【食の短編小説】はんぶんこ⑥
#6 出汁がら昆布
誰のために、何のために料理を作っているんだろうと、帆乃果は自問自答するときがある。自分自身の栄養のため、作った料理を喜んでくれるパートナーの秀太のため、あるいは作った料理をSNSにあげることで得られる「いいね」のため。目的や理由を追い求めてしまうと、料理を作るのが苦しくなるし、綺麗で美味しい料理を作ろうとすると、買う食材の量が増えたり見た目を意識してしまって、料理で冒険できなくなってしまう。
「もっと科学の実験のように、料理って楽しい、面白いでいいじゃないか」が、最近の帆乃果が料理をする際に大事にしている言葉。そんな帆乃果は今、仕事の関係でフランスのパリにいる。世間はパリオリンピックで賑わっているが、パリに降り立つと思い出されるのは、20代中盤に全エネルギーを注いだ"出し殻昆布を使ったおつまみ開発"だった。
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大学時代、日本食のお店でバイトをしていた帆乃果は、ある日料理で使われて廃棄寸前だった出し殻昆布がふと目について、脳裏から離れなくなってしまった。
フードロスとか、SDGs、食料廃棄といった社会的課題のためではなく、出し殻昆布で何か面白いことができないだろうかと料理で冒険したくなった。帆乃果は「出し殻昆布っておでんの昆布に似ているところあるから、おつまみなら行けるんじゃないか」と思い、出し殻昆布を使ったおつまみ開発が始まった。
最初は、自分が知っているもので勝負したいと思っていた。昆布だから味付けは白だし、めんつゆ、しょうゆといった和のモノが合うという自分の中にある経験方程式に縛られてしまい、その中で美味しいものを作り出そうとしていた。でも、自分が納得できる答え(料理)を作り出せず、気付けば、大学を卒業し、自身のおつまみ開発をきっかけにおつまみを世に送り出している会社に就職して3年が経過していた。
そんなある日、出張で訪れた山形でヒントを得る。接待の会場だったお店の料理の箸休めとして、ワカメをオーブンで焼いて作ったというパリパリワカメが出てきたのだ。食べた瞬間、帆乃果は接待どころではなく、一気に出し殻昆布のスイッチに切り替わっていた。
「ワカメをオーブンで焼いて塩とごまをふりかけたものがこんなに美味しいなら、昆布も同じようにできるのではないか」
ちょっとトイレに行ってきますと上司に伝えると、トイレとは真逆の厨房へと足が向いていた。「すみません、さっきのパリパリワカメってどんなレシピですか…?」と、自分でも驚くくらい自然な流れでシェフに聞いていた。
私よりも5歳ほどは年上であろうシェフが、子どものような眼差しで私に話しかけてくれたのが今でも忘れられなかった。あの山形でのパリパリワカメとの出会いで、出し殻昆布を揚げるという形でおつまみが出来上がった。
納得できる味にたどり着いたとき、出し殻昆布の可能性を掬えた当時の自分を褒めたくなったし、諦めずに自分のやりたいことを続けてよかった。生み出せない苦しみ、焦り、人のありがたみ、いろんな感情によって動かされたとき、人は成長できるのだと。料理を楽しみながら、料理に成長させてもらった20代があったから、今の仕事も秀太との暮らしも楽しめていると思うんだ。
さて、これからパリの日本文化会館での講演だ。目から鱗だったパリパリワカメとの出会いのように、パリパリの昆布をパリの人が食べてパリッとした笑顔を見てみたい。自分の夢を語ることに迷っていた帆乃果の表情は、金メダルのようにまぶしかった。
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食体験をはんぶんこしてくれた人
はま のぶこさん(関西在住)
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