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「日本一幸せあふれるまち」にミサイル部隊がくる――沖縄県・石垣島でおきていること《市議会編》

 2022年2月27日に投開票が行われた沖縄県の離島、石垣市の市長選挙で、自民・公明が推す現職の中山義隆(なかやま・よしたか)氏が4選を果たした。争点の一つは、島内への陸上自衛隊ミサイル部隊の配備計画に関する住民投票の実施。前市議会議員の砥板芳行(といた・よしゆき)氏は投票実施を掲げ、現市政を「独善的」と批判して挑んだが、及ばなかった。建設中の新駐屯地は来春には開設され、南西諸島全体の「ミサイル要塞化」は完成に近づくことになる。これらの部隊配備の意味するところは何か、万一、戦争が勃発した場合にはどんな事態になるのか、そして、島の人々の生活に大きく影響する配備問題について十分な議論は交わされているのか――。現地の状況を報告する。


1、「『事業主体』の防衛省が・・・」

 3月14日、石垣市役所3階の議場で市議会定例会が開会した。冒頭、4期目に臨む中山義隆市長が新年度の施政方針を述べた。

 新型コロナ対策でのこれまでの実績、子どもの貧困に対する施策、教育行政、農業政策、平和行政、防災体制、SDGsの取り組み・・・など。しかし、42分に及ぶ演説の中で、島の中央部、同市平得大俣(ひらえおおまた)に建設されている陸上自衛隊の新駐屯地について、市が今後どのように対応していくか、については一切触れなかった。

 翌週22日朝、市役所での就任式で幹部らを前にした挨拶ではこう述べた。「市民の皆様にご説明をし、多くの皆様からご支持、負託をいただきました公約ですので、職員の皆さん、市民の皆様と力を合わせ協働で達成していき、『日本一幸せあふれるまち石垣市』の実現に向け、邁進して参る所存でございます」

 「日本一幸せあふれる・・・」は、中山市長が掲げるキャッチフレーズだ。ここでも「自衛隊」の一語はなく、この後の市議会本会議での議員に対する挨拶も同様だった。

就任式で職員に挨拶する中山義隆市長=3月22日、石垣市役所(撮影:川端俊一)

 この日始まった市議会一般質問。野党側の長浜信夫議員が、こうした中山市長の姿勢について質した。まるで自衛隊問題を回避するようである、と。

 長浜氏「これだけ島の市民を大論争に巻き込んで、住民が分裂された。市長が責任をもって、今後どうしていくのか、の方針はあってしかるべきでは。基地建設問題は終わったかのようだ」

 これに対し、市当局は「自衛隊の施設に関する市民への説明については、『事業主体』である防衛省で行われるものであります」との答弁を繰り返すのみだった。

 一般質問2日目、井上美智子議員(共産)は自衛隊配備と市長と市民の対話について質問した。

 井上氏「中山市長は、国防、安全保障については地方自治体で住民投票をやるべきでないという立場ですが、ミサイル基地を建設するという重要案件に対して市民は意見を言ってもいいはずだし、地域住民の意見を聞くのは当たり前のことです」

 市当局「防衛省には、駐屯地の施設整備に当たっては市民の生活環境に最大限配慮し、新たな情報は事前に公表、説明するなど適切な対応を申し入れております。いずれにしても市民への説明は『事業主体』である防衛省によって行われるものであります」


 井上議員は食い下がり、市長自身による市民との対話を求める。

 井上氏「市長が住民の声を聞くのは大事。市民や4地区(駐屯地建設地周辺の開南、於茂登、嵩田、川原の各地区)住民と市長との意見交換をお願いしたい。市長に市民の思いを知っていただく。現実的に騒音もひどくなっている」

 中山市長「4地区の皆様については対話の門戸は閉ざしておりません。住民の皆さんからお声があれば、話をさせていただく。ただ、反対する団体の皆さんとはお話してない」

 井上氏「島の真ん中の広大な自然を破壊し、ミサイル基地が建設されている大きな問題ですが、施政方針では語られませんでした。事業主体は防衛省、赤土流出問題は県の管轄、市は何も答えられないという態度ですが、石垣市内で起こっていること。すべての影響は市民が被ります」

 そのうえで、ロシアによるウクライナ侵攻に触れた。「最初に攻撃されるのは軍事基地。ミサイル基地建設を、民意を確かめることなく推し進めるのは許されない。建設中止を強く求めます」

赤瓦屋根の石垣市役所新庁舎。2021年11月に開所した(撮影:川端俊一)

2、「国防は国の『専権』事項」

 一般質問最終日の25日、野党の内原英聡議員(会派ゆがふ)が、さらに追及する。

 論点のひとつが、中山市長が過去に繰り返し述べてきた「国防は国の専権事項」という議会答弁だ。

 地方自治法には「国においては国際社会における国家としての存立にかかわる事務<中略>その他の国が本来果たすべき役割を重点的に担い・・・」(第一条の二)とある。これに基づく「役割分担」で、外交や防衛などの事項は地方行政ではなく国が所管すべきものとされる。それが、駐屯地建設に関する住民投票の実施にも、市長が積極的でない理由のひとつでもある。

 これまで議会で自衛隊配備や米軍基地の問題について見解を問われると、「国民の安全保障も含めて国の『専権事項』であります。自治体の長が云々言うものではございません」(2010年12月議会)といった答弁を繰り返してきた。

 だが、「専権」を辞書で引くと、「好き勝手に権力をふるうこと。その物事を思いのままにできる権利」などとある。なので国会などでは「専管事項」と説明されることも多い。「専管」は「一手に管轄すること」だ。

 内原議員は、市議会の過去の会議録を参照し、市長が就任からの議会答弁で、国の「専権事項」という言い回しを一貫して使ってきた、と指摘。

 内原氏「国防は時の政権が好き勝手に権力をふるえるような分野ではなく、思いのまま何でもできるというものではない。『専権』と『専管』。わずか一文字の違いだが、一事が万事だと思います」

 中山市長は、2015年7月に衆院平和安全法制特別委員会で参考人として発言した際にも「国防や安全保障というのは国の『専権』事項だというふうに思っております」と述べている。内原議員はその件も取り上げ、「有事の際の住民避難について市長は重大な責任を負っている。市議会の会議録を過去にさかのぼり、すべて文言修正する必要がある」と述べた。

 中山市長は「『専権』も『専管』も両方使わせていただいております」と答えたが、議会発言を会議録で検索してみた限り、自らの言葉で「専管事項」と述べた例は見当たらない。

 「『国の専権事項』という言葉ではぐらかさず、市長は市民への説明責任を果たしていただきたい」と内原議員は求めた。

3、島民の避難計画は――

 いくつかのやり取りがあり、持ち時間は残りわずかだったが、最後の質問に対する当局の答弁が、自衛隊の問題に関して今議会での数少ない前進だったかも知れない。

 内原議員は問うた。「国民保護計画の避難実施要領のパターンはいつ公開されるのか」

 これについても少し説明が必要だ。

 2004年、有事の場合に国民を守るため、「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律」(国民保護法)が制定される。攻撃や大規模テロに際し、国民の生命財産を守るための法律で、その責務は国と各自治体が担う。同法に基づき、各自治体は「国民保護計画」を作成。有事においての国民の人権保護や情報提供、避難指示、救援などさまざまな局面での対応を記している。

 石垣市も2013年3月に「国民保護計画」を作成。下の図はそこに記載された概念図で、住民が島外へ避難する際のイメージを示している。

 「石垣市国民保護計画」より

 島内の避難施設を経て、飛行機や船で沖縄島へ向かい、そこから県外へ、という流れだが、もちろんこれだけでは、戦火の中を市民はどこへどうやって逃げればいいのか、まるでわからない。

 市によると、これとは別に着上陸やミサイル攻撃、テロ発生などを想定していくつかのパターンの「避難実施要領」を2019年から作成しているというが、それはまだ公開されていない。島外への避難は飛行機や船舶が必要で、国や県の支援も必要になるが、島内での空港や港湾までの誘導を担うのは石垣市だ。今の状態では有事が突発した場合、5万人近い市民はなんの予備知識もないまま避難しなくてはならない。県内の離島、宮古島市の国民保護計画には、学校や公園、公民館など島内の「避難施設」の一覧表が一応は添付されているが、石垣市ではそれも公表されていない。

 市の説明では、非公開の理由は、市民の避難経路や避難場所がテロや攻撃の対象になる、との懸念があるという。だが、それでは市民は「逃げ道」や「逃げ場」を普段から意識することはできない。内原議員の質問は、そこを指摘したものだった。

 質問に対し、市当局は「国民保護計画の避難実施要領のパターンについては、県内自治体の取り扱いを参考に、総合的に非公開と判断しております。しかしその後公開する自治体が増えていることから、市民への周知徹底を図るため、今後公開することを予定しております」と答弁した。

 閉会後、内原議員に聞いた。「石垣市の避難計画は実質ないに等しい」と言い切る。

 国民保護法は「国、地方公共団体・・・は、国民の保護のための措置に関する情報については、新聞、放送、インターネットその他の適切な方法により、迅速に国民に提供するよう努めなければならない」(第八条の二)と定めている。

 内原議員は「市長の裁量で非公開にしていい理由はない」。そのうえで「駐屯地は来春には開設される。ひと山超えた感はあるが、なんら問題は解決していない。これからは米軍も訓練に来るでしょう。規模拡大はさせてはならない。部隊配備はむしろ『始まり』です」と強調した。

4、ミサイル部隊の配備

 このような状況に至るまでに、石垣島では、そして国内では何が起きていたのか。その理解のため自衛隊配備問題を時系列で振り返っておきたい。

 政府が南西諸島での自衛隊強化計画を打ち出すのは2010年。中長期的視野で安全保障政策や防衛力の規模を示す、政府の「防衛計画の大綱」にそのことが盛り込まれた。民主党・菅直人政権の時だ。日本最西端の沖縄・与那国島に沿岸監視部隊を配備する計画が明らかになる。中国の軍事的台頭を受けての、いわゆる「南西シフト」の始まりだ。

 この年の2月、石垣市では4期16年続いた大濱長照氏の「革新」市政に代わって、自民・公明の推す中山義隆氏が初当選を果たした。

 同じ年、アメリカでも転機があった。軍部とつながりの深い軍事系シンクタンク「CSBA」が対中国作戦構想案「エアシー・バトル」を発表。その中で、南西諸島を含む島嶼線「第一列島線」を中国・人民解放軍への「防壁」とする内容が示される。

 これ以後、南西諸島の「ミサイル要塞化」は、中国を警戒するアメリカ軍の作戦構想と密接に関連していく。

 翌11年2月、防衛省が宮古島、石垣、与那国各市町に対し、自衛隊配備に向けた調査実施の可能性を伝えたことが明らかに。13年には、陸海空自衛隊が沖縄島南東の沖大東島で、大規模な離島奪還訓練を実施する。

 石垣市では14年の市長選で中山氏が再選される。その選挙告示日の2月23日、県紙「琉球新報」が、石垣の陸自配備予定地として島南部の新港地区と中部のサッカーパークの2か所が候補に挙がっていると報じる。これに対して、防衛省は峻烈に反応する。事実と異なるとして琉球新報社に文書で抗議するのみならず、日本新聞協会(東京)にまで「適切な報道」を申し入れるという通常考えられない措置をとったため、問題になる。

 14年8月、防衛省は鹿児島県・奄美大島の奄美市と瀬戸内町に陸自配備の方針を固め、武田良太副大臣を派遣。与那国町では15年2月、自衛隊配備の是非を問う住民投票が実施され、賛成票が多数を占める。そして奄美、宮古、石垣各島に配備される部隊が当初説明された警備部隊のみではなく、ミサイル部隊も含まれることが明らかに。石垣市では、配備に反対する市民による「石垣島への自衛隊配備を止める住民の会」が設立される。

 15年11月、若宮健嗣防衛副大臣が石垣市を訪問。沖縄県最高峰・於茂登岳ふもとの農業地帯、同市平得大俣地区に、警備部隊とともに地対艦誘導弾部隊、地対空誘導弾部隊を配備する計画を中山市長に説明して正式に打診する。敵の艦船、航空機を陸地からミサイル攻撃する部隊だ。配置される隊員の規模は500~600人。市長は、配備に反対している候補地周辺4地区(開南、於茂登、嵩田、川原)の住民と会って直接意見を聞く考えを示した。が、住民らが求める面談は行わないまま、翌16年12月、防衛省に配備に向けた手続きを容認することを伝える。

石垣市平得大俣の陸自駐屯地建設現場=2022年1月14日(撮影:川端俊一)

5、住民投票条例案は否決に

 17年5月、若宮副大臣は市長に、駐屯地の配置図面案を提示。予定地の面積は約46ヘクタール。そのうち半分の約23ヘクタールは市有地。残りの民有地の多くは、与党側の市議会議員、友寄永三氏の会社が運営するゴルフ場だった土地である。友寄議員は、選挙では幸福実現党の推薦を受けている。

 18年3月の石垣市長選は「保守」系が分裂する形になり、配備反対の「革新」候補と争うが、中山氏が三つ巴を制し、3選を果たす。同年7月、中山市長は正式に配備受け入れを表明した。

 10月、市民による「石垣市住民投票を求める会」(金城龍太郎代表)が、平得大俣地区への陸自配備計画の賛否を問う住民投票の実施を求めて署名集めを開始。条例制定を求めるのに必要な署名数は有権者の50分の1に当たる約800筆だが、会は1万筆を目標に掲げ、1カ月で有権者の3分の1を超える1万4263筆が集まった。

 しかし、翌19年2月、市議会での住民投票条例案の採決は可否同数になり、議長裁決で否決に。投票は実施されないまま、防衛省はゴルフ場だった民有地約13ヘクタールの売買・賃貸借契約を結び、3月には建設工事にとりかかった。着工を急いだのは、環境影響評価(アセスメント)を回避するねらいがあったとみられている。沖縄県の環境影響評価条例が改正され、本来であれば約3年かかるアセスの対象になるのだが、18年度中に着工すれば経過措置として適用外になるためだ。「アセス逃れ」の批判が市民から上がる。

 着工後、中山市長は配備に反対する予定地周辺の住民と面談し、同省に対しアセスの実施は求めない考えを明言する。19年3月、鹿児島県・奄美大島に陸自奄美駐屯地と瀬戸内分屯地が、沖縄県宮古島市には陸自宮古島駐屯地がそれぞれ開設された。そして20年春、石垣市は、市有地22・4ヘクタールについて防衛省と売買・賃貸契約を結ぶ。これで用地の9割以上が確保された。

 市議会では、野党の花谷史郎議員(会派ゆがふ)らが新たに議員提案の形で住民投票条例案を提出するが、それも否決されてしまう。「住民投票を求める会」は19年9月、市に対して投票実施を求め、那覇地裁に提訴する。拠り所にしたのが、「自治体の憲法」ともいわれる自治基本条例。その条文から、市長は議会を通さずに住民投票を実施できるとの解釈を根拠にするが、20年8月の一審判決で却下され、翌年、最高裁で敗訴が確定する。現在、市民が住民投票できる地位にあることの確認を求める訴訟も起こされている。

 一方、市議会与党側は、「求める会」が根拠にした自治基本条例の廃止を提案。19年12月の本会議で廃止案は否決されるものの、住民投票の根拠となる条項をそっくり削除する改正案が21年6月、与党側の賛成多数により可決されてしまう。市民の意見聴取も行わず、条例で決められた見直しに関わる手順も踏まずに「数の力」で押し切り、自治体の「最高規範」を骨抜きにした形だ。

 以上が「ミサイル要塞化」の過程で起きている事々だ。

 中山市政について、住民投票条例案を提案した花谷議員は「昨年の施政方針演説でも、自衛隊には一言も触れなかった。市長には、市有地を防衛省に売却したことで石垣市の関与は終わった、という考えがあると思う。それは評価できない」と批判する。

6、「要塞島」を防波堤に

 前々回の記事(https://note.com/shunichi_k/n/n361ad090e7cf)にも書いたが、島々へのミサイル部隊配備は住民の命と安全を守るのが第一の目的ではない。米中戦争を想定して南西諸島を防波堤にし、島内各地に移動可能な車載型ミサイルによって中国・人民解放軍の艦船、航空機を攻撃し、損害を与えるのが狙いである。万一、戦争になれば島々は当然、相手からの攻撃対象になり得る。つまり戦場になるということだ。

石垣市平得大俣の陸自駐屯地建設現場=2022年3月26日(撮影:川端俊一)

 ロシアによるウクライナ侵攻でも分かるが、戦闘で破壊されるのは軍事施設だけではない。ひとたび戦場になれば、基地も民間地も兵士も民間人も見境はなくなる。しかもこれらのミサイル部隊は島じゅうに移動・展開して攻撃を繰り返すのだ。そのような危険を伴う配備であるにも関わらず、防衛省・自衛隊に住民を守る手段はなく、地元自治体もその術は持ち合わせていない。

 それが急速に進む「南西諸島ミサイル要塞化」の実態である。

 将来にわたって島の人々の命運を左右することになるミサイル部隊配備。次回は、この問題が2月の市長選でどのように論じられたのか、を考えたい。=続く=

         川端 俊一(かわばた しゅんいち) 元新聞記者



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