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炎の魔神みぎてくん グルメチャンネル ⑤「ふっふっふ、だと思ったわ。みぎてくん」

5.「ふっふっふ、だと思ったわ。みぎてくん」

 なんとか無事に(といってもまったく無事ではないが、番組としては一応無事である)銭湯ロケを終えた一同は、さっさと隣のお好み焼き屋のロケを済ます。もちろんシンさんにしてみればセレーニア番台事件はかなりのショックだったのは間違いないのだろうが、いつのまにやらまたさっきの調子に戻っている。

「ほんとにすいません。妹が勝手なことして…」
「しょうがないしょうがない。まあお風呂屋さんは脱ぐものだし…でも気になるんだけど、妹さんしょっちゅう番台やるの?」
「…ええ。僕がやるより人気あるんですよねぇ…商売うまいですし」

 ディレルはお好み焼き屋ロケの間も、シンさんにあやまりっぱなしである。が、黄色い声で騒いだことはともかく、実はセレーニアが番台に座るのは珍しいことではないし(お風呂屋の娘なので)、もともと明るい性格なので商売もうまい。つまり彼女が登場することについては文句がつけにくいのは間違いないのである。もし問題があったとすれば突然銭湯ロケを強行したプロデューサー氏の責任のほうが大きいかもしれない。
 もっともプロデューサーのボブ氏のほうは、ぜんぜん違うことで悔やんでいるようだった。

「しまった、あんな若い娘さんが番台をやっているのなら、それをネタにすればよかった」
「それさすがにちょっとまずいって…」
「風俗系のお風呂屋さんって誤解されちゃいそうですから勘弁してくださいよ…」

 どうやらネタになるならばどんなものでもOKという姿勢がよくわかる。よく言えばプロデューサーの鏡だし、悪く言えばマスコミ人の悪癖である。ともかくあの程度の騒ぎで済んでよかったと考えたほうがいいだろう。まあ見事な裸体を見られてしまったシンだけが(もちろんみぎてやコージもだが、やはり価値が違う)ちょっと損しただけである。
 お好み焼き屋「はりせんぼん」は時間もあまりなかったということもあってトラブルはなく、いよいよポリーニが待つケーキショップ「夢魔」へと急行となる。「潮の湯」でちょっと時間を食ったので、少々遅れ気味である。(そもそも潮の湯紹介自体が予定外である。)

「ちょっと~、遅いわよ!」

 彼らがケーキショップに飛び込むと、そこには案の定ポリーニがいらいらして待っていた。ちなみに彼女は自分が遅刻するのはあまり問題にしないが、他人の遅刻には非常に手厳しい。しかし魔法工学部の暗黙のルールとして、女性がどんな理不尽なことを言っても、男どもは文句を言ってはいけないのである。

「ごめんごめん、ちょっとてこずってさ」
「またみぎてくんが食べ過ぎたとかでしょ!」
「ええっ!それ俺さま濡れ衣っ」
「っていうか予定外のロケが入りましたからねぇ…」

 こういう騒ぎになると、すぐにポリーニはみぎての責任にしたがる。まあもっとも彼女がみぎてのことを嫌いではないのは誰もが知っていることなので、これは単なる慣用句である。
 さて、ケーキショップ「夢魔」というのは、洋館を改装したこぎれいな…ちょっとわざとらしいくらい凝った外装のお店である。一階がケーキ屋で二階が喫茶店というのもケーキ屋にありがちな構成である。

「俺さまここ初めて。何度か近くを通ったけど、ケーキは俺さまあんまり喰わないからさ」
「見るからに劇辛大好きっていうのがわかるね、みぎてくんは…僕は甘いものも大好きなんだよ」
「うわ、シンさんもそうなんだ!ディレルも和菓子は大好きだし…トリトン族ってそういうところ似てるとか?」
「うーん、どうでしょうね。でもうちの両親も好きですよ。妹は洋菓子のほうが好きだから、この店なんかも結構くるみたいですし」

 どうやらシンはこういうお菓子の類もまったく問題なしのようである。こういうところがグルメ番組の案内役に向いているところなのである。ちなみにお菓子はコージは嫌いではないが、甘すぎるものはちょっとつらい。ディレルは前から熱烈和菓子党で、時々お団子やきんつばを買ってくる(きんつばというところが下町っ子である)。
 さて、店に入ると(当然ロケをするという話はスタッフからいっているので)女性の店長が彼らを出迎える。

「いらっしゃいませ~」
「うわ、中に入るとかなりでっかいな」
「でしょ?二階にはステンドグラスもあるのよ」

 一同は(当然カメラ目線を意識しながらだが)、脇にある豪華な回り階段を二階へと向かう。階段の壁には彫刻が掘り込まれていたり、人形やガラス器が飾られていたりと、たしかに女性が喜ぶ要素がふんだんに盛り込まれている。まるで高原の小さな美術館にでもきたような雰囲気がある。
 二階はおしゃれなテーブル席が七、八卓もあって、間接照明が各テーブルに配置されている。窓にはたしかにポリーニの言うとおりアールデコ風のステンドグラスが配置されており、なんだか本当に古城に来たような気分を盛り上げている。もっとも見方を変えればちょっとゴシック過ぎる気もしないでもないが…少なくともポリーニにしては上々の店選びである。

「うわ、すげぇなっ!ポリーニ、こんな店よく行くんだ!」
「甘いもの大好きみたいですからねぇ…」

 みぎては目を丸くして店内の調度品に驚きの声を上げる。いつもラーメン屋とかせいぜい近所の学生向け安いコーヒー屋(つまり学生の溜まり場)程度しか行かないコージたちから言うと、ちょっとハイグレードという感じがするわけである。

「もうー!そんなことばっかり言ってるからもてないんじゃないのよ。氷沙ちゃんだっておしゃれな店に行きたいに決まっているわ」
「うぐっ!痛い」
「氷沙ちゃんって?ははーん、みぎてくんも隅に置けないな」

 氷沙ちゃんというのは既にご存知の方も多いかもしれないが、みぎての仲のよい女友達で(彼女というにはちょっとまだ弱い)、雪の精霊…要するに雪女である。が、シンさんは勝手に「彼女」と解釈してくすくす笑う。たしかに氷沙ちゃんが遊びに来ても、おしゃれな店ひとつ連れて行かないのはやはりちょっと問題があるといわれても仕方がない。みぎては思わず口ごもって完敗を認める。

「えっと、ポリーニくん。一応お勧めのケーキはもうお願いしてあるんだよね」
「もちろんよ。あたしに手抜かりはないわ。ふっふっふ…」
「…なんですかその不気味な笑い…」

 プロデューサー氏の確認に不気味な笑顔で答えるポリーニである。こういう表情をするときというのはまず九割九部悪だくみが隠れているのは間違いない。たとえば…発明品である。思わずコージは釘を刺す。

「ポリーニ、番組ぶち壊しはだめってわかってるよな。いくらなんでも…」
「んなことしないわよ。番組放映できなかったらあたしだって困るもの」
「…なにかずれてますよコージ…」

 どうやら彼女は「番組が放送できないようなことになったら、発明品が発表できない」という論旨のようである。発明品そのものを出さないなど考えてもいないことは明らかだった。まあ彼女にとっては一世一代の大チャンスであるから、あきらめるわけなど絶対にありえないことだけは誰だってわかる。
 しかしそんなことなどまったく知らない(というより面白い番組になれば何でもOKである)プロデューサーは、早速ロケの開始を宣言する。

「じゃあ、準備できたら始めるよ、スタート!」
「はい。…じゃあここでこのケーキショップ『夢魔』でお勧めのケーキとかを、ポリーニさんお願いします。」
「店長さん、やっぱりあれですよね」
「…あれですね。じゃあお待ちください」

 打ち合わせどおりのポリーニ(ちょっとかわいい声を出している)と店長のせりふである。が、店長のわずかな間(「…」である)がコージの不安をあおる。この時点で彼はポリーニが「絶対とんでもないものを紹介する」ということを確信している。
 するとやはり…彼女はここで絶望的な一言を言い出した。

「で、一応ここで言っておくんだけど、この店でのルールは『完食』よ」
「え?」
「みんなきちんと食べるのよ。店長さんが精魂込めて作ったお菓子なんだから」
「…いきなり不吉なルールですねぇ。でももともと食べられないものとかはだめですよ。見本のロウ細工とか」
「そんなことしないわよ。あたしだって食べるんだし。とにかく総がかりでもいいから完食しないと罰ゲームで値段三倍だから。隠れメニューなんだけどすごいから期待していていいわ」

 どうやらこの「完食ルール」はポリーニが決めたわけではなく、お店のルールらしい。いや、しかし喫茶店でそんなルールがあるというのはどうも奇妙である。そういうルールは普通は食べ放題とかカレーの超大盛りとか、そういうお店で行われるのが普通である。…超大盛り…
 まさかと思ったコージは、思わず顔色を変えて厨房のほうを振り向いた。ちょうどそこから店長が、出来上がったばかりの注文品をワゴンにのせて登場するところである。ワゴンの周りにはふわふわとろうそくのような光が漂い、まあ幻想的といえば幻想的、不気味といえば不気味な雰囲気を演出している。間違いなくあれは先日ポリーニが披露した、「人工鬼火」のミニ版だろう。早速こんなところで実戦投入しているのである。もちろんこの程度の披露の仕方であれば、番組ぶち壊しとかそういう問題は起きそうにないのでいいのだが…コージはもはやそんなポリーニの変な発明品などまったく見ていなかった。
 ワゴンの上にはなにかかなり大きな、やたらとカラフルな物体が堂々と乗っかっている。ちょっと見た感じはケーキかなにかという感じであるが、それにしても背が高い。桃、ブドウ、さくらんぼといった果物や、赤や青、銀色の砂糖菓子(青のお菓子はなんだか健康に悪そうな気もするのだが)が、ごてごていっぱいにちりばめられている…これはもはやお菓子というより「クリスマスツリー」といったほうが近い。

「こ、コージ、あれって…」
「…パフェだ…」
「ええっ!高さ六十センチは軽くありますよ!」
「…俺さま、見てるだけで気が遠くなってきた…」

 ふわふわと漂う人工鬼火の間を、ワゴンはゆっくり…しかし確実にコージたちの席に近づいてくる。だがコージたちにとっては、もはやそれは食品でもなんでもなく、「パフェ」という名の怪物としか言いようがなかった。

絵 武器鍛冶帽子

*       *       *

「…俺さま、もう当分甘いもの喰いたくない」
「…クリームで胸がおかしくなってますよ」

 まさしく死闘としかいいようがないパフェとの格闘の後、店を出た彼らのせりふは一様にこれであった。とにかくこれだけのサイズである。高さが二倍になれば体積は八倍になるというのは当たり前の話なので、高さ六十センチのパフェともなると通常の三十倍近い体積になる。全員が均等(みぎてたちが四人、テレビ局側も同じく四人)で分けても普通のパフェを三つ喰うようなものなので、いくらなんでも常識の範囲を超えている。
 それになによりみぎては炎の魔神なので、アイスクリーム系は食べることがはじめから無理である。もちろんその分土台になっているスポンジケーキや生クリームを必死に食べるのだが、同じような味では飽きないわけがない。アイスクリーム担当となったシンやコージだってそれは同じことである。一番楽をしているのはフルーツ担当のポリーニで、味のほうも甘ったるくはない上に、いろいろな種類があるので飽きが来ない。というわけで当然一番元気なのも当たり前である。

「でもすごかったでしょ?こんなチャンスじゃなかったら食べれないじゃない」
「…すごすぎ。」

 何事も経験とはいうが、できることならばこういう体験はせずに済ませたかったというのがコージの本音である。

「…次は高級欧風料理店だけど、みんな大丈夫?」

 ちょっと心配そうにシンはコージたちに言う。意外なことだがあれだけアイスクリームを食べたにもかかわらず、彼はいたって平気そうである。一緒に食べたコージのほうは途中でなんども頭が痛くなって、ウェハースをかじって休憩しないといけなかったのだが、この水球選手はまったくダメージを受けている様子はない。いやもちろん食べた分だけ腹は張っているのだろが、あれだけの甘いものにうんざりしていないところが恐ろしいような気もする。

「っていうかシンさん、大丈夫なんですか?」
「あ、僕は平気。甘いものは別腹だから」
「…別腹って水準じゃないような気もする…」

 あっさり「別腹」とか言われるとなんだかこっちが情けないように聞こえるが、ディレルやみぎて、そして同行しているスタッフさんたちの表情(当然げんなり)を見ると、やっぱり自分のおなかが正常であると自覚できる。もっとも彼らのうちでもポリーニだけは大満足というか、わくわくという感じの表情である。

「コージ、ポリーニなんですけど…」
「あ、ディレルも気がついた?…な、みぎて」
「…俺さま、気のせいだと思いたかった…」

 たしかに彼女の紹介した「ケーキショップ夢魔」はグルメ番組(ここまでくるとお笑いグルメ番組)のネタとしては予想外にすばらしい(もちろん参加者には過酷な、まさしく夢でうなされそうなレベルの)ものである。しかし問題はこんなことで彼女が満足することは絶対にありえないことだった。なにせ発明品を大々的に披露していないのである。
 あの店で彼女の新作「人工鬼火」はちょっと出てきたものの、決してそれは主役ではない。あの巨大パフェのおまけ程度の扱いである。これで彼女が納得するなどありえないことは、コージもみぎても今夜の晩飯代をかけてもいいくらい自信がある。なによりもしこんな程度で彼女が満足するようなら、今までのみぎてやコージたちの悲喜劇は存在していない。
 ということは、理由はひとつである。

「このあとに出してきますよ、きっと」
「わかってる。多分シュリとぐるだ」
「…高級料理店で赤っ恥って、俺さま最悪…」
「大丈夫。もうここまでのドタバタがテレビ放映される時点で充分最悪。」

 まったくお互い慰めにならない会話を交わしながら、彼らはシュリ夫妻の待つ、高級欧風レストラン「ミラージュ・ド・バビロン」の前に到着したのだった。

 彼らが店の前に着くと、中から彼らを出迎えてシュリ夫妻が現れる。今日のシュリはさすがにテレビに出るということもあって、きちんとしたスーツとブルーのネクタイという姿だった。もちろん髪の毛は相変わらずのもさもさだが、よれよれの白衣姿とは違ってそれなりにはまともである。
 奥様であるエラ夫人は、これはシュリとは対照的なぽっちゃり…いやけっこう太目の女性である。実はシュリよりも背が高いうえに歳も上なので、いつ見ても「シュリが尻に敷かれている」姿しか想像がつかない。もちろんこの手のことは本人達が幸せであれば周囲がとやかく言うものではないのだが…

「みなさんお疲れ様、なかなか苦戦しているようですね」
「苦戦っていうか…苦戦か」
「…ここからが最大の山場って思うんだけど、この時点でもうきついよな」

 上機嫌のシュリを前に、みぎてもコージもため息しかない。なにしろあれだけの騒動を突破して、さらにこれからもう一山あるのかとおもうと気分が重くならないほうがおかしい。もちろん目の前のシュリは「自分がその一山である」などとは、かけらも思っていないのがわかるので、ますます気分はブラックホール並に重くなるのである。

「まあまあ、この店は安心してください。妻のお気に入りの店でして、とにかく味は保障します。」
「…そういわれると余計俺さま不安になるんだけど…」
「そこの『違いがわからない』貧乏魔神は黙ってなさい」

 違いがわかるかどうかはともかく、貧乏魔神といわれるとみぎてはぐうの音も出ない。実際のところいまだに1Kの下宿にコージと二人で住んでいるのだから、けっこう貧乏であるということはまったく疑問の余地がないからである。
 さて、いつまでも店先でばかな話をしていても始まらないのはあたりまえなので、スタッフは忙しそうにロケの準備を始める。コージたちも当然店に入って位置につかなければならない。ところがそのときシュリがあわてて彼らを呼び止めた。

「あ、みぎてくん、それからコージ君も。その服じゃだめですよ」
「え?」
「げげっ!そういうお店かい…」

 たしかに構えを見ても、窓ガラスから見える室内の様子を見ても、まさしく最高級のレストランである。高級ホテルのディナー以上のハイグレードであることは間違いない。しかしそういうお店はえてして「男性はネクタイ着用のこと」という厄介な制限がついているものなのである。が…今日のみぎてはプロデューサーのリクエストで魔界ファッションそのものだし、コージはコージでこの年代の青年らしくストリートカジュアルである。

「僕は大丈夫そうですね。シンさんは?あ、ちゃんと持ってきてる…」
「あたしも大丈夫みたいね」

 幸いにしてブレザーとネクタイ姿のディレルはほっとしたように胸をなでおろす。さすがにこういう場数を踏んでいるシンは、ちゃんとジャケット(ちょっとカジュアルっぽい感じではあるが)とネクタイをどこからか取り出してくるので問題はない。こういう服を無造作に着こなしてしまうところは、さすがに芸能人らしいファッション力である。
 ポリーニはポリーニで、たとえごてごてフリルがついていても、「なんとかハウス」のワンピースはよそ行きのドレスとして認められるようである。いや、むしろこれくらいひらひらがついていたほうが、イブニングドレスとしてはいいのかもしれない。これは悔しいながらも先見の明を認めざるを得ない。

「うわ、どうするコージ?」
「うーん、プロデューサーさんがどうするかだな。言ってもらえればレンタルで借りたのに」

 こういうお店とわかっていたなら、あらかじめ準備の段階でプロデューサー氏からひとこと連絡があってしかるべきである。みぎての「魔界ファッション」については先に話があったということを考えると、どうやらうっかりミスいうことではないらしい。となると、もうスタッフのほうで背広か何かを用意してくれているのかもしれない。
 ところが…

 たしかに背広は用意されていたことは用意されていたのである。しかしそれはコージとみぎてが最も恐れていた事態とまったく同じことを意味していた。つまり…

「ふっふっふ、だと思ったわ。みぎてくん、コージ。二人ともあたし達に感謝しなさい」
「最悪…」
「…発明品のジャケットかよっ、ポリーニ」

 蒼白になって振り向いた二人の前には、満面の笑みを浮かべたポリーニが、ベージュのジャケットを手にして立っていたのである。二人は完全に罠にはまったことを改めて自覚するしかなかった。

(⑥へつづく)

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