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コンプラ的には最悪だったけど今なら感謝しかないと思える編集長Sさんのこと。

 Sさんのことを書きます。作家やジャーナリストから熱い信頼を得、記憶と記録に残る雑誌と書籍を作り続けてきた天才にしてヘンタイ。間違いなく、神保町のカリスマにしてスタア編集者のひとり。同時に幾人もの後輩や部下を心療内科おくりにし、退職届を書かせたとのウワサの持ち主。出版社入社後、編集という仕事のやり方も進め方もよくわからないまま見よう見まねで続けていたわたしに、イチからがっつり指導してくれたのがSさんでした。
 こんにちは、マルチーズ竹下と申します。東京の出版社で、書籍編集をしております。ときどき、シュッパン前夜の活動の一環でnoteに投稿していますが、自ら発信するタイプの編集者に居がちな「ベストセラーたくさんつくりました」派でも、「SNSフォロワーたくさんいます」派でもありません。雑誌編集者時代は、半径5メートルで見えてくる違和感を追いかけ、書籍編集部に移ってからは、「昨日より今日、少しでいいから、読者を幸せにするor人生に役立つ」実用書や啓発本を出版したい思いで、けっこう長く編集者を続けてきました。まあそんな、本の街神保町に、粘り強く生存しているタイプです。
 Sさんは、どうやら“出来の悪い人”(わたしじゃー)の気持ちや頭ん中がさっぱり理解できないらしく、わたしが書いた企画書やコンテ、タイトル案やリード案などを前に目を丸くしては「ほんとうにマルチーズさんは想像をはるかに超えてきますね。ここまでクソみたいな出来損ないぶりを見せてもらえるとは。私もそれなりに忙しい身の上ですが、なぜこうもクソなのか、もうちょっとマシなものに変えられないものかどうか、知恵を絞ってみました・・・・・(※)」と、10時間くらいかけて、会社の打ち合わせスペースでこき下ろしてくださいました。
※多少のアレンジを加えております。でもほぼほぼこんな感じでした。
 目の前には、わたしが一日かけて作ったA4判企画書。そこに、鉛筆でこれでもかこれでもかと白いスペースを埋め尽くす“ダメ出し”が。上のほうは赤色だったのに途中から黒色(鉛筆)に変わったのは、「だって書くこと多すぎて、インクの無駄になるからさ」とのこと。いやほんとうに、すげえ親切じゃん! こんなにいろいろ教えてくれる上司、初めてだよ!! とわたしも目を丸くします。こんなやり取りが、もしかしたら一生続くのかなー、今日も睡眠4時間かなー、と魂がふわふわ飛んでいきそうになる頃に校了を迎える――そんな日々が、一年半ほど続いたでしょうか。
 たとえば、メインタイトルとリードについてのダメ出しの一部がこれ↓。

〈記事を生かすも殺すもタイトル次第。編集者が自分で表現するのはタイトルとリードだけ、それだけ書けりゃすごいのです。自分が書いたタイトルを、自分の言語センスと表現レトリック全開で自ら厳しくチェックする訓練を〉
〈観念語、抽象語の羅列は無謀。きわめて限られた文字数、表現アイテム内で少なくとも同義反復はもったいない。同一語の漫然としたリピートはもっとも愚劣〉
〈メインタイトルにおける漢字6文字連続(しかもすべて抽象語)の体言止めはほとんどアピールの放棄に等しい自殺的レトリック〉
〈このリードでは、タイトルの同義反復にすぎない。あなたの書いたマクロな、アバウトな、無内容とトークでは、無駄のきわみ。これを読んだ人が「で、要するにどういうこと?」と聞くとします、それに対するあなたのコトバこそがすなわち勝負のリードとなる〉
〈あなたのタイトル案より、スーパーやディスカウントショップのチラシのレトリックのほうがよほど高級でコトバのインパクトパワーの発生原理を知っている。彼らは概念の押しつけ=まとめて曖昧化、を絶対しないし、素材のナマ出しが最大のセールスポイントであり、顧客のハートへのキャッチ心を刺激し、さらに顧客の賢明な判断能力に頼る売り文句はリアルさ以外にありえないと知っているから〉
〈いいタイトルとは、その記事の「素材+切り口」の両方をシンボライズして、感情的に読者にスッとわからせているケースが多い。あなたの提案した章立て、構成のギクシャク未分化な状態も、タイトルの甘さと裏腹関係〉
そして決定的だったのは〈偉大な同業者やライバルや先輩のワザのパクリを、まめにやるしかありません〉。

 あああああ・・・・・(T_T)
 ちなみに、こてんぱんにこき下ろされた最初のタイトルまわり案と、いろいろ試行錯誤した結果、本になったものを画像にします↓。

画像=最初のタイトル案

画像2=本になったタイトル周り

 最初の案、もうぜんっぜんダメダメで、若さとか経験が足りないとかのレベルじゃなくて、そもそも読者の視点にまったく立っていなくて震えます。もしわたしがSさんの立場だったら、「こいつほんとダメ」と、教える立場から早々にドロンしていたでしょう。

 もうひとつ、Sさんに教わったこと。それは、仕事と人格・感情を切り離す大切さ。
 Sさんはわたしの“編集者”としての能力や努力不足工夫不足をこき下ろしたのであって、わたしという人格をディスりはしていなかったと思うんです。というか、編集者以外のわたしのことは興味の圏外。思えば、Sさんと仕事以外の話をしたのは、ワンコのことだけだったような。Sさんの愛犬の名前がずいぶん大層で、「この人は犬にまで高い志を求めるんだな」と感心した記憶がよみがえってきました。
 Sさん、勝手にSさんの話を書いちゃってすみません。これを読まれたら、「あいかわらずあなたの文章は」と耳をふさぎたくなるダメ出しの嵐が吹き荒れるのでしょうね。

文/マルチーズ竹下

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