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炎の魔神みぎてくん グルメチャンネル ②「じゃあ特別に皆さんにご紹介しましょう」

2.「じゃあ特別に皆さんにご紹介しましょう」

「みぎてくんがっ?それちょっと…」
「せ、先生っ、それさすがにまずいんじゃ…」

 教授室はさっきまでのほのぼのとした雰囲気はどこへやら、大騒ぎとなった。それはそうだろう…テレビの取材があるというだけで結構な騒ぎになるのはあたりまえだというのに、先生ではなくみぎて、つまり彼らの同輩が取材されるのである。盛り上がらないほうがおかしい。(ひょっとすると彼ら自身も取材されるかもしれない。少なくともポリーニはそれを期待している様子がありありとわかる。)
 しかしよく考えてみるとこの話は決して喜んでいいことばかりとは思えない。というよりコージとディレルだけは事態をかなり深刻に受け止めていた。理由は簡単である。
 たしかに今やこの魔神が大学で授業をうけていても、商店街をコージと一緒にショッピングしても、誰も驚いたり騒いだりするということは無い。見かけこそちょっと体がでかくて、真っ赤な炎の髪の毛で、角が生えていて…要するにやっぱり魔神なのだが、とにかくみぎては人がいい。人懐っこい笑顔と持ち前の気のよさですぐに誰とでも仲良くなれる。こればかりは間違いなく特技としか言いようがない。
 が、それはあくまで直接みぎてと会った人だけの話である。テレビなどで、いくら少しはインタビューがあるとはいえ、この魔神の迫力のある姿を(映像だけで)見た視聴者がびっくりせずにすむだろうか?いや、これはうがった見方かもしれないが、「こんな危険な魔物が街に潜伏している」とかそういう報道をされたら最悪である。なにせ編集をするのはテレビ局なのだし、放送されてしまったらいくら何を言っても無駄である。
 しかしセルティ先生はコージやディレルほどは心配していないようだった。

「大丈夫よみぎてくんなら。それにあさっては本番じゃないのよ。打ち合わせ。だからそのとき詳しい番組内容を聞けばわかる話だわ。」
「本当のことを言うんですか?ああいうテレビ局って…」
「大体は話すはずだわ。もしテレビ局がうそをついてひどい報道をしたら、大学としても告訴をすることもできるし、なによりこっちにはまったく非がないでしょ?みぎてくんが大学やご近所の人気者ってことは間違いないんだし…」

 まあさすがにあまりに不利益な、それも事実無根の報道をされたら、大学としても告訴をするのは当然の対応だろう。それに既に大学や近所の人々は、この魔神を素敵な隣人として認めてしまっている。居酒屋に行こうがスーパーに行こうが、みぎてを見て逃げ出す人などいるわけもない。むしろ(ちょっと迷惑なほど頻繁に)声をかけてくるほどである。
 そんな状況でたとえむちゃくちゃな報道をされたからといって、少なくともみぎてがすぐに街から追い出されるとか、大学に警察が踏み込んでくるとか、そういうことになるとはとても思えない。そう考えると、たしかにコージの不安は杞憂なのかもしれないが…

「やるじゃないのみぎてくん!タレントよタレント!テレビなんて素敵じゃない!」

 困惑しているコージをよそに、ポリーニは大喜びといった様子でみぎてを褒めちぎっている。あまりの有頂天ぶりが怖くなるくらいである。別に彼女が紹介されるわけでもないのにこの騒ぎ方はどうにもおかしい。なにせ考えてみれば、そもそもみぎては彼女にほめられるようなことをしたわけではないのである。(まあ人間界に一人で留学にくる勇気はほめるにふさわしいのだろうが。)ディレルは渋い顔をして彼女に突っ込みを入れた。

「ポリーニ、ひょっとしてみぎてくんに発明品をテレビで紹介させようとか、そういうこと考えてませんか?」
「当たり前じゃないの!こんなチャンスめったにあることじゃないわ。みぎてくん、なんとかできるでしょ?」
「ちょっとまて、俺さまがどうこうできることじゃないって、それ」

 ディレルの指摘をポリーニはあっさり肯定する。やはり彼女のもくろみは「テレビで自分の珍発明品を紹介させる」という下心満開のものだったわけである。どう考えても、みぎてや彼女の都合で番組内容を変更できるとはとても思えないのだが…
 肝心のみぎてのほうはといえば、どうも問題の核心をまったくつかんでいないようである。コージやディレルと同じようにとりあえずうろたえてはいるのだが、その場所がピンボケである。

「俺さまいい服持ってないや。テレビに出るならやっぱりかっこいい服要るだろ?どうするコージ?」
「…結婚式に出るわけじゃないんだから心配しない」
「そ、そりゃそうだけどさ。もしかしてやっぱりダイエットしなきゃだめか?俺さま。あと発声練習とかいるのか?」
「まあみぎてくんの場合少しはやせたほうがいいかもしれないですけど、発声練習って歌番組じゃないと思いますよ」
「でもせっかくの台詞がよく聞こえなかったらまずいんだろ?俺さま精霊語なまりがあるからさ」

 やはりどうやらこの魔神は、「テレビの取材」を「ドラマかなにかに出演する」と勘違いしているようである。取材ではインタビューとかそういうのはあるのだろうが、あまり早口とかでもないかぎり、視聴者に聞き取れないということはないだろう。もっともたしかにみぎて自身が認めているように、彼の場合は(精霊界生まれの精霊界育ちということで)発音やイントネーションに精霊語なまりがあるというのは事実なのだが…どっちにせよそれは後の問題である。
 とにかく…打ち合わせの前からこの調子では、今回も大騒ぎになるのは間違いなさそうである。ディレルはため息をついて、同じく頭を抱えているコージに言った。

「コージ、いつの間にみぎてくんのうわさが広まったんでしょうねぇ…」
「…そりゃまあ俺だって最近全然カモフラージュしてないし、何処かの誰かは妹さんとかにみぎてのことぺらぺらしゃべってるし」
「ううっ、かなり痛いところをつきましたね…」

 ディレルはコージの鋭い指摘に思わずうめき声を上げる。実際最近はみぎての存在が当たり前すぎて、コージにせよ講座の他の誰にせよ、まったくといっていいほどこの魔神をカモフラージュする努力をしていない。実は最初は「一応おおっぴらにはしない」という約束にしていたにもかかわらず、である。コージだってみぎてと一緒にラーメン屋だろうがスーパーだろうがかまわず行くし、ディレルにいたっては家族(特に妹さん…ディレルと正反対な性格の元気なイマドキ女子高生である)にしょっちゅう大学の話…つまりみぎてのうわさをぺらぺらしゃべっているであるから、いたるところからうわさはじゃじゃ盛れの広がりまくりである。いずれはテレビ局の耳に入るのも時間の問題だったに違いない。
 そう、まさしく自業自得、結局のところはコージやみぎてを含めて全員が一緒にまいた種だったのである。いまさらあわてても仕方がないとしか言いようがない話だった。

*       *       *

 テレビ局のプロデューサーが大学にやってきたのは、その二日後のことだった。もちろん間の一日は大掃除に当てられたのは当然である。まさか実験器具やら書類やら文献がひっくり返っている研究室をそのままにして、テレビ局の人を迎えるわけにはいかない。それくらいの羞恥心はコージたちにもあるわけである。
 午後も四時近くになって、色付きのメガネをかけた茶髪の男性が講座にやってきた。ジャケットとジーンズ、そして耳にはピアスまでしているという、こういう理系の大学では珍しいおしゃれな服装である。(大学の研究室といえば、ジャージでうろうろとかが当たり前である。)さすがはそういう業界の人という感じだった。

「どうも。TVBテレビバビロンです」
「あ、お待ちしていました。こちらへどうぞ」

 出迎えたのは非常に都合よくディレルだった。こういうときにはこのトリトン族の青年は一番そつがない。コージだって多少は動揺してしまうだろうし、みぎてなどは思わず興奮してずっこけてしまう可能性がある。ましてやポリーニなどに出迎えさせようものなら、いきなり発明品を披露して大顰蹙を買ってしまうことは確実だろう。そういうこともあって、こういうときの接待はディレルがやるのが一番の適任なのである。
 ディレルは手際よくプロデューサーさんを教授室に連れてゆくと、また手早く紅茶を(今日のために買ってきたちょっとおいしい紅茶である)入れて出す。この辺の手際は彼に勝るものはない。その間他の連中は隣の研究室でこっそり待機である。
 さて、とりあえずの接待を済ませた彼は、教授室から出てくるやいなや、コージたちのところに飛んできた。

「みぎてくん、コージ。そんなに悪い感じはしませんよ。すくなくとも『都会に潜む危険な魔神』とかそういうニュース番組じゃなさそうですね」
「ほっ、一安心。みぎてもちょっとは心配しろよ」
「うーん、コージはじめから心配しすぎだって思ってたって。」
「あはは、まあとにかくよかったじゃないですか。これならみぎてくん荷物まとめて夜逃げする必要もなさそうですよ」

 ディレルの第一報にコージたちはほっとした表情になる。実際「都会のスキャンダルを追う!魔神隠匿疑惑」とか、「これでいいのか都会の安全?魔神が巣食う大学!」とか、そういう困った内容の番組ではないらしい。これなら最悪でも少々の赤っ恥程度で済むかもしれない(それでも全国に放映されてしまうのだから、大赤っ恥という気もするのだが)。
 ところがディレルの情報はそれだけではなかった。

「でもちょっと驚いたんですけれど、どうもテレビに出るのはみぎてくんだけってわけじゃないみたいですよ。コージは当然としても、僕やポリーニまで出なきゃいけないみたいな感じなんです」
「え?あ、まあそうかもしれないよなぁ。みぎての取材なんだろ?周囲の学生のコメントとかもあるだろうし…」

 まあたしかに「大学に通う魔神」の取材ともなれば、周囲の普通の学生の反応も取材対象になるのは自然である。コージもはじめからその覚悟はできているので、いまさら驚くほどの話ではない。
 が、ディレルは首を横に振った。

「いや、それがですねコージ、どうもニュースやドキュメンタリー番組じゃないみたいなんですよ。芸能人も来るとか言ってましたし」
「ええっ?芸能人が?」
「マジかよ?なんかすげぇ話になってきた気がするんだけど…」

 みぎてとコージは顔を見合わせてしばらく絶句した。「芸能人がやってくる」ということは、どうやら彼らが今まで考えていた番組とはぜんぜん違うものらしい。もちろん歌番組やドラマのロケということはないだろうが(もしそれだとすれば、みぎての取材をするという必要はない)、ひょっとするとバラエティー番組やクイズ番組かもしれない。しかしバラエティー番組だとすると、こんな大学では(いくら魔神がいるとはいっても)ちょっとネタ不足になってしまうのではないかという気がしてくる。
 三人はかき集めた断片的な情報を前に、不思議そうに首をひねりながら紅茶を(ディレルは客だけではなく、コージたちにもおいしい紅茶を入れてくれたのである)すするしかなかった。
 ところがそのときである。教授室の扉が開き、セルティ先生が顔を出した。

「みぎてくん、あとコージ君も来て。プロデューサーさんに会わせるわ」
「あ、はい。みぎて、行こう」
「おうっ、緊張するなぁ」

 二人はまるでオーディションを受けるコメディアンのような(もちろんそういう経験は二人にはないのだが)緊張した面持ちで、教授室のドアをくぐったのである。

*       *       *

「君が魔神君?さすがに大きいねぇ。あ、申し遅れましたが、私はテレビバビロンの番組製作課プロデューサー、ボブ・ジーンです」
「おうっ、俺さまがみぎて大魔神さま…いてっ、コージなにすんだよ」
「自分で『さま』付けはかっこ悪いって、みぎて。テレビなんだから、テレビ」
「あ、そっか」

 いきなりみぎてはいつもどおり自分で「大魔神さま」付けで自己紹介を始める。まあ魔神族は「一応神様」という存在を主張したいというのがあるので、相手がどう思おうが「俺さま」とかいってしまうわけである。小さなプライドみたいなものだろうが、この場合はいささか都合が悪い。それに本名ではなくニックネームの「みぎて」と名乗るのもちょっと問題である。当然あわててコージは魔神の足をふんずけて警告したわけである。が、おかげで開口一番がいきなり漫才コンビのような状態になってしまったのは言うまでもない。
 初手からこの調子の二人を見て、思わずプロデューサーさんはプッと笑い始める。

「いやぁ安心しましたよ。こわもてすぎて視聴者の方に刺激が強すぎたらどうしようかと思いました。これならうわさどおりですね。みぎてくん」
「うわさ?やっぱり俺さまうわさなんだ」
「だからみぎて、『さま』はだめだって」
「いや、かまいませんよ。そのほうが魔神らしくて視聴者の方が喜びます。えっとそれからこちらが相方のコージくん?」
「あ、コージです。よろしく」

絵 武器鍛冶帽子

 プロデューサーはそういってみぎてと、それから(一応話は聞いているらしく)隣のコージをしげしげと見る。もしディレルからの情報が本当だったら、みぎてだけではなくコージたちもテレビに出ることになってしまうのだから、チェックされるのは当然だろう。もっとも「相方」という言われ方は本当に漫才師みたいな気もしてしまうので、ちょっと悩むところではある。
 さて、しばらく二人を観察していたボブ(プロデューサー)は満足したようにうなずいた。どうやら合格点らしい。

「うん、彼ならマスクもなかなかだし、二人ペアで出てもらったほうがいいかな。さっきの突っ込みもいいタイミングだったし…」
「あ、はい…いや、まだ番組の内容とかぜんぜん聞いてないんですけど」
「そうだよなコージ、俺さまグルメ番組だったらいいんだけどさ」
「食うことばっかり言わない、みぎて」

 思わずずっこけてしまいそうなみぎてのボケであるが、これはいつもと同じである。さすがに度胸だけは満点の炎の魔神なので、いくら緊張してもこういう点はまったく変わらない。つられてコージまで緊張する暇がないのだから、やはりテレビにはもってこいのキャラなのかもしれない。
 しかしそれはそれとして、まずは番組内容を確認してみないことには「出る」とも「出ない」とも返事ができない。もちろんセルティ先生はもう内容を聞いているはずであるから、もし厄介な番組だとしたらこの時点で反対をしているはずである。二人ペアで出演で、みぎてのボケとコージの突っ込みが都合よいということは、どうやら本当にバラエティー番組なのかもしれない。

 ところがだった…奇妙なことにみぎての食べ物ボケとコージの突っ込みが炸裂した瞬間、プロデューサーとセルティ先生は大爆笑したのである。セルティ先生にいたってはあまりのおかしさに腹を抱えて涙まで出ているほどである。もちろんたしかに「受け」てもいいシーンではあるが、この爆笑ぶりは「受けすぎ」である。なにかさっき飲んだ紅茶の中に悪いものでも入っていたのではないかと不安になるほどである。笑い転げるプロデューサーと教授の前で、二人はあんぐりと口をあけてしばらく凍りついていた。
 しかし…驚く二人にプロデューサーが(腹を抱えながら)言った言葉は、今度はコージとみぎてがずっこけてしまいそうなほど予想外のものだったのである。

「いや、その、どうしてわかったんですか、あははははっ!」
「えっ?」
「?どういうことなんだ?」
「いや、そのですね、ほんとにグルメ番組なんですよ!うちは!」
「…マジですか?」
「そ、そうですあはは!『街角探検!下町とっておきクイズ』です!金曜日夜8時の!あははははっ!」

 『下町とっておきクイズ』…身近な街角を探検して、地元の人だけが知るおいしい店や名所を紹介するという、典型的なグルメ&旅行番組である。その街角が今回「バビロン大学」で、「地元の人」がみぎて達(たしかにちょっとした有名人なので資格は充分だが)というわけだった。まさしくこの食いしん坊魔神にとっては願ったりかなったりとしかいいようがない。
 あまりの展開にコージもみぎても顔を見合わせて呆然とするしかなかった。ほっとしたような、しかしとてもこれだけでは済まないような…そう、つまり二人は毎度恒例の「大騒ぎの予兆」を感じていたのである。

*       *       *

 「下町とっておきクイズ」の毎週の流れは大体こういう感じである。まず芸能人が登場して街の簡単な紹介、そして地元の人と合流、その人の案内で順に名所やうまい店を巡る。これを今回の「バビロン大学とその周辺」というテーマにあわせると、大体段取りが見えてくる。
 つまりまず芸能人がバビロン大学へ登場、ちょっと大学紹介、そして講座でみぎてとコージが出迎えて魔神の紹介と軽いインタビュー、そのあと二人の案内でお店めぐりということになる。
 もちろん毎週金曜日放映のレギュラー番組なので、大まかな時間配分や流れは毎週同じようなものである。ということは紹介するお店や名所さえ決めてしまえば、あとはロケをするだけということになるはずなのだが…それが意外と難問だった。

「うーん、ちょっと高級というか、おしゃれなお店がほしいところですねぇ。さすがにこれだけだとさびしいかな…」

 プロデューサーは微妙に困ったような表情でメモをにらんだ。コージとみぎては思わずすまなさそうに小さくなる。別に二人の責任というわけではないのだが、気分的にそうなってしまうのである。
 わかると思うが、一同の目の前には「コージたちがお勧めするバビロン大学周辺のうまい店、素敵なお店」がリストアップされた紙が置かれている。ラーメン屋、居酒屋、喫茶店、お好み焼き…コージやみぎてだけでなく、ディレルやポリーニ、セルティ先生まで集まってもらっていろいろ考えたリストなのだが、たしかにプロデューサーの言うとおり、「おしゃれなお店」というのが欠けているのは事実である。

「うーん、言われてみればそうですよねぇ…コージ、もうちょっといい店知らないですか?」
「俺に聞くなよ。うちは貧乏なんだから。大喰らいの魔神がいるんだし」
「コージ、またそれ言うし~。でもさ、ディレルだってお好み焼きじゃねぇか」
「それ言われると困るんだけど…でも絶対おいしいってあそこ」

 ディレルに言われてコージは困ったように首を振る。自称貧乏(まあ事実二人で一部屋下宿状態だからやはり貧乏)のコージとみぎてであるから、高級なお店など知っているはずはない。いや、それ以前にそもそも学生の身分で高級なレストランなど行きつけているはずはないのだから、このレパートリーは自然なのかもしれないのだが…とはいえ同じ大学生として、おしゃれな女子大生が喜びそうなお店をまったく紹介できないというのも問題だろう。いかにバビロン大学の魔法工学部がおしゃれっ気のない学部であるかわかろうものである。
 とにかく「貧乏下宿生」という経済的制約がないはずのディレルすら、推奨する店が「お好み焼き屋」である。(実はこのトリトンはお風呂屋の息子なので、コージたちよりもさらに下町どっぷりな食文化なのである。)さらに頼みのセルティ先生すら、「とんかつの菊水」(たしかにすごくうまいのだが)なのだからだめすぎる。せめて一人くらいはワインがよく似合うような素敵なお店を推奨しないと格好がつかない。

「こう見るとあたしが一番ましね。一応喫茶店だし」
「…喫茶店『夢魔』、ケーキの店だよね。甘いけど」
「なによディレル、何かいいたいことあるの?」

 ポリーニお勧めの店というのは校門から少し歩いたところにある小さな喫茶店である。甘いケーキが女性に人気という点は間違いないので、このリストの中ではまだ「おしゃれ」なほうである。が、紹介するのがみぎてであるという問題点は残る。喫茶店を紹介するには、この魔神の巨体は今ひとつ似合わないという点も問題ではあるのだが、それよりもみぎては甘い甘いケーキはちょっと苦手なのである。紹介のときにぼろが出てしまう恐れがある。もっとも実はディレルですら(ディレルは和菓子が好きなので、甘いものが苦手というわけではないが)あそこのケーキは甘すぎるという気がしているのだが…
 しかしいくら考えても、これ以上の「お勧め店リスト」は出てくるわけはなかった。どうやらこの講座の一員はそろいもそろって「B級グルメ」なメンバーであるという事実は否めないようである。

ところがそのときだった。

「あ、どうもどうも、お困りのご様子ですね皆さん」
「あっ!シュリ!気づかれたっ!」
「やっぱり変態発明家出てきたかよ…」

 絶妙のタイミングである…聞きなれた間の抜けた声がドアを開けて入ってきた。ぼさぼさ髪で頬のこけた貧相な顔…お隣の講座の助手先生、シュリ・ヤーセンである。こういう騒ぎの予感がする時には、かならずそのにおいをかぎつけてくるのだから見事としか言いようがない。
 既に恒例ともなっているのでご存知の方が多いと思うが、このシュリという先生(一応助手先生なのである)は、魔法工学部ではポリーニと覇を競う「変な発明家」である。それも迷惑度までほとんど同等…いや、作るものが大げさなだけポリーニ以上に悪質かもしれない。当然ながらみぎてやコージを実験台にしたがるところまでまったく同じである。だからその分(相手が助手先生だというのに)コージたちはきっぱり「変態発明家」呼ばわりしているのだが、相手は気にする様子もない。(怒るならまだしも、まったく意に介してないところがある意味恐ろしい。)

「あら?シュリ先生どうなさったの?」

 セルティ先生は微妙に顔を引きつらせながらにこやかに答える。もちろんこの笑顔は「こんなややこしいときに出てこないでよ」と同義語である…が、そういうことでひるむような相手ではないことももはや周知の事実だろう。まったく平然と(さも事情を知らないかのように)さらりと返事が返ってくる。

「いや、来週の学部会議の資料を届けに顔を出しただけですよ。まあついでにお困りなら、なにかお手伝いできることならと思いましてね」
「…つまりまた変な発明品作ったんだろ?」
「変なとは心外な、コージ君。偉大な、発明品です」

 コージやみぎての経験上、シュリの発明品が「変な」でなかったことは一度もないような気がする。まあそのうち極々まれに「変で、でもまあ使える発明品」がある程度なのであるが、当人はまったくそうは思ってないらしい。
 ところがこまったことに…プロデューサーはシュリのことを知っていたのである。

「あ、あなたがうわさのシュリ博士ですか!バビロンフェスティバルでの大花火は聞いてますよ。かずかずの面白い発明をなさっているそうですね」
「あ…あの時の…」
「あれたしかに新聞ネタになってる…」

 たしかにおととしのバビロンフェスティバル(要するにお祭り)の時に、シュリが出した大花火は大評判となり、新聞の取材が来た大成功であった。もっとも本当のことを言うと、あれは大失敗作巨大張りぼてロボの一部で、暴走寸前だったのをみぎてとコージが制御してなんとか花火という形でごまかした(詳細については別のところでお話したので、ここでは割愛するが)という秘密があるのだが、そんな裏事情までプロデューサーが知っているわけはない。とにかくマスコミなんてものはネタになればいいのである。
 プロデューサーの甘い甘いほめ言葉にシュリは得意げな表情に変わる。もちろん周囲は好対照なほど渋い表情である。が、番組を作るのはコージたちでもシュリでもなく、プロデューサーさんなのだから(話題性中心になるのは)いたしかたない。
 しかし今回の問題は「グルメ番組にふさわしい近所の銘店を探す」であるから、シュリの発明品がまったく役に立たない(シュリだけでなくポリーニだってだめである)ということは明らかである。ライバル意識むき出しのポリーニは噛み付くようにシュリに言った。

「ちょっとシュリ、今回はグルメ番組よ、グルメ番組。発明品でおしゃれな店を探すとかってわけには行かないでしょ?それとも心当たりがあるの?」
「あ、そうですよねぇ。シュリ先生あんまりおしゃれな店とか行きそうにないし…」
「なんだか毎日コンビニ弁当っぽいよな」

 ポリーニの一言に納得したように怒涛の毒舌が飛び交い始める。いつも白衣はぼろぼろ、髪の毛もしゃもしゃのこの変人先生であるから、どう考えてもおしゃれなお店など知っているはずはないという断定である。
 ところがシュリは思いっきり不満そうな表情になって彼らの口撃を止めた。

「シャラーップ!凡人の皆さん!このわたくしがおしゃれなお店を知らないとおっしゃるのですか?ノンノン」
「えっ?」
「ええっ!」

 自信たっぷりなシュリにコージたちは仰天する。いや、コージやポリーニだけではない。こういうときは平然としているのが普通の(同じ教職員として、学生達の悪口三昧にはさすがに加われない)セルティ先生すら信じられないという表情になってしまうほどである。
 が、次にシュリの口から出てきた店の名前は、もっと彼らを驚かせる…ただしちょっと行きすぎレベルの店だったのである。

「じゃあ特別に皆さんにご紹介しましょう。妻の知り合いの店なのですが、『ミラージュ・ド・バビロン』、ガリア料理とワインがすばらしいお店ですよ。まあ凡人の皆さんは近づいたこともないかもしれませんが…」
「…それって某グルメ雑誌でも紹介されている有名な店じゃないの…」
「僕も雑誌でしか見たことないですよ。たしか夜なら一人あたり三万円はするところですよね…」
「名前聞いただけで俺さま絶対似合わないような気がしてきた…」

 高級レストランでこの魔神が行儀よく(既におしゃれに、というレベルは誰一人期待していない)料理を食べる…考えただけで絶対ありえない想像図が目の前にちらついて、コージだけでなくディレルもセルティ先生も頭を抱えた。いや、誰よりも頭を抱えたくなったのは、「絶対自分で似合わない」と確信しているみぎて本人だっただろう。

(③へつづく)

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