見出し画像

炎の魔神みぎてくん草野球③

3.「…参った。こいつ、ポリーニの」

 それからの日というもの、セルティ研究室即席野球チームは、毎日夕方に練習会を開催した。昼間にしないのは暑いからである。コージやみぎてはともかく、ロートルのロスマルク先生やあおびょうたんのシュリなどは、酷暑の中練習をしようものなら倒れてしまう恐れがある。もちろん練習といってもキャッチボールとか守備練習くらいのものなのだが、それでもきついことはきつい。夕方涼しくなってからというのは、まあ建設的な案である。

 しかし練習すれば少しはましになるもので、木曜日になると、それなりにこの寄せ集め軍団も野球らしい感じのプレーができるようになってきた。ロスマルク先生とディレルのバッテリーは結構まともな感じだったし、絶対スポーツなんてダメそうだと思われるシュリも、実はボールをキャッチすることだけはばっちりである。まあ肩があまりによわいので(あおびょうたんなので予想通りだが)ファーストしか出来ないかもしれない。

 そして期待のみぎてだが、これは…やはりノーコン状態はあんまり変わるものではなかった。とはいえ最初のように大暴投続出というわけではなくなったので、かなり見れるようになってきたのも事実である。もっとも野球のルールすらまだよく判らないという状態だから、戦術の知識が必要な内野手はまったく無理である。やはり当初の予定通り外野ということになりそうだった。

*     *     *

 さて、木曜日の練習が終わってのことである。ディレルが困ったようにコージに言った。

「コージ、後二人どうします?妹には声をかけたんですけど、かなり渋ってるんですよ」
「まずっ…妹さんあてにしてるのに」

 ディレルの妹はコージやみぎても何度も会ったことがある。宴会やなにやらでは特別ゲストとして呼んでくることも多い。まあイマドキの女子高生なので、毎度びっくりするような奇抜な服を着てくるのが面白い。が…今回はどうやらあまり興味が無いらしい。
 ディレルは済まなさそうに頭をかき、しかし不思議そうに聞いた。

「あと一人はどうするつもりなんですか?まだ聞いてないんですけど…」

 するとコージはぶっきらぼうに答えた。声の調子で「やけくそ」であることは明らかである…が、内容はやけくそを通り越してほとんど自殺の域だった。

「目玉」
「…えっ?」
「『目玉』がセンター。他にもういない」
「目玉って…あの『目玉くん』でしょ?…」

 さすがのディレルも、今までの「済まなさそうな態度」を脇において、衝撃のあまり愕然とした表情になった。メンバーが集まらずにコージが苦慮しているのはわかるのだが、だからといってこれは無茶である。というより8人でやると宣言しているのに等しい。つまり…「目玉」というのは人類ではなく、コージとみぎてが飼っているペットの怪生物のことだったからである。少し大きな蛸のような触手のある、大きな目玉そっくりの生物で、一種の暗黒精霊である。それなりに賢いようなのだが、とても野球ができるとは思えない。

「目玉くんが野球って、そりゃ無茶ですよいくらなんでも。いくら賢いって言っても動物なんですよ」
「じゃあディレルの家のマンタにする。どっちでもいい」
「もっと悪いです」

 ディレルの家のペットは、海洋種族らしくエイである…が、どっちにせよ野球が出来るわけはない。はじめから「目玉くん」を数に数えていたということは、ディレルの妹が来れないと決まったこの時点で、事実上人数は7人である。

「とにかくもう一度妹に交渉してみますよ。さすがにこれじゃあヤバすぎますから…」
「頼んだ。ふう…」
「ふう、じゃないですよコージ…他も探してみてくださいよ」

 さすがにディレルは憮然として席を立った。もちろんコージだって他に人がいればこんなむちゃくちゃなことはしていない。とにかく突発過ぎて、彼の乏しい人脈ではどうすることもできないだけである。無責任とは思うが、他に選択肢がないのだから仕方がない。

 正直な話を言うと、コージは今回の企画を投げ出したくて仕方が無かった。よく今までこんなめんどくさいことをディレルはやっていたものだと思う。とにかくここまでみんなが好き勝手なことを言うものだとは、考えてもいなかったのである。いや、うすうすは想像ついていたのだが、いざ現実にディレルやポリーニにいろいろ言われると、本当に腹が立つやら疲れてくるやらである。そして困ったことに…こういうときの相棒、みぎては本当に役に立たないのがなお悪い。
 もちろんコージには魔神が極力迷惑をかけないように、いろいろ気を使ってくれているというのは判っているのである。野球の練習だって忙しいコージよりもむしろディレルやロスマルク先生に引っ付いて習っているというのもその一つだろう。コージにはもったいないようないいやつだと思う…が、こういうときにはちょっとつらい。今コージが必要としているのは、物分りのいい相手ではなくて、幹事を半分肩代わりしてくれる相手だからである。

 という具合で、コージが不機嫌そうにいすに腰掛けていると、さっき出て行ったはずのディレルが戻ってくる。どうやらみぎてと一緒である。

「コージ、今セルティ先生から受け取ったんですけど、相手チームのメンバー表ですよ。」
「あ、向こうはチーム編成楽々だろうしな。ふう…」

 今回の相手は経済学部の混成チームである。先に触れたが経済学部は大講座制なので、9人ぐらいはすぐ集まるだろう。メンバー表をみたところでいまさらこのピンチがどうにかなるというわけではないのだが、責任上目を通すことにする。
 むすっとした顔のまま、コージはディレルからファックスを受け取った。手書きで作られた表の中に、十五人のメンバーが埋まっている。9人ですら集まらないコージの講座だから、十五人など夢のまた夢である。

「どうなんだ?強そうなのか?」
「っていうか、試合が成り立つかどうかが危ないんですよ、みぎてくん」

 機嫌が悪そうなコージの顔を見て、みぎては「相手がとんでもなく強いのか」と誤解したらしい。まだこの魔神は九人いないと試合が出来ないという事実を認識していないようである。

 が、コージはメンバー表を見たまま、しばし凍りついたように身動きしなかった。視線は四番の名前のところで止まったままである。

「コージ?あれっ?あ、この人僕も知ってますよ。元野球部の人ですね。いいよなぁ、そんなメンバーがいて…」

 ディレルはコージの見ている紙をのぞき見して、その名前に気がついた。アラリック…学部が違うのでまったくといっていいほど面識は無いが、バビロン大学野球部に去年まで在籍していた院生である。背か高くて体格の良い、少しいかついかんじの青年だが、学内ではかなりもてるとの噂もある。
 みぎてはディレルの話を聞いて、頭をかいて笑う。

「ふ~ん、がっこ、広いからなぁ。まあ野球って一人じゃできねぇみたいだから、こっちはこっちで頑張って…?コージ、なんか気になることあるのか?」
「…むう」

 さすがに同居人だけのことはある。みぎてはコージの様子がおかしい理由が、どうやらそんな簡単なことではないということに気がついたのである。考えてみればたしかに相手が野球部OBを動員していることくらいで、コージたちおんぼろチームが困る理由はまったく無い。はじめから「参加することに意義がある」状態なのであるから、野球部OBにホームランを打たれようがコールド負けしようが、それはそれで成功なのである。ということは…

「コージ、アラリックさんのこと、何か知ってるんですか?」
「…参った。こいつ、ポリーニの元彼」
「えっ?」
「元彼って、元の彼氏って意味だろ?」

 ディレルもみぎても、事態がまったく別の方向に動き始めたことに気がついた。蒼白になった三人は、しばらくの間言葉も出ずメンバー表をにらみつけるしかなかったのであるが…

 その最悪のタイミングで最悪の相手が現れたのである。話題の人物ポリーニだった。

*     *     *

「聞いたわよ、メンバー表が来たって。どれどれあたしが見てあげるわ」
「あ、えっ…」
「コージ、どうする?」
「バカっ!みぎてっ!」

 コージもディレルも大慌てである。いや、ポリーニが現れたことも大問題なのだが、このバカ魔神が見るからにうろたえてしまったところがやばいのである。そ知らぬ顔していれば、メンバー表を見たポリーニがどういう反応をしようが問題は無くなる。ところがこう露骨にうろたえてしまうと、メンバー表に問題の人物アラリックがいて、なおかつポリーニの元彼であるということまで彼らが知っているということがばればれになってしまうのである。もちろんコージがばらしたということなど誰にだってわかる。あとでどんなことを言われるか考えただけでぞっとしてしまう。

 が…一度口から出てしまった言葉を引っ込めることが出来ないことは世の習いである。みぎてとコージの間抜けな反応を見て、ポリーニはすぐ何かに気がついたらしい。

「何を隠し事してるのよ!それ見せなさいって!」
「えっ!コージ、いいのか?」
「だからみぎて、口閉ざせって!あっ…」

 二人がもめている隙を狙って、ポリーニはコージの手からメンバー表をひったくった。そして焦る彼らの目の前で名前を読み上げる。

「1番サード、ケルン教授、2番…」
「うわっ!」
「うわっ、じゃないってみぎて…」
「っていうか相変わらず墓穴ですねみぎてくんも…」
「…4番ピッチャー……!?」

 4番のところまで来た時点で、やはりポリーニは目をぎょろりと見開いて凍りついた。一瞬まるで幽霊が通過したような沈黙が研究室を支配する。ディレルもコージも固唾を呑んで、それこそ祈るような気持ちでポリーニの反応を見つめていた。突然泣き出したり騒ぎ出したりしたら最悪である。もちろん彼らの罪ではないが、しかし野球大会どころの雰囲気ではなくなってしまう。

 ところが…

絵 武器鍛冶帽子

 彼女はそのまま目を細めた。口元には薄笑いまで浮かんでいる。あまりの予想外の反応に、むしろコージたちはぞっとした。ポリーニの丸い大きな眼鏡の奥がきらりと光ると、危険の予感がコージの胸中を戦慄となって走る。
 しばらくの間の後、彼女は冷静に、しかし残酷な声で言った。

「…面白いじゃない。ふっ」
「…」
「…コージ、微妙にやばくありません?」
「……」

 ポリーニの表情は、もはや大魔神みぎてがはだしで逃げ出したくなるような、それこそ夜叉のような恐ろしいものと化していた(もちろん彼らだからそう思えるのだろうが)。

「いい度胸してるじゃない、あの女の敵。あたしの発明品で目にもの見せてやるわ」
「えっ?…発明品でって…」
「いいことあんた達!この試合意地でも勝つわよ!あたしも全力で新作ユニフォーム作るから。負けたらグラウンド二十周よ!」
「…だから発明品で野球に勝つって…」

 呆然とする三人を尻目に、既に完全に興奮のきわみへと上り詰めている彼女は、みぎてにメンバー表を突っ返すとそのままどたばたと自分の研究室へと戻っていこうとした。が、ドアのところで突然振り向いてコージに宣告した。

「あ、それからコージ、裁断手伝ってよね」
「げっ…今から?」
「当然今からやるわよ!おしゃべりの報いじゃない!」
「…うぐっ」

 コージはぐうの音も出せず、仕方なく彼女のあとをついていった。もちろんみぎてやディレルも放っておくわけにもいかず、彼らを手伝う羽目になったのは当然の結果だろう。

*     *     *

 夜もかなり遅くになって、コージたちはやっと彼女の手伝いから解放された。もちろん彼女の愚痴やらなにやらを散々聞く羽目になったのはしかたがない。が、そういうこともあって、ポリーニが元彼アラリックのせいで野球大会に出ないとか、暗い気分になるとか、そういう困った事態になることは避けられそうである。彼女は過去のことで落ち込んだり嘆いたりするよりも、ぎゃふんと言わせてやろうという攻撃的な(そして建設的な)考えの持ち主だった。強い女の子なのである。

「危なかったですねぇコージ、これでポリーニまでリタイアだったらもう絶対野球なんて無理でしたよ」
「…危なかった。ここにいるバカのせいでやばかった。今でもやばいけど…」
「ううっ、そういわれても俺さまだって焦るって」

 ポリーニを家に送った後、三人は近くの牛丼屋さんで遅すぎる晩御飯である。もう普通の店はこんな時刻になるとやっていない。あいているのはオールナイトの牛丼屋か、それとも飲み屋くらいのものである。コージたちは牛丼の並と味噌汁、みぎてだけは牛皿とご飯二杯(裏技だが一番安くつく)というメニューで、ともかく今日の反省会である。

「でもあのポリーニも女の子なんだなぁ。俺さま考え付きもしなかった」
「そりゃそうですよみぎてくん。でもちょっと僕もびっくりしましたけどね…結構ショックだったんじゃないですか?」

 みぎては牛皿をちびちび(せこく)、白ご飯をもりもり食べながら、感嘆とも同情とも取れるように言った。どうやらディレルも同感らしい。今の、コージやみぎて達を尻に敷く彼女の圧倒的パワーからは想像もつかない。

 が、コージはぶすっとした表情で言った。

「観察が足りない、二人とも。アラリックって高校の時から筋肉…」
「あ…そうか、道理で」
「うへぇ…」

 どうやらポリーニの筋肉ラブはかなり歴史が長いらしい。高校球児で体もでかいアラリックに熱を上げるのも合点が行く話である…が、やはり格好いいモテモテスポーツマンを、彼女のようなヲタクが独占することは不可能だったという話なのだろう。まあもっとも大学になってもモテまくって、5,6人彼女がいるという噂もあるところを見ると、これは当時のポリーニに男を見る目がなかったという気もする。「女の敵」という彼女のセリフがよく物語っている。

 が、その時みぎては腕を組んでうなずいた。どうやらなにか思いついたようである。

「しかたねぇな。ちょっと俺さまが一肌脱ぐか!」
「えっ?みぎてくんが?」
「みぎてぇ、またしょーもないこと考え付いたんじゃないだろうな?」

 コージもディレルもびっくりして魔神の丸い目を疑い深げに見る。が、みぎては自信満々にうなずいた。どうやらかなり(本人にしてみれば)名案らしい。もっともコージから見れば、みぎての名案というのは大体非常に雑な「迷案」なので、下手をすると大間抜けな結果になる。よしんばうまく行くとしても、たいていはそのままでは使えないアイデアが多い。そういうことでコージもディレルも半信半疑でみぎての「一肌」というやつを聞いていたのである。
 魔神は腕を組んで自信たっぷりに言った。

「えっとな、コージ。明日の朝、一っ飛びするぜ。明後日の朝までに戻って来れればいいんだろ?」
「?そうだけど…どこへ行くつもりなんだ?」

 どうやらみぎては助っ人を頼むつもりらしい。が…そんな急に頼める都合の良い相手がいるのだろうか?先日も「魔界の友達は遠すぎて呼べない」と諦めたばかりなのである。ところがみぎてはニコニコ笑って言った。

「地獄谷温泉。蒼雷のやつだよ」
「…あ」

 コージもディレルも目を見張った。蒼雷というのはみぎてと同じ魔神族で、去年の秋の温泉旅行で知り合った青年である。覚えておいでの方もいるだろうが、温泉町の小さな神社で祭神をやっているという、ある意味まともな魔神だった。もっともみぎてと同じくらい喧嘩っ早いので、最初は彼らと派手にやりあったといういわくつきの人物である。もっともすぐに仲直りして、温泉宿の観光案内をしてもらったり、一緒に宴会をしたり…そしてみんなでのぞき魔をやっつけたりしたという仲間だった。遠い魔界からみぎての知り合いを呼ぶというのは難しいが、人間界にも友達の魔神はいたのである。
 しかしたしかに彼なら最強の助っ人かもしれない。それにポリーニが喜ぶことも間違いない。なにせ彼も(魔神らしく)典型的な筋肉青年なのである。
 みぎては自分の名案にちょっとうれしそうに笑った。

「へへっ、たまには俺さまだっていい案出すぜ」
「蒼雷君ですか!でも野球知ってるんですかねぇ…来てくれますかねぇ」
「あ、ついでに氷沙ちゃんにも声かけるぜ」
「…参りました。それは名案です。見直しました」

 氷沙ちゃんというのも御存知の通り彼らの魔神友達である。まあこちらは女性の、それも雪女なのでさすがに野球は無理だろうが、うまくスケジュールが合えば応援に来てもらえるかもしれない。ちなみにディレルは彼女のことが前からちょっと気になってるらしいので、呼ぶとなれば手のひらを返したように態度が変わる。現金なものである。
 コージはみぎての珍案に深々とうなずいた。決定である。

「蒼雷なら足は速そうだし、盗塁とかは出来そうだな。よし決定」
「ええっ?向こうの都合とか聞かないと…」
「初詣とお祭りの時期以外は暇だって、どーせ。」

 コージは断定的に言う。本当はどうだかわからないのだが(お札とか、おみくじとかを作る内職などをやってそうな気もするが)、ともかく可能性があるのは彼しかいない。それにポリーニが蒼雷君にちょっと気があるというのは周知の事実である。元彼には今彼をぶつけるのが一番良い(蒼雷自身の希望はまったく無視されているのはいつもどおりである)。
 それになにより、これでダメならやはり(当初案の通り)ペットの怪生物「目玉君」がスタメンに出場となってしまう。それよりはダメ元で蒼雷にあたったほうがましに決まっている。もはや選択肢は無い。

 というわけで、コージたちは九人目のメンバーを連れてくるために、最後の賭けに出ることになったのである。もっともこれで「もと野球部の元彼に対抗できる」という気はまったくなかったが、それでもポリーニに惨めな試合を見せるわけには行かない。いや、何よりも彼ら自身が「出来ればアラリックには負けたくない(まあひがみ根性かもしれないが)」という気もわいてきたからだった。

 つまり結局のところ、「彼らを奮起させる」という意味でも「元彼出現」は効果抜群だったのである。これが実はポリーニの計画的犯行だったら凄すぎる…と、コージは少し思ったのだが、さすがにそれはないだろう。

(④につづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?