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忙しいときの僕の2つのライフハック

ですから、明日のことまで心配しなくてよいのです。
明日のことは明日が心配します。
苦労はその日その日に十分あります。
―――新約聖書 マタイによる福音書6章34節


▼▼▼忙しい日々▼▼▼

結構、忙しい日々が続いている。
夢にも仕事のことが出てくる。

「忙しい」とアピールするのは、
自分の無能さを宣伝しているようなものだ、
という経営者の意見を読んでから、
僕は忙しくなさそうに振る舞うことを旨としている。

みんなそれぞれ忙しいに決まってるんだから、
そのうえに「誰かが忙しい」という話しを
聞かされたくはないだろう。
だから、「いやー暇で暇で」みたいな顔をして歩くようにしている。
じっさい本当に暇なこともあるのだが笑、
実はけっこう忙しいこともある。

やせ我慢だ。
男の美学だ。
僕は岡山の漢なのだ。
かっこつけマンなのだ。

オードリーのマネージャーの岡田くんという青年の話が好きだ。
新宿歌舞伎町を歩いていて、チンピラ風のキャッチに捕まり、
行くのか行かないのか曖昧な態度をしていたらキレられた。
キレるチンピラをスマホのカメラで岡田君は撮影した。
怒りの火に油を注いだ岡田君は胸ぐらをつかまれた。
着ていたシャツのボタンが全部吹き飛び、
シャツはビリビリに破れた。
別のチンピラが路地裏から出てきて、
岡田君はそいつに顔を殴られた。
破れたシャツで岡田君は全速力でダッシュし逃げた。
ようやく歌舞伎町を抜け人通りの多い安全な場所に出て、
肩を弾ませる。
しばらくして息が落ち着いたとき、
岡田君が言った言葉。

「危なかったー」

、、、いやいやその段階は超えていると思うよ。
シャツ、ビリビリだし、
すでに殴られてるし。

これが岡田君の美学なのだ。
岡田君もまた「漢」なのだ。

僕こと岡田マネージャーは、
今けっこう忙しくて、
「危なかったー」状態である。
夢に仕事のことが出てくるのだから。
「忙しくなるところだった。
 危なかったー」

話を振り出しに戻すと、
僕より忙しい人なんて星の数ほどいますから、
あまりこういうことは言いたくないのだけど、
僕にしてはここ2週間ぐらい忙しく、
僕はかごの中のハムスターのように、
コロコロと走り回っていた。
夢の中でもコロコロするぐらいには忙しかった。
夢に仕事のことが出てくるようになると、
けっこう黄信号だと思う。
今は多分、黄信号だ。


▼▼▼目の前のことだけ考える▼▼▼


そんで、今日も今日とてコロコロしているわけだが、
こういう忙しい時っていうのは、
「目の前のことだけ考える」というのが
良いような気がするのですよね。
あと、忙しいときほどよく寝ること。

実はこの二つには共通する考え方の基盤がある。

それは意外かもしれないが、
「神への信頼」だ。

目の前のことだけ考える、
っていうのは簡単なようで難しい。
忙しいときっていうのは、
どうしても未来のことが心配になる。
「あれもこれもやって、
さらにあれもこれもやって、
で、さらにあれもこれも残ってるの!?」

これが忙しい状態である。

自分に与えられた可処分時間と、
自分の前に転がっているタスクの数と量が、
引き合う気がしない、という状態。

こういうときは、
とにかく前に進む以外ないわけだが、
今目の前の「あれもこれも」をやるときに、
未来の「あれもこれも」のことも追加で考えてると、
ただでさえ足りない脳のメモリーがそれに食われる。

「忙しい」ということは
最大パフォーマンスを出したいということだ。
パソコンで、例えば画像処理ソフトを使うときに、
最大パフォーマンスを出したいとすると、
Google Chromeだとかメールソフトだとか、
バックグラウンドで起動しているソフトウェアをすべて閉じるのが定石でしょ。
それらを全部立ち上げた上に、
さらにデータ処理データ量の多い画像処理ソフトを駆動させれば、
さすがのCorei7も能力を超え、処理落ちしてしまう。
もしくはパソコンが熱を持ってきて、
画像処理ソフトがカクカクし始める。

忙しいときに、
忙しいからという理由で未来が不安になってるのって、
画像処理ソフトに集中すべき時に、
新たに別のソフトウェアを立ち上げるようなものだと思うのですよね。
「未来を心配する」というのはそれほどに、
僕たちの脳のメモリーを食うわけです。
だから「今」だけに集中する。

「明日はどうするんだ!!!」

といきり立つ人に向かって、
イエスはこう言われた。
「明日のことは明日が心配する」と。

明日は明日の王国に属する。
今日は今日の王国に属する。

今日の自分が明日の自分を心配するのは、
越権行為なのだ。
そして、明日の王国の支配者は神だ。
だから安心して任せればよろしい。
その心配を自分がするというのは、
神の主権を盗む行為になる。

そういうこと。

言うのは簡単だが、やるのは難しい。
だからクソ忙しい世界のビジネスエリートは、
「マインドフルネス」とかやってるわけでしょ。
今だけに集中するために。

僕に言わせると、
マインドフルネス以前に、
神が神であるという世界観を知ることが、
もっと大切だと思っている。


▼▼▼よく寝ること▼▼▼


次に、忙しいときほどよく寝ることについて。
これは、吉越浩一郎さんという人が、
『気力より体力』という本に書いている。
吉越さんはトリンプインターナショナルを、
19年連続増収増益に導いた経営者だが、
その時代のこういうメールのやりとりを紹介している。

社員:「忙しくて寝る暇もありません」
吉越:「じゃあ、今日から8時間寝なさい」
社員:「社長、そうじゃないんです。
    忙しくて寝る暇がないのです」
吉越:「そうですか。
    では8時間寝なさい」

吉越さんは社長時代も、
毎日8時間寝ることと、
毎年3週間の長期休暇を取ることを自分に課し、
後に会社の管理職に最低1週間の連続休暇を義務化した。

社員の幸せのために、
ワーク・ライフ・バランスを重視しているからそうしていると、
誤解されることがあるがそれは違うと吉越さんは言う。
経営者として真剣に会社の業績のことを考えれば、
当然そうなるのだ、と。

考えてみてほしい。

毎日8時間寝た人と、
慢性の睡眠不足の人で、
どちらが良い仕事をするだろうか。

毎年1週間以上の長期休暇を取ってリフレッシュした脳みそと、
休み知らずに働き、プライベートな時間が皆無のすり切れた脳みそで、
どちらから良いアイデアが出てくるだろうか。

吉越さんは経営者として、
ライバル企業としのぎを削っている。
生半可な社員のパフォーマンスでは他に負ける。
クリエイティブな施策をどんどん試さなければ、
他社に引き離される。

だから8時間寝たし、
だから長期休暇を取ったのだ。

吉越さんは言う。
8時間寝ていない社員は、
仕事をさぼっているのと同じだ、と。

ある実験によると、
6時間睡眠を1週間続けた人に運転させると、
アルコールを飲んで運転してる人と同じぐらい、
判断力や反射速度が落ちていたそうだ。
睡眠不足運転は飲酒運転と同じぐらい危険なのだ。

仕事も同じだ。

パフォーマンスの落ちた脳みそで働く人を雇うほど、
我が社には余裕はないし、企業の生き残り競争は甘くない。
8時間寝るのはプロの証左だ、というわけだ。

日本人のひとりあたりGDPは今や台湾や韓国にも抜かれた。
労働生産性でOECD最低レベルの日本だが、
実は労働者の1週間あたりの労働時間ではトップクラスだ。
このことが何を意味しているか、
我々は真剣に考えなければならない。

「勤勉」は確かに美徳だけれど、
労働時間と生産性が比例しなくなった知識社会で、
本当に勝とうとすると吉越さんのような発想が必要なのだけど、
いまだに日本の企業の経営層は、
「高齢男性」が8割とか9割を占めている。
彼らがバリバリに働いていたときには、
労働時間と生産性はわりと比例する産業構造だったから、
きっと今の日本の状況を、
「若い奴らのガッツが足りない」とか思っているのだろう。

いや、今の30代、40代、
みんなボロぞうきんみたいに働いてるから、すでに。

死ぬよ。

マジで。

「竹槍でB-29に打ち勝つ!」
って言ってた大戦末期を思い出す。


▼▼▼イエスの眠り▼▼▼


話が大幅にそれた。
特大ファウルだ。
もっかいバッターボックスに立つ。

そう、忙しいときほど睡眠だ。

僕は忙しいときほど早く寝るようにしている。
残った仕事はどうするか?
フレッシュな脳みそで明日の朝やるんですよ。
すり切れた脳みそでやっても
どうせちょっとしか進まないから。

マルティン・ルターの言葉に、
「私は明日、
 いつもに増して忙しい。
 だから私は明日、
 いつにも増して長い時間、
 祈らなければならない」
っていうのがあるらしいんですよね。
出典は忘れちゃったけど。

普通は「忙しいから祈ってる暇はない」じゃないですか。
ルターは「忙しいからより長時間祈らなきゃ」なんですよ。

これって睡眠時間にも言えると思うわけ。

忙しいから寝てる暇はない、が普通。
忙しいからいつも以上に寝なきゃ、が吉越さん。

祈りと睡眠、
実はわりと近いところにある話だと思うのですよね。
それが「神への信頼」。
そう。
「今に集中する」のときと同じです。

「嵐静め」といわれる福音書の記事がある。

弟子たちとイエスが舟に乗って湖にこぎ出していた。
夜、暴風雨に襲われる。
弟子たちはパニックに陥る。
イエスは寝ている。
「師匠!何寝てるんですか!
 大変なことになってるんですよ!」
「もう、お前たちは相変わらず信仰が薄いなー」
眠い目をこすりながらイエスは、
舟の甲板に出て嵐を叱りつける。
そうすると嵐は静まり、
弟子たちは口をあんぐり。

みたいな話。

談志の落語で聴いてみたい話だ。
ペテロの一人称で。

「あっしね、そのとき目を疑いましたよ。
 師匠がこうやって寝てるんです。
 『師匠!師匠~!
  ……ラビー!』って、
 こうやって起こして」
「なんだお前、
 騒々しいやつだなー
 え?
 嵐?
 知ってるよ。
 これだから信仰がないってんだよお前たちは」

みたいな。

話を戻そう。

イエスはなぜ寝ていたのか。
イエスが寝ていたとき、
起きて弟子たちの信仰のなさを叱責したとき、
イエスの頭には以下の詩篇があったと僕は信じている。

詩篇3篇5~6節
私は身を横たえて眠りまた目を覚ます。
主が私を支えてくださるから。
私は幾万の民をも恐れない。彼らが私を取り囲もうとも。

新改訳聖書2017 いのちのことば社

詩篇127篇2節
あなたがたが早く起きるのも、
おそく休むのも、辛苦の糧を食べるのも、それはむなしい。
主はその愛する者には、眠っている間に、
このように備えてくださる。

前掲書

、、、イエスは神を信頼しているから寝られた。
弟子たちは神を信頼していないから寝られなかった。
「寝る」ということほどの神への信仰の表出はないと僕は思う。
アダムに相応しい助け手が与えられたのは、
アダムが寝ている間だった。
創世記には「夕があり、朝があった」とある。
一日は睡眠から始まる。
まずは神を信頼する。
だから寝られる。
必要なら寝ている間にも神が働いてくださっていると信じる。
だから忙しくてもぐっすり寝られる。
よく寝た身体で、今日だけのことに集中しながらベストを尽くす。
いっぱい残務はある。
でもそれは寝ている間に神様が何とかしてくださる。
夕があり、朝がある。
また翌日は、その日のことに集中する。
未来のことは心配しない。

これが信仰者の「忙しさ」ではないだろうか。
忙しいようで忙しくない。

こうなりたい。

こうなるのは簡単ではないことは僕だって知ってる。
だからこそこうやって書いている。

だけど、忙しいときのライフハックを紹介したかった。
それは多分信仰者だからこそのものだからだ。

1.目の前のことだけに集中する。
2.よく寝る。

その根底には神への信頼がある。
1と2は信仰の実践であり、
忙しさは信仰を働かせる訓練なのだと僕は思う。
完璧主義の人は、
いろいろ心配になって1と2ができない。
未来のことが心配だし、
夜遅くまで仕事が完璧かどうかチェックしちゃう。
しかし「完璧主義は無神論の一形態」だ。
だから、今日もやれるだけのことはやってからは、
「あとは知らん」と言って、
僕はふてぶてしく8時間、寝るのだ。

終わり。

おやすみなさい。


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参考文献および資料
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・『新約聖書 新改訳2017』 いのちのことば社
・『気力より体力』吉越浩一郎


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