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「好き」や「得意」を仕事にするのはすばらしいけれど時にそれは呪いにも?

「これはだれにも負けない、というくらい好きなものをひとつ持ちなさい。それがあなたの強みになります」――よく聞くフレーズです。子育て本やビジネス本、自己啓発書にも登場する定型フレーズです。わたしも出版社に入ったとき、上司や先輩からよく言われました。
「何が好きなの? 何が得意なの? それをどれだけ極めたの?」「スポーツでも映画でもアートでもなんでもいい、その分野でトップになれ」・・・・・・たぶん、正しい。たしかに“好き”や“推し”があれば、人生は楽しくなります。でも同時に、このフレーズは生き方を苦しくする呪文でもあるんじゃないかと感じています。とりわけ、若い世代にとって。

こんにちは、マルチーズ竹下と申します。東京の出版社で、書籍編集をしております。ときどき、シュッパン前夜の活動の一環でnoteに投稿していますが、自ら発信するタイプの編集者に居がちな「ベストセラーたくさんつくりました」派でも、「SNSフォロワーたくさんいます」派でもありません。雑誌編集者時代は、半径5メートルで見えてくる違和感を追いかけ、書籍編集部に移ってからは、「昨日より今日、少しでいいから、読者を幸せにするor人生に役立つ」実用書や啓発本を出版したい思いで、けっこう長く編集者を続けてきました。まあそんな、本の街神保町に、粘り強く生存しているタイプです。

冒頭に戻ります。出版社で働くこと、編集者という職業に就くことは、わりあい「好きを仕事にする」に近いケースかもしれません。たいていの編集者は本が好きで志望するし、かつて自分がそうであったように、だれかを新しい世界に導く本をつくりたいと志向するからです。
ただ、そこそこ長く編集職をやってきた者として先輩面して言うならば、「好き」に高いレベルを求めると自滅する。できれば何種類かバリエーションを持っておくか、もしくは「だれにも負けないほど」などど気張らず、「これをやっていると気晴らしになる」くらいの心持ちのほうがSDGs的だなあと思うのです。
冒頭の呪文「だれにも負けない」くらいを目指さねばと思ったら、その時点で、心が折れそうになりませんか? わたしはなります。わりあい幼い頃から自分を客観的に見るクセのあったわたしは、「いちばんって、果てしないなあ。クラスでいちばんから始まって、学校一、地域一、果ては日本一ってことでしょ、日本一これが得意って、どこまでがんばれば到達できるんだよ……」と、途方に暮れました。早くも中二の段階で、「いちばんを目指すリングからは降りる」と決めました。

その代わり、わたしがおすすめするのは、「好き」の種類をわりあい多めに持っておくことです。
わたしは笑っちゃうくらい運動音痴ですが、運動や、それにまつわる体の仕組みについて本を読んだり調べたりするのは大好き。世界レベルの大会を見るのも好き。たとえばプロ野球にはまったく興味がありませんが、今期のドラマでいちばんハマっているのが『八月は夜のバッティングセンターで。』(テレビ東京)です。自分の筋肉や関節を動かせはしないけど、それらをテーマにした本を担当できるのは、動かせる人=アスリートや指導者への尊敬の念と、深ボリするのが苦ではないという2点があるからではないかと思います。
編集者には宝塚ファンが多いのですが、ある人は推しのジェンヌの配役が決まると、役作りのアドバイスをするために、勝手にその役について調べまくります。歴史上の人物、たとえば本阿弥光悦を推しがやったときは、オマエは研究者か!と突っ込まれるくらい文献や美術書を読みまくり、京都鷹峯にも足を運んでいました。もちろん、推しはおろか、だれにも依頼なんかされていません(笑)。推しへの(一方的な)愛が、仕事の幅も広げたのです。

そういえば、シュッパン前夜メンバーの「好き」や「得意」も、バラエティに富んでいます。
ケーハクさんは、いまやスポーツや健康実用書のトップディレクターですが、たしか過去には海外エンタメ系の媒体を作っていたと聞いたことがあります。
地政学など学び本シリーズでヒットを連発するインテリ系のゴファンさんは、あるスポーツにおいて、それこそ「だれにも負けない」レベルを極めた方だったような。
ゆるふわスマート男子な雰囲気で鋭いコメントを発するギャップが魅力のピクトさんは、大の相撲好きとか。
いっしょにいると笑いの絶えないムードメーカーの塚Bさんは、素人離れした絵を描く人です。
そしてデジタルに強く、このグループの名付け親であるししゃもさんは、すんごく「声」がいい! かつて放送にかかわっていたという噂も……!

ひとつの道を突き詰めるのはカッコいいですし、できるならばカッコいい人生を歩みたい。でも人生はけっこう長い。そして「仕事」や「働く」は、その長さに比例してついてくる。編集者として持続可能な働き方を意識するなら、意識的に意識低めを狙うこっちのやり方もありだよ、と、ちょっと疲れ気味のマルチーズは誘いたいのです。とりわけ、好きがよくわからない若い人や、仕事すべてに意味や意義を求めるのをやめられない人に向けて。

さて、明日はお休み。そしてまだまだステイホーム。韓国ドラマ『よくおごってくれる奇麗なお姉さん』のつづきを観よう。

文/マルチーズ竹下

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