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倒され、のこぎりで切られた木

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【詩】
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#詩のようなもの

【詩】たとえば、北国の蝶

さみどり色のしずくに濡れる五月は暮れなずみ 樹々は今日を終える人々のその後ろ 誰からも気に留められることはないけれど その木蔭は少しはずかしい 呼ばれても他の少年みたいにほがらかに 振り向けなかったぼくがいる 銀色の鍵を取りだして今日のぼくを仕舞う前 小さな夜空遠くの星の名を諳んじる どこかの星でも雨が上がって星を仰いでいる あの光はよく澄んで痛いほど もう何処にいるとも知れないきみが 持ち去った開かない小箱 きみよ、きみ きみは本当にいたのかな ぼくの中の花吹雪だとか

【詩】ラムネスカイ,マカロンガーデン

♬ 1 トリカブト蜜もこぼさず摘むなら満月の 宇宙遊泳ミルキーウェイにぬれたその顔の (涙ではさらさらなく) しずく滴るまぶたを瞑る満月の 高きへかざせば花序の列 濃紫の高慢だとか薄むらさきの蠱惑とか 一秒きざみに塗り替えちまう満月の ばかに明るい夜がいい という作戦会議は ボクとキミのあいだでの 論を俟たない自明の理 ジャックナイフとステップ踏むなら理科室の その蔓草がセクシーな蛇へと戻る鉄柵を (星々はGOのウィンクを) 一足飛びなら夜這い星の弧をえがき   動脈静脈交

【詩】ふたりは音楽

鶺鴒の高らかな歌声は 銀色 咲きそめし花水木の梢より さし出される光の指 居ずまいをただして 四番目の指へとおさまる その啼き声のカンタータは 銀色のまばゆい指輪 風にめくれるページの音は 草色 初夏の午前 書に耽るきみの栗色の目が 夢のつづきを追うように 空の果てへと移ろえば ページの鍵盤が奏でるのは 草色のグリッサンド 煉瓦路の落葉を駆けゆく音は 深紅色 出会うより以前の日々を 記した二冊のノートブック ひと日会う度ひと日を破り 彩雲の空へとふり撒くぼくら 夕陽の炎の

【詩】海に一色だけ残るとしたら

  Ⅰ おまえのことならよく知っている、あめふらし 海浜の浅瀬に生息し 時折はその海へ紫の雨をとりとめもなく 柔らかな筋肉の奥の一箇所に 祖先の貝殻を捨てきれずに宿し 泥塊さながらの姿で 岩砂の起伏を緩慢に越えゆく雨虎 あめふらしに生まれた不思議 シンデレラウミウシ/ガーベラウミウシ/シロウサギウミウシ 見目良くその名さえ麗しいウミウシに生まれなかった不思議 おのれの名さえ知らない不思議 宝玉のようなおまえの近縁者を羨むでもなく誹るでもなく 平然と海中を這い 必要とあらば煙

【詩】知っていることを書きつづけよう、知らないあなたのために

ぼくが知っているのは 風化の流砂にさそわれた一対の喉仏 ぼくが知っているのは なにも開けられない鍵の冷ややかな稜線 ぼくが知っているのは 明日ここを立ち去っていく あなたという肉体の重量 あなたのそのか黒き先端は 今はもう あなたではなくなった或る男 過去にしか存在しない所作が  生きたいあなたを末端から蝕む壊疽となる すでに不要となったその男を あなたは 襤褸となった肌着できつく縛り  切り落とせと  ぼくに命じる ぼくが怯えるのは 肉体上の痛苦と醜悪 腐肉 血みどろ

【詩】海風へ、生まれる。

抱卵の姿勢なら 燕 卵の上に水平にその身を置いて それは 抱くというより 水平線の水平を 文字通り卵上に保ち この季節は だから 燕は 一艘の船となる おのが卵の中にも 海が眠ると 海をわたった燕は 知っている 吊革の下が一時の アサイラム わたることが出来ない 空の為 地下鉄のトンネルの闇は 車窓をたよりない鏡にかえて 人ごみを歩くのが苦手なのに 人ごみを歩くのは得意そうな 顔 映し出さないのは 虚/実 どちら 身体の中を 光が 走り抜け 昔むかし 豊蘆原瑞穂国の葦の群

【詩】菖蒲咲く、黄色いハンマーとして

水ぐるま 烈しく水に回されて 烈しく水を蹴り返す 夢中に蹴れば いつしか 宙にあくがれ 水上0センチメートルでも そこは空 菖蒲 黄色いのが咲いた朝 一輪だけ迷い出た 水の激しさ 岩々に 崩され尽くした彼方には 紫紺に群れる 天の河の形象 あの宙はかんけいないさ 一歩一歩 その予感を踏み固める どこまで行っても一人 この径は それなのに 明日 会う 壊せるものなら壊してみろよ 挑発は ぼくのシルエットばかりが 巨大に映る姿見 明日 会う 明日と会う カーブを曲がる気楽さ

【詩】ロールシャッハに梢は萌え

ロールシャッハに梢は萌え 空に序楽の羽ばたきを     ❅   ❅   ❅   ❅ 指させば かならず 示したかった的から 数センチ逸れてしまう 指の先 青春の特権さ 紺色の寝台車は 蔦の葉末のそよぐ 白い駅に 泊まるから ブレザーと ネクタイと ワイシャツは いい相性で 生れた街から そういえば 遠くへ離れたことのない 十六歳のからだには 一方通行の抜け道は あってもいい ワイヤレスイヤホンが フレデリック・マーキュリーの 扉を立て付けるのは 片方ずつ の、 彼と彼

【詩】時計と花

ほんとうの時計の針を 見たことがあるかい そう訊かれて女は 水面にうかぶ花びらのように 男の影を眼球の端から端へと ゆるやかに流した この男に厭きない為に いつのまにか自身にほどこしていた 装飾だった ほんとうの時計の針は 左回りに回っているのさ ぼくたちには決して 追いつけないスピードでね そいつらが走り去る時 落して行った物を拾うため 針の影は 右回りに回っている ———それで今夜の貴方は わたくしになにを下さるの——— ぼくたちは、だから一度だって ほんとうの

【詩】Lobin,kiss,lobin

❅       ラグーンにその影宿す十字架星になれなくとも              クックロビンよ。       こいむらさき匂いやかなJewelry box・すなわち東経140度の空中天鵞絨庭園、    紅玉のberry畑と曹灰長石の細き流れをこえたその東南東より2度南、蔦型にくりぬいたチョコレート草からまる白砂糖細工の日時計のきっ先に、     いまだ三つ葉クローバーの足輪よりほか装飾の類まきつけたことのない脚をかけ、       ブリキ製の風切り羽を        

【詩】春ってやつは

大粒雨の降水に 三寒四温の四温がはじまり 疎水のやつも 満足げに隣町へ送るのは たっぷりの水 せわしない水音 冬の間 流し去れなかった堆積物が 洲というほどでもない 盛り上がりをつくって 目を凝らしてみれば 真っ白なあれは 翼のような形 けれど  天使など訪れもしない私の界隈 よくよく目を凝らしてみれば 純白は 光を反射する漆黒 片側だけの 鴉の羽根 翼のような何かに見えた、本物の翼 翼一枚だけが残った鴉は 風に吹き流される焚火の煤のように 消えてしまった・はず・だ

【詩】Bitter Days

白雨けぶる8月の書舗 併設のカフェで すこし濃いめのホットコーヒー 手にとったのは 濃緑色のクロスの本 ひとりの時のほうが満ち足りる 彼が去り あの人とわかれ あの子がバイバイ あいつに、あかんべ それから それから 誰だっけ? 366日のカレンダー 載らない367日目の小さな家 ダイニングテーブルには そこらで摘んだ草花と(雨に濡れているね) 濃緑色のクロスの本 彼がいて あの人がいて あの子がいて あいつもいて それから それから だから ひとりの時も満ち足りる

【詩】ぱりんの日

国道246号線 高架沿いのアスファルト 狭い郵便局と看板のはげたケーキ屋の間 ちいさな窪み 道の傷 アスファルト色の雨が溜まる 冬の朝、ついに氷になる この地区ではめずらしいけど 氷だよ。 急ぎ足のみなさん、氷ですね。 自分の靴の裏側を、とっくり見る人なんていないよね。 靴の裏っていうのは、むしゃくしゃさせる物の影を 踏むためにあるのだし。 氷かな? 氷ですか? キミ、氷? 男の子が立ち止まる 氷だと確かめたくて割ってみる  今年さいしょでさいごの氷 惜しげもなく、ぱり

【詩】春から、夏から、秋から、手紙

そのひとは旅を愛する人でした 白詰草色の風が吹いたら笑顔で見送ります 旅立つ時は、町外れのいつもの切株です そのひとは独りを愛する人でした 僕のとなりでさえ石造りの壁になる時 僕は気づかないふりしか出来ませんでした そのひとは思いやりの深い人でした 晩餐会の招待状にきみだけは行けと言いました ボクといるより仕合せになれるだろうと 城門の鉄柵は氷より冷たいけど 光り溢れる晩餐会にはもどりません 雪の上の足跡は弧を描いて城門へもどります その人の手紙は 桜やわらかな4月の