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一箱古本市へ

先日、台風が近づいているなか、『こうふのまちの一箱古本市』に出店してきました。早朝から大雨が続いていたけれど、搬入の頃には小雨になって、お昼には晴れ間も見えるような天候に。一日中雨予報だったのにもかかわらず、過ごしやすい天気に恵まれました。寂れたアーケードもその日は多くの人で賑わいを見せ、老若男女問わず様々な人が本を手に取り、言葉を交わして笑顔になるその光景が、僕には和やかに映りました。

本を好きな人が集まって、本の話をする。ただそれだけのことが、いままで「本と自分」という閉じた関係性を大きく広げてくれるように感じます。本の紹介をして共感を得たりすることは様々な媒体でありますが、対面できちんと本を手にとって話をするというのは、とても難しいこと。本が好きな気持ちを素直に表現していい場所であり、「本が好き」という、ひとつのベールを予め共有して人と対峙できるようになるのです。

街中を歩いていても、本が好きなのかどうかを知ることはありませんが、古本市ではどの人をとっても、本が好きなのだということがわかります。刺青のしているいかついお兄さんも、真剣な眼差しで庄野さんの「シェリー酒と楓の葉」を見つめていました。本というひとつのきっかけがその人の内面を映し出し、普段には現れることのない成熟した一面を表してくれるように思います。そうしたなか、出展者として椅子に座って本を読んでいるだけでも、居心地のよい空間がそこにはあるように感じました。

出展者は約40名ほど。家に余った要らない本などを持ってきている人も多く、漫画や雑誌が並んでいたり、民芸書籍や文庫小説に特化している方も。僕は「古本市と言えばこういう本だろう」という安直な考えから家にあった古本を持って行ったけれど、結果的にかなり個性的であったように思いました。(けど、売れたのはわりにカジュアルな本でした)

逆に言えば刺さる人には刺さってくれたようで、本好きの方には楽しんで貰えたのではないかと思っています。また、お客さんと話をしているうち、山梨県民の本需要が確かにあることを知れて嬉しかったです。(山梨って本屋が本当に少ない)お客さんのなかには若い女性客も多く、意外にも本について語ることができたのも嬉しかった。自分の好きな本ばかり並べているので、ぱらぱらとめくって貰えるだけでも嬉しいもの。学生さんですかと尋ねられたときは思わず笑ってしまって、もうすぐ30歳になることは口が裂けても言えませんでした。


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とても楽しい1日でした。隣に座っていた人が知り合いで、チェス盤を持ってきていたので最後の方はチェスに興じることに。街中の公園で将棋を指すおじいさんになったような感覚です。昔将棋にハマったことがあって、最近チェスと麻雀を覚えたので、だいたい何でも遊べるようになりました。持って行った本は50冊ほど。売れたのはそのうち半分ほどでした。せっかくなので、旅立った本たちを紹介してみようと思います。

・山の独奏曲
・雨あがりの朝

串田さん好きな人が多かった。山にまつわる本が好きなのは、やっぱりアルプスの山々が身近にある地域だからなのかもしれない。山梨や長野に来てから、串田さんが好きな人に会うことが多くて嬉しい。

・シェリー酒と楓の葉
・小えびの群れ
・ワシントンのうた

庄野さんの本がとても売れた。庄野さん好きの人が多くて嬉しかった。小沼丹さんなど同じ年代で活躍した著者の本なども、もっと持っていけばよかったと思う。庄野さんに興味を持たれた方は「山の上の家」という作家案内のような書籍がまずはおすすめ。

・人生論手帖
大阪のLVDB BOOKSさんで手にとった本。回り回って山梨の人の手に巡って行った。そうした巡り合わせも、古本市のいいところ。

・見たことのない普通のたてものを求めて
個人的にとても好きで、宇野さんの建築に対する哲学や愛情を尊敬するきっかけになった一冊。もっと多くの人に布教していきたいし、手にとって貰えただけで嬉しかった。

・青ひげ
カート・ヴォネガット著書の名作。友達のおすすめで手にとったような、どこかの書店員さんのおすすめで手にとったような、、、。

・山の声
辻まことさん好きの人も多かった。経歴含めてとても面白い人で、そんな話もお客さんとできてびっくりした。「辻まことの世界」「続・辻まことの世界」も持って行ったのだけど、これは売れなかった。

・お菓子とビール
サマセット・モームの著書。「月と六ペンス」が有名だけど、こっちも隠れた名作。名前がいい。

・ひさしぶりの海苔弁
平松洋子さんの食エッセイ。食エッセイに一時期ハマって、いろいろ買い漁っていたときに出会った一冊。

・しししし
双子のライオン堂さんから刊行されている文芸誌。サリンジャーに熱中していたころに購入した。そうした経緯もあって、以前フラニーとズーイーについての書評を書いたことがある。

・ケの美
茶道、音楽、建築、料理など、さまざまな専門的な視座を持って、日常に潜む美しさとは何かについて語る一冊。『ケの美展』をきっかけに制作されたもので、それぞれの語る日常の美しさとは何かを一緒に考えることができて面白い。僕の本職はバリスタだから、自分の視点からだとどう捉えるかをよく考えていた。

・美しいこと
赤木さんの本が好きで、よく読んでいた。こちらも同じように美しさとは何かという問いについて考える一冊。美しさという話をするとき、いつも長田弘さんの「世界はうつくしいと」という書籍の一節を思い出す。

うつくしいものの話をしよう。
いつからだろう。ふと気がつくと、
うつくしいということばを、ためらわず
口にすることを、誰もしなくなった。
そうしてわたしたちの会話は貧しくなった。
うつくしいものをうつくしいと言おう。

美しいという言葉は、とても文学的であると思う。美しいと形容する表現は幅広く、そこに美しさを見出したのであれば、たちまち世界は一変して新しい見方を与えてくれる。散っていく花、鶏の死体、殴り合いの喧嘩、月、廃墟ビル。どれをとっても、それらを美しいと形容すれば一変してイメージががらりと変わる。言葉の上で新しい世界への結びつきが生まれたとき、そこに文学の萌芽があるように最近思う。つまり、美しいという言葉は文学の萌芽を生みやすいのではないかと考える。

・風の便り
太宰の門下生であった小山清さんの書籍。小山さんは生前、太宰に愛されていたようだ。晩年には失語症に見舞われ、世に出回っている作品は少ないらしい。そうしたなかから、この本は彼の随筆を集めた一冊なのだ。夏葉社さんの書籍が好きだという方に手にとってもらった。それだったら、家にある本をもっと持ってきて話をしたかったと思う。次回はもう少し新しい本も持って行こう。

・つち式
東千茅さんの書籍。彼の人類堆肥化計画という書籍から活動を知り、その書籍が生まれるきっかけのように感じるこのリトルプレスもお気に入り。「二〇二〇」は読み物としての面白さがあって、「二〇一七」の方が日常と思想が結びついているような気がして個人的には後者が好みだった。

・ここで唐揚げ弁当を食べないでください
このイベント中で一番手にとってもらえた。山梨で買える書店がないらしく、5冊くらいは手にとって貰えたように思う。おやつみたいに読み始めると手が止まらなくなって、さくっと読めてしまうから面白い。僕がおすすめしないでも既にたくさんの人に読まれていると思うけれど、とってもおすすめです。

・石原弦詩集「聲」
あさやけ出版さんから刊行した詩集。静かな佇まいのなかにある美しさは、この詩集ならではの魅力だと思う。家にあるだけで静謐な空間が生まれ、飾っておくだけでもいい。そして頁をめくってみても、すごくいい。詩集は好きで読む方なのだけど、心が揺れるような文章に出会うことはあまりない。少ない言葉と余白のなかに、いくつもの情景を思い描ける詩集というのも珍しいので、ぜひたくさんの人に読んでもらいたい一冊。著者の石原弦さんは20年間養豚牧場で働いていたそうだ。そこで感じた景色は、その人にしか描けないものだと思う。


足を運んでくれた人がいるかわからないけれど、本当にありがとうございました。大切に読んでいただけると嬉しいです。また次は10月29日(土)に、作家さんを招いたトークイベントを行います。僕も話をするので緊張しますが、またどこかで告知します。


ここまで読んでくださってありがとうございます。 楽しんでいただけたなら、とても嬉しいです。