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『目 in Beppu』作品《奥行きの近く》について

千葉市美術館で開催された【目Mé】の個展『非常にはっきりとわからない』の図録に寄稿させていただいてます。
内容は、2016年に担当した、別府で開催された芸術祭『目 In Beppu』での作品《奥行きの近く》について。以下転載します。
(写真:(C) Beppu Contemporary Art Festival "Mixed Bathing World" Executive Committee)

2016年に開催された個展形式の芸術祭『目 In Beppu』での作品『奥行きの近く』は、別府市役所を舞台にしている。公務が行なわれている市役所内の窓の外に、濃い霧によって輪郭が曖昧になった球体が光る風景が広がっている。同時に、この市役所の中に、目に見える、そして目に見えない様々な仕掛けが施されている。このシンプルにみえて幾分入り組んだこの作品の本質的な部分をみていくために、いくつか回り道をしていきたい。


圧倒的な風景としての「温泉」と、社会契約としての「市役所」

彼らは、この作品を生み出す前に別府市内で入念なリサーチと考察を繰り返した。そこで出会ったのは、この別府の街が存在する前提にある「温泉」と、街を維持・運営する機関である「別府市役所」だ。

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人間の入れる温泉として世界一を誇る湧出量と、放射能泉以外のすべての泉質を有する稀有な地域である別府。温泉は言うまでもなく、火山の熱で温められた水が地表に現れたものである。別府ではまだ多くのところで、自分の家のお風呂代わりとして毎日利用される共同温泉があり、鉄輪地区では、温泉の噴気で食品を加熱調理するほか、湯けむりを利用した発電も盛んである。また、この街は、湯治文化に連なる医療産業や観光産業以外に主要な産業を持っていない。別府は温泉を基盤とした、言わば “温泉の上に浮かぶ街”なのである。


しかし、そのすべての源泉となる温泉は、そんなことには全く関心がないかのように、ただ懇々と湧き続けているのみだ(あたりまえのことを言っているが)。この温泉は、人が生み出したものではなく、自然による圧倒的な現象の中のほんの一部として表出された“温められた水”を無条件に贈与されているにすぎない(掘るという努力は副次的なものだ)。


そのこと思い起こさせる象徴的な風景は、別府市役所から山へ30分ほど車で走った先にある『塚原温泉』の火口にある。地の底から出てきているかのような噴気と、始原のすがたを今に残すその風景は、人の営み以前の“圧倒的な世界”を意識させずにはいられない。南川さんは「別府のすべての温泉が、もしかしたら明日全て枯れてなくなってしまうかもしれず、そうならない保証は誰にもできない」という。確かに、突然、火山や地震が発生し、水脈が変わって、別府の土地から温泉が出なくなってしまうことは大いにありうる。そして、それに対して私たちができることは全くないと言っていい。

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一方、別府市役所は人(の長年の知恵と努力)によってつくられたものだ。徴税と再分配(公共投資、道路や土地などのインフラ整備や福祉)がここで行われる。また、出生届、婚姻届、死亡届といった、私たちの存在を社会的に証明させる手続きが行われており、それによりスムーズな社会運営が成り立つ。人によっては、生身の生として存在しているが、社会的には存在していないということも実際にありうる(巷を賑わしたマイナンバー制度はその延長線上にある)。ここでは温泉の湧出量も計測・管理されているほか、2015年に発生した大きな地震の際には、この別府市役所も避難所として解放された。
ホッブスやロック、ルソーらのいう社会契約としての機能やその象徴は、この市役所で生きている。


温泉と市役所、一見全く交わらないものの様にみえて、それはともに別府の街を成り立たせている不可欠な存在である。荒神さんはリサーチの中で、鉄輪温泉の湯けむり越しに観た風景が自分に迫ってくる感覚をおぼえたという。それは、荒神さんが以前より感じていた「何百光年先にある惑星と、私を構成している物質は、本質的には同じである」という強い実感とリンクする。この“風景が迫ってくる”体験は、今回の作品『奥行きの近く』における“不可思議で圧倒的な風景(=世界そのもの)と、人が作り出した仕組み(=社会)とを同空間に出現させる”という作品構造の生成において、非常に重要な出来事だったといえる。


多様な鑑賞者、多層な視点

次に、この作品を体験する鑑賞者について考えてみたい。なぜなら鑑賞者について考えることがそのままこの作品の本質的な部分とつながっているからである。

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今回の〈公式の〉鑑賞者は、作品ツアーの参加者である。公務が行なわれている最中の役所内を巡り、市長応接室で滞在した後、また元の場所へかえってくる。その約40分の行程の中で参加者は、市役所の空間とともに、その先にある抽象的で不可思議な風景と出会う。

ツアー参加者を〈公式の〉とカッコ書きにしたのには理由がある。作品会場は、通常公務が行なわれている市役所であるため、ツアー参加者以外にも、一般利用者や市長応接室に来る客人も来庁する。そして彼らはもちろんアート作品を鑑賞するために訪れてはいない。そのため、ハプニングの如くこの作品空間と“不意に出会ってしまう”ことになる。

市役所の利用者が手続きをしている際に何気なく観た窓の外には、いつもの風景とは似ても似つかぬ不可思議な風景が広がっている。しかし、その場にいる職員達はそんなことに気づいてないかの様に公務を続けている。眼前の風景の異常さに対しての説明はどこにもなく、職員や関係者に尋ねない限りはわからない。利用者の中にはそのまま市役所を後にする人もいるだろう。もしかしたら、あの景色を今も作品だと知らずに記憶している人もいるかもしれない。


それは、別府市の市長が使用する応接室においても同様である。別府市長は展覧会期間中も、普段と変わらず、要人との打ち合わせや表敬訪問、功労賞授与式などの公務を行っていた。応接室に通された客人は、突然、応接室の窓の外の不可思議な風景を目の当たりにすることになる(いつもであればここから別府湾を一望できるはずなのだ)。

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鑑賞者となる人は、市役所で公務を行う職員も例外ではない。職員は最初こそ違和感を感じるものの、次第に慣れ意識しなくなるが、しかし、ふと窓に目を向けるならば、そこには不可思議な世界が常に存在している。そんな環境で約1ヶ月もの間公務を続けていた。

市役所職員は鑑賞者であると同時に“鑑賞される対象”でもある。ツアー参加者や一般利用者は、借景よろしく職員らの公務の様子とセットで窓の外を眺めることになる。また、“鑑賞者であると同時に被鑑賞者である”という構造は、ツアー参加者や一般利用者にも当てはまる。作品の存在を知らない一般利用者に見られるという状態は、ツアー参加者にとっても重要な体験となる。
こうした鑑賞者の多様性と鑑賞の重層性は、【目】が作品の構想当初から意図しているところであり、作品を成立させる重要な要素となっている。

作品のありか

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次に作品についてみてみたい。今回の作品ツアーでは案内人がつき、必要最低限の説明以外はほぼ無言でこの庁舎内を案内する形式をとっている。案内人はそこで「作品とそうでないもの」や「作品の始まりと終わり」、「作品と関係する事物」を解説することはない。不親切に感じるかもしれないが、そもそも【目】は今回の作品について「この部分が作品である」ということを明確に言ったことはないのだ。


あの窓の外の非現実的な風景の他に作品などあるのだろうか。彼らのことだから、ほかに何か仕掛けがあるのかも知れない。しかし、その問いに彼らは「どれが作品かという知識は作品鑑賞に関係しません。例え、この部分は私たちが作ってますよ、と言ったとしても、それは単に嘘をついているかもしれない。自身が確かめない限りは、すべてそうかもれないし、そうじゃないかもしれないのですから」とうそぶく。


煙に巻かれた様にも感じられるが、実際、これは一つのまぎれもない(そして、身もふたもない)真実だ。市役所にある事物を“変える”という行為と“そのままにしておく”という意図は、どちらも人為的だ。この作品において、作品とそうでないものに境界線を引くことはできない。ゆえに、この作品は市役所だけでは完結されない。「すべて作品かもしれないし、そうじゃないかもしれない」という感覚は、市役所の外へ出たときにも、家族と過ごしているときも、そして寝るときにも続くのだ。

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また、例えば市役所職員が「私は演じていない」と言ったとして、彼は本当に演じていないのだろうか。そう、彼はその時、実は演じていたのである。もちろん彼は嘘つきなのではない。前述した、“鑑賞者に見られている”という状態は、見られている彼に何かしらの演技を“無意識のレベルで”強制させる。別の言い方をするのならば、“人は他者の視線によって何かの役割を負い、演じ(させられてい)る”のだ。

それは、市役所職員として、別府市民として、社会の一員として。台本こそなくとも、そう演技せざるを得ない人間の心理がある。【目】はそれを巧みに捉え演出として作品に組み込んでいる。

それは、単なる思い込みでも悪戯でもなく「この世界に自明なことはない」という一つの真実である(しかし、私たちはその真実を忘れがちだ)。これは【目】の結成当初から掲げられている強烈なメッセージであり、「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」という宙吊りの状態に鑑賞者を誘い込む〈導線〉こそが【目】の作品の肝といえる。そして、この〈導線〉のクリエイションは、彼らの他の作品にも共通してみられる大きな特徴といえる。


抽象的な風景

次に、作品ツアーの中身についてみていきたい。ツアーの感想は言うまでもなく人それぞれであるが、ここでは、作品を自分なりに読み解くために自らの体験をベースに考えることにする。結論から述べると『奥行きの近く』作品のツアーは、〈導線〉というクリエイションでは収まり切れない、“世界に触れる”という稀有な体験であった。自分の中に引き起こされた体験を語るという困難さを承知の上で、何とか記述を試みてみよう。


ツアーには事前予約が必要で、当日決められた時刻に1階エントランスに集合した参加者は、案内人によるツアー概要の説明を受ける。そこでは前述の通り、作品についての説明はなく、ツアー中や終わった後も解説はしないと言われる。次に、市役所のセキュリティ上必要となる同意書(撮影や他言の禁止、私語や個人行動の制限、トラブル時の自己責任など)を書かされ、ようやく出発する。


案内人に従うまま、エントランスから各課の窓口が集まる地下に降り、フロアを1周してから2階の市長応接室に向かう。応接室に入る前に、セキュリティのため人数をカウントされた後、中に入る。

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室内の照明は消えており、空間はしんと静まり返っている。なんの変哲もない地方都市の、新聞でたまに写っているようなごく一般的な応接室だ。しかし、あきらかに違うのは窓の外、一面霧が立ち込め、ぼんやりと白い空間に大小2つの球体が輪郭を崩しながら鈍く光っている。決して華やかというものでもない、当たり前のように、しかし、間違いなく異常な風景が目の前に佇んでいる。それでも案内人から窓の外の風景についての説明は一切ない。戸惑いながらも、しばらくの間この部屋に滞在することになる。

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部屋の暗さと沈黙に慣れ、時計の針音が聞こえ始めると、次第にある感覚が自分の中に立ち上がってくる。目の前の光る球体を見ている自分の精神が静かに揺れ始め、それは心拍数の変動として身体に表れてくる。眠気を誘うようなぼんやりとした空間にもかかわらず、居ても立ってもいられなくなるほどに、時間と空間の感覚を失っていく。私はいつからここにいて、いつまでいるのだろうか。ここはいったいどこなのだろうか。なぜこんなにも精神が揺さぶられているのだろうか。

程なくして、案内人からのアナウンスがあり、ようやく応接室を出る。地下のフロアを再び巡り、エントランスにもどっていくのだが、その時に初めて地下フロアの窓の外にも応接室と同じ風景が広がっていることに気づく。


市長応接室からエントランスへと戻る道中に、自分の感覚に改めて変化が起きていることに気づく。市役所職員や利用者らの話し声が妙に耳に入り、まるでこちらに語りかけている様に感じ始める。次第に市役所空間全体がどこもわざとらしく、全てがつくりものの世界の様に思えてならない。そうしているうちに一行はスタート地点に戻り、このツアーは終了した。しかし、その後もしばらく、目の前にある日常の光景に対する違和感が消えずに残っていた。自分にいったい何が起こったのか。


惑星ソラリス

南川さんに、このツアーでの経験について伝えると、「(私が体験した精神の揺らぎは)きっと(その風景を作り出している)僕らの意識が反映されているのかも知れないです」との返事をもらう。実は、この不可思議な風景を生み出していたのは、マシンによる自動制御ではなく、アーティスト自身による極めてアナログなコントロールによるものであった。彼らは市役所の中と外に常時張り付き、風景の見え方を秒単位で調整していたのだ。そうして生み出された、光体の虚ろいや「シューシュー」というミストマシンの作動音は、いわばアーティスト自身の意識のゆらぎや呼吸の反映なのだ。

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人の精神状態や意思によって風景が変容するとは、まるでタルコフスキーのSF映画『惑星ソラリス』の世界だ。ソラリスとは意思を持つ霧の惑星で、人の(睡眠時の)意思を具現化してしまう特性がある。主人公や登場人物は、ソラリスによってつくられた、死んだはずの恋人や会えない息子が目の前に現れ、それらに翻弄された人間は次第に自制を失っていく。今回の作品で得られた体験は、その自制を失っていく感覚に少し近いかもしれない。


霧と光る球体によって抽象化された窓越しの風景は、そのスケール感を著しく失わせる。人の見方によって巨大にも極小にも見え、奥行きも自在となる。何万光年も離れている様にも、自分のすぐ目の前にある様にも捉えられる。それゆえに、この目の前にひろがる不可思議な風景は、人の認識や意思を反映する鏡の機能を持ってしまう。おそらく、私が感じたこの感覚は、他者もしくは自分の精神へ接触している。


以上のような感覚を得たこの作品ツアーは、おそらく日常では知覚されることのない“世界そのもの”としか言えない存在と向き合う体験だったのではないか、と私は考えている。このことについて、もう少しみていきたい。

世界に触れるとき

この“世界そのもの”について捉えるために、門外漢を承知の上で、精神分析家ジャック・ラカンの用語〈想像界〉〈象徴界〉〈現実界〉の援用を試みたい。そう、ここでいう“世界そのもの”とは、ラカンの言う〈現実界〉というものに近いのかもしれない。〈現実界〉とは、人が触れたり所有したりすることのできない、空虚で無根拠な、世界の客体的現実をいう。対して私たちが生活するこの社会は、言語が規定する〈象徴界〉の中に存在している。社会は無数の掟や契約、約束事で出来ており、こうした掟は、象徴的な意味で「言語」で書かれている。したがって、上記の意味においては〈象徴界〉とは掟であり、言語であり、この文脈では「市役所」がそれだ。

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〈現実界〉としての世界は、決して〈象徴界〉である言語では語り得ない。しかし、人は不意にこの客体的現実を垣間見てしまったり、触れてしまったりすることがあるという。例えばそれは狂気であったり“死ぬ間際”といった、社会的なものから外に出た瞬間に目の当たりにするという。※参考:Wikipedia「現実界・象徴界・想像界」


さて、ツアー参加者の少なくない感想の中に「自分の存在が消えたみたい」「自分が死んで彷徨っている様な感覚」といったものがある。案内人にも同様な感想を持つ人がおり、私もこれに近い体験をした。この体験について理解するために、ツアー内での参加者の行為をもう少し異なる角度からみてみたい。


ツアーでは観客の自由は制限され、あらかじめ決められたプログラムが淡々と進められていく。参加者は一列になり、静かにそして随分とゆっくり歩くことを促される。つまり、“通常より〈半歩遅れて〉歩く”とともに、常に“沈黙”を強いられた状態となる。そして、あの市長応接室で例の霧中に光る球体に出会い、またゆっくりともと来た道をもどっていく。

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これは、見方によれば、一種の儀式の様にみえなくもない。この一連の儀式的行為によって、参加者の中にある時間と空間の感覚を変質させ、参加者を日常(≒この世)から“半歩ずれた”存在に変容させるのだとしたら、どうだろう。その半分ずれた存在は、周囲から異様なものとして捉えられる(もしくは不可視化される)。ゆえに、参加者はいわば、半分この世のものではない透明な存在≒死者の存在となり、ツアー終了とともに(死者の感覚を残しながら)再び生者もどっていく。


この「ネタバレなしの〈光を拝みにいく〉ツアー」は、構造的な視点で、「語るなかれ、聞くなかれ」の『湯殿山御神体巡り』に類似性がある。日本に今も残る修験道は、その行程において、修験者は一度死に(山伏の服装はそれゆえ死装束である)、霊山を巡るなかで生まれ変わる(彼らは、修行の最後に「オギャー」と言いながら山の境界を降りる)。


これらの考えは飛躍なものに感じられるかもしれない。しかし、【目】は、作品を作る際に「あ、死んだかも」という感覚が得られるかどうかが、作品強度(作品として成立しているかどうか)の重要な指針にしているという。とすれば、この“半分死者”になるという感覚は、【目】が目指している作品体験の理想形だといえるのだ。

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文化人類学の書物を取り出すまでもなく、太古の人々は、自然の不可思議で圧倒的な風景に、神話的・宗教的・超越的なものを見出し、それをインターフェースとして、その共同体が生み出した社会システムの外側にある“世界そのもの”へアクセスする術を持っていたことは広く知られている。彼らはそれにより、人間の生のバランスを保ち、そして彼らの共同体の健全さを取り戻していた。

神話や宗教が持っていたある種の魔術的な力が失われ、科学的な言説がこの世界を説明する唯一の手段となりつつある現代は、“あちら”と“こちら”を往来する術を私たちはほどんど失ってしまったのかもしれない。そういった意味で、【目】は、この作品によって、狂気にいたらず、死ぬ間際にもならずに “世界そのもの”に触れる方法を生み出したのではないだろうか。
この作品が、社会を成立させるために必要不可欠な機関である市役所の中でつくられた事の意味は、まさにここにあるといえる。


社会に必要な機能として

人は、社会的(法的に、そして数えられる単位として)に存在すると同時に、物理的(29種類の元素から成り立つ物体として)、そして実存的(感じ考えている“この私”として)にも存在している。そのうちのどれかを否定するものではなく、単にそのいずれでもある。しかし、私たちは、時としてその存在のバランスを欠き、その引き裂かれに苦しんでしまうことがある。例えば、社会的存在の意味が必要以上に大きくなり、この社会がこの世界の全てであると錯覚してしまうと、途端にこの世界は窮屈になり、実存的な生は記号的な事象に捕らわれ支配されてしまう。

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しかし、私たちのすぐ頭上には、現行科学では未だ解明しえない不可思議で圧倒的な世界が広がっており、そこでは社会的な役割、概念や記号は意味をなさず、私たちもそんな世界のごく一部にすぎない。この圧倒的な風景を観ること=“世界そのもの”に触れることで、その事実を再確認し、人の中にある社会的存在は適度なボリュームを保ち、その本来性を取り戻すことができる。


そういった意味で、この作品が、別府市役所の中にあることの意義は大きい。社会システムを成り立たせ私たちの生を支えるこの市役所で、社会の外側(その社会は自明ではないこと)に触れることは、かえってこの社会を冷静に見つめる機会となりうる。それは、この社会を健全な状態に保つのに必要な機能なのだとはいえないだろうか。


自明性を失った社会で、“確かまり”を獲得する

目への否定的な言説の一つに、社会性の欠如というものがあるが、それは端的に誤解である。どういうことか。
私たちは、この世界の本質は未だ謎に包まれており、コントロールすることはできないということを知っている。知りつつも、この社会を成り立たせるために“それは一旦棚に上げておく”という選択をしているにすぎない。そうでなければ何ひとつとして物事を決めることはできないからだ。

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そのことを私たちが改めて認識したのは、2011年の東日本大震災と原発事故ではないだろうか。当時、東北沿岸地域の社会インフラは一時完全にストップし(都内でもある程度はストップしていた)、原発は完全にコントロールできると思っていたものは幻であったことを目の当たりにした。そういった意味で、目の「たよりない現実」という感覚は、震災以降の現実を生きる私たち日本人と呼応している。


世界最大の英語辞典であるオックスフォード英語辞典は、2016年を象徴する『ワード・オブ・ザ・イヤー』に、形容詞「post - truth」を選んだと発表した。意味は「世論形成において、客観的事実が、感情や個人的信念に訴えるものより影響力を持たない状況」としている。この「客観的事実」の価値が崩れかけている中、この「たよりない現実」のもつラディカルなメッセージは、日本だけではなく世界中の人々とも共振する。もちろん、ヘイトスピーチやトランプ大統領の言動を肯定するつもりはないが、目の作品は上記の様に、同時代的かつ社会性を帯びざるを得ない。かつて、第一次世界大戦の悲劇を目の当たりにし、“進歩”の自明性や価値が崩壊した後に『DADA』が生まれた様に、【目】は、この時代に必然として生まれてきたクリエイティビティなのだ。

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しかし、【目】はただ否定や無意味を叫び繰り返すだけではない。荒神さんは、作品を作る中で自身の「確かまり」が重要なのだという。それは「確かめようとすること以外は確かではない」という、一つの真実と強い実感からくる。確かめようとすることだけが、この時代の中で唯一と言っていい“確かさ”を取り戻すことができる。自明性の底が抜けているこの「たよりない現実」の中で、アートかどうかは関係なく、私たちは私たちの存在をかけ、もう一度“この私”を通して“確かまり”を獲得していかなくてはならない。


圧倒的な世界を目の当たりにしている私もまた、その圧倒的な世界の一部なのだという実感の獲得。これを得るための作品が、この社会の中で認められたのだとしたら、人の生にとって必要だとされるのであれば、私たちはもう少し別の道に進めるのではないだろうか。

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追記

今回、改めて【目】が特異なアーティストだと感じ入ったのは、アーティスト、ディレクター、インストーラーが、密接に(もはや一つの脳として)交じりあったクリエイションを目の当たりにしたことによる。これは、これからのアーティスト像の一つのモデル(21世紀以降の天才像)となるのではと感じた。
【目】の作品はもちろん、芸術祭・アートプロジェクトを語る上で、インストーラーの視点はこれからより大事になっていく。にもかかわらず、それについての言説はほとんどないといっていい。今回の作品についての考察も、その視点をうまく取り入れられていない。そういった意味で、増井さんへの言説や(もしくは、増井さんからの言説)が今後重要になってくると思う。この問題についてはまた改めて考えてみたい。

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