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りんごのかじりかた⑤〜下から齧れば人生がみえる〜

りんごを尻から、下から齧ったろうか。甘かったと思う。

りんごを下から齧るのは、言い換えれば、重力を食べるということだ。比重の高い、糖度の強い果汁が時間をかけて下へと溜まってくる。つまり、一番甘い部分からりんごを齧ることになる。

本来であれば、甘みの浅い部分から食べていけば、常に舌は次の一口を甘く感じ、食べ終わるまで口の中の満足度は右肩上がりのグラフを描くことになる。(りんごを食べる目的が、甘いものを食べるということであれば)

しかし、甘い方から食べるというのは、寿司屋でいえば、大トロから食べ始め、エンガワを経て最後に光り物で締めるようなものである。りんごであれば、徐々に酸味が強くなるように食べていくことに他ならない。これは子供にはできない。大人の食べ方だ。

子供や学生時代を人は、体は成長の中にあって、まだ見ぬ未来に向けて熱情と希望を持って生きていく。だが大人になり、世の様々な事情を知り、体の機能がピークを過ぎた後、生きるということの酸い部分も知り始める。そしてそれが年々濃くなることも。

やがて人は誰もが皆、この肉体を離れて旅立っていく。それは肉体という質量に働き、縛り付けていた重力からの解放でもある。つまり、りんごを下から食べるというのは重力と甘みから食べ始め、やがてその解放(りんご自体の消失)と酸いの強さを噛み締めていく、そして食べ終わりかえってさっぱりとした口の余韻を味わうという、すなわち人生の縮図を食べるということなのだ。

下から齧り尽くす。これこそ大人のりんごの食べ方なのだ。

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