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空間の処方/形づくるための形

空間は薬にも毒にもなる

少し前に、心身のバランスを崩したことがあった。

建築設計の仕事は激務といわれているし、かなり神経を使うのだが、そのときは、さらに一級建築士の試験勉強が重なった。
普段は割とマイペースなのだが、一度やると決めると、ストイックなモードに入ってしまって、息抜きを適度にしながらというのが苦手だった。それに、そういう時は自分を追い込むべきだと思い込んでいた。
建築設計の人は、だいたい学生の頃から徹夜で図面を仕上げるみたいなことにも慣れている場合が多いし、そういう自分に酔っている人種も多い。そういう中にいて自分も麻痺していたのだ。

それでも、これまではどんなに忙くても、寝れば次の日には元通りだったのだが。

これまでの仕事の中で不安を感じることはいくらでもあった。
だけど、このときは一度感じた不安や焦りがなかなか消えず、さらに理由もなく不定期に突然襲ってきた。
ひどいときには、不安でコンビニのレジにも行けないほどだった。
これまで味わったことのない自分の心身の状態に、もうだめかもしれないと思った。

かなり悩んだあげくに、病院を訪れてみたのだが、特定の病名も当てはまらず、なんだかよくわからない励ましの言葉を医者からかけられて、途方にくれて帰ってきた。
なにが原因かも、どうすれば良いかもよくわからない状態だった。

なんとか仕事に行くことはできたのだけど、自分の状態を周りに悟られないようにするので大変だった。引きつった表情を読み取られないようにマスクをするようにしていたのだが、しばらくして自分がマスクを取れなくなっていることに気付いてぞっとした。

人混み、満員電車、自分の住んでいる狭い賃貸、妻が観ているテレビの音、・・・

それまでは、それほど気にならなかったものが、神経に触るのだ。

自分は特に、空間に対するストレスが顕著だった。
狭い空間や雑然とした空間など・・・。
空間が自分をさらに追い詰めてくるのだった。
空間を考える仕事に就いていながら、皮肉なものだな、とうまく働かない頭で思った。

だけど反対に、通勤の途中にみえるふとした空の広がりなどに、自分の心がこんなにも軽くなるのかという驚きもあった。

つまり、空間は毒にもなるし薬にもなるということにそのとき気が付いたのだった。


建築設計の領域

そんな状態のなかで、建築設計の仕事をしていると、自分は誰の何のためにこの空間を設計しているのかと苛立ちを感じざるを得なかった。

当時、僕がいた組織のなかでは、
建築のデザインは語られても、その空間の中にいるはずの人のことはほとんど語られないことが多かった。
集合住宅などの設計においても、そこでくらす人々のことは置き去りにされ、クライアントの事情、つまりは経済的な論理のなかで空間が勝手に決まっていくことに違和感を覚えた。

そして、人々のくらしをコーディネートする役目を負っているはずの建築家の大半は、経済的に恵まれた人のみをクライアントとして、住宅作品を作り続けている。

お金を持っていて満たされた人をさらに満たすためではなく、
自分のような人たちにこそ、空間を設計する必要があると強く感じた。

僕のような狭い賃貸マンションでくらす人は東京にはたくさんいるし、
そのほかの空間的な問題で悩んでいる人たちもたくさんいるだろう。

だけど、その大半が建築家や設計者の業務領域から外れているのだ。

健全な心は、健全な身体に宿る。
そして、そのもうひとつ外側には健全な空間があるはずだ。

そうであれば、心身になにか不具合がある人に空間を処方するということはできないだろうか。

そんなことを考えたのだった。

空間の処方/形づくるための形

以下は、このプロジェクトのコンセプトだ。

くらしは、それをとりまく環境によって、形づくられる。
とりわけ、おのおのの最もパーソナルなスペースである家のあり方は、そこにくらす人を形づくる最も大きな要素である。

とすれば、くらしのなかでなにか不具合が起こった場合、家のあり方を変更すれば、不具合は解消される。

同居人との関係、孤独、不眠、・・・・

こういった"悩み"は、
精神科や、占い師のもとへ行く前に、
空間的に解決することができる。

ここで試みることは、そういう様々な悩みを抱えた人たちへ、空間を処方する行為である。
改めて言いたいのだが、
この試みが目指すところは建築のデザインではない。
むしろ、クライアントへの(ヒアリングというよりは)カウンセリングを重ね、その人のくらしを診断し、空間を処方することで、彼のくらしを改変していく行為である。

フィクションとノンフィクションを織り交ぜながら、様々なクライアントに空間を処方するまでをストーリーとして綴っていく。

建築家の業務の対象からとり残された本当にデザインを必要としている人に向けての試みだ。

ちょっとかっこつけた文章を書いてしまったのだけど、
自分の経験を踏まえながら、空間的に問題を抱えたクライアントを設定して、それをどう解決したらいいんだろうみたいなことを、ストーリー仕立てで載せていければと思います。
そして、それを読んでくださった方が、なにかしら自分のくらしの空間を考えるきっかけになればと思っています。

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