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三つめの願い(再掲)

故郷の町から東京へ住民票を移すのが遅れたため、成人の日の行事に役所からの案内状は来なかった。

振袖姿、スーツ姿の若者たちが楽しげに話しながら歩いて行くのを、喫茶店の窓ごしにぼんやり眺めていた。
前に座っていた、こちらはまだ19歳の恋人が言った。
「ちょっと遅いけど、初詣に行こうか?」
「そうだな。二人では、まだ行ってなかったな」

電車に揺られて川越氷川神社に出かけた。
空は透き通るように晴れ渡っていた。

「3つずつ《願》をかける事にしようよ」
石段を上りながら私は言った。
ええいいわ、と微笑みながら、彼女は賽銭を握った。
その時の自分が何を願ったのか、もう憶えてはいない。目をあけて横を見ると、彼女はまだ目を閉じたまま、手を合わせていた。

石段の下で待っていた私は、
「なんて祈ったの?」
と尋ねた。
彼女は笑って答えなかったが、石畳を歩きながら何度も尋ねる私に、ついに根負けしたように立ち止まった。
「いいわ。じゃあ、3つめのお願いだけ教えてあげる
そしてこう続けた。
「あなたの、3つのお願いが叶いますように、って祈ったの」

── 彼女の《3つめの願い》が本当にそうだったのかどうかはともかくとして、《殺し文句》というものは、あるものである。


#創作大賞2023 #エッセイ部門

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