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殺人の凶器は紙のファックス!? 小説「ファックスの終りとオフデューティ・マーダーケース」(7)

 警視庁本部庁舎の食堂で、食事中の稲塚を見つけた隅田は斜向かいの席に自分のトレーを置いた。載っているのは、きのこかき揚げ蕎麦の大盛り。
「高輪署の捜査本部、例の金子って奴を引っ張ったらしいな。お前が出会った釣りの三人組、あれはやはり詐欺グループだ」
 カツカレーを頬張る手を止めて、稲塚は同僚を見上げて言う。
「相変わらず耳が早いな」
 隅田は稲塚と比べるとやや小太りな男だった。彼は椅子に座るなり、テーブルの端の七味唐辛子を手にとって、自分の蕎麦に豪快に振りかける。
 弓奥利島での事件から数日が経とうとしていた。
「どうやって犯人がまだファックスを手元に置いていると分かった? そもそも最初はどこから目星を付けた?」
「確証があったわけじゃない」
 稲塚は記憶を呼び起こしながら、順に説明することにした。
 まず、ファックスが仕込まれていたという被害者日下のリュックサック。その中には海原ハウスのコースターがあった。
 事件の前日の海原ハウスは定休日。つまり日下がこのコースターを手に入れたのは殺害された日の昼で、その後民宿に戻ってから、コースターをリュックに入れたことになる。
 同じリュックにファックスは隠されていた。コースターを入れたとき、もしそこにファックスがあれば、日下はその時点で気がついたはずだ。要するに、殺害される直前の部屋に戻った時点では、ファックスはまだリュックの中にはなかった。
 コースターがしまわれたあとで、何者かが日下の部屋に行きファックスをリュックに仕込んだとすれば、それは被害者の目の前で起きたことになる。しかし部屋に争った痕跡はなかった。顔見知りの犯行だろうか? それでも他人が自分のリュックにわざわざ何かを入れようとすれば、それも日下は気づいたはずだ。
 ゆえにファックスは、何者かが仕込んだ物ではなく、日下自身の持ち物だったということになる。同時にそれは、被害者の日下が殺人を計画していたことを意味している。
 日下が殺人を計画し、弓奥利島にファックスを持ち込んだ。そしてそのファックスが作動した。それができたのは、日下の犯行計画を知っていた人物。つまり殺人の共犯者しかいない。
 例えば、調達担当の共犯者から受信側を受け取った日下が、金子に仕込むチャンスを伺っている最中だったとしたら、現場の状況と合致する。
 同時に稲塚は、聴取のときの土田の発言が気にかかっていた。「あいつがなんでそんな物を持ってたのか……」と、垢抜けない大学生風の土田は、ファックスが日下の所持品である前提で話していた。
——ということまでを語り終えた稲塚に、隅田はかき揚げをつゆに浸しながら訊ねる。
「よくそんなことに気づいたな。係長はなんて?」
「当然お説教」
 それで済んだのは、土田の逮捕をすべて駐在の名前で行っていたからだった。書類に残るのは木内の名前だけ。それが組織の論理に対する、稲塚の精一杯の譲歩だった。
 一方で稲塚が勝手をしなければ、スピード解決はなかったことも明らかで、そのことは直属の上司を始めとするお歴々も承知している様子だった。
 隅田が確認する。
「要は三人組のうち、二人が殺人を計画していた」
「ああ。そして殺人なら、動機がどこかにある」
 コースターに気づいた稲塚にとって、次の問題は動機だった。だから稲塚は、情報通の隅田に協力を求めた。
 あの日の深夜、隅田が稲塚に電話で伝えたことは大きく二つ。
 一つは高輪署に設置された詐欺事件の捜査本部で、直前に日下たち三人組の名前が参考人として急浮上していたこと。
 もう一つは、ある古い証言記録について。
 それは一人の少年が川で溺れて死亡した際に、事故の目撃者として当時中学生だった日下が地元の警察に話を聞かれた記録だった。そのときは、「日下が川に突き落とした」という証言も一部であったが、証拠は見つからなかったらしい。
 そしてこのときの水難事故で亡くなった少年というのが、土田の弟だった。両親の離婚で苗字も違い、土田と弟は離れて暮らしていた。
「日下と土田、だっけ? 知り合ったときはまさかそんな因縁があるとは思わなかっただろうな。ところが何かのきっかけで、土田は過去を知った。本当に川へ突き落とした犯人なのだと、取り調べて話しているらしい。日下にとっては武勇伝だったのかもしれない。それでそこに金子も加わり、金子の影響なのか三人は詐欺に手を染めた。実際金子のせいで、三人は暴力団の関係者とも揉めていたそうだ。金子が陰で裏切っていたんだな。ま、それは詐欺事件の捜査本部が掴んでいた情報」
 日下が金子殺害を計画し、それに土田は協力すると装いつつ、日下殺害のタイミングを待った。長年求めたチャンスとして。そして金子にせよ日下にせよ、医療が脆弱な離島なら、ファックス死は病死として処理される確率が高い。それなれば警察に追及されるおそれもない。
 というのが、真相の全てだろう。
「もう一件、ファックス死が出るかとも思ったんだけどな……」
 金子に対する殺人計画を土田が続行する可能性を、あの朝の稲塚は危惧していた。
「物騒なことを言うじゃないか。とにかく、事件が解決して何よりだ」
「お前のおかげさ」
 言わなければならない礼を言い終えて、稲塚はいつのまにか空になった食器と席を立った。
 
 休暇が休暇でなくなってしまったという結果について考えると、稲塚は無性に腹が立つような思いがしたが、刑事という仕事をしていればそれも仕方ないのかもしれない。
 悪いのは、事件を起こす犯罪者だ。
 いや、そもそも、〈あの者たち〉が地球に現れたせいだ。
〈あの者たち〉が地球に居座っているせいだ。
 できることなら〈あの者たち〉には地球から去ってほしいが、そんな手段はあるだろうか。
 もしも手段があればいいが、しかし全面宇宙戦争は避けてほしいところだった。

(了)




主要参考文献

  • 地球の歩き方編集室 編『16 地球の歩き方 島旅 新島 式根島 神津島(伊豆諸島2) 改訂版』Gakken、2023

  • 式根島観光協会 | フィッシング(https://shikinejima.tokyo/play/fishing/ )最終閲覧日:2024年7月13日


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