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「オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る」

こんにちは、ナカムラです。今回は「オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る」という書籍を紹介したいと思います。

台湾のデジタル担当政務委員を務めるオードリー・タン(唐鳳)が、デジタルやAIといったテクノロジーに対する考え方を”日本に向けて”語った書籍です。

ちょっと表紙が平成初期の広告並みにうるさいですが、内容は非常に面白いです。

5章にわたり様々なテーマについて論じられているのですが、今回はそこから2つのテーマを抜粋して紹介したいと思います。

1)「デジタル民主主義」という概念

「デジタル民主主義」の話に入る前に、「民主主義」そのものについて触れておくと後の説明が分かりやすいので少し説明します。

ざっくり言うと「みんなのことは、みんなで話し合って決めること。」を民主主義と呼ぶわけですね。全体主義や独裁制のように、「トップが全て決める。異論は認めない。」という考え方とは対極に存在するのが民主主義です。

そんな民主主義も色々と種類があって、直接民主主義間接民主主義という区分が存在します。それぞれの違いは以下の通りです。

直接民主主義…集団の構成員が直接的に議論に参加して意思決定する
間接民主主義…集団から代表者を選出して、代表者が議論して意思決定する

日本では、選挙によって議員を選出し、彼らを代表者として意思決定を任せているので間接民主主義と言えます。

ただ、間接民主主義には一つ大きな弱点があって、小さな声が届きにくい仕組みになっています。

これを解決しうるのがデジタル(インターネット)であり、「政府と国民が双方的に議論できるようにしよう」という考えをデジタル民主主義と呼んでいます。

台湾では「Join」という行政参加型のプラットフォームがあり、1,000万人のユーザーが存在するそうです。医療サービス、公衆衛生設備、公営受託建築など、人々が生活する上で感じている問題に対して自由に解決策を提案でき、それが実際の政策として実行されるのだそうです。(※勿論、実行には条件があります)

こうしたプラットフォームへの投稿がキッカケで、台湾では店内飲食におけるプラスチック製ストローの使用が禁止になったそうです。その提案をしたのはまだ参政権を持っていない16歳の少女。タピオカミルクティで大量にプラスチックが消費されている為、環境保護を目指して投稿したそうです。

日本だと、株式会社PoliPoliが運営するPoliPoliというプラットフォームがあります。PoliPoliは、議員が自身の政策を”わかりやすく”投稿し、それに対してユーザーがコメント等のアクションで応援ができるプラットフォームです。これもデジタルを活用した間接民主主義の課題解決の一つですね。

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台湾では、こういったプラットフォームを通じていくつもの政策が実現しているわけですが、それには国民・政府の民主主義に対する基本思想が大きく影響しています。

一つは、「政治は国民が参加することで前進するものである」ということ。もう一つは「民主主義には定型化された運用方法は存在せず、1つのテクノロジーに過ぎない」ということ。

この2つが台湾の政治観として浸透しているのだそうです。だからこそ、前述のプラットフォームに1,000万人(人口の42%)もの参加者が存在するし、「ただのテクノロジーなのだから使いにくければ変えればいい」ので法律も憲法もどんどん改正されていくわけですね。

ただし、台湾も最初からそういう政治観を持っていたわけではなく、キッカケがあって変化していて、それが2014年の「ひまわり学生運動」というものらしいです。

運動の細かい内容は省きますが、学生による政治的デモ運動によって、政府がその要求を認め、公式に応じたというものです。これが「政治は国民が参加することで前進するものである」という気づきにつながったと言います。

今まさに、日本でも様々な制度改変要求が活発化していますよね。この流れを民主主義の発展に繋げられるかは、政府に委ねられていると思います。

2)一人も置き去りにしない社会改革

聞こえのいいタイトルに眉をひそめている方もいると思いますが、順を追って説明します。

まず、オードリー・タン氏が考える社会改革のあり方についてです。

今の状態が百点ではないからといって、破壊してしまうのはナンセンスです。破壊するとゼロになり、また一からやり直さなくてはいけません。私が常に言っているのは、「八十点のものがあればどこに不足があるのかを考えよう、そして改修すれば快適になる部分から先に変えていこう」ということです。

”改革”といえども、ゼロから考え直す必要はないよね、ということですね。

その上で、「一人も置き去りにしない」とはどういうことでしょうか。例えとして公衆トイレの事例が紹介されています。

オードリー・タン氏が勤務している社会創新実験センターには、男子用、女子用、車椅子用、ジェンダーニュートラルの4種類のトイレがあるそうです。これは先ほどの「改修すれば快適になる部分から変える」という考え方で、男子用・女子用では不便を感じる人たち向けに改修された事例ですね。

ここで注目したいのは、車椅子用やジェンダーニュートラルのトイレは、最初は少人数を対象にしたトイレだったものの、

「小さな子供と一緒に入るのにも適している」
「高齢者や歩行器を使う人にとっても使いやすい」

というように、想定していなかった人たちを助ける可能性を秘めているという点です。

※「自分には関係ないかな」と思っていても、スポーツで怪我をして二ヶ月間車椅子に乗ることもあるかも知れません。

こういった考え方に基づいて行う社会改革を、誰も置き去りにしない社会改革と呼び、根幹にある思想をインクルージョン(包括)と呼びます。誰も排除しない、すべての人が互いに認め合い、受け入れ合う状態です。

だからこそ、インクルージョンに基づく改革では「より弱い存在の人たちに優先的に提供されるべきもの」であると、オードリー・タン氏は主張しています。

これは、私が個人的に関心を持っているデザインの世界でもよく言われることで、Equity-focused design(公平性を目指したデザイン)という概念があったります。

Equality(平等)ではなくEquity(公平性)という点がポイントで、以下のような違いがあります。

Equality(平等)=すべての層に同じだけの機会と支援を提供すること
Equity(公平性)=公平な結果を得るために、一人ひとりに異なるレベルの機会や支援を提供すること

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(Google UX Design Certificateから抜粋)

また逆の視点で、インクルージョンから逸脱した「排除アート」と呼ばれるものもあります。街中にある座りづらい形状のベンチや、仕切りをして寝転べないようにしてあるベンチなどを指します。

色々と書いてきましたが、改めて1章と2章の内容をまとめると、

・デジタルの力で国民の政治参加が加速し、民主主義が発展する
・それによって社会改革がもたらされ、より良い社会に進化する
・そして目指すべきは「誰も置き去りにしない社会改革」である
・そこにはインクルージョンという概念が根付いている

という内容でした。その上で、オードリー・タン氏が強くメッセージとして発信しているのが、

「デジタル実装を押し進める前に、デジタルを手段として用いる側の価値観を築くことが大切」

ということです。内容としてはシンプルで、①持続可能な発展、②イノベーション、③インクルージョンという3つの価値観を共有し、定着させるべきだと主張しています。誰も置き去りにしない、持続可能なイノベーションを目指すべきだということですね。

単にDXだのデジタルイノベーションだのと言っているだけでは、そこに思想はなく、民主主義における発展とはかけ離れていってしまうリスクを孕んでいるということですね。

3)最後に

冒頭にも書いた通り、本書は日本向けに書かれています。

難しい話が出てくると、日本のアニメに例えて非常にわかりやすくなっていたり、日本文化の影響を受けたエピソードがいくつか出てきたり、日本人に読んでもらうことへの意識が随所に感じられます。

そういったところにもオードリー・タン氏の心の所作が垣間見えて、リスペクトが大きくなった書籍でした。

以上、「オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る」でした。最後までお読みいただきありがとうございましたm(_ _)m

ナカムラ

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