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殺人の凶器は紙のファックス!? 小説 「ファックスの終りとオフデューティ・マーダーケース」(6)

 隅田からの電話が鳴ったのは、真夜中過ぎだった。
「面白いことがわかったぞ。ただ私用のスマホに捜査情報をメールするわけにはいかないからな」と前置きする隅田に言われるがまま、稲塚は電話越しに読み上げられる内容をメモした。
「お前がどういう見立てなのかは知らんが、確かにそっちの殺しとこの件・・・、関係あるかもしれないぞ」
 そう話す同僚に、稲塚は改めて礼を言ってから電話を切ると、間髪を容れず駐在の木内の番号に発信した。これは伝えたほうがいい——その確信が、稲塚の胸中にはあった。番号は夕方のうちに聞いていた。
 しかし木内は電話に出ず、仕方なく稲塚は目覚ましのアラームをかけてから、一旦眠りにつくことにした。すぐに寝付けることは稲塚の特技の一つだった。

 早朝、稲塚はすぐに行動を開始した。
 手早く身だしなみを整え、駐在の木内に改めて電話を入れる。
 寝起き声の木内に稲塚は、任意で所持品検査をやったほうがいいかもしれないと伝えた。それもできれば早くと。そして現場となった民宿の前で落ち合うことだけ決めると、急かすように電話を切った。
 ゆおくり荘の主人へは、置き手紙を残すことにした。
 大変申し訳ないが、昨日の事件の関係で出かけなければならなくなった。蒸溜所にお邪魔できないことは本当に残念で、できればまた改めて島へ来たいと思う——という内容を残すと、稲塚は部屋を出た。

 汐路屋までは徒歩で向かうことにした。海原ハウスの近くなのだから歩いて行けるだろうという判断で、スマートフォンで地図を開きながら足を進める。
 今朝の空は、昨日とは打って変わって晴れ渡っていた。ときおり鳥の鳴き声が響く。地面はまだ雨に濡れていて、これから蒸し暑くなりそうだった。
 汐路屋に到着したのは稲塚が先だった。朝方の静かな民宿。外で待っていると数分としないうちに木内のパトカーも現れて、運転席から降りてきた若き駐在に、稲塚は自分の見立てを説明する。
「それじゃあ、確たる根拠はまだ無いんですね?」
 訝しむように確認する木内に、稲塚は「もし当たりなら、全部君の手柄だ」と言って先に汐路屋へと歩き出した。
 勝手な行動。命令無視。それでも今の稲塚は、目の前の可能性を優先することに決めていた。
 玄関から入り、奥の厨房で朝食の準備に取り掛かろうとしていたオーナーから許可を得て、二階へと上がっていく。気乗りしない木内は、あくまで仕方なくという様子で稲塚のあとについていく。目指すのは、例の三人組の一人、土田が泊まっている部屋。
 目当てのドアをノックすると、内側から現れた土田の表情は穏やかだった。これから起こることを予期しているかのように。
「昨日の件について、もう一度詳しく話を聞きたい。それと悪いけれど、念の為持ち物を調べさせて欲しい」と、稲塚は告げた。
「朝早くから、せっかちなんですね。刑事さんって」
 そう呑気な土田は「勝手にやってください」と言うと、布団の上に戻って胡座をかき、眠たげな目を稲塚たちに向けた。
 だから稲塚は、遠慮なく部屋を調べ始めた。
 送信側の密造ファックスは、土田のスーツケースからすぐに見つかった。昨日見た受信側と同じく、手のひら大の黒いプラスチックの筐体。大きめのポケットが付いている服なら、ずっと隠し持っていることも可能なサイズだ。
 すぐさま木内が、少なくとも所持だけで罪に問える「特定通信機器規制法」違反の現行犯として、土田に手錠を掛けた。

 表に停めたパトカーの後部座席へ押し込められる直前、稲塚は直接訊いてみることにした。
「どうして送信側を処分せず、手元に置いていたんだ」
 土田は不敵な笑みを浮かべてから、「あれを金子に持たせれば、ついでに金子も片付く」と呟くように言うだけだった。

 午後の港に接岸した高速船。荷物を持って島を去ろうとする稲塚のもとへ、大月医師が見送りに来ていた。
「今度はちゃんと休暇でいらしてください。父も会いたがっていると思います」
 医師の言葉に、稲塚は「ええ、ぜひ」と答えた。そうだ。そもそも恩人を訪問するはずだったのだ。
 乗船の直前、稲塚は最後に考えていたことを口にした。
「事件を解決できたのも、先生のおかげかもしれません」
 そう言われて不思議そうな表情を浮かべる大月医師に、稲塚は理由を説明する。
「島へ来るよう強く勧めたのも、駐在に私のことを伝えたのも先生、あなただ。全部そのおかげですよ。まるで仕組まれていたように」
 大月は小さく笑った。
「まさか、偶然ですよ」
「とにかく、また来ます」
 そう言い残して、稲塚は帰路に就いた。

(続く)


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