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炎の魔神みぎてくん 大学案内 ⑤「これが乙女心をつかむ秘訣なのよ!」

5.「これが乙女心をつかむ秘訣なのよ!」

 一同が講座に戻ったのは、もう四時半を回ったころである。日の短いこんな時期だから、空はすっかり薄暗くなっている。もっとも天気予報では当初午後は雨とかいうことになっていたにもかかわらず、なんとか降りださなかったというのは本当に幸いである。小雨の中で部活の見学などとなっては最悪である。
 部屋に戻った彼らは、暖かいコーヒーを入れて暖を取る。真冬というわけではないが、日が沈んでくると急速に寒くなる。そろそろストーブを焚きたくなる季節なのである。

「ふう、結構歩きましたね。こんなにまじめに学内歩いたの初めてかもしれませんよ」
「そりゃ俺さま農学部なんて初めてだしさ、あんなに広かったんだな」
「っていうか謎多すぎ。かぼちゃが襲ってきたり…」
「それはちょっと事情が違うんですけどねぇ」

 コージにしてみれば、さすがにハロウィンかぼちゃに襲われたのはショックだろう…少なくとも当分の間はネタとして使えるほどのインパクトではある。

「あら、かぼちゃに襲われたって、どうしたのコージ君?」

 研究室が騒がしくなったのに気がついたのか、それともコーヒーの香りにつられたのか、教授室からセルティ先生が現れた。かぼちゃに襲われたという、ある意味物騒な話(?)を聞いて少し驚いたらしい。

「あ、先生…いや、たいしたこと無いっすよ。ちょっといたずらを食らってびっくりしただけなんで…」
「農学部の恐怖でしたねぇ…」
「でもコージ相当びっくりしてたよな。俺さまもびっくりしたけどさ」
「そりゃ誰でもたまげるって、かぼちゃだぞかぼちゃ」

 コージはさも怖かったかのように力説するが、相手がかぼちゃではどうも迫力は無い。もちろん本当に危険だったとかそういうわけでは決して無いのだから当然だろう。要するにお化け屋敷でびっくりした、というのと同じである。今から待ち受ける恐怖の時間に比べれば、たいしたものではない。もちろんコージだけでなくみぎてやディレルも同感である。

「…でもそろそろですね、ポリーニ」
「急に暗い声だすなってディレル~、俺さま帰りたくなってきたし」
「みんな同じ思いだって、みぎて」

 さっきまでの明るい雰囲気はどこへやら、彼らは一気につかれきったような表情へと変わってしまったのは当然だろう。そしてそんな彼らの気分に止めを刺すように、高らかなファンファーレ(ただし口三味線)が聞こえてくる。うわさの彼女…ポリーニ・ファレンスが帰ってきたのである。

「じゃ~ん!おまたせ~っ!ちょっと渋滞してたのよ。待った?待ったでしょ?」
「…あ、まあちょっとね。今コーヒー飲んでたところ…」

 異様にハイテンションの彼女の登場に、コージたちは逆にますます力が抜けそうになる。もはや抵抗する気力も無い、というわけである。まあ今までも散々いろいろ抵抗を繰り広げ、ことごとく失敗に終わっているのだからしかたがない。いっそ無抵抗のほうが騒ぎが小さくて済むかもしれないという打算もある。
 セルティ先生もこんなコージたちを見ては苦笑するしかない。が、一応全員がそろったので、いよいよ発明発表…ではなく、講座紹介を始めなければならないわけである。あんまり遅くなると空腹で一部の学生(みぎて)が反乱を起こしかねないのである。

*       *       *

「ってことで、僕はこんな感じかな…」
「おじさん、すごいことやってるんですねぇ…また尊敬しました!」
「そ、そうかな、照れちゃうな…」

 手短に発表を終えたディレルは、尊敬したような視線のマルスにおもわず照れる。もちろん発表といってもたいしたものではない。メインの聴衆は一名だし、まじめな発表会とかそういうわけではないので、全員が丸いすを持ってきて車座になってちょっと紹介、程度のものである。が、ディレルの発表はそれでもたいしたもので、要点をかいつまんで、しかし一般市民にわかるようにとても面白くまとめている。さすがは講座一番の優等生である。

「わかりやすいわねぇ。たいしたもんだわ」
「だよなっ、俺さま今までで一番よくわかったぜ、今日の説明」
「みぎてく~ん、それじゃ普段が説明下手みたいじゃないですかぁ」

 セルティ先生やみぎても手放しでのべた褒めである。実際のところ、実はディレルの研究というのは「超高温・高圧下における金属酸化物の魔法的特性」とか「魔法電磁波を利用した金属の格子解析」とか、とにかく興味の無い人にはなにがなんだかわからないようなテーマなのである。実際日ごろから同じ講座にいるコージだって、細かいところまではきちんとわかっているというわけではない。ましてや脳筋魔神のみぎてなどに至っては、内容の半分も理解していないと言ってもいいだろう。
 そういうわかりにくい部分をうまく噛み砕いて、ともかくさわりだけをわかるように上手に(高校生向きに)説明したのだから立派なものである。

「じゃあ次、コージ君ね」
「あ、はい。えっと、俺のテーマは、こいつ…」
「…えっ?」
「コージ、それ省略しすぎですよ~」

 思わずのけぞるコージの「一言説明」である。もちろんこいつ、というのは隣に座っている魔神のことである。「精霊族の生活と社会」というのが彼のメインテーマなのである。魔神と同居をしているという、世界でただ一人(多分)の学生だからこそできる、真の「精霊族の生活」の研究だろう。
 とはいえ「こいつの研究」一言で説明終わり、というのは説明になってないのは当然である。いや、さすがにコージだってこれで終わりという気は無い。が、目の前に研究対象本人がいるのはちょっとしゃべりにくいものなのである。一歩間違えると赤裸々な私生活の告白になりかねない。(もちろん実際の研究ではそういう部分は対象にならないのだが。)

「…ってことで、魔界のお正月ってこんな感じ。意外と人間界と似てる」
「驚いたわ、まさかお雑煮食べるなんて思わなかったわよ」
「あ、こっちのお雑煮とは味付け違うぜ。あと赤カブが入るんだ」

 コージは前にみぎてにつれられて魔界へ出かけた時のスナップ写真を見せて、みんなに説明する。実際精霊界でも奥地に当たる魔界にまで行ったことがある人間は、たとえ魔法使いでもあまり多いとはいえない。ましてや魔神が親友という人間はめったにいないのだから、生活習慣などはほとんど知られていないのが現実なのである。
 ということで、最初は五分程度の「かいつまんだ説明」の予定が、結構盛り上がって十五分以上になる。「魔界の生活誌」というのは意外と誰もが興味を引くテーマなのである。まあ考えてみればわかるが、テレビで旅行番組やグルメ番組がコンスタントな視聴率を稼ぐのと同じ理屈である。とにかく予想外の受けのよさに、コージはかえってびっくりしてしまうが、それはそれで都合の悪い話ではない。こういう文化関係の研究も重要なテーマなのである。
 ところが「魔界の正月ネタ」でわいわい盛り上がるということは、当然物音が廊下にまで広がるということである。別に人に隠れて会議をしているというわけではないのだが、よその講座の人にしてみれば気になるというのも無理は無い。何か面白そうなことをしているのではないか…と想像してしまうわけである。そして…
 困ったことにこの大学には、そういう面白いことには必ず首を突っ込んでくる厄介な人物がいるのである。そう、お隣の講座の講師、シュリ・ヤーセンである。

「おや、みなさん、なにか面白そうなことをしていますね。」
「げげっ!来たっ!」
「来たわねっ!へたれ発明家!」
「シュリ先生もこういうもの、絶対に見逃さないのねぇ…」

 あきれたようにセルティ先生はシュリに言った。このシュリという人物も毎度レギュラーとなっているので、いまさら詳細な説明は不要だろう。要するにぼさぼさ髪のマッドサイエンティスト、そしてポリーニのライバルである。シュリのほうが年上なので、「元祖」はこいつかもしれない。とにかくポリーニと並んでコージたちをいつも悩ませる、はた迷惑な発明家である。被服系が多いポリーニの発明品に対して、シュリの場合は変なロボットやらなにやら、メカ系が多いのが違いといえば違いである。
 シュリはポリーニたちの悪口などまったく意に介せず、近くにあった丸いすを勝手に占拠してしゃべくり始める。一応見慣れない高校生(つまりマルス)がいるので、それが主賓だということは認識しているようである。

「あ、申し遅れました。シュリ・ヤーセンです。ここバビロン大ではちょっと有名な発明家です」
「…かなり変態な、ってのが正しいと思う、俺さま…」
「あ、そこの筋肉魔神のいうことは本気にしないように。単に無知なだけですから」

 発明はともかく、口車ではみぎてごときではシュリに勝てるわけは無い。第一、突然よその講座に出現してはしゃべくりまくるとか、「ちょっと有名な」と自分でいうとか、そういう態度のでかさは、ポリーニとまったく同じである。まあもっともなによりコージたちにとっては、「恐怖の相手」であるという点が最も似ているのだが。
 シュリは何の説明も受けていないにもかかわらず、的確に今日の「座談会」の目的を察知しているようだった。コージの研究紹介はまだ途中だというのに、早速ぱちんと指を鳴らして、自分の講座の学生を呼ぶ。と、学生のほうも心得たもので、ワゴンになにか奇妙な…円盤状のものをつんで持ってくる。金属製の丸い輪に、足が五本、角が五本生えているし、さらに小さい穴が無数にあいているというあからさまに怪しい物体である。

「…コンロじゃん」
「…コンロね、どう見ても…」

 コージはぼそりと見たままの姿を言葉にした。たしかにコンロ…それも業務用のものである。五徳とか、ガスホースをつける管とかまできちんとついているし、よく見ると種火バーナーまでついているのだから、明らかにコンロである。
 が、そのものずばりの正体を指摘されても、シュリは困る様子も無い。どうやら「一見コンロ」というのは「本当にコンロ」らしい。

「これ、どこが発明なのさ…」

 コージは不審そうにシュリとコンロを交互に見る。もちろんこれが「緑の炎」とかがでるのなら、それはそれで普通ではないのだが…発明というにはちょっとしょぼすぎる。今までさんざん(ポリーニ以上に)とんでもない発明品で騒ぎを生んだこの先生だから、きっともっとわけのわからない効果があるに違いない。(実用性はともかくであるが…)
 するといつものとおり、シュリは肩をすくめて言う。

「まだまだだめですねコージ君。まあみてらっしゃい」

 シュリはワゴンの横からやたら短いガスホースを取り出した。長さ三十㎝ほどしかないのだから、この部屋の一番近いガスコックでもとても届かない。もちろんコンロをもって移動すれば別だが、どうやらそうする様子も無い。
 シュリはガスホースをコンロにつけると、コンロのレバーをひねる。そして…いきなりもう一方のホースの口をくわえて、一気に息を吹き込んだのである。

「うわっ!」
「ええっ?」

 驚いたことにコンロはちゃんと、シュリの息で点火したのである。きれいな青い炎がボウボウと吹き上がる。ガスのかわりに人間の息で火がつくというとんでもない発明に違いない。セルティ先生もコージも、これには目を見開いて歓声を上げる。

「これ珍しくすごい!シュリらしくない…」
「驚いたわねぇ~、人の息で火を作るなんてよくできたわねぇ!」

 シュリは珍しく驚愕するコージたちに、ますます調子に乗ったらしい。一生懸命になって息を吹き続ける。なにせ発明家という種族は、自分の発明品で歓声が上がるというのがなによりもうれしいのだから、思わずサービスしてしまうのである。が…考えてみれば人間、息というものは吐くだけではなく吸わなければならないので、いつまでもガスホースをくわえて息を吹き込み続けるなどできようはずは無い。見る見るうちにシュリの顔は酸欠になりそうな、まさしくすごい表情になってしまう。

「あ、シュリ先生…」
「うわっ、みぎて支えろっ!」

 ついにシュリはガスホースを抱えたまま、へにゃへにゃと崩れ落ちてしまったのである。

「…コンロじゃなくてライターくらいにしておくのがいいみたいね、これ…」
「な、なんの、今後改良してもっと大火力に…」
「その前に肺活量鍛えたほうが、俺さまいいと思う…」
「…研究って執念だっていうことが、よくわかります…」

 息も絶え絶えになってそれでも発明品を誇りながら、学生に担がれて退場するシュリの後姿に、マルスは「大学研究の本質」を垣間見たような気がしたようだった。

絵 武器鍛冶帽子

*       *       *

 さて、予想外の珍客(といってもいつものことなのだが)の乱入で脱線した「講座紹介」だったが、いつまでもこれだけで盛り上がっているわけにも行かない。本当はコージの発表がまだちょっと中途なのだが、そろそろ肝心の相手に順番をまわさないと後が怖い。

「さて、最後はポリーニね。お願いするわ」

 さらりと(あくまで平静を装って)セルティ先生が話を振る…が、その後一瞬の沈黙が走る。そう、それはコージやディレル、そしてなによりみぎての内心の緊張がそのまま空気となっていたのである。

「じゃあ持ってくるわね。あたしの発明はあんな欠陥品じゃないわ」
「…ううっ」
「何も言うな、みぎて」

 コージはあわててみぎての小さな牙のある口を押さえて余計な発言を封じる。今しがたのシュリの発明品乱入で、ポリーニの興奮の度合いが大幅アップしているのは確実である。ここでちょっとでも彼女を刺激したら、どんなことになるか想像するのも恐ろしい。
 彼らは固唾を呑んで彼女の再登場を待った。と、廊下のほうからやはりがらがらと車輪の音が聞こえてくる。さっきのワゴンのような軽やかな音ではない。これは明らかに台車のような音である。どうやらかなり大きいものらしい。

「じゃじゃーん、ちょっとみぎてくん、これちょっと部屋に入れるの手伝って」
「えっ?あ、わかったぜ」

 ご指名に預かった魔神は呼ばれるままに廊下へと飛び出す。一応念のためコージも一緒である。と、そこには…

「…なんだかカラオケ装置みたいだなこれ…」
「スピーカーついてるし…でも色最低」
「うっさいわねコージ。これが乙女心をつかむ秘訣なのよ!」

 廊下に出て、彼らが見たものは高さ150cm、横幅四十cmほどの大きな箱だった。下半分は一面だけが布張りの箱になっている。どうみても「一昔前のスピーカー」である。上半分はこれまたピンク色の(配色は最低だが)箱になっており、一番上に操作卓のようなものが置かれている。やはりどうみても「色さえ除けば」旅館の宴会場にあるような小型のカラオケ機械である。

「カラオケ装置じゃないわよ。音響はついてるんだけどね」
「やっぱりこれスピーカーかよ…」
「ふっふっふ、まあ見てらっしゃい」

 みぎてやコージの協力もあって、なぞの音響装置は無事研究室の中へと到着した。見かけよりはかなり軽く(スピーカーは内部が空洞なので、高級品でもない限り比較的軽い)、台車がなくても魔神の怪力ならばなんとか部屋へと運び込むことができる。突然現れた「あまりに派手派手な」音響装置に、マルスだけでなくセルティ先生やディレルまで呆然である。

「これ、カラオケじゃないのはいいけど…なにかしら?」

 しばらくの沈黙の後、恐る恐るセルティ先生はポリーニに聞いた。形状としてはやはりカラオケに近いのだが、配色的にはむしろゲームセンターにあるちょっとしたゲームか、写真撮影マシンという気もする。ひょっとすると本当に(乙女の心理をたくみについた)アミューズメントマシンかもしれない。
 すると彼女はにやりと笑って高らかに宣言した。

「本格全自動占いマシン『ラブリーバースデー1号』よっ!十三宮占星術と四柱推命と姓名判断、六星タロット占いと血液型占い、それに手相にも対応しているわ!」
「ええっ?占いマシン?」
「『ラブリーバースデー』って…」
「…乙女心をつかむって、そういう意味かよ…」

 あまりにべたべたのネーミングと、さっきのシュリの発明品よりさらに役にたたなそうなアイデアに、その場の全員がのけぞってしまったのは言うまでも無い。

(⑥へつつく)

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