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私たちが抱える孤独と、世界の複雑さについて

最近、短いスパンでの転職が続いて、
精神的な余裕がなく、なかなかゆっくりと本を読むという行為に取りかかれないでいた。

そうすると、次第に自分のなかでストレスが蓄積されていく感覚があって、仕事や子どもの面倒など、目の前の事象への対処だけに時間が費やされていく。

Twitterやニュースをみては、なんとか社会と繋がっている感覚を得ようとするけれど、それらの情報からは奥行きを感じられず、ただ目の前を流れていくだけで、やがて自分は社会から取り残された存在のように感じて、目の前の世界から彩りが失われていく。

そんなとき、思い出される言葉がひとつある。

コンフォート・アイソレーツ(安寧な状態は自分を孤立化させる) *1

これはスーザン・ソンタグによる『良心の領界』という本のなかの言葉である。この本は、大学の卒業のときに、研究室の先生から送られたもので、私にとっては思い出の染み込んだ一冊でもある。

ソンタグは、この本の中で次のように言っている。

安寧でない状態、居心地の悪さというものに、身を浸してもかまわないという考えを私は信奉しています。安寧は、人を孤立化させます。自分だけの生活を営み、適度にうまくやり、習慣にひたり……そのうちに、外の世界のほとんどの人に何が起きているか、それを知るきっかけを失ってしまいます。*2

私たちは心地よい状態であろうとすると、どんどん孤独になっていく。
だから、私たちは一見自分とは関係ないと思われるような遠い世界で、誰かが感じた痛みにも共感する必要があって、それが私たちが本を読む理由なのだ。そんなふうに、過去の私はこの本を読んだのだけれど、今まさに、「ああ、そういうことか」と身をもって実感したのだ。
つまり、冒頭に書いた本を読まないことによる「ストレスが蓄積される」感覚の底にあるものとは、実は孤独であると気付いたのだ。

本を読まなければいけない。

そう切実に思いだした折、ちょうど久しぶりに家族で出かける機会があった。ショッピングモールで一通り目当てのものを買った後、少しの余った時間、妻に子どもを託し、僕は束の間の自分だけの時間をもらって本屋を彷徨った。

出来るだけ自分からかけ離れた世界にいる人の"よくわからないこと"を知りたい。そんなことを思って、自分に処方するための薬を探し当てるような感覚で本屋をうろうろしていたのだけど、疲れていたのもあって、なかなか自分のアンテナにひっかかってくるものがない。
そんななか、私の興味の針が振れたのがこの本であった。

これは、著者の東氏が、実践している里山での営みを彼の思想とともに綴ったものだ。

彼は、里山で多様な"異種たち"と暮らしていて、その共依存的な(とでもいうのか)暮らしは、自分とはずいぶんかけ離れているのだけれど、不思議な共感もそこに存在する。

読んでいると、自分のものの見方を変えられるような感じがあって、
これまで壁に囲まれた世界にぽつんといるような気分であったのだけれど、
気が付くと身の回りには、虫やら菌やらほかの生き物たちが実はうようよといて、それは自分の外側だけではなく、内側も同じであり、私たちは自分の内外の"異種たち"と共存しているのだという感覚に陥るのだ。

私がそんな見方をできるのは、東氏の見方を借りているわけだけれど、実はふとそんな見方に切り替わる経験も過去に何度かあった。

作業が一段落して、ふと視線を下に落とす。
すると、これまで気付かなかったものがみえてきて、はっとさせられる。

足元をバッタや蛙がぴょんぴょん跳ねていたのだ。

改めて思えば、設計というのはいかにも抽象的な行為で、
"敷地"は、配置図というかたちで、ただの四角で表される。

だけれど、その土の表面もしくはその中には、実は生き物や菌などがうようよとしていて、その世界に目を凝らすと、その"敷地"は理解などできるわけのないほど複雑である。

だけど、"敷地"の上に建てられた私たちの住まいにおいて、そういった感覚を感じることはできないし、むしろ私たちは部屋に虫が一匹入っただけでも気になってしかたない。そもそも私たちは一匹の虫の侵入さえも許さないような態度でいる。
だけれど、きっと私たちはそれであるから孤独なのである。そういう態度に出なければ、"異種たち"はずっと私たちと一緒にいてくれるのだから。

ああ、畑はきっといいだろうな。

そんなことを考えていると、私が冒頭に感じていた孤独は、すっかり鳴りを潜めていて、
子どもを保育園に送った後に寄ったカフェで、

"やっぱり読書はすばらしい"

と、この本の心地よい読後感のなかで思った。


引用文献
*1,*2 スーザン・ソンタグ、『良心の領界』、NTT出版、p105,107

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