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古代の芝生をパレードする孔雀

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【短編小説】
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#短編小説

【短編】快速夏号1番ホーム

光りかがやく葉っぱが、列車のスピードにあわせつぎつぎと流れていきます。新緑のこの季節、窓の外はみがきぬかれた大粒のエメラルドがごろごろ流れていく川のようではありませんか。 空が一駅ごとにひろくなるのですから、樹々もおもいきり葉をゆさぶれるというものです。 「なんだか鼻がむずむずするなあ」 たかふみ君はそんな景色にも気をとめず、鼻のあたまをこすっています。 むずむずするのはお家を出る前からのこと、花粉症のせいではありませんでした。 入学式もオリエンテーションも終わってひと月

短編「レモン」

僕の小学校では、給食の時間になるとクラッシック音楽が流れた。「G線上のアリア」だった。 どこまでも甘やかでゆったりとした曲にのせ、放送委員の抑揚のない声が「みんなで手洗いをしましょう」と流れてくる。 僕はけして潔癖症ではなかった。むしろだらしない方だ。でも手洗いの時間が来ると、水道の前に立って10分でも20分でも洗っていた。それは一時のあいだ、僕の中だけで流行っていた遊びだった。 丹念に泡立てたクリーム状の泡で、指先から手首までをたっぷりと包み込む。厚みのある柔らかな泡のかた

短編「ネクローシスのスープ」

外の世界はキケンだと聞いたから、森にいる。森はいつだって、居心地悪く、居心地よい。べたつく汗が肌身はなさぬ毛布になる。ムカムカするほど心地よいから、次は気が迷う。サクリ、と軽い足音がする。森の外へと踏み出して、明るい草を踏んでいる。 そこは白昼の草原と—————————もう一つの森があるだけだった。 向こうの森に近づこうと前に出る。あまりにも安易な一歩ではないか、大抵こういうのは罠なのだ。草の中から飛び跳ねてきた物体が、私と森の間に立ちはだかる。一枚の紙である。そこに「求人広

【ショートショート】デブエット

「月って、時々サボってる」 夜空を仰ぐミノルの言葉を、おれは半分聞き流していた。 「今夜は三日月なのに、昨日と同じ細さだもん。太るのをサボってるんだ」 じゃあ、お前と逆じゃないか。 つい意地の悪いことを言いたくなる。 先月始めると言ったダイエットはどうなった、脂肪の貯金箱。 「毎晩月を見てるけど時々そうなんだ」 おまけにお月サマが好きなロマンティストと来たものだ。 「ねえ、ちゃんと見て」 「ハイハイ」 仕方なしに空を見れば、細い月。だが昨夜の月と何が違うかなんて

【ショートショート】天にまします

男が講義を終えてダイニングへ降りると、すでに昼食は出来ていた。 分厚いステーキは、男が妻にリクエストした好物だった。 A5ランクの培養肉だ。 「午後も講義なの?」 「ああ。書斎から遠隔授業だ」 5歳の息子が口を尖らせる。 「遊ぶ約束は?」 「講義が終わったら、遊んでやるぞ」 「また、あの遊び?」 妻が美しい眉をかすかに寄せた。 「悪い生き物をやっつけるだけだ」 息子も口をそろえる。 「生かしちゃいけないんだよ、ママ」 「そうだ、あれはパパ達人間とは違う生き物だからね。