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SF映画小説『Summer Time 雨に消えた男』Vol.2/

前回のあらすじ

純夏美は22歳のクラシックピアニスト、恋人は25歳のバイオリニスト井坂恭二。彼らのクインテットがザルツブルク音楽祭に招待されながら、夏美は腕を折る怪我をして行けなくなったが、飛行機が北極海で消息を断ち、10年後、32歳の夏美はジャズバーで、35歳のサキソフォン奏者・坂西崇と「サマータイム」を演奏していた。夏美は両親に先立たれた実家で、崇と同棲している。ある大雨の日、恭二が夏美の前に、10年前と変わらぬ姿で現れた。

<夏美の家・玄関前>

雨のなか、言葉を交わすこと無く、夏美と崇は、純(すみ)の実家に帰って来た。
夏美は鍵を開けて入ろうとするが、崇は、立ったまま入らず、うつむいている。

夏美「どうしたの?」 何故、一緒に家に入ろうとしないの?

崇「(顔をあげて)ちょっとその辺りで飲んでくるよ」

夏美「私は、いて欲しいのよ、あなたに」

崇「俺はいたくない」

その気持ちは分かるけど・・・私は「10年前に死んだと思われていた恋人が現れた」と、言ったのだから。
彼を忘れていない、という事が、あまりにはっきりと伝わってしまった。
夏美は、「じゃあ、早く帰って来てね」と、絞り出すように言った。
崇は苦笑しながら、「約束できないな」と返した。
その瞬間、夏美は我慢していた言葉を吐き出した。
「いたのよ、本当に。信じてくれない?」

崇は答えた。「信じてるよ。信じるさ。本当なら、俺は余計者だろ」
俺は、拗ねてるのか・・・笑い飛ばそうとしても笑えない。
夏美が嘘を言ってるとは思えない。だけど、信じられない。信じたくない。

夏美「違うんだってば!」

崇は、夏美のことを見ないで踵を返し、雨の中へ歩いて行ってしまう。
混乱しているのは夏美も同じだ。いや、私の方が混乱してる、と思ってる。
だって、恭二さんだよ・・・あんなにはっきりとした幻なんて無い。
夢でも無い。
私の頭がおかしくなった、というなら、その方が理屈にあう。そんなことを、ぐるぐると考えながら、夏美は一人でドアを押し開けた。

< 同・中・玄関>

夏美は、靴の棚の上に置かれた恭二の写真を見た。

夏美「・・・」 
10年会っていなかった恭二さん・・・さっき会った面影とは、何も変わっていないけれど、その写真は、幸せそうに笑っているが、さっきの恭二さんは、暗く、苦しそうな表情だった。

<夏美の家近く>

純(すみ)家に、電気が点灯するのが見えた。

雨の中、傘も差さずに、二階の部屋を見上げる人影がある。
帽子を被ったコートの後ろ姿だが、やはり恭二のものであろうか?

< 夏美の家・バスルーム>

崇の態度を思い返すと、夏美は半ばやけくそ気味になって、乱雑に服を脱衣籠に脱ぎ捨て、あっと言う間に全裸になった。

裸の夏美がバスルームに入って来ると、今にも泣きそうな想いだったが、勢い良く流れ出るシャワーを頭から浴び、最初は冷たい水に顔を向けて洗うと、涙にはならずに、止まった。
水は、少しづつ暖かくなり、お湯となって、夏美の全身を暖めだした。

少し、落ち着いてくる・・・
暫く、お湯のシャワーを浴びて、ソープをつけて全身を洗ってゆくと、白く美しい肌が湯をはじく。

この肌に触れているのは、今は崇だけなのに。

恭二のことは、身体の表面は忘れている。

だが、肌の裏側は、覚えていた。恭二の感触を・・・

排水口に湯が流れてゆく。ぐるぐると回りながら。

蛇口をひねって湯を止め、夏美はバスルームを出た。

夏美が去ったあと、シャワーから湯が少しだけ滴り落ち──排水口に流れる。
その排水口から「ゴボッ」という咳きこむような音がした。

<同・リビング>

夏美はガウンを着て、ソファに座っている。ショートヘアなので、タオルで髪は巻いておらず、肩にかけている。
崇はどこまで行ったのだろう・・・もう、1時間以上経っている。
携帯の「坂西崇」にかけようと思ったが、ためらって手を止めた。
 ×   ×   ×   ×
キッチンーー
シンクの排水口から、バスルームの時と同じく「ゴボッ」という咳きこむような音がしたかと思うと、汚れた水が、音をたてずに逆流してくる。
その汚水を掻き分けるように、奥の方から薄赤いアメーバのようなものが、ドロドロとあふれ出てきた。
薄赤いアメーバは、意思を持ち、手を伸ばすかのように、いくつもの枝を延ばし、ステンレスの感触をためしているのかのように、探る動きをしている。
 ×   ×   ×   ×
リビングーー
夏美、携帯をソファに置いて立ち上がり、数歩離れた窓を開け、降りしきる雨を眺めた。止む気配は全く無い。   
 ×   ×   ×   ×
キッチンーー
赤いアメーバは、排水口からどんどん増えてきて、シンクいっぱいになった。
シンクがゼリーの巨大な器のようになっている。
ゼリーは増えているが、まだそこからこぼれず、タプタプと動いている。
 ×   ×   ×   ×
リビングーー
夏美、雨が降り続く窓の外に呟いてみる。
「‥‥恭二さん‥‥」
キッチンの方で何かが倒れる音がする。
夏美「?」
 ×   ×   ×   ×
キッチンーー
夏美が小走りで来て見ると、流し台からスプーンが床に落ちているが、アメーバの姿は無い。
夏美、スプーンを取ろうとすると、床が濡れているのに気づく。

「あら……」 どうしたのかしら・・・

雑巾を持って来て、床を拭く夏美。
天井には、赤いアメーバが、直径2メートルくらいに広がって、びっしりと張り付いているのを、夏美は気づかない。

天井のアメーバの一部がふくれ、一本のヒモのような触手になり、するすると、夏美めがけて伸びてくる。
夏美は、それには全く気が付かないで立ち上がり、リビングに戻って行った。
夏美を捕えようとした触手の動きは、空振りして、ブランブランと揺れている。

<同・表>

かなり酒を飲んで来たらしい崇、酔っ払いの足取り、濡れ鼠で帰って来る。
ドアを開けようか、迷っている。

<同・リビング>

夏美はソファに戻って座るが、何か落ち着かない。
キッチンからリビングの天井を、ゆっくり移動して来た薄赤いアメーバ、その体から触手が二本、伸びて来て、夏美の背後から触れようとする。
それでも気づかない夏美。

開いた窓のカーテンが風に揺れて、鉛筆入れをガシャンと倒し、夏美、そちらに気を取られたので、そこまで近づいて、鉛筆入れを直し、触手から逃がれる。

< 同・玄関>

入って来た崇、「ただいま」とも言わず、棚の上の恭二の写真を見つめながら玄関に座り込む。・・・こいつが現れたって?、まさかとは思うが、本当だったら、俺は夏美の前から去って行ってやるよ。

< 同・リビング>

窓を閉め、カーテンを閉じようとした夏美、アメーバの触手が蠢き、窓ガラスに写っているのに気付き、ハッとして振り返る。

夏美「!!」 何、これ!? 怖い!!

悲鳴をあげようとする瞬間、触手はビュッ!!と夏美の口を押さえた。それは、一瞬で人の手のように広がって、夏美の口から両頬を押さえつけている。
「うッ!!」としか、声が出ない夏美、そのアメーバを取ろうとするが、それより先に更に、幾つもの触手がアメーバ本体から矢継ぎ早に伸びて来て、もがく夏美を縛るようにまとわりつく。
それは、夏美を、縛るようにも、襲いかかるために抱きつこうとしているようにも見える。
 ×   ×   ×   ×
玄関ーー
座り込んだまま、うつらうつらしている崇。
 ×   ×   ×   ×
リビングーー
夏美はまとわりついたアメーバを、もがいて振りほどこうとするが、離れないどころか、更にきつく抱きついて来るまま、床にドタっと倒れ込む。
やがて、赤いアメーバは一部がコブのようにふくらみ、コブは人の顔みたいに見えて、口の部分が開き、金属音のような声を発した。

赤アメーバ「ナ・ツ・ミ」

夏美「?!?!」 その声に、夏美は心の底から恐怖した。

赤アメーバの触手は人の手の形になり、夏美のガウンをまくりあげ、夏美の太股が露になる。下着は履いていない。
太股をまさぐるアメーバの触手。抵抗する夏美。
更に、胸元の隙間から、肌の部分へ侵入するアメーバ。
あたかも、夏美を犯そうとするかのような動きである。
アメーバは、夏美の乳房を、ムズムズと触ったかと思うと、揉みしだくような動きをする。

夏美「!!!」 助けて・・・誰か、助けて、崇!!

恐怖と息苦しさで、脳に血が回らなくなり、失神してしまう夏美。

その時、窓の外から、空中を鳥が飛ぶような勢いで入り込んできた青い色のアメーバが、赤いアメーバの腕を、ダッと、押さえつける。
青アメーバが赤アメーバの顔のような部分にも襲いかかると、夏美の体から逃げるように離れる赤アメーバ。それを追う青アメーバ。
 ×   ×   ×   ×
玄関ーー
座っていた崇、目覚め、声を出して言ってみる。
「夏美、ただいま」
と、呼びかけるが、返事は無い。
「?」
 ×   ×   ×   ×
リビングーー
赤と青のアメーバが、お互いを呑みこもうとするような、激しい動きで、家の中のものを倒しながら闘う。それは、野生の動物の戦いのようにも見えるが、無言であり、どんどん形が変わってゆくから、とらえどころが無い。

気を失ったまま、うなされている夏美。

二つのアメーバは、赤青に混じりあって一塊りになると、動きを止め、ぼうっとした、鈍い光を放ち出す。そして、塊のなかで、小さな稲妻が走り、塊は痙攣する。痙攣と、発光が終わると、その塊の中から、青いアメーバが抜け出して来た。
赤かったアメーバは生気のない茶色に変色して動かない。

青いアメーバが勝ったのだ。

青アメーバ、なにやら疲れたように、ゆっくりと床を這って、夏美の方に、そっと近づいてくる。

が、近づく人の気配を感じたのか、青アメーバは素早い動きで、窓から外に出て行く。
入れ替わるように崇が飛び込んで来た。

崇「どうしたんだ? 夏美!」

乱れた姿で、床に横たわっている夏美を、抱き上げる崇。

崇「大丈夫かっ!夏美っ!」

夏美「(気付いて)崇!」
と崇に抱きつく。

崇「何があったんだ?」

恐怖で、言葉が出て来ない夏美。

崇、廻りを見回し、動かないアメーバが横たわっていることに気付く。

崇「?」

夏美「(震えながら)あれが、襲ってきたのよ」

崇「えっ?」

ただの茶色いドロが、こんもり盛り上がっているようにしか見えないアメーバの死骸がある。

崇「え? あれが?」

夏美「……こわいの……」

崇、そのアメーバに近寄ろうとすると、夏美がしがみついてくる。

崇「大丈夫、落ち着いて」
と、ゆっくり夏美を引き離し、そのアメーバに近づき、崇、足で突こうとする。

夏美「気をつけて、生き物みたいに動いたわ」

崇「‥‥」

崇、落ちていた生花の枝で突いてみるが、動きは無い。

崇「これが生き物?」

夏美「(頷く)私のからだに…まとわりついて…襲って」

崇、アメーバを踏みつける。

崇「なんだか分からないけど、ゼンゼン動かないよ」

夏美「……夏美、って言ったわ……」

崇「(驚いて夏美を見る)こいつが?」

夏美「……言ったような気がした」

崇「口は無いぜ」

夏美「……崇、来て」

崇、夏美に近寄る。

夏美「抱いて」

崇、夏美をギュッと抱きしめてやる。

夏美「私……どうかしたのかしら」

崇「何も言うな」

夏美「頭、おかしくなっちゃったのかしら」

崇「何も言わなくていいって」

夏美「でも、全部本当なのよ……恭二さんのことも」

崇「……」

ゆっくり、夏美から離れ、アメーバの死骸に戻る。

夏美「崇……」

崇、今度は手で触り、感触を確かめる。

崇「とりあえず、こいつ、どうするかな……多分、警察に言っても信じて貰えないだろ。こんな奴に襲われましたって言ってもさ」

夏美「……(混乱)」

<夏美の家・インターフォンの画面>

白衣の男が魚眼レンズのカメラに顔を向け、歪んだ顔を見せている。
白衣の男「保健所の連絡で参りました寺塚と申します」
夏美「え? でもさっきは明日の朝って‥‥」
白衣の男「一刻も早い方が良いだろうとなりまして‥‥」

こんな夜遅く、保健所が来るというのは不自然な気がするが・・・

<同・リビング>

夏美の案内で入って来て、赤いアメーバの死骸を見下ろしている、自称・保健所の寺塚周平(30)は、地味な、やる気の薄い役人という感じだが、それほど怪しい者では無さそうだ。人に不安感は与えない。

周平、アメーバの死骸を見て、「でかい‥‥ですね」

夏美、周平に「あの‥‥これ、何なんですか?」と聞いた。

周平「えーと、持ち帰って詳しく調べないと分かりません、です」

夏美「動いて襲ってきたんです。いろんな形に変わって」

周平「これがですか?」

夏美「ええ」

周平、となりに立っている坂西に、「あなたも見たんですか? 動いてるとこ」と聞くと、

崇「いいえ‥‥僕が駆けつけた時にはこんな風になっていて‥」

周平「じゃあ、あなたは見ていないんですね」

崇「ええ、まあ」

夏美「でも確かにこれが──」 なんか、やっぱり、信じられてない気がする。

周平「分かりました。とにかくこれをいったん持ち帰りまして、詳しいことはそれからということで」
と言いながら、大きな黒いリュックを開け、なかから銀のシートを出して広げ、ビニールの手袋をすると、メスのような採取道具を取り出し、手際よくアメーバの死骸を切り取って、シートに置いてゆく。その手際は、慣れた感じがする。

崇は、さっき110番に電話したが、どう説明して良いか難しく、まとめると、
「正体不明の動物が家に侵入して同居の女性が襲われたが、それは、今は死んでいるから、緊急性は無いが、死骸には細菌がいたりするのではないか、女性は不安に感じているので、出来れば取りに来て欲しい」
というように話したら、当然、
「どんな動物ですか?」と聞かれ、
「アメーバのような」と口走ってしまい、慌てて、
「軟体動物というか」と言い直したり、
「大きなナメクジみたいな感じ」とも言って、相手を混乱させたように思えた。
それで、相手は「明日にでも保健所に連絡して、調査に行かせる」という対応だったので、それから30分ほどで、この男がやって来たので、崇は、戸惑うところがあった。本当に連絡してくれたとは思っていなかったのだ。

銀のシートをまるめてリュックに入れた周平は、「では」と言って立ち上がったが、アメーバは半分以上残っている。

夏美「え?」

崇「これ、どうすんですか?」
と、残ったアメーバを指さした。

周平「それは明日保健所がやってくれますよ」

崇「あなたが保健所の人なんでしょう?」

周平「えーと、正確に言うと保健所ではないんです」

崇「は? じゃあ、どちらさまなの?」

周平「保健所の外郭組織とでもいいましょうか。ま、こういった、正体不明のものを扱ってるんです」

夏美「こういったものって?」

周平「ええ。なんだかよく分からんもの、ということですね」
とアメーバを足で突っついた。

夏美「あの…すいません、全部、片付けてくれませんか。気持ち悪いんで」

周平は、改めて夏美を見て、”美人の頼みとあらば”という表情になった。

<夜のビルの駐車場>

白衣を助手席に脱ぎ捨て、軽自動車から降りて来た周平は、後部座席に置かれたリュックを背負うと、二つの白いゴミ袋を取り出して、車を施錠、ビルテナント供用のゴミ捨て場に向かった。

ここは、夏美の家からは、高速を使い、雨の中40分ほど走らせた、新橋近辺の古いビルである。

いい女だったな・・・夏美だっけ? あの男、あの女と毎晩ヤれてんのか、いいよなあ、と思いながら、周平は、“共用ごみ捨て場”と書かれた部屋に入り、そこの”燃えるゴミ”のなかにゴミ袋を二つとも捨て、「ふうっ。燃えるゴミってことでいいですね」
と、独りごちた。アメーバの死骸の残りだが、焼却で問題ないだろう。

< 同ビルの手動エレベーター>

古式ゆかしいエレベーターで、周平は自分で扉を開けて入って行く。

エレベーターは5階に向かった。そこには・・・

<黒川探偵事務所・表> という看板が下がっている。

ノックもせずに入っていく周平。

<同・中>

周平「戻りましたあ」

「明日はゴミの回収日じゃないぜ」
と言う声の方を見ると、ソファで渋い壮年・黒川哲雄(55)が目を癒すグッズを付けて、横になっている。

周平「さすがすね。千里眼で見てたんですか?、地下のゴミ捨て場を」 と、笑って言っている。

黒川「いや、そこにくっついているからさ」
周平のズボンに、生ゴミがくっついているのを指摘して、
黒川「何だった?」

周平「(付いていたゴミを見て)なんか魚の骨みたいです。くっさ」

黒川「じゃなくて、本部からの調査依頼。どうせ今までみたいな、ヘビや虫の死体を、未確認生物だって言うオチだろ」

周平「これです」と、リュックを床に置いて、なかをゴソゴソと探って・・

黒川「ふうん、見てみるか」と、ソファから起き上がり、机に向かう。

周平「こんなデカかったので、半分は捨てちまったんですけど‥‥なんでしょうね、これ?」と、リュックから銀のシートを取り出し、机の上に、採取した物体を広げた。

黒川は机の椅子に座って、「今度は仕事になるのかねえ」
と、面倒臭そうに、銀のシートに広げられた、アメーバの死骸を眺めてみた。

黒川「なんじゃこりゃ?」

周平「生き物、だったらしいです」

黒川「だった?」

周平「動いて人を襲ったと。でも、もう死んでるようです」

黒川「そのようだな」
と、メスで、アメーバの死骸を切り取り、机に置かれてあったトレーのようなものに、その一部を入れて、トレーを顔の近くまで持って来る。
すると、黒川の瞳孔が細かく震え出す。
それを見て、ワクワクしはじめる周平。いよいよか・・・

アメーバのクローズアップ、さらにズムーアップを重ね、拡大されその細胞までもが明らかになるが──突如ブラックアウトした。

黒川「(疲れて目を押さえて)ふぅーっ」

周平「何か見えましたか?」

黒川「‥‥寺さん、こりゃ確かに生き物の細胞みたいだな」

周平「みたいって、黒さん、千里眼で、何でもかんでも、分かるんじゃないんですか?」

黒川「ムチャ言うなよ。人よりちょっとだけ、目と耳が良いだけ、なんだから」

周平「細胞まで見えたら、ちょっとじゃないでしょ」

黒川「サンプルを、知り合いの大学の研究室で、調べてもらおう」

周平「はあ」

黒川「今日は、もう、疲れたから、休んでいいよ。ご苦労様」

彼らの言う「本部」のシステムは不明だが、「エシュロン」と呼ばれるような”全世界の通信を傍受するシステム”があって、崇と110番の会話から、ITが”特定単語の連鎖の意味”を感知して重要性を察知したと思われ、自動的に「本部」に連絡、「本部」も自動的に、彼らに、”最速の緊急調査”を命じたのであった。

<湾岸警察署・表> 翌日の午前中

<同・捜査二課>

二課の刑事、野田武彦(43)が、栗原紳一(26)に三つの失踪人届けを見せている。
「どう思う?」

栗原「どうって?」

野田「この三人は、忽然と姿を消したそうだ」

栗原「失踪人って、だいたいいつも、そんな感じでしょ」

野田「ああ。しかしこんなの珍しいだろ。ラブホのバスルームから下着を残していなくなるなんてのも」
野田が指したのは先日ラブホテルで失踪した女性・ミカのスナップである。

ツバサは、意外にも、真面目に、ミカの失踪を届けを出していたのだった。

栗原「男がよっぽどイヤだったんじゃないすか」

野田「だからって素っ裸で逃げるか? それにこれはどう説明する?」

新たに示した一枚の写真は部屋の中で撮られたもので、床の上に男性の洋服一式が脱ぎ捨てられている。これは、また別のケースの失踪人事例だ。

栗原「よく分からないですよね」

野田「どうやったらこんな風に脱げる? 下着も全部この中にあったんだぜ」

栗原「‥‥」
よく見ると眼鏡と腕時計も落ちている。

<黒川探偵事務所の前>

黒川がやってくると、探偵事務所の看板が外れて落ちており、本来の「特殊能力研究所」の文字が見えている。
黒川、不愉快そうに「なんなんだ」、と、看板を元の位置に戻す。

< 同・中>

黒川、郵便受けから持ってきた請求書の山を、ろくに見もせず、無造作に机の上に放り投げる。
そして、自分のデスクに座ってパソコンを立ち上げる。
パソコンでいろいろと今日のニュースやらSNSやらをチェックしていると、無駄な1時間が過ぎており、何気なしに頭を上げると、この事務所に似つかわしくない若い女性、小林夢乃(19)が入り口に立っていた。
哲雄「! おう!」と、手を上げた。気づかなかった、来てたのか。

夢乃、照れ臭そうに微笑しつつ、ペコリと挨拶。

黒川「えーと、確か‥‥夢子ちゃん?」

夢乃「夢乃です」

黒川「そうそう、夢乃ちゃん。どうしたの、こんな早い時間に?」

夢乃「うん。ちょっとね、おじさんたちが、前に私に言ってたこと思い出してさ」

黒川「やる気になった?」

夢乃「うーん」

黒川「君の例の能力は、ずば抜けているんだよ。僕たちと組めば、もっと凄いことが出きるよ」

夢乃「たとえば?」

黒川「もちろん儲けることだってさ」

夢乃「お金ねえ」

黒川「困ってる人を助けることだって」 この子はお金では釣れない・・・

夢乃「‥‥実はさ、変なもの見ちゃったんだ」

哲雄「変なもの?」

夢乃「今までも、人が死んじゃった場所とかに行くと、そん時のことが見えちゃったりして、困ってことあったんだけど‥‥こんどのは、よく分かんないんだよね」

哲雄「何が見えたの?」

夢乃、おもむろに哲雄のところにやってきて手を握る。

哲雄「!」

夢乃「アタシさ、実はこんなことも出来るんだ」

哲雄「え?」

夢乃が目をつむって力を入れると、黒川の目が白目になる。

<ラブホテルのシャワールーム>(夢乃のイメージ)

シャワーを浴びている女性、主観なので誰だかは見えないが、ミカのものだということは分かり、シャワールームも、その時のラブホテルのものである。
下を見ると足下から赤いアメーバが、自分の足を這い登ってくる。
そして、目の前が赤いアメーバに覆われる。
ブラックアウト。

<黒川探偵事務所>

周平が入ってくると、黒川と夢乃が手を繋いで怪しい感じである。

周平「! 黒さん!」

ハッとして目覚める黒川、夢乃から手を放す。

周平「何やってるんですか?」

黒川「おっ、寺さん」

夢乃、周平のことはチラと見ただけで、興味が無いから、黒川に「ねえ、なんだと思う?」と聞いた。

黒川「そうだな・・生き物だな」

周平「ですから、朝からそんな若い娘と、何やってるんすか、と聞いてるんです」

黒川「ああ、前に話したろ、残留思念が読み取れる女子高生」

周平「あ、‥‥ああ」と、夢乃を見る。可愛い。

夢乃「今は女子大生よ」

黒川「夢乃ちゃんって言うんだけどさ」

夢乃「ちぃっす」と、周平に最低限の挨拶。興味ないから。

黒川「この娘、自分が見たイメージを、他人に伝える能力もあるんだ」

周平「へえー」と、興味しんしん。可愛い。

黒川「(夢乃に)寺さんにも見せてあげてくれないか」

周平「え、いいんすか?」 手が触れるの?

夢乃「えーっ」やだあ、この男の人、好きくない。触りたく無い。

黒川「えーっって、そんなにイヤかい」と、少し笑うが、
PCにメールが着信し、開いてみる黒川。

周平、夢乃に近づき、両手を差し出す。
「こうですか?」 触っておくれ、可愛こちゃんよ。

夢乃、黒川のオジサンの言うことなら仕方ない、と観念して、でも、周平の広げた手を見ると「‥‥なんか、汗ばんでません?」と言って、抵抗したい。好きくない、から、この人。

周平「あ、オレ手汗がひどいんだよね」

夢乃「(気持ち悪っ)」
と思いながらも、我慢して、仕方なしに周平の手を握ろうとする。

夢乃「言っとくけど、私の足とかじゃないからね。あるところのシャワールームのシャワーノブに残っていた誰かの”残留思念”だから」

あるところが、ラブホテルだとは、分からないだろうし、言いたくない。

黒川「寺さん、ちょい待ち」

あ、助かった、と夢乃は思った。

周平「でも」 今、手を触れるところだったのに・・・

黒川「このあいだのヤツの正体、分かったよ」

周平「この間の‥‥ああ」 あの死骸か。

黒川、PCの画面を二人に向けた。
哲雄「おそらく夢乃ちゃんが見たイメージもこれだろう。やはり生物で、染色体の数は23対46本」

夢乃「あ、それって」

床を這っている赤いアメーバの写真であった。残留思念で見たのと同じものだ。

黒川「そう、人間だ」


....to be continued.


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