見出し画像

五丁目の《モグラ》(短編小説;4700文字)

 休憩時間が終わってサービスカウンターに向かう途中、ヨーグルト売り場がなんだかおかしくなってることに気付いた。
 いつも整然と並んでいるパック群の中央のあたり、それに奥の方の数が減り、左右の脇に山のように積まれているのだ。
 ── ちょうど、地面を『掘り返した』跡みたい

《五丁目のモグラ》仕業しわざよ」
 サービスカウンターで先輩の長野さんに話すと、またまた深いため息だった。
《モグラ》? ……なんとなく、わかるけど」

 アタシがバイトする「スーパー・らくだ」には、変な常連客がいる。
(二丁目には《返品女王》、三丁目には《熊》、それに……《モグラ》?)
「……《モグラ》が現れたんなら、牛乳売り場もやられてるわね」
 そこならサービスカウンターから遠目に見える。
(ほんと! なんか変!)
 牛乳売り場も、真ん中あたりに『穴が掘られ』、左右に『掻き出された』牛乳パックが横倒しに積まれている。
「困っちゃうのよね。せっかく冷蔵ショーケースの中にぎっしり詰めてるのに、『穴が掘られる』と冷気が逃げるし、『掻き出された』牛乳パックの温度だって上がっちゃう」
 ここ、頼むわね ── そう言い残して、長野さんは乳製品売り場に向かった。

**********

「ほら、本屋で、平積みになってる1番上を避けて、必ず2冊目を取る人っているじゃない? その程度ならいいのよ。でもさ、その山を崩して周りに積み上げちゃってさ、一番底になっている本を取る人がいたら、どう思う?」
 休憩時間に、乳製品売り場担当の山口先輩が、目を吊り上げて言った。
「それに、売り場を荒らしただけで、何も買わない時だってあるのよ!」
 『穴の埋め戻し』作業に追われた長野さんも怒ってた。

「何でそんなこと、するのかしら」
 アタシが首をかしげると、その場の全員が声をそろえた。
「賞味期限をしらべてるのよ! 1本1本、ぜーんぶ!」

 アタシたち、スーパー側は古いヨーグルトから売りたい。だから、新しい商品が入荷したら奥の方に並べるようにしてる。
 でも、《敵》もさるもので、『賢い?』買い物客は、わざわざ奥に手を伸ばして新しいヨーグルトを取っていくのだ。

「まあ、それぐらいいいわよ。私たちだって主婦なんだから、気持ちはわかるわよ」
 山口さんもパートだ。
「でもね、《五丁目のモグラ》は、とにかく『掘り返す』のよ。『掘り返す』のが楽しいのかしら」
「その後、『埋め戻さない』し!」
 みんな怒ってた。
 そこでうっかり、
「並べ直すの、たいへんですよね。でも、実害は……」
 そう言ったアタシの顔を、鮮魚担当の石川さんが睨んだ。
「あるわよ!」
「は! ご、ごめんなさい」
「パックものは並べ直すだけだけど、おさかなはたいへんなのよ! ああ! ああ! ……血圧が上がってきた!」
 石川さんはふらふら立ち上がると、トイレに消えた。

**********

ここから先は

3,485字

¥ 100

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?