな。全員」
「え…」
「あ、俺さまキムチたっぷり」

 普段晩飯時に喰うときだって、コージはさすがに大盛りを頼んだことはない。中盛りで充分普通の店の大盛りレベルなのである。いや、いくらみぎてだってこの後まだ何軒もはしごをしないといけないことを考えると、ここで大盛りを食べてしまうのは危険すぎる。それに腑に落ちないのは、どうもこの注文をしたのはテレビスタッフらしいことだった。(店長の「聞いてるけど」という言葉でわかるわけである。)
 あわてたコージはシンの方を向いて何か言おうとした。しかし彼はニコニコ笑ってコージが口を開く前に言った。

「大丈夫だよコージ君、僕も相当大食いだから。ひょっとするとみぎてくんに負けないよ。だてにスポーツ選手やってたわけじゃないからね」
「でもここのどんぶりサイズ、すごいのは他のお客さんを見てもわかると思うけど…」
「あはは、現役のころはあれくらいあっという間だったよ。それに一人で全部食べてもいいのはここの店くらいなんだよ。あとの店はスタッフと一緒に食べるからそうはいかないしね」

 気楽に言うシンだが、コージは一抹の不安を隠せない。いや、もちろんシンはこういう番組にレギュラー出演するような人物だし、みぎての大飯ぐらいもよくわかっている。しかしコージ自身の経験というかおなかの答えは「そこまで今喰うと後が危険」とはっきり言っているのである。
 しかしコージが対策を思いつくより先に、ロケの準備ができてしまう。店内の一角が彼らのために空けられて、大きな拍手(他のお客さんがよろこんでいるのだろう)まで聞こえてしまえばもう後には引けなかった。三人はのれんをくぐり、お客の(ほとんどがバビロン大学の学生達である)歓声に迎えられて店内に突入するしかなかったのである。

*       *       *

 ところが、コージの危機感などまったく気にせず、みぎてとシンの二人はこの「バスケットボールサイズ」の大盛りキムチラーメンをあっさりと完食してしまったのである。もちろんさすがにあとの店が控えているので、これでもみぎてはいつもより控えめ(つまりライスなし)である。

「シンさん…すごすぎます。みぎてに対抗できる人は初めて」
「ほんとにおいしかったよ、うん。これなら次の店も期待できるね」
「あはは、俺さまのとっておき。やっぱたまには魔界みたいに辛いもん食いたくなるしさ」
「キムチ大盛りのみぎてバージョンだけは、いつ見ても辛すぎて喰う気にならないけどなぁ」

 コージは半分あきれ、半分尊敬…いや残りの半分もあきれたまなざしでこの水球選手を見るしかない。みぎてはとにかく魔神族ということで、コージたち人間族とはパワーと燃費が違う(パワーはでかいが燃費は最悪)というのはわかるのだが、まさかこんなスリムな青年が、まったく魔神と同じスピードでラーメンを平らげるとは思いもよらなかったのである。
 するとみぎては笑いながら言った。

「あはは、俺さま絶対シンさん、喰うほうだと思ったぜ。筋肉あるからさ」
「そういうものなのか?みぎて」
「うん、結局筋肉あるやつって、それだけでエネルギー使うから喰うぜ。シンさんもやっぱりスポーツ選手だからすげぇいい体してるぜ。見た感じでわからぁ」
「そこまでほめられるとちょっと恥ずかしくなっちゃうよ。あはは」

 照れているシンだが、まんざらでもないらしい。さすがにアスリートは同じアスリートがわかるということなのである。ただ、みぎての発言はよく考えると「シンはスポーツマンらしくいい体をしている」ということだけではなく、「シンは魔神並みに大喰らい」ということも意味しているのだが…

 二件目の店は下町の真っ只中にあるお好み焼き屋「はりせんぼん」だった。下町、ということは当然ながらディレルの推奨店である。というかはっきり言うとディレルの自宅であるお風呂屋の隣のお店なのである。これはもう確実に陰謀だろう。こんな昔風のお風呂屋がある街を、『街角探検!下町とっておきクイズ』という名を関した番組がほうっておくわけにはいかないのは明らかだからである。

「あ、これはすごく懐かしい町並みだね。ちょっとここでカメラ回しておこうか」

 プロデューサーは思わず立ち止まって、昔風の町並みに魅入っている。当然その中心には「銭湯潮の湯」があるわけで、これならカメラに入らないわけはない。ただで実家の店の宣伝をしてしまおうという悪逆非道、いや家族思いのたくらみなのである。

「コージ、こうしてみるとディレルって結構ワルだよな」
「…隙がない。あまりにもみごとな作戦…」

 みぎてもコージも完璧すぎるディレルの便乗作戦に舌を巻いていたのだが…話はもちろんそれだけでは済まなかった。

「決めた。その銭湯もロケしよう。三人とも入ってくれる?」
「ええっ?今から急に?」
「僕もか…うーん、仕事だし仕方ないよなぁ。ギャラもらってるんだし…」
「俺さまは別にいいけどさ、ディレルお好み焼き屋で待ってんだろ?」
「ディレル君も呼んできて。ちょっとこの辺の説明してもらえるとありがたいし」
「…っていうかあの銭湯、ディレルの自宅なんだけど…あ、ちょうど出てきた」

 三人とも突然の変更に困惑いっぱいである。もちろんみぎては既に半分脱いでいるようなものなので(魔神ファッションは上半身裸である)いまさらどうってこともないし、シンさんはスポーツ選手ということで、脱げばそれだけで別料金が取れるほどのいい体だろうが、単なる一般人のコージは見せびらかすような自信はない。が、たしかに番組としてはこのほうがいいのもわかるので、強くは反対できないわけである。(あえて反対できるとすればシンさんだろうが、温泉宿の回に出演すればやっぱり脱ぐので同じである。)
 というわけで、プロデューサーの「行き当たりばったりの思いつき」で、グルメ旅行番組のお約束「温泉紹介」(潮の湯の場合「温泉」という言葉はまったく当てはまらないのだが)が加わってしまったのである。当然迎えに出てきたディレルはびっくり仰天なのは言うまでもない。

「え?うちの?うちのロケやるんですか?うーん、大丈夫かなぁ…まあ男湯のほうなら大丈夫かも」
「かまわないかまわない。お風呂屋の息子さんとは思わなかったよ。おもしろいね君も。じゃあせっかくだから番台、君がやってくれるよね」
「あ、まあそうです。そうするしかないですよねぇ…コージ、まさかなにか言ったんですか?」
「別になにも言ってないって。ディレル、自業自得」
「そりゃ潮の湯の隣のお好み焼き屋ロケじゃ、俺さまだってたくらみ感づくぜ。まあうまいけどさ、あそこ」

 突然振って沸いたような騒ぎに、ディレルは頭を抱えるしかない。が、よく考えると自分の撒いた悪だくみがもたらした予想以上の結末(まともに紹介してもらえるのだから願ったりかなったりである)なのだから、感涙にむせび泣くのが義務なのである。すくなくともコージもみぎても、同情するつもりはまったくないのは当たり前だろう。

絵 武器鍛冶帽子

*       *       *

 「下町風情にあふれる」突発の銭湯ロケといっても、潮の湯はそんなに大きな銭湯ではない。今風のスーパー銭湯や、温泉宿の大浴場のような豪華なお風呂など論外で、昔ながらの普通のお風呂とおじいさんがよく入っている熱いお風呂、それから小さな薬草風呂(漢方薬のようなものが入っている)、隅っこにこれまた定番の電気風呂、さらに奥に四、五人しかはいれないサウナがあるだけという、古典的な銭湯である。脱衣所にはやや大きなテレビ(これは最近買いなおしたので新しい)と扇風機、脱衣かごがぞろそろというパターンだから、コージなどが見る限り、どこにもすごいところがない。実際親友のディレルの自宅という事実がなかったら、あえてこの潮の湯に行く理由が思い当たらないほどの、極々普通の昔の銭湯なのである。
 ところがプロデューサーやシンのように、こういう場所ばかりをロケしている人が見ると、意外なほど面白いものが発見できる。たとえば、かなり昔の広告ポスターである。

「これはすごいですよ。蚊取り線香のポスターですけど、これ五、六十年前のものですね。こっちの赤ワインの広告なんて『美味・滋養』とか書いてますからもっと古いですよ。」
「あ、これ僕が子供のころからここにありますよ。言われてみれば骨董品だ」
「イマどき『美味・滋養』はないよなぁ…」

 どうやらこの潮の湯は、懐かしいを飛び越えてもはや博物館の世界に達しているアイテムが結構隠れているようである。改めて内装を見回したコージは思わず笑い出してしまった。

「あれ、昔ガムとかについていた写し絵だろ?誰だよこんなところに張ったのは」
「あ…」

 コージの指摘に思わずディレルは真っ赤になる。たしかに柱の隅のほうに、もう半分消えかけたようなシールらしきものがある。単なるシールではなく、転写式の(インレタ/インスタントレタリングで今でも使われている、あのタイプである)シールである。今ではほとんど見かけないが、昔はガムとかのおまけでよくあったのはコージもよく覚えている。それに…図柄が昔のロボットものアニメのそれなのだから、犯人は一人しかいない。が、そんな大昔の犯行が、よりによって今日みたいなテレビロケの時に暴露されてしまうのはかなり赤面ものである。

「これいいねぇ…せっかくだからこれも撮っておこう」
「ええっ!恥ずかしいですよ!」
「これも骨董品だから。じゃ、シンくんお願い」
「あはは、悪いことはできないもんだねぇディレル君。じゃあ早速…あっ!これちょっと珍しいですよ!カメラさんこっちにきてください!」

 カメラが回ると同時に、シンは突然台詞回しをがらりと変える。もはやこれで全国にディレルの昔のいたずらがさらされてしまうのは確定だった。ますます顔を真っ赤にするディレルに、コージもみぎても腹を抱えて大笑いである。
 内装の撮影を済ませると、今度は早速入浴シーンである。温泉宿で美女の入浴なら、それはそれで大人気になりそうなのだが、今日は残念ながら男三人というある意味お笑い系のロケである。

「でもさすがシンさん、いい体ですね。服着てるときはあんまりわからないけど」
「あはは、まあ一応はね。でもさすがにみぎてくんみたいにはいかないよ」
「水の魔神系の連中に負けてないって。俺さま太鼓判」
「そうそう、こいつみたいにデブじゃないから」

 三人は湯船につかりながら気楽な馬鹿話である。たしかにこうしてみると、さすがはシンさんは元水球選手というしかない。余分な肉がない上に逞しいのだから、ちょっとあこがれてしまう美体である。みぎてはみぎてで魔神らしく筋骨逞しいボディーであるから、二人に挟まれたコージはちょっと肩身が狭い。こんなことならジムにでも通っておけばよかったと思うほどだった。
 そんなコージの動揺をあっさり見透かしたのか、シンさんは笑う。

「大丈夫だって。コージくんも恥ずかしがるほど格好悪くないよ。それに鍛えすぎが好きじゃない人も結構多いんだし」
「そうかなぁ…ジムいっときゃよかった」
「あはは、まあ体動かすのはいいことだけどね。あ、そろそろカメラ回るよ。あっちからだから」

 コージたちがあわてて居住まいを正すと、ほとんど同時に浴室の扉が開き、カメラが入ってくる。こういう入浴シーンを撮影されるなどという経験など、普通はめったにあるものじゃないので、なんとなく気恥ずかしいような気がしてくる。
 シンは早速ロケモードのトークに切り替わる。こういう変わり身の速さはさすがプロである。

「いやぁ、いい湯ですよ。役得で申し訳ないです。自宅じゃ味わえない快楽ですよねこれは。まさしく下町の風情です」
「俺達もよく来るんですよ。自宅の風呂狭いし」
「俺さま、自宅風呂だとほとんど正座状態だぜ」

 これは大げさでなく事実である。二人の下宿のお風呂はあまりにも小さくて、みぎてのような巨体の魔神族が入るにはちょっと狭すぎる。湯船に浸かっただけでお湯が半分くらいはなくなってしまうような状況なのである。もっとも毎日銭湯ではお金がかかって大変という問題もあるので、その辺は財布と相談なのだが…
 さて、浴室ロケもあっさりおわり、三人は腰にタオルを巻いた状態で脱衣所へと出てくる。が…そのときだった。

「あっ!きゃーっ!本物だっ!ちょーすごいっ!」

 突然黄色い、明らかに女の子の声が番台から聞こえてきた。ぎょっとして声のほうを向いた三人は、番台に座っているちょっとガングロっぽいショートヘアーの女の子の姿に仰天する。

「うわっ!なんで女の子がっ?」
「せ、セレーニアちゃん!なんでここにっ!」
「ディレルはどうしたんだよ…」

 予想がついている人もいるだろうが、いつのまにやら番台を占拠していたのはディレルの妹セレーニアだった。もちろん妹さんなのだから彼女が番台に座るということは何の不都合もないし、時々はコージたちもばったり出くわすことがある(もちろん個人的にはとても気恥ずかしい気がするが)。が、事情を知らない、それも一応芸能人であるシンさんにとっては大ショックである。(ファンにぬぅどを見られたのだから当然だろう。)
 大慌てでトランクスをはいて、それから上にTシャツを着て、コージは番台のそばまで駆けつける。案の定そこには番台から追い出されたディレルがふてくされて座っている。

「ディレルぅ…」
「だからうちのロケって話になったとき、いやな予感がしていたんですよ。妹、これだから…」
「っていうか、ちょっとは抵抗しろよ」

 興奮してきゃあきゃあ喜ぶセレーニアの黄色い声の真下で、コージはあきれ返ってこの押しの弱いアニキをこつくしかなかったのは言うまでもない。

(⑤へつづく)


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