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炎の魔神みぎてくんクリスマス①

1.「だからその『七面鳥の日』って」

 年末が近づいて街路樹の葉が落ちてしまうころになると、それと入れ替わるように、街はにぎやかさを増すものである。ボーナスだ、クリスマスだ、お正月準備だと一年で一番イベントが集まっているのだから当然のことだろう。あわただしいことはあわただしいのだが、その分楽しい季節でもある。恋人とクリスマスはどう過ごそうかとか、プレゼントは何にしようかとか、はたまたおせち料理準備だの忘年会だの、本当に忙しくも楽しくなるようなシーズンなのである。街も美しいイルミネーションやらモールやらで飾り付けされ、楽しさはさらにアップする。

 しかし…年末になってもこういうにぎやかで楽しい雰囲気とはまるで縁がないところも存在する。たとえばここ、バビロン大学魔法工学部である。コージたちの通うこの大学ときたら、せっかくのクリスマスシーズンだというのに、研究室ときたらいつもと変わらぬ風景だった。学生は実験やら文献探しやら、はたまた論文書きやらで大忙しなのである。
 もともと理系の大学などというものは、建物は古くてぼろぼろで、いたるところに実験装置や文献が乱雑に置かれているのが当たり前である。さらにこのシーズンになると、そろそろ卒論や修士論文を本格的に仕上げはじめないといけない時期にさしかかる。世の華やかなクリスマス風景などまったく入り込む余地がないというのも当然のことだろう。そのくせ冬らしい隙間風だけはしっかり研究室を吹き抜けるのだから、もう『なんとかしてくれ』状態である。

 そういうわけで、コージ達は寒々しくダルマタイプのストーブを囲んで、論文を読んだりお茶を飲んだりしていたわけだった。コージと同級生のディレル、それからコージの相棒、御存知「みぎて」の三人である。

「ふう…世間ではクリスマスだというのに、何が悲しくてこんな薄暗い研究室で男三人で輪講なんてしなきゃいけないんだ。」

 コージはうんざりしたように肩をすくめて論文を脇に置いた。論文は精霊語の魔法科学雑誌である。これを順番に訳して意味を説明するというのが輪講である。いつもなら教授のセルティ先生や助教授のロスマルク先生、それから学部生が何人かいるのだが、今日は出張やら授業やらで三人だけの輪講だった。M1(修士一年生という意味である)の三人だけが唯一暇なメンバーなのである。

「しかたがないですよ。まあ今日中にこの次のページまでは済ませておかないと年内に終わらないから、さっさとやっちゃいましょう」

 隣のディレルは苦笑してコージに言った。このトリトン族、金髪ドレッドヘアーで色白の青年は大学入学当時からのコージの友達である。お人よしで押しが弱く、宴会とくればいつも幹事をさせられるという不幸な性格ではあるのだが、勉強のほうはコージよりもずっと出来る。精霊語文献もあまり辞書を引かずに読めるらしい。輪講なんてちっとも苦労ではないようである。
 コージは恨めしそうにディレルと、それからもう一人の大男、つまり「みぎて」を見てぼやいた。

「ディレルは優等生だから輪講だって楽々だよな。こっちは魔神と同居だというのに、肝心のこいつが難しい言葉まるでだめっていうのが頼りなさすぎ」
「ちぇ、俺さまに頼られたって困るよなぁ…べんきょ難しいんだから」

 「みぎて」は半分恥ずかしそうな、しかし困ったような顔をしてコージに言い返した。強く反論できないのは、たしかに彼は精霊語ぺらぺらの魔神…のはずだからである。精霊語文献が難しくて読めないというのは、いくら専門書だとはいえちょっと恥ずかしい話のような気がする。まあしかしあくまで勉強というものは他人に頼らずするものだから、コージにも多少非がないわけではない。
 コージもみぎてが、お互いにちょっと口を尖らせて不満を表明するのを見て、ディレルはさもおかしそうにくすくす笑った。

「まあダメですよコージ、みぎてくんが専門用語とか上品な言葉とか知ってるほうが不思議じゃないですか。どうせ使うの精霊語のスラングばっかりでしょ?」
「図星」
「えーっ!お、俺さま立場まるで無い!ちょっとくらいは上品な言葉使える…と思いま…えっと、わたくしは」
「無理して使おうとしてますね?舌噛みそうじゃないですか」

 真っ赤になって反論しようとする魔神だが、やっぱり上品な言葉遣いとか学識豊かな表現などは、こいつには無理のようである。言葉が続かずすぐにしどろもどろになってしまう様子を見て、二人はゲラゲラ笑い始めたのはいうまでもなかった。

*     *     *

 今説明したとおりコージの相棒「みぎて」、この赤茶けた肌の大男は本物の炎の魔神族である。レスラーのような逞しいからだも立派だが、深紅に輝く炎の髪と石炭のような小さな角、そして(街中ではあまり見せないが)見事な炎の翼まで持っている。正真正銘の炎の大魔神だった。
 この「みぎて大魔神」(本名はフレイムベラリオスだが、みんなは彼のことを「みぎて」と呼ぶ)とコージはもう二年以上同居している間柄だった。家主はコージだから正確には「居候」であろう。二人がどうして知り合ったのかという点については、既に他のところでお話したこともあるのでここでは繰り返すことはしないが、とにかく二人は相棒で、同居人で、そういう間柄である。どこにでもいそうなただの魔法使いの卵…バビロン大学魔法工学部の大学院生コージと大魔神みぎての同居生活は、日常のような非日常のような、さぞかし不思議で興味深くそして面白い生活であろう。実際周囲で見ているディレルすら毎日が面白いのだから間違いあるまい。

 さて、三人は四苦八苦しながら今日のノルマをこなしおわる…といってもコージの訳はちょっと雑だし、みぎてにいたっては発音こそ(さすが精霊語ネイティブらしく)きれいだが誤訳の嵐である。それなりにまともなのはディレルだけというのはお約束の展開だろう。
 まあとにもかくにも一段落ついたころには、既に日はすっかり落ちて外は真っ暗である。十二月にもなると日の沈むのが早いのは当然であるが、それだけでなんだかすごく疲れた気分になるものなのである。三人は熱い紅茶を入れて休憩タイムである。

「でもさっきもコージがいってましたけど、世間はクリスマスなんですねぇ。去年は忙しくて何にも出来なかったですけど、今年はなにかやりたいですね」

 ディレルは壁にかかったカレンダーを見てそういった。もう来週にはクリスマス当日がやってくる。卒論みたいな大きな仕事の無い今年は、みんなでおいしいご飯を食べに行く程度のことをしても罪にはなるまい。こんな狭くてぼろい研究室でわびしくお茶を飲むだけなんてあまりにも情けない。
 みぎてもコージも同感らしく、顔を見合わせてうなずく。こういう時みぎてはと来たら(特にもう夕方なので腹が減っているせいだろうか)ストレートに食い物の話に直結する。見てくれからも判ると思うが、この魔神最大の欠点はとにかく大飯ぐらいであるということだからである。しょっちゅう「腹減った」だのなんだの騒ぐのが日課となっているのだから、こういう展開では食い物の話題にならないほうがおかしい。

 ところが…その内容はちょっとコージやディレルの予想していたものとは違っていた。

「そうだよな、ディレル。せっかくの『七面鳥の日』なんだからさ」
「し、七面鳥の日?」
「あ…まあたしかに食べるんですけどねぇ…」

 「食い物」という展開はお約束どおりなのだが、いささか方向性が違う。たしかにクリスマスに七面鳥を食べるというのは話は聞くのだが、あくまでそれはおまけである。第一正直な話を言うと、コージもディレルも七面鳥などそうそう食べたことなどあろうはずはない。(鶏肉で代用するのが普通であろう。)

「クリスマスに七面鳥は話には聞くけど、僕は食べたこと無いですねぇ。」
「えっ?『七面鳥の日』に七面鳥食べないってどうするんだよ?」
「…だからその『七面鳥の日』ってなんだ…」

 どうもみぎては七面鳥に相当こだわりがあるらしい。いやもしかすると魔界ではひょっとすると七面鳥がニワトリの代わりに普通に飼育されているのかもしれない。魔界と人間界で生活習慣がいろいろ違うのは当たり前である。が…それにしてもなんだか話が今ひとつかみ合っていない気がする。
 コージはちょっと首をひねって相棒の魔神の顔をしげしげと見ていたが、はたと気がついた。

「あのさ、みぎて…そもそも魔界でクリスマスなんてやるのか?」
「あ…そういえば…」

 考えてみればクリスマスは人間族の神様というか救世主の誕生日である。魔神のクリスチャンなど聞いたことが無い。そう、つまりこの会話は根本的な前提条件が間違っていたのである。コージとディレルは思わず顔を見合わせて苦笑するしかなかった。

*     *     *

「ふーん、俺さま全然知らなかったぜ。っていうか、魔界じゃ誰もそんなこと気にしないで、七面鳥を食う日だと言ってるぜ」

 みぎてはさっきから驚いてうなずくばかりである。当然のことなのだがコージとディレルはかわるがわる、この魔神にクリスマスのいわれやサンタクロースの話、クリスマスツリーの説明などを一時間近くかけてしていたのである。どうやら本当にはじめて聞いた話だったらしく、もともと丸っこいかわいい目がさらに真ん丸になって見開かれている。いや、逆に二人にとっても「魔界でもクリスマスに七面鳥を食う」ということが判っただけでも民俗学の大発見である。

「…やっぱり魔界ってアバウトなんですね。まあみぎてくん見てりゃ判るけど」
「ががーん!俺さまそんなにアバウトか?」
「何をいまさらショック受けてるんだ。」

 まあみぎての性格がアバウトであることは議論の余地は無い。が、魔界全部がアバウトなのかどうかという点についてはいささかの疑問は残る。なぜなら教会関係者でも信徒でもないコージやディレルだって、毎年何の疑問も無くクリスマスを楽しむのだから、魔界のアバウトさを非難することなど出来るはずは無い。人間界だって同じくらい…いやそれ以上にアバウトなのである。
 が、ともかくこれで話が通じた上に、魔神がクリスマスを楽しんでも何の問題もないということがわかった。もっとも実際に賑々しく「クリスマスパーティー」を開くかどうかはまったくの別問題なのだが…少なくともディレルは大いにそのつもりらしい。

「コージ、一度くらいみぎてくんに本物のクリスマス体験させてあげないといけないですよ。クリスマスソングとか、ケーキとか、ツリーとか」
「うーん、めんどい…フライドチキン屋のチキンと焼酎で乾杯でいいじゃん」
「ダメですよコージ。これもみぎてくんの大事な勉強じゃないですか。僕も手伝いますからちゃんとパーティーやりましょう。妹にも声をかけますよ」
「…会場はどこにするんだよ」
「当然コージの下宿ですよ。掃除は先にしておいてください。当日僕は料理とか準備しますから。あ、クリスマスツリーもなんとかしないと…」
「…」
「…コージ、ディレルのやつ大マヂみたいだぜ」

 ディレルの頭の中ではすごい勢いでパーティーの段取りが組みあがっているらしい。さすがは万年幹事である。ここで水を差すようなことを言ったらぐれてしまいそうな雰囲気である。いや、コージだってクリスマスパーティーをするということについては(みぎての事もあるので)異存は無いのだが、まともな宴会をするというのは(特に自宅開放は)準備や掃除がめんどうなので躊躇してしまう。というか本質的にコージはめんどくさがりなのである。せめてカラオケボックスとか居酒屋とか、そういう場所にしたい気がするのだが…

 ところがその時…さらに話をややこしくする人物が現れたのである。そう、バビロン大学の「変な発明女王」ポリーニ・ファレンスである。

*     *     *

「聞いたわよ!クリスマスパーティーするんでしょ。」

 ポリーニはどかどかと研究室に乗り込んでくると、コージたちをにらみつけてそう言った。いや、明らかに目が「私を呼びなさいよ」と激しく主張しているのは一目瞭然である。

「あっ、帰ってたんだポリーニ」
「えーっ、ポリーニそういう宴会嫌いかと思ってたけど」

 突然のポリーニの乱入に三人はびっくりして目を白黒させた。彼女も当然コージたちと同じ講座の同級生である。三つ編みと真ん丸の大きなめがね、そしてそばかすという外見は悪くは無いのだが、研究熱心過ぎておしゃれっ気がまるでない。さらに実はコージとは幼馴染であるということもあるので、お互いめちゃめちゃなことを遠慮なく言い合うという厄介な関係である。
 そして何より彼女がとんでもないのは、この大学で一二を争う「発明マニア」であることだった。毎度毎度わけのわからない珍発明品を作ってはみぎてやコージを実験台にするという厄介な人物なのである。いや、実はこの大学では他にもこういうはた迷惑なやつは(隣の講座の助手シュリ先生など)少なくないので、彼女だけが取り立てて危険人物であるとはいえないのだが…

絵 武器鍛冶帽子

 さて、ともかく彼女はぶりぶりと怒りをあらわにしてコージたちに詰め寄ってきた。

「何言ってるのよ。男三人でむさくるしいクリスマスなんて最悪じゃない。」
「いや、それはその…だから妹連れてこようかなって…」
「妹さんだって男ばっかりのクリスマスなんて、恐くて来る訳無いじゃないの。ちょっとは頭ひねりなさいよ」
「…ディレルの妹、それくらいでひるむタマか?」
「さ、さあ…」

 ポリーニの剣幕にコージもディレルも引き気味である。ましてや口下手のみぎてなど口を突っ込む余地などあろうはずがない。
 まあ実際にはたしかに彼女の言うとおり、みぎてとコージ、そしてディレルの男三人でクリスマスというのも確かに寒い。だから一応ディレルの妹セレーニアにも声をかけようと考えたのである。が、言われてみればもっとも身近の女性であるポリーニに声をかけないというのは失礼ではある。彼女の怒りも多少は理解できる。あの問題点さえなければ…の話である。
 ところがポリーニは案の定、いきなり爆弾発言でコージ達を悶死させた。

「あたしは宴会なんて嫌いだけど、クリスマスは別よ!絶好のチャンスじゃないの!」
「チャンスってなにが…」
「何がって、鈍いわね。クリスマスといえばもう決まってるじゃないの。プレゼント交換よ」
「…プレゼント交換?まさか…」

 蒼白になる三人のことなどお構い無く、彼女は大きな丸眼鏡の奥で喜色を浮かべる。もはや疑いの余地は無い…これはまたしても大騒動になる予兆だった。

「そうよ。クリスマスといえばプレゼント交換するに決まってるじゃないの。こんな時こそあたしのすばらしい発明品を誰かに試してもらえる最高のチャンスだわっ」
「…ってつまりその…僕達の中で誰かがそれ、もらうんですよね…」
「最高のクリスマスプレゼントじゃないの!手作りよ。何か文句ある?あ、当然みんなも準備するのよ!」
「…マヂかよ…」
「俺さま、クリスマス恐くなってきた…」

 コージとディレル、そしてみぎての三人は、パーティーのとんでもない結末を想像して一気に疲れてしまったの言うまでも無いことだった。やはり魔神がクリスマスを祝うためには、これほどまでに恐ろしい試練が必要だったのである。

(②につづく)

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