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炎の魔神みぎてくん POWER LIVE ⑥「『地獄谷温泉振興会』の登場です!」

6.「『地獄谷温泉振興会』の登場です!」

 昼を回った大学構内は、大学祭に参加する学生はもちろんのこと、よそから遊びに来ている女子大生や高校生、はたまた生協祭りで買出しを狙うおばちゃんまで、結構な人出である。普段の構内の人口密度から考えると、およそ二倍という感じがする。もっとも大学というものは往々にして「人口密度が高い時期は四月(つまり学生がちゃんと授業に出る時期)だけ」というものであるから、この程度が本来のこの大学の人口なのかもしれないが…
 構内のポプラ並木沿いには仮設のテントがずらりと並び、そこで焼き鳥やらラーメンやら、はたまた焼きそばお好み焼きまでさまざまな屋台が並んでいる。体育会系のサークルはたいてい大学祭ではこういう模擬店をやるものなのである。それに対して文科系サークルは、大学祭は本来のサークル活動の発表の場でもあるので、模擬店ではなくコンサートや展示会をやることが多い。

「あれ?あそこ焼酎あるんだ」
「あ、あそこは応援団ですね。応援団はお酒を出す特権があるんですよ。慣例みたいですね」
「みぎて、だめだぞ。今から出演なんだから」

 ひときわ異様に目立つ屋台は、どうやら応援団が出している模擬店のようである。長ランを着た大柄の学生が焼き鳥やビール、焼酎を売っている。面白いことに、他のサークルの模擬店では酒類は販売できないのだが、なぜか応援団だけはお酒を売ってもいいというルールになっている。この辺はどういう理由なのかコージにもわからないのだが、慣例のようである。

「俺さま学ランって着たこと無いんだよな。見てるとかっこいいよな」
「みぎてが着たら似合う…っていうか、でかすぎて怖いかも」
「前、背広を着たときもやくざみたいでしたからねぇ…」

 長ラン姿の応援団の連中を見ていると、たしかにみぎての言うとおり、迫力があって格好いいというのはわかる。コージは高校生までは学生服を着ていたので、別に経験が無いというわけではないのだが、あれだけすごい長ランなら一度くらいは着てみたいような気もする。が、この魔神があんなものを着ようものなら、体がでかいのでちょっと怖すぎるかもしれない。事実、前に結婚式で背広を着たときですら(あんまり体格が見事すぎて)プロレスラーの記者会見みたいな状態となったのであるから、長ランだとそれ以上になるのは間違いない。
 さて、彼らは適当に屋台でうまそうなもの(焼き鳥やらお好み焼きやら、ディレルにいたっては茶道部で抹茶とお菓子まで)を買い込んで、ついに会場の体育館に到着である。体育館ではそろそろ開演なのだろう、なんだかあわただしい雰囲気がする。

「あ、ポリーニあそこですよ。ちょっと端っこのほうですね」
「いい場所っていうほどでもないなぁ」
「あそこはあとで出演者控え室に行くのに便利だと思いますよ」
「あ、そうか、それだな」

 ポリーニが陣取っているのは、体育館観客席の真ん中列の右端にあたる場所である。ステージを見るにはちょっとばかりはずれの位置という気がする。が、舞台の袖に近いので、たしかに出演順番が近づいてきたときに有利かもしれない。
 とはいうものの実は、観客の数はこの段階ではさほど多いというわけではない。オールスタンディングとか、外まで人があふれているとかそういうことはまったく期待していないのだが、なんだか観客席の四分の一くらいしか埋まっていないような気もする。これはちょっと期待はずれかもしれない。
 さて、一同がポリーニのところにたどり着くと、彼女はいきなり妙なことを口走った。

「ちょっと、みんな遅いわよ!服着替えるんだから」
「えっ?服?」
「服って…またコスプレするの?今から?」

 彼女の周りには紙袋が人数分どんと置かれている。どうやら中身はいつものとおり彼女お手製のコスプレ衣装のようだった。これを着て演奏をするという考えらしい。まあ舞台衣装というのは大いにありだとは思うのだが(ロックバンドだってすごい舞台衣装を着ることも多いのだし)、なんとなく不吉な予感もある。作成者がポリーニというだけで、どうしても(なにかとんでもない発明品が仕込まれているのではないかという理由で)不安に感じてしまうものなのである。それになにより…センスに若干の難がある。

「…すっげー俺さま不安なんだけど…」
「またさくらんぼとかその辺の妙な柄とかなんじゃ…」
「そんなことしないわよ。ロックよ!ロック」
「柄だけなら俺さまいいけど、変な飛び道具が仕込んであったり…」

 日ごろからポリーニにひどい目にあっているみぎては、もう紙袋に触れるのも恐ろしいというような表情である。が、彼女はそんな無言の抵抗をあっさりと排除して全員に紙袋を押し付ける。しかたがないというように首を振ったコージは、早速紙袋を開けた。

「…これ、帯?…じゃないなぁ…」
「僕のもそんな感じの布がいっぱいですよ。あ、これはなんだろ…海水パンツみたいなんですけど」
「ブーツみたいなのもあるな。妙に誰かの服を思い出すぞ」

 コージとディレルは困惑した表情いっぱいの表情になる。背丈の二倍はあるような長い幅広のカラフルな帯がいくつもあったり、ビニールレザーのような材質でできた肩当やスリッパのようなものがあったり、海水パンツのようなものがあったり、今まで彼女が作った衣装の中でも飛びぬけて妙である。というよりどうやって着るのかさっぱりわからない。
 ところが彼女は困惑するコージたちに不満たらたらの様子である。

「なに言ってるのよ。こんなの簡単じゃないの。蒼雷君見たらわかるでしょ?」
「…ってことはこれ、羽衣?…」
「…僕たちも魔界ファッションですか…」

 コージとディレルは愕然として、ポリーニと蒼雷を交互に見た。もちろん蒼雷はこの件に関しては一切関与していないのは当然である。が、コージたちはそうは認めていない。「お前の彼女なんだからなんとかしろ」という視線がこの風の魔神に集中砲火を浴びせている。
 が、こういうときにフェミニストの魔神は、どうしても女性の肩を持たなければならないのである。

「な、なに言ってんだよ。み、みんな俺と同じ魔神ファッションしたほうがいいに決まってんだろ?魔界バンドらしくてイカすに決まってる…と思う」
「声が震えてますね蒼雷君…ふう」
「ま、あとでちょっとご馳走でも期待してるから。氏神さまなんだし」

 コージとディレルの視線に黒焦げになりながら、それでも蒼雷は率先してポリーニのとんでもないコスプレ服を褒めちぎらざるを得なかったのである。

*     *     *

「第二十四回、バビロン大学アマチュアバンドバトル!わたしは司会の落研部長、三代目笑家ランプアイです!」
「はじまりましたけど…ちょっとここにいるのつらいですね」
「わかる、それ…」

 コージたちがしぶしぶながらポリーニの「魔界ファッション舞台衣装」に着替え終わったころ、いよいよアマチュアバンドバトルはスタートとなった。観客の数もさっきよりは増えて、だいたい座席の半分くらいは埋まっているようである。とはいえコージたちは羽衣…つまりきわどいエスニックファッションに着替えてしまったので、これ以上人が入ると、それだけで観客席にいるのが恥ずかしいという気がしてしまう。
 羽衣魔界ファッションというのは、こてとブーツ(全体的にエスニックな柄である)、それからビニールレザーみたいな材質の海水パンツ、やたら派手でごてごてしたネックレスやアームレット、それから何枚もの羽衣という組み合わせのようである。少なくとも蒼雷の服装を基にしてデザインされているのは間違いない。が、これは明らかに露出過多である。何しろ胸とか太ももとかはほとんど何もつけていないのだから、これでは海水浴とあまり変わらない。蒼雷やみぎてのような見事な筋肉質の魔神が着用すればそれなりに格好いいのだが、コージやディレルのような普通の人間が着ても、貧弱さが目立つばかりで情けないことこの上ない。

「みぎて、これって魔界じゃ普通?…だよなぁ」
「うーん、こんなもんじゃねぇか?ちょっと人間界じゃ寒いと思うけどさ」
「だよなぁ、炎の魔界ならともかく…」

みぎても、なんと答えたらいいのか微妙という表情である。たしかに炎の魔神族であるみぎてだって、魔界ファッションをするときは露出は似たようなものである。革パンツと金属製のこてやブーツだけという、まさしく脱ぎ系なのである…が、いくら彼でも十一月も半ばになろうこんな時期には、ここまで寒々しいファッションはしない。

「羽衣って意外とスースーしますねぇ。これかぜひいたらどうしよう」
「出番が近づくまで、上になんか羽織ったほうがいいと思うぜ。かぜ引くって」

 みぎては的確なアドバイスをする。人間界暮らしが長いこの魔神は、あまり寒いと人間は風邪を引くということをちゃんとわかっているのである。ディレルもコージも肩にかけた羽衣を椅子に置くと、Tシャツを着てなんとかひとごこちである。

「さて、ここでゲストの紹介です!まずスポーツウォッチ23やグルメ番組でご活躍の、元水球選手、シン・アル・カイトスさんです!」
「こんにちわ、シンです!」

 ステージではゲスト紹介が始まっている。シンがいつものもてもて笑顔を振りまいて、司会に紹介を受けている。さっき講座に顔を出したときに着ていた「普段着の」高級ジャケットではなく、舞台用のもっと明るいベージュのジャケットに着替えている。ちゃんと舞台衣装は別に準備しているのである。

「あ、シンさんですよ。…この格好を見られるのちょっと困りましたねぇ」
「…うげぇ、最悪。シンさんには見られたくないよなぁ」

 憧れの芸能人(しかも知り合い)に、こんなとんでもない格好をしているところを見られるというのは、コージでなくても最大の屈辱なのは同じである。まあ実はコージやみぎてはシンさんと一緒にロケでお風呂に入ったことがあるので、いまさらお互い隠すような部分は無いのだが、だからといって変なコスプレを見せて良いという理由にはならないのは当たり前だろう。宴会で裸踊りをするようなものである。

 さて、トップバッターの女性コーラスグループから始まって、プログラムはちゃくちゃくと進み始めた。だいたい一グループあたり十分の割り当て時間で、歌やら演奏やら、漫才や落語までいろいろな出し物がある。うわさどおりの素人演芸会というのに近い。

「あ、さて、さて!」
「あ、あれって南京玉簾じゃないですか?」
「…なんであんなもん大学生がやるんだ…」

 ちょっといまどきテレビではとても見ることができない「南京玉簾」まで飛び出したのを見て、さすがのコージもあいた口がふさがらない状態である。この調子では猿回しやトランポリンショーまで登場するのではないかという気がしてくる。どこかの温泉場の演芸場に遊びに来たような気分である。まあどれもすごくうまいというほどではないが、面白いのは間違いない。
 さて、前半の雑多な宴会芸シリーズが一段落すると、いよいよバンド演奏ラッシュがやってくる。フォークギターを片手に舞台に立つペアとか、バリバリのヘビメタバンドとか、レゲエのリズムに乗って踊るセクシーなお姉さん(ちょっと学生とは思えないド派手な化粧である)まで現れて、なんだか一気にクラブに来たような気分になる。驚いたことに体育館の天井にはミラーボールまで設置されていて、完全に巨大な(体育館なのだからやはり巨大である)クラブといってもいい。
 盛り上がりもだんだん熱狂を加え、立ち上がる客まで現れる始末である。まあ観客はほとんどが大学生か高校生なのだから、こんな雰囲気では盛り上がらないほうがおかしい。実際コージも見ているだけで気分が乗ってくるのだから、今回のセットはなかなかすごい演出なのかもしれない。

「すっげーな!レゲエってかっこいいな!」
「みぎて、ああいうサウンドも好きなんだな。乗りがいいからかな」
「パーカッションが好きってことは、やっぱりビート命だからでしょうね」
「やっぱビートだぜこういうのって」

 次々に流れてくる素敵な音楽に、みぎてもコージもなんとなく体が動く。もちろん演奏のレベルは多少の差があるのだが、今日のこの会場ではそれほど気にはならない。そう考えるとすごく音響がいいのかもしれない。高音のメロディーから低音のビートまで体にきちんと響いてくる。単なる体育館の特設ホールだということを考えるとこれはすごい話である。どうやら蒼雷も同じことを感じたらしい。

「すごく音響いいな。これなら俺達の演奏も結構映えるぜ」
「蒼雷もそう思ったんだ。体育館とは思えない」
「いつも俺は公民館だからなぁ…こんなにいいのははじめてかも」

 たしかに公民館でのコンサートでは、音響だってふにゃふにゃだろうし、民謡の練習会にはいいかもしれないが、ロックバンドには絶対不向きだろう。それを考えると、この素敵な音響は信じられないハイレベルだった。
 ところがその時、ポリーニが妙なことを言ったのである。

「どう?あたしの発明品は。すごいでしょ!」
「えっ?」
「発明品?発明品って…」

 突然のことに、コージもディレルも意味がわからず、困惑した表情になる。たった今まで「音響」の話で盛り上がっていたところなので、普通に考えればやはりそれに関係した話だろう。しかし彼女の発明品らしい新しい設備が体育館に設置されている様子は見当たらない。
 首をかしげる彼らに、ポリーニはあきれ返ったように肩をすくめる。

「もう~っ、ぜんぜん気がついてないのね。あれよ、あれ」
「あれって…舞台じゃん」
「舞台の上に黒い箱あるでしょ?アンプの隣」
「…えっ?あれもアンプなんじゃないの?…あ」
「…さくらんぼ描いてある…」

 よくよく見てみると、舞台の上に並んでいるアンプ類の中に、いくつかポリーニのトレードマークであるさくらんぼのしるしが描かれているのがわかる。(この距離からわかるのだからさくらんぼ印は結構でかでかと描かれているのに違いない。)どうやらあのアンプが彼女の今回の発明品らしい。
 彼女が自慢げに宣言するその内容は驚くべきものだった。

「あのアンプの隣の箱、『盛り上がりアクセラレータ』なのよ」
「盛り上がりアクセラレータ?」
「音響をよくするってことみたいですねぇ…」

 困惑気味というか、全貌が今ひとつわからないコージたちに、ポリーニはとうとうと説明を始めた。この瞬間の彼女は明らかに自分の発明品に陶酔した危険極まりない表情である。

「体育館の急造ステージなんかじゃ、クラブのグルーヴ感なんて出ないでしょ?音響最低なんだし。だからあたしの『盛り上がりアクセラレータ』の登場なのよ。音響精霊を使ってクラブやホールの音響効果を再現した上に、観客の興奮エネルギーをフィードバックして…」
「なんだかわかるようなわからないような…」
「でも音響を良くするってことだけは間違いなさそうですねぇ」
「ポリーニにしちゃまともな発明…」

 説明を聞く限りは、どうもかなりハイレベルのすばらしい発明のように感じる。とにかく体育館のようなぺらぺらの音響効果しか得られない場所でも、コンサートホール並のすばらしい音響にしてくれる装置というものらしい。これで何の問題も無いようならば、実用レベルの立派な発明というべきだろう。

「ポリーニすごいぜ!さすがだな」
「でしょ?蒼雷君ならわかってくれると思ったのよ」

 蒼雷が驚いたようにほめると、ポリーニは満面の笑みを浮かべる。コージやディレルはまだ「半信半疑」といった状態なのに、蒼雷だけは諸手をあげて彼女の発明をほめているのだから、うれしいのが当たり前である。逆に一番警戒心をあらわにしているのは、いつも彼女の発明品でひどい目にあっているみぎてである。魔神はポリーニに聞こえないようにコージにこっそりとささやく。

「…俺さま、本音は音響別にいらないから発明品無しがいいんだけど…」
「…無理。今までそんな幸運な状態は一度も無かった」
「だよな…」

どうやら「盛り上がりアクセラレータ」に、少なくともこの魔神だけは一気に盛り上がり感が吸い取られてしまったというのは間違いないようである。

絵 武器鍛冶帽子

*     *     *

 実際この「盛り上がりアクセラレータ」の効果はたいしたもので、会場内はどんどん興奮の度合いがアップしているのがわかる。さっきまでは半分くらいしか埋まっていなかった座席も、いつの間にやらほぼ満席に近い状態になっているのだから驚きである。いや、それはどうやら学生の間で人気があるバンドが舞台に立つせいなのかもしれない。
 そろそろ出番が近くなってきたということで、コージたちは観客席側から舞台の袖の控え室のほうへと移動である。ひらひらの半裸羽衣姿がなんだか恥ずかしいのだが、こうなったらもうやけである。魔神二人はもともとこういう服はデフォルトだし、ディレルは脱ぐと結構体格がいいので(もともと海に住んでいるトリトン族はそれなりには体格が良くなるのである)結構見れるような気がするのだが、普通の人間族であるコージは一番貧弱という気がする。ポリーニは自分のためにはあまり露出の無い(一応羽衣つきだが)服にしているのが、なんだかずるいのだが、これは女性の特権である。

「あ、なんだかすごい歓声ですよ。えっと…『デモスティック・チューター』ってバンドですね」
「なんだか名前からしてハードロックだな。うちとはえらい違いだぞ、蒼雷」
「…」

 どうやら人気学生バンドが舞台に立ったらしい。一気に爆発した歓声でそれが良くわかる。「盛り上がりアクセラレータ」の効果もあるのかもしれないが、廊下まで興奮の渦が広がっているのだから、これはすごいことになっているに違いない。プロコンサート並みのすごい熱気である。
 控え室に入ると、次のバンドの連中が最後の打ち合わせもしないで、舞台の袖から会場内をのぞいている。どうやら「デモスティックチューター」の演奏を見ているらしい。やはり誰でも手前のバンドの状態は気になるものなのである。

「すごいギターテクニックだな。プロ並みだぜ」
「やっぱそうなのか蒼雷。道理で…」

 蒼雷はこっそり驚きの声を上げる。ギターのソロ部分があんまりすごいもので、歓声や悲鳴のようなものが会場からあふれてくるのである。こんなバンドの後にやらなければならないというのは、いくらプログラムだから仕方がないといってもちょっとつらいという気がしてしまう。まあこっちは存在そのものが色物バンド(魔神が二人というだけで異色で、さらに楽器が無茶苦茶である)だから、かえってこういうバンドの後でもいけてしまうのかもしれないが…
 そんな心配をしていると、舞台のほうからシンさんがこっそりとやってくる。審査員席は公演中は目立たないので、中座も可能なのである。

「あ、コージ君、みぎてくん」
「シンさん、大変でしょ?」
「いやそれはいいんだけど…」

 シンさんはスポットライトの熱気で暑かったのか、プログラムを団扇代わりにパタパタと扇ぎながら、手にしたミネラルウォーターを飲む。彼は水の魔神族なので、実はこういう暑い場所はあまり得意ではないのである。
 が、次にシンの口から飛び出した言葉は、コージたちの不安を一気にあおる妙な警告だった。

「どうも今日は会場おかしいよ。熱気が過熱しているって気がする」
「え?」
「過熱ですか?うーん」

 コージたちは顔を見合わせて複雑な表情になる。こういうコンサートの経験が少ない(というよりほとんどない)コージたちは、「正常な熱気」というやつなど知っているはずはない。場数を踏んでいるシンさんの警告は充分重みがある。とはいうものの、コージたちに対処のすべがあるわけではないのだが…

「とにかくあんまり無茶なパフォーマンスはやめたほうがいいかもしれない。気をつけて」
「あ、ありがとうございます」

 あわてて審査員席に戻るシンを見送ったコージたちは、最後の打ち合わせをすることにした。ちょうどさっきの「デモスティック・チューター」の演奏が終わったところである。たしかにシンの言うとおり、観客の熱狂は異常にヒートアップしているのがわかる。司会者(どうやら落研の部長らしい)がわざと間を取るため、審査員へのインタビューなどをしているのだが、悲鳴というか熱狂はあまりさめる様子はない。一触即発というのはこういう状態をさすのだろう。
 コージたちは控え室の真ん中に置かれたドラム缶(なぜこんなものがあるのかはよくわからないのだが、おそらくテーブルの代わりだろう)の周りに集まった。本当なら思いっきり気分が盛り上がるように活を入れるところなのだろうが、さっきのシンさんの警告がある以上、ちょっと控えめにせざるを得ない。といっても「盛り上がりのコントロール」など早々簡単にできる話ではないのは間違いない。なんといっても彼らはそろって素人だし、一番場数を踏んでいる蒼雷ですら「温泉バンド」なのである。盛り上げるのに苦慮することはあっても、抑える手段などわかるはずはない。それにコージたちのバンドはさっきのロックバンドと違って、アコースティック中心(というより電子楽器は蒼雷のエレキギターとポリーニのキーボードだけ)である。音色からいってもそこまでヒートアップする要素などないだろう。

「とにかく予定通り!どうせあんなギターテクないんだから」
「まあそうだね。普通にやるのが一番安全って気がしますよ。いくらなんでもデモスティック・チューターさんところみたいには行きませんって」
「だな。気にしても始まらないって気がしてきた…」

 蒼雷の宣言にはコージもディレルも納得である。もともと寄せ集め急増バンドなのだから、小細工ができるスキルなど最初からないのである。普通にやるだけやっても、さっきのバンドよりはちょっと盛り下がるくらいになるのが自明だろう。
 と…そのときみぎてはちょっと残念そうに言った。

「このドラム缶借りようかとおもったんだけどさ。やめといたほうがいいか」
「あ、これね。面白いけど…まあ今回はやめとけって。」
「迫力はありそうですけどねぇ…」

 でっかいバスドラムの代わりにドラム缶を使うというのも面白いといえば面白いのだが、まあ余計なパフォーマンスは(今回は)危険ということなので断念である。それにゴミ箱パーカッションだけで充分面白いのだから、あまり余計な要素を入れないほうがいいかもしれない。まあこんなアイデアがとっさに出てくる状態なのだから、メンバーの乗りも上々ということなのだろう。
 そうこうしているうちに、いよいよ彼らの出番がやってきた。前のバンドがこれまた大歓声と悲鳴に包まれて退場したのである。(さっきの「デモスティックチューター」に比べると、テクニックは落ちるような気がするのだが、歓声はほとんど変わらない。やはりシンさんの言うとおり今日は過熱気味なのである。)

「さて、次のバンドを紹介します!バビロン大学でただ一人の魔神族、みぎてくんを擁する魔界バンド!『地獄谷温泉振興会』の登場です!」
「よし、みんな行くぜっ!」
「燃えて来たぜっ!」

 蒼雷の気合の掛け声にはじかれるように、コージたちはいっせいに楽器を手にとると、ステージへと駆け出していったのである。

(⑦へつづく)

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