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野犬、前歯のないおじさん、ガラスの散乱した博物館 スコピエ紀行①

2020/5/9追記 丹下研のマスタープランの模型について

1つしかトイレの無い給油所での休憩。東洋人であるためにコロナを疑われ、1時間かけて医者を呼ばれたアルバニア入国審査。そこで英語しか喋れない東洋人のために通訳を買って出た乗客の少女。
"Ten minutes rest"と言って40分以上休憩するバスの運転手。他国通貨を勝手に使っているコソボで深夜に食べた、指を広げた手よりも大きい2ユーロのバーガー。

そんな寝る暇を与えないようなイベントを開催しながら、2020年2月9日の朝5時過ぎ、我々を乗せた夜行バスは、モンテネグロの世界遺産の街コトル(Kotor Google Mapsから11時間をかけ、深夜に3つの国境を越えて、北マケドニアの首都スコピエの駅併設のバスセンターに到着した。

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丹下健三が設計したスコピエ駅の1階は待合室になっており、朝5時にも関わらず少し人がいる。こんな時間にここで待つ用事のある人が果たしているのだろうか。ホームレスの溜まり場となっているのか。いる人の身なりを見れば恐らく後者が主だ。
同じバスに乗っていた20人ほどの乗客はいつの間にか街へ散ったようで、もう見かけない。我々も駅を抜け、西側にあるホテルを目指す。タクシーの運転手が何人か寄ってくるけれど、私は歩きたい。初めての街は歩き回らなければ知ることができない。

大きめの通りまではまだ月明かりと僅かな街灯のおかげで明るかったが、ヴァルダル川にぶつかると元々少ない街灯の多くが壊れており、なおかつ木々のせいで薄暗い。目の前を野犬が横切る。男女のカップルが物陰でいちゃついている。もしかしたら青姦している。また別の野犬がこっちを見ている。空のビール瓶もよく落ちている。

カップルに関して詳しく言えば、男が女を物陰に引っ張り込んでいて(クソ暗いので陰もクソもないのだが)、何やら物騒な香りもしたが、我々は正義感を発揮する余裕もなく「あれはきっと酔っ払った恋人同士なんだ」とお互い言い聞かせた。治安に満ちたところで思い返してみると、女の腕ではなく手を引っ張っていたから、本当に恋人だったのだろう

動くもの全てから離れるために川沿いの道を蛇行しながら歩く。気温はマイナス5度。治安の良くなさそうな暗い街では自分が吐く白い息以外に、安心感を覚えるものは何もない。

タクシーの勧誘にのらない阿呆はこのような目に遭うのだ。同行の彼女は完全にこの街を治安の終わった場所だと思い始めている。甲斐性もないのに辺鄙な所に行きたがる男はオススメしない。彼女を道連れにせず、勝手に一人で行くべきである。

simがないから事前にGoogle Mapsで調べてスクショをとって見れるようにしていたホテルの場所に辿り着いたが、それらしき建物も看板も見当たらない。国境を越えるたびに起こされる夜行バスの中では途切れ途切れにしか眠れなかったせいで、凍てつく寒さの中でも眠気が襲ってきて、探すのが面倒くさくなってきた。

面倒くさくなった彼女も「もう、そこのHoliday innが予定のホテルだったことにしちゃえばいいんじゃないの?」

ここで寒さ故か猛烈な尿意に襲われた。これはまずい、諦めてはいけない。何が何でも早くホテルを探さなければ私の尊厳は地に落ち、そして私はこの街の治安を悪く見せる一要素に成り下がってしまう。

写真を見るに、中心のマケドニア広場に面していると思うという彼女の言葉に従い、そちらへ向かう。ここでも街灯は働いていない。それらしき建物が出てきたが、看板はない。困った。

広場に面した建物には、建設中のまま放置されているらしいものもある。その中でカジノだけがこんな時間でも営業中である雰囲気を出しているからそこに聞きに行こうと思ったところで、広場に1人のおじいさんが歩いてきた。彼女がその人にいきなり話しかけ始める。さっき野犬や出歩く人を恐れていた君はどこへ?

前歯の無いそのおじさんはホテルの場所を知っていた。カジノの裏側に入口があるという。礼を言って立ち去ろうとするが、何やら話を続けてくる。

自分はシリアから逃れてきた難民で昨日ギリシャから入国し、やっとここまでたどり着いた、しかしこの街の住民は優しくないから何も援助してくれない、と。昨日着いたばかりにしてはホテルの位置を知っていたりと街に詳しいのだなあと感心する。この国では「矛盾のない嘘のつきかた」を義務教育で習わないのだろう。日本でも習わない。

お金は全然ない(今朝ついたばかりでこの国の通貨をそもそも持っていないので嘘ではない)、と言って立ち去ると、意外とついてこない。ふう一安心。真っ当な人は朝5時過ぎに街を歩かないことにやっと気づいた。

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スコピエには過剰なほどの銅像がある。この銅像もそのうちの一つ。「真っ当な人は朝5時過ぎに街を歩かない。ヨシ!」

とにもかくにもホテルへたどり着いた。室内は灯りがあり、暖かく、天国のようだ。灯りだ、暖かさだ、文明だ、と叫びながら朝6時に入ってくる東洋人2人にも、ホテルのスタッフは笑みを絶やさずに応対してくれる。文明だ。

流石にまだチェックインはできないが、荷物は預かるし、朝ごはんまでロビーのソファで待っていて良いと。トイレで尊厳を確保した私は、適度に沈み込むソファで睡魔に完全敗北し、泥のように眠り込んだ。途中で彼女が起こそうと叩いたようだが、それにも気付かず寝ていたらしく、安心感で死んだのかと思ったという。まだあんまり死にたくない。

因みに泊ったのはスコピエ マリオット ホテル。Google Mapsでは違う場所が出てくるのでご注意を。位置としてはTourist Info Skopje(Google Maps)のあたりである。

7時になり、ビュッフェ形式の朝ごはんをホテルで頂く。美味い。
ホテルを出て南に向かい、市立博物館へ。道すがらATMで現地通貨をキャッシング。背後への警戒レベルを最高にもっていき、周囲をサーチライトのように睨みつけていたが、そもそも歩く人がほとんどいなかった。

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マケドニア広場と市立博物館(旧駅)を結ぶ都市の軸。そこにも野犬はいる。

市立博物館(Google Maps)は1963年の震災以降使われなくなった旧スコピエ駅の駅舎を利用している。当時丹下健三の研究室が震災復興の都市計画を行ったのだが、その際の模型がスコピエのいずれかの博物館にあるという噂(※1)があり、それを見に行きたかった。

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地震の発生した5時17分で停止した時計を掲げる駅舎が目に入る。遠目に見ても震災の傷跡のようなものを感じさせる。記憶を風化させないためであろうか。粋な演出だ。

ドアの前に立ち、痛ましい記憶を残すための博物館、そんな理想的な捉え方は徐々に疑念へと変わっていった。開いているのかどうかもわからない、中を覗くと何もない部屋が広がっている。ただそのままにされただけに思われる。感傷に浸った時間と誉めた気持ちを返して欲しい。

空きテナントになって5年10年経過し、そのままに放っておかれた建物を想像してもらえればちょうどいい。ガラスの入口のドアには埃をふんだんにまぶしておいてほしい。

こんなところに誰も入らないだろうと思う。自分も、都市設計の模型がある可能性がなければ一目散に逃げ帰る。見たいものがある以上は気になる。しかし、流石に閉館して誰もいないのかと諦めかけたその時、管理人室のようなところからおじさんが出てきてドアの鍵をあけてくれた。RPGゲーム?

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入口すぐの部屋はがらんとして何もない。右向きに進むと、吹き抜けの空間の半地下部分に申し訳程度の展示がなされている。展示品はこれで全てだった。

吹き抜けの空間の上に続くスロープは仮設のようで、足の落ちる隙間はあるし、あがるにつれてスロープの軋む音がしてくる。物置として利用しているのか、小学校の工作の作品レベルのものが無造作に置かれている。明らかに目当てのものは存在する気がしない。

挙句の果てにはどこの窓のものか、ガラス片が散乱している。足の踏み場の無い所を上がっていくのは、あたかもポケモンの「そらのはしら」のようだ。ちょっとちゃちなので、レックウザはいなさそうだけど、ジュペッタくらいは出てきてもおかしくはない。

目当てのものはないし、野生のサマヨールなどが出てきたら手に負えなさそうだし、そもそもガラス片で本当に怪我をしかねない。常識的で甲斐性もあり、合理的判断に基づいて常にリーダーシップを発揮できる私はガラス片を踏み始めたあたりで、彼女に「帰ろう」と宣言し、戻り始めた。彼女はスロープを少し登った段階で戻るべきだと冷静な判断をしていた。

スコピエ市の財政状況に思いを馳せながら博物館を後にする。そういえば入場料はなかった。

ホテルの人にsimを売っている場所として聞いていた、博物館の西隣のショッピングセンター(Google Maps)に行くと、そこには治安が無料で垂れ流されていた。白い壁と床、そして必要以上のライトはこの建物を治安で包み込んでいた。ビール瓶は転がっていないし、睨んでくる野犬も、いちゃつく怪しげなカップルもいない。

国内ではショッピングセンターをdisる私はどこかへ消え、意気揚々と中を歩きだし、simを入手することに成功した。
A1という会社が店を構えており、10GBで確か800mkd(≒1500円)。2日しかしない我々には使いきれそうになり容量だ。

少しショッピングセンター内をうろつく。何しろ治安が無料で垂れ流されている。メイソウを発見した。日本のものじゃないのにこれあると何となく安心するね。文字のおかげ。ネパールでも安心した記憶がある。日本のものがそのまま海外にあると興ざめだけれど、海外の会社が日本の言葉を使って別の国に店を持っているというのは、安っぽい興趣があるのだ。

さらに治安のシャワーを浴びていると、北マケドニアのユニクロと言って良さそうな店を見つけた。Tシャツを漁っていると素晴らしいものを発見したので290mkd(≒550円)で購入した。これは北マケドニアでしか買うことはできない。

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治安の滝を浴びた我々はマザーテレサのメモリアルハウス(Google Maps)に寄ってからホテルに戻った。ここでは特筆すべきことはない。綺麗だったからである。マザーテレサの出身はスコピエだということは知っておいていいかもしれない。ここも入場料がなかった。

治安を有料で垂れ流しているホテルへ戻ると、部屋に入ることができ、シャワーを浴びるとすぐにホテルのソファに根が生えた。根は生えたけれど、街の中の面白い店で昼食を食べるべきだと思っている我々は出かける準備をしてやる気満々で部屋のドアを開けたが、ちょうどまさにその時に、「まあまあ落ち着きたまえ、ホテルの部屋で楽にご飯を食べたらいいじゃないか」と言いながら、ルームサービスが運ばれてきた。運ばれてきたからには仕方がないので、昼間からビールをしこたま飲み、大宴会を催した。

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ビールはCKOПCKO(スコプスコ)。みんな北マケドニアに行ってスコプスコを飲もう!

※当然注文したものであるので安心してください。ルームサービスの押し売りが来るような国ではない。

(治安の売られていない街中編へ続く)

※1 SRID 懇談会(2013),「マケドニアの紹介:マケドニアをご存知でない方のために」,p.5,http://www.sridonline.org/j/doc/j201308s08a01.pdf に香寿レシュニコフスカ(在マケドニア名誉総領事(当時?))の講演内容として「スコピエ市のミュージアムに原案による模型が残っており、今でも有名である。」との記述がある。

全国の美味しいお酒に変換します。