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黒猫様のお楽しみ vol.8

〈人、入院〉
 ちょっとした病気が見つかり、入院、手術をすることになった。猫じゃないよ、私がね。
 入院は一週間から十日の予定。となると問題は、留守中のフラットのこと。
 さてどうする?
 ペットホテル? いや、きっと怖がるだろうな。
 猫飼いの姉か友人にきてもらう? でも、それだと夜はひとりだよね? 夜中、私がいても鳴きまくるのに、誰もいない部屋で鳴いているフラットを想像するだけで胸が痛くなる。無理。
 でも、それならどうすればいい? 姉の家に預かってもらう? いや、姉が応じてくれたとしても、向こうの猫さんは女王様で強いし、お互いけっこうなストレスになるかも。
 どうしたらいい?
 悩んでいたら、母がきてくれることになった。それも、住み込みで! 理想的な対応に、感謝感激大安心。姿が見られないと寂しいので、ウェブカメラまで設置して、いざ、私はフラットとしばしのお別れとなったのでした。
「戻ってくるからね。長くても十日で戻ってくるからね。いい子にしててね」
 よくよく言って聞かせたんだけども、わかってくれたかなあ。捨てられたとか思わないかなあ。家が同じならそうは思わないか?
 とにかく、帰ってくるからね! 絶対帰ってくるからね! フラグじゃないよ!

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〈人、入院中〉
 入院に際して、私は万全の準備をした。即ち、Wi-Fiルータのレンタル、携帯ゲーム機、Kindle、ノートPCなどなど。もともとインドア派であるから、これだけあれば入院生活は快適なはずだ。
 猫がいないことを除けば。
 ええ、猫がいないことを除けばね!
 口を開けば「猫に会いたい」と呟き続ける私。ウェブカメラで姿を追うも、こっちを見てはくれないし、声をかけても無反応。寂しいよう、フラットー。
 母の姿も当然、カメラには写る。初めの頃は猫と距離のあった母だが、一週間も経つと……フラットが母に寄り添うようにして……くうう!
 何で母親に嫉妬せねばならん!?
 感謝こそすれ、妬むなどとんでもないのに。とんでもないけど。でも、嫉妬する! フラットー! 私を忘れちゃやだよー!?

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〈人、退院〉
 入院前は、「順調なら一週間で退院できるかも」と言われてたのだけれど、「やっぱり予定通り十日間にしましょう」と先生に言われ、私は切った腹を押さえてぐぬぬとなっていた。
 会いたい。カメラで見ていたことで安心はできているけど。会いたい。もふりたい。十日間で溜まりまくった気持ちを胸に、私はついに十日ぶりの帰宅を果たした。
「フラットー! ただいまー!」
 甘えんぼのフラットのことだ。久しぶりの私を見て、さぞ喜んでくれ……くれる……はず……あれ……?
 ちらっとこちらを見る。寄ってこない。
 あれ、病院の匂いとかするのかな。消毒薬とかそういう。
 と、とりあえず落ち着こう。まだ体力も全然戻ってないし、立ってるのもしんどい。フラットだって、戸惑っているのかも。
 最低限の片付けをし、座って母にお茶を入れてもらったりしている間、しかしフラットは全然私のところにやってこない。少し距離を取って、まるで知らない人を見るかのようにするのだ。
「私のこと、忘れ、ちゃった……?」
「そんなわけないでしょ」
 と、母はあっさり一蹴する。この頃、フラットと暮らしてもう数年が経っていた。十日で忘れやしないでしょ、と言うのであったが、それでも目も合わせてくれないなんて。
 フラットは、まるで私がいないかのように振る舞う。
 母が台所に行くと、母について行く。やっぱり私は、忘れられてしまったんじゃないか……?
 そんなわけない、と繰り返して、母はそれじゃまたねと帰って行った。ありがとう、本当にありがとう。フラットと一緒にいてくれたおかげで、何の心配もありませんでした。
 そう、心配はなかった。
 こんな……無反応が返ってくるなんて思ってなかったからね……。
「フ、フラットさん?」
 つーん。
「あの……」
 つーん。
 そこで私は、はっと気づいた。
 これ、「無視」だ。
 つまり彼は、意図的に私を無視して、そしておそらく、こう言っている。
「は? 勝手に長いこと留守にしといて、急に帰ってきて。は? 何なの? 何でいなかったわけ?」
「い……言ったじゃん! 十日間入院するって! 必ず帰ってくるからねって、言ったじゃん!」
 叫んでもむなしい。なんとなーく気持ちが通じるような感じがしていても、さすがに言葉が完全に通じるわけではないのだ。わかっている。そんなこと、わかってますけどね。
 この「無視」は、その後、一日くらいでなくなり、私は許されました。
 あー、つらかったな! 手術後の痛みよりつらかったですよ、フラットさん!

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