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「日本一幸せあふれるまち」にミサイル部隊がくる――沖縄・石垣島でおきていること《市長選・後編》

 紆余曲折の末、旧来の「保守」勢力と、石垣初の「保・革共闘」による対決となった石垣市長選。結果は、「保守」が推す現市長の中山義隆(なかやま・よしたか)氏が、「保・革共闘」の砥板芳行(といた・よしゆき)氏に2454票差をつけ、4選を果たした。投開票日までに島で何があり、市民はどんな思いで見つめたのか。選挙戦に沸いた石垣島から、沖縄と日本の「今」を考えてみたい。結びに砥板氏のインタビューを収録する。
 

 1、 何が語られたのか

 「一部の声しか聞かない独善的な市政を終わらせ、市民のための市政をつくるのか。それが問われる選挙です。この市政が続けば石垣市が壊れてしまう」

 2022年2月20日、石垣市長選告示。候補者の砥板芳行氏は、同市真栄里の選対本部前での出発式で強い口調で現市政を批判。「世界がうらやむ石垣島。この島に生まれ、この島に来て、本当によかった。この島に住むすべての方々がそう思える石垣島。それをつくっていく政策を掲げました」と訴え、聴衆に「チェンジ市政!」の合言葉を叫んだ。

 出発式の会場では、自衛隊配備や住民投票については語られなかった。ただ一人、国会議員を代表してあいさつした伊波洋一参院議員が「今、『台湾有事戦争』という戦争が沖縄を覆おうとしているが、それに対しても私たちが市民の立場、沖縄の立場、日本の立場で声を出すことが大切。石垣を平和なまま発展させるという意思を示そうではありませんか」と述べ、島を取り巻く平和と安全保障の問題に触れた。

 この日夕、中山義隆氏の陣営は市内のホテルで総決起大会を開いた。自民党沖縄振興調査会長の小渕優子衆院議員が演説に立ち、「電話一本で中山市長とは連絡がとれる」と政権とのパイプを強調。同党の片山さつき参院議員も応援に駆けつけた。

 中山氏は、コロナ対策の取り組みや待機児童ゼロの達成など、自らの市政の実績を強調したうえで、安全保障問題について語り始めた。

 「今、尖閣の問題や自衛隊の関連で、まるで中山義隆が戦争を起こすような話をしている人がいるが、とんでもないことです。尖閣諸島はわが国固有の領土であり、石垣市の行政区域です。本来、国がもっと力を入れて守らなければならない」

 続けて自衛隊配備について語った。

 「そして自衛隊です。日本の自衛隊は専守防衛。国防、安全保障と同時に、万一の災害の時には隊員が命を賭して住民の救助、災害支援に向かってくれる。そういう自衛隊を石垣市に配備の計画があったので、様々な意見がありましたが、石垣市としては容認という立場でスタートしています」

 この場で尖閣諸島の問題に触れたのには、実は経緯がある。告示日の20日前にさかのぼる。2月1日付の八重山毎日新聞1面から引用しよう。

 中山市長、尖閣を海上視察 就任後初、市が海洋調査――
 中山義隆石垣市長が1月31日、東海大学の調査船「望星丸」(2174トン)で尖閣諸島を海上から視察した。「石垣市海洋基本計画」に基づき市が委託した海洋調査に伴うもので中山市長が赴いたのは就任後初めて、現職の地元自治体首長による視察は異例で、中国側の反発を招く可能性もある。

 一連の記事を要約すれば、中山市長は30日夕、東海大の調査船に乗り込み、石垣港を出港。31日朝から尖閣諸島の魚釣島、北小島、南小島を洋上から約3時間視察。同夕、石垣島に戻った。市職員、市議らも同乗した。洋上では、中国海警局の艦船2隻が並走したという。しかもこれらの行動は隠密裏に計画されていた。現場での衝突を懸念したためだ。

 日中両国の緊迫が続く海域であり、一民間人ではなく地元首長という公人が赴くことでさらなる緊張につながる可能性は否定できない。野党市議団は「自ら緊張関係を作り出している」と抗議。漁業者からは中国側を刺激することへの不安の声が上がり、専門家は、両国の外交努力を軽視するような行動を疑問視した。さらに、調査費を計上した補正予算案を前年の12月議会の委員会で審議した際には、「石垣SDGs推進事業」として提案し、当局からは漂着ゴミや潮流の変化などの調査と説明されたため、質問も出なかったことが分かる。野党議員や「革新」支持層の間では、中山市政に対する「独善的」の批判は改めて広がることになる。

2022年2月1日付八重山毎日新聞
2022年2月1日付八重山日報

 

 2、 中山市政の12年

 3期務めた中山氏はどのような市長なのか。市庁舎をはじめ公共施設の建て替えを実現し、第3子からの給食費無料化、待機児童ゼロなどを達成。島内への観光客数は、コロナで減少する前は就任時の倍まで増え、観光収入は向上した。また、選挙チラシのコピーは「ピンチでも中山よしたか」。コロナ禍でPCR検査機器を導入して迅速に検査結果を出せるようにし、3回目のワクチン接種率は沖縄県内11市では一番高い。「日本一幸せあふれるまち石垣市」がキャッチフレーズである。

 一方で自衛隊ミサイル部隊配備を容認。大手企業によるゴルフリゾートの建設を推進するなど企業優先と指摘される面があり、たびたび批判もされてきた。

 2010年春の市長選で初当選した後、年度初めに行った施政方針演説の原稿が他県の市長の演説をほぼ丸写ししたものだったことが判明し、市議会が調査のための特別委員会(百条委)を設置する事態になった。陸上自衛隊配備をめぐっては、駐屯地建設が計画された予定地周辺の4地区(開南、於茂登、嵩田、川原)の住民から意見を聴いて判断する考えを示しながら、2016年末、面談もせずに配備に向けた手続きを容認。地域住民からは強い怒りの声が上がった。

 2020年には同市が行政区域として管轄する尖閣諸島の字名を、従来の「登野城(とのしろ)」から、「尖閣」の2文字を付して「登野城尖閣」に変更。石垣島内にも同じ「登野城」の字があるので「行政手続きを効率化する」という理由だが、中国との関係を悪化させ、緊張を高めかねないとの指摘はこの時もあった。中山氏自身が月刊誌「Hanada」(20年9月号)のインタビュー記事で、中国側から市に抗議があったことを明らかにしている。

 選挙戦で砥板氏の陣営は、市役所新庁舎建設にからむ赤瓦の県外からの調達や建設費の増額などの問題を挙げ、「市民不在、独善的」として中山市政の長期化を批判する。これに対して、中山氏の陣営は、中央から名の知られた政治家を呼び、「中央とのパイプ」をアビールする戦法をとる。選挙戦4日目の2月23日には、ワクチン担当大臣だった河野太郎氏が応援に駆けつけて市街地で演説。石垣市でのワクチン接種が迅速に進んでいるとして中山氏の手腕をたたえ、支持を訴えた。

中山義隆氏の応援演説をする河野太郎氏=2022年2月23日、石垣市美崎町(撮影:川端俊一)

 同じ日に砥板氏も市街地で街頭演説をした。玉城デニー県政与党の県議らの応援演説に続き、砥板氏がマイクを握った。県外業者が市役所新庁舎建設の多くを担当しているとして、「一部の経済界、組織にしか耳を貸さず、市民不在、独善的な市政運営を続けていいのでしょうか」と強調。給食費無料化や医療、介護など市民生活に関する公約を訴えた。だが、ここでは自衛隊配備の問題には誰一人触れなかった。
 

 3、 有権者の思いは

 石垣の一般の市民は、この選挙の争点をどのように考えていたのか。期日前投票で市役所を訪れた有権者にそれぞれの選択の理由を聞いてみた。

 「今の市長になって行政が市民に優しくなくなったと思う。でも自衛隊は賛成」(女性30代)
 「市が観光開発に力を入れ過ぎて地元の人が住みやすい島ではなくなったような。自衛隊配備も子どもを産んでからは怖いと思うようになった」(女性40代)
 「石垣市はワクチン接種も素早い対応。自衛隊の問題は特に考えなかった」(男性40代)
 「自衛隊の問題が大きい。住民投票を求める署名が無視されている」(男性70代)
 「開発で自然環境が壊されるのは好ましくない。自衛隊は・・・ないのも困るし・・・」(男性50代)
 「友だちに頼まれて。自衛隊は考えてない」(女性50代)
 「市長は頑張っているイメージがある。自衛隊は必要」(男性30代)
 「コロナ禍で新しい人に代わっても無理。今はコロナ対策をしっかりやってほしい」(男性70代)
 「今の市長は長過ぎる。自衛隊配備に伴うゴタゴタはよくない。庁舎建設も疑問」(女性50代)

 投票に当たって自衛隊配備問題を第一の理由に挙げた人は、聞いた限りでは一人だけだ。

 沖縄タイムス社とJX通信社は、投開票日の1週間ほど前に合同で石垣市内の有権者を対象に世論調査を行った。それによると、投票に際して最も重視する政策には、「経済対策」を挙げた人が30%で最も多く、「自衛隊配備問題」は23%で2番手、「教育・福祉、子育て政策」が22%と続く。さらに自衛隊配備の是非については「賛成」が43%で、「反対」の34%、「どちらとも言えない」の24%を上回る結果となった。

 選挙の争点である自衛隊配備をめぐる住民投票の実施については、「行うべき」が43%、「必要ない」が41%で、その差はわずかだ。「経済政策」を重視する人の大半が中山氏を支持し、「自衛隊配備問題」を重視する人の大半は砥板氏を支持するという結果だった。(沖縄タイムス2022年2月22日付)

 この結果からも、自衛隊問題は市民にとって依然重要なテーマではあるものの、最重要ではなくなりつつあることが分かる。

 また、沖縄の復帰50年を前に今年5月、琉球新報社と毎日新聞社が実施した世論調査によると、沖縄への自衛隊配備の強化について、沖縄県全体で「強化すべきだ」が55%で、「強化すべきでない」の16%を大きく上回った。(琉球新報22年5月10日付)

 2月のロシアによるウクライナ侵攻の影響も考えられるが、10年前、復帰40年の際の調査では、中国に対して85%が「不安に思う」と答えながらも、不安を取り除く策については「外交努力」が65%を占め、「防衛力強化」の20%を大きく上回っていた。この10年で県民全体の意識にも変化がみられるようだ。

期日前投票に訪れた有権者=2022年2月21日、沖縄県・石垣市役所(撮影:川端俊一)

 自衛隊配備計画に関する住民投票の実施を求める「石垣市住民投票を求める会」の代表、金城龍太郎さんに、自衛隊問題に寄せる市民の思いについて尋ねた。31歳。駐屯地の建設現場のすぐ近くで農業を営む。

 「求める会」は2018年に島内の地域の代表が集い、結成された。金城さんの呼びかけで若い世代が結集し、有権者の3分の1を超える署名を集めた。だが、島の若者だれもが自衛隊の問題に強い関心を持っているわけではないという。自身を振り返ってこう語る。

 「はじめ建設予定地は家から遠い、海沿いの地域と言われていて、そのころは気にもならなかった。予定地が自宅近くになり、身近な問題になったことで運動に入っていく『入口』が開いたという面はある。それまでは『関心のない若者』の典型でした」

 住民投票のための署名集めでは、配備そのものへの賛成、反対には言及しなくてもよかった。「それも若い人が集まりやすかった理由」という。

 今回の選挙で砥板氏を推した保守系団体「島づくり会」の平良雅樹会長は、石垣島の北部地区に住む。島の中心部から離れた地域は過疎化が進み、北部では在籍する児童がいなくなり、昨年、休校になった小学校も。12年続く現市政はそうした過疎化対策を何もしてこなかったという強い不信感がある。しかし、自衛隊配備には反対ではない。むしろ、若い隊員が来ることで島の活性化や経済効果への期待もある。

 「戦争は絶対に起きない方がいいが、自衛隊がいて戦争に巻き込まれるのか、いなくて侵略されるのか、どちらの可能性が高いのかは何とも言えない」。そのうえで「保守と革新が砥板さん支持で歩み寄ったのは、とにかく今の市政を終わらせるため、というのが一番の理由。自衛隊問題は二の次三の次」と言い切る。

 同じ候補を支える団体の間でも、自衛隊配備の是非に関しては考え方に開きがある。それぞれの団体と政策協定を結んだ砥板氏の政治姿勢は整合性がとれるのだろうか。

 砥板氏を支えた市民団体「『チェンジ市政』石垣市民の会」共同代表、嶺井善(まさる)さんは、こう説明する。

 「建設はすでに進んでいる。ここまで来たものを市長が代わったからといって工事を止めて撤去できるのか、という声は地域にもある。どんな人が市長になっても止められないよ」

 たとえ住民投票が実施され、現在の配備計画への反対が多かったにしても、市長の力で工事を止めることは困難。ただ市長が代われば、建設に重大な法的瑕疵があった場合に工事停止を求めることも可能かも知れない。実際、地元の人には、工事が県条例に違反していると思われるようなことも目につくという。

 ここまで来てしまった以上、配備そのものへの賛否を超えて住民の意思を明確に表明するために、砥板氏の公約である「住民投票の実施」で、保守・革新が結集する以外になかったということになる。

 4、 得票数の意味

 2月27日、投開票。午後10時前に地元テレビ局が中山氏に当確をうつ。中山氏の1万4761票に対し、砥板氏は1万2307票。前回選挙の「革新」宮良操氏9526票と「反市長派保守」砂川利勝氏4872票の合計には、2千票ほど届かなかった。

 一方、中山氏の得票は前回よりも900票ほど上回った。投票率が約3ポイント下がったにもかかわらず、である。

 なぜこのような得票になったのか。革新系会派「ゆがふ」の花谷史郎市議は「単純な話ではないか」と言う。前回選挙で中山市長に対抗して出馬した砂川氏の「保守」票は、砂川氏本人が出なければ目減りは避けられない。その票の流れる先は「保守」の中山氏へ、と考えるのが自然というわけだ。中山氏の得票増もそれで説明はつく。

 また、砥板氏のこれまでの政治姿勢を考えれば、本来の「革新」票も取り切れなかった可能性は否定できない。今回、無効票が333票で2010年からの市長選では唯一300票を上回った。いずれの候補も支持しなかった前津究(きわむ)市議は「白票を投じた革新支持者が多かったのでは」とみる。「革新」側が目論んだ「足し算」の通りには、有権者は動かなかったということになる。

 もう一点、中山氏が1月末に挙行した尖閣視察について有権者はどう考えたのだろう。結果を見る限り、マイナスに作用したとは考えにくい。批判されて票を減らすことは想定されるが、今回はむしろ逆に票を増やしたとは考えられないか。花谷市議は「それもあり得ると思う」。

 ロシアによるウクライナ侵攻が始まったのは、選挙戦最終盤の2月24日だった。世界的に「右傾化」が広がるなか、国境を抱える石垣市では「国防論が強調され、浮き彫りになってくる面はある」と花谷市議。全国規模、世界規模のうねりが、沖縄・八重山諸島という地域で、より見えやすい形になって現れているとは言えないだろうか。

 5、新しい政治の「うねり」に

 選挙の1カ月後、砥板氏に話を聞いた。「一問一答」で記しておきたい。

記者団の質問に答える砥板芳行氏=2022年2月27日、石垣市真栄里(撮影:川端俊一)

 ――中山市長と決別した最大の理由は?

 市役所新庁舎の建設と赤瓦の問題が決定的だが、それ以前から、独善的で議会もないがしろにする市政運営が続いていると思っていました。長期政権を批判して市長になり、自分で「権不十年」と言いながら、それを翻して自ら長期政権に向かっていく。その弊害が見えていた。二元代表制である以上、議会との協調は必要だが、多数与党の「数」を利用して物事を進めようとする市政には危険性を感じました。1期目は、市長をたしなめる先輩議員もいたが、2期目、3期目になると、そういう人もいなくなり、行政も議会も意のままに操ろうとするところがありました。

 ――出馬表明の直前にも新聞記事で中国脅威論と自衛隊配備賛成の意見を述べておられる。そのお考えは今も変わりませんか?

 そうですね。中国の覇権主義的な脅威が増しているのは間違いない。石垣市の行政区域である尖閣諸島での中国の主張や活動が年々エスカレートしている現実は受け止めなくては。それに対する一定の抑止は必要という考え方は変わらない。

 市長候補の立場になり、革新系、リベラルの方々との意見交換の中では、私のこれまでの政治活動に対して厳しい指摘も受けたが、私には「国民の理解を超える国防はつくれない」という思いが以前からあった。自衛隊に関しても市民の理解を得られない配備はあってはならない。平得大俣への配備の発端から着工に至るまでを見ているなかで、なぜあの場所に陸自駐屯地ができるのか、なぜそういう計画になったのか、について周辺地区のみなさんが納得できる説明はなかった。私は推進側ではあったが、なぜあの場所なのかについての明確な説明はありません。防衛局が着工を強行した面は否めない。不安に思っている市民に説明はするべきだった。

 駐屯地用地の半分に当たる市有地を提供した石垣市にも連帯責任が生じるが、中山市長は「国防は国の専権事項」と言って明確な説明を避けていた。私は「住民合意のない自衛隊配備には反対」という立場。島を二分したにもかかわらず、こういう配備の進め方を見過ごしていたら、今後、在日米軍、海兵隊の先島地区への一時駐屯や共同訓練などがなし崩し的に行われてしまう。言われるがまま、一方的に「防人の島」にされてしまう。それでは市民感情が耐えられない。

 ――陸自ミサイル部隊の配備により、戦争になれば石垣島は相手の標的にされると考えますか?

 その危険性はあると思います。ロシアのウクライナ侵攻を見ても、意図的に軍事施設を狙ってくるわけですから。野党候補として擁立される過程で、配備に反対する方々との話し合いでも、それが大きな部分を占めていました。そこで言っていたのは、平時にいきなりミサイルが飛んでくることはあり得ないが、武力衝突に至るまでにいろんな兆候があり、さまざまな段階がある。国民保護計画や武力衝突での島民の避難をどう考えているかを問われたが、武力衝突が起きる可能性が出てきた段階での国や石垣市の対策は検討しておく必要がある、と常に言っていました。

 ――立候補に当たって自衛隊配備計画に関する住民投票の実施を公約にされたが、当初は反対だった。その理由は?

 住民投票が提起された当時は、駐屯地着工に向けての最終段階だった。私は当時も今も、一定の抑止力としての駐屯地は必要という考えですが、住民投票の運動が駐屯地工事を阻止するという意味合いが強いと感じていた。工事反対のための住民投票だろうととらえて、当時は反対しました。その後、着工され来年には開設されるという段階に来ているが、駐屯地周辺で反対をしていたみなさんには憤りや、駐屯地ができてからの不安がある。候補者になり、厳しいこともいわれたが、地域の方々にはあきらめ感はあるものの、将来に対する不安は持っておられた。しかも、ちゃんとした説明を受けてない。この小さな島を二分して、わだかまりを残したままでいいのか、という思いは常にありましたし、反対する地元の方々の表情は目に焼き付いていました。

 中山市長は反対する地区住民との面会も拒んできた。地域の方々を置いてきぼりにして反対運動がなかったかのように駐屯地ができて、それで終わらせようとしている。置いていかれた地域の思いがわだかまりとなって続いていく。住民投票実施で少しでもわだかまりが解けて、将来への不安が少しでも解消できるのであれば、駐屯地計画が浮上してからの進め方、沖縄防衛局や市の対応が適切だったのか、を「検証する」という意味の住民投票があってもいいと思う。

 

石垣市内に貼られた市長選のポスター

 ――もし住民投票を実施したら、賛否どのような結果が出ると思いますか?

 拮抗すると思います。もちろん結果を尊重すると言いましたが、実施するまでの過程で様々な議論がなされることが重要だと思っていました。賛成、反対それぞれの方々が意見を述べ、メディアも注目して、様々な意見を拾い上げていく。結果ではなく過程が重要になる、と。今年は大きな選挙が続く。「国防は国の専権事項」というなら、参院選に合わせて住民投票を実施してもいい。私は、国防やエネルギー政策のような国全体に関わることは一地域の住民投票にはかるのはそぐわない、と考えていましたが、すでに着工され、来年には開設される。わだかまりを残した地域の問題として、「検証」の意味で行われる住民投票であれば、9月の市議選に合わせてやってもいい。議員発議による住民投票は模索したいと思います。

 ――過去の政治姿勢から今のように変わったことの意味が、選挙戦で有権者に理解されたでしょうか?

 時間が足りなかったと思いますね。野党の一本化ができた時は告示まで1カ月を切っていた。なぜ私がこのような考えに至ったのか、を有権者にしっかり説明するだけの時間はまったく足りなかったと思っています。さまざまなレッテル貼りをされたが、一つ一つ説明するのは不可能に近い状態でした。

 ――選挙結果についてはどう思いますか?

 非常に短い期間で善戦はできたと思います。「保・革共闘」ということよりも、さまざまな意見を持った者同士で新しい政治の形にチャレンジをした「うねり」というものが、これからもっと大きくなるのでは。そういう可能性を秘めた結果だと思います。中山さんの陣営は従来通りの自民・公明という政党を中心とした組織戦でしたが、我々はいずれの政党の支援も受けなかった。政党やイデオロギーにとらわれない、市民が作り上げた選挙態勢であそこまで善戦できたのは歴史に残る市長選だったと思います。

 ――石垣市に自衛隊が配置されると、市民が選挙結果によって政府の政策に抗するのは難しくなる。でも、いろんな問題はこれから出てくるはず。御自身の今後の活動も含めて、どうお考えですか?

 今回1万2千余の票をいただいた。その中には新しい政治への期待感の票があると思います。多くの市民の可能性への思いはしっかり継続できる活動は続けていきたい。千人近い自衛官、家族の方々が市民になるが、自衛官の知り合いは多いし、考え方も見てきた。自衛隊票で選挙結果は左右されるだろうと思う半面、宮古島市では駐屯地ができた後に市政交代が起きている。自衛官の方もそれぞれ政治に対する思いは持っている。市民としてしっかり向き合っていかなければ、と思っています。

 6、「東京目線」で・・・

 インタビューの後、砥板氏は「余談ですが」と言って、次のような話を続けた。

 昨年末、記者会見で市長選への出馬を宣言した後、ある著名な人物から電話があった。保守の論客として言論界で活躍するその人とは、これまでも連絡を取り合い、様々な活動をともにしてきた。だがその電話で、現職市長への対抗馬となることを手厳しく批判されたという。砥板氏が「国防、安全保障も重要ですが、今の市政では石垣市はよくない方向へ行く。これではいけないとの思いで出馬表明しました」と答えると、その人は、地方自治は大切かも知れないが、それ以上に石垣市が国の安全保障に果たす役割の方が大きい――という趣旨のことを言ったのだという。

 「その時、吹っ切れたというか。やはり『東京目線』『中央目線』でしか、この島を見てないのだな、と。多少のことは目をつむって国防のために『防人の島』として存在しなくてはいけないんだよ、という意味の言葉に、吹っ切れました」

 もう話すことはない、と絶縁通告までされたが、寂しさなどは少しも感じなかったという。

 市長選をめぐる砥板氏の評価はさまざまだろう。ただ、ひとつ言えるのは、沖縄の政治家の「立ち位置」を考えるとき、「保守」「革新」とは別に、もうひとつ、「愛郷」精神の強さが指標として存在するように思う。保革を問わず、「愛郷主義者」であるならば、「本土」政府の言いなりになることなどできない。いかなる条件を並べられても、譲れないことはある。かつての「革新」知事、故・大田昌秀氏、その大田県政と敵対していた「保守」の故・翁長雄志氏はその典型であり、ともに沖縄の政治家として日本政府と峻烈に対峙したことは一致する。

陸上自衛隊駐屯地の建設現場=2022年2月21日、沖縄県石垣市平得大俣(撮影:川端俊一)

 万一、日本がアメリカと中国の戦争に関与することになれば、「要塞化」された南西諸島が戦場になる可能性は決して低くない。しかし、大戦時の沖縄戦のように、島々が日本の国防の「捨て石」にされるようなことは絶対にあってはならない。

 これからの沖縄政界での相克は、「保守」か「革新」か、よりも「愛郷主義者」としていかに強靭であるか、が問われるように思う。そして有権者は自らの思いを省みつつ政治家を見定める。そうなったとき、沖縄の「愛郷主義」に対する国家の暴圧が、これまで以上に強まっていくことが懸念される。

 南西諸島の「ミサイル要塞化」が進む中、来春には石垣島の陸自駐屯地が開設される。島を取り巻く軍事と平和の様々な問題が、そこから始まることになる。沖縄の人々とその民意を担う政治家に「愛郷」の覚悟が問われようとしている。同時にそれは「本土」のわれわれが、ずっと前から問われ続けていることでもある。

         川端 俊一(かわばた しゅんいち) 元新聞記者

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