鮮魚売り場のストーカー(短編小説;5100文字)
スーパー・らくだでのバイトシフトが遅番に替わってから、気付いたことがいくつかある。その中で一番気になってるのは、《ストーカー》の存在だ。
その日の天候によって微妙に開始時刻がずれるのだけど、らくだでは、夕食用の買い物時間が終わった頃に《値引きシール》を貼り始める。たいていお刺身のような生魚から、そしてお寿司、ミンチ肉、といった具合に、鮮度が重要な食品から、最後はお惣菜まで、2割引きとか3割引きのシールを貼っていく。これが、閉店1時間前ぐらいになると、5割引きになったりもする。
「ねえねえ、小池さん、刺身コーナーの辺りでうろうろしている人、いるじゃないですか? あれって……」
「あ、歩美ちゃん、気が付いた? そう、《値引きハンター》たちよ。そろそろ出没する時間だわね。値引きシールが貼られるのを待ってるのよ」
サービスカウンターから眺めていると、4-5人の《ハンター》たちは、他の食品を選ぶような素振りで、けれど、常に刺身売り場に警戒の視線を送っている。
そこにカートと共に現れたのが、鮮魚担当の石川さんだった。《ハンター》たちが石川さんに《にじり》寄って来る。《輪》が狭まる。── しかし、石川さんが新しい鮮魚パックを運んできただけという気配を察すると、素早く《散って》いく。
── 鮮魚売り場からかなり距離があるここからでも、《ハンター》たちの《心の声》が聞こえるようだった。
『ちっ! 期待させやがって! 早く貼れよ!』
『どうせ貼るんでしょ。ぎりぎりまで定価販売で粘らないで、さっさと白旗、上げなさいよ』
「ま、そりゃ、安い方がいいですもんね」
ノー天気につぶやいたアタシに、小池さんは眉をひそめた。
「……そんな甘いもんじゃないのよ、この世界は」
「へ?」
「ほら、右側から石川さんに近付いてきた奥さん、あの人いつも、《値引きシール》が貼られる前から、貼られそうなお刺身パックを取っておくのよ ── 籠の中に」
「え? ── なんのために?」
「《ブツ》を確保するために決まっているじゃない! 欲しい品物が値引き前に売れてなくなったら、元も子もないでしょ? でも、定価で買うのはいやなのよ。……そんでね、《値引きシール》貼りが始まると、『あら、じゃ、これもお願いしようかしら』と何食わぬ顔で籠から出してくるのよ!」
「へーえ!」
それを聞いてアタシは驚いたけど、そこまでは、《ま、許してやるか》の範囲内だった。しかし ──。
石川さんは再び空のカートと共に現れ、今度は本当に、お刺身パックに値引きシールを貼り始めた。《ハンター》たちはもちろん、通りがかった買い物客も集まって来た。
「小池さん、あれ、何ですか? ── 石川さんの後ろにぴったりくっついてきたオジサン?」
「ああ、あれ……」
小池さんの口調は既におかしかった。
「蜂巣さんね。……うーん、なんていうか……」
絶句してしまった。
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