スマホ越しに見るひとの顔

 SNSでホラーを見た。ことの始まりは、今日で職場(某ファッションブランド)を退職するという女性のInstagram投稿。たまたまおすすめに上がってきていたので気になって開くと、退職する女性(Aさんとする)が「きょうで卒業しまぁす、みなさんありがとうございましたぁ!」と最後の挨拶を元気にしていた。顔が皺々になるほどの人懐っこい笑顔。しんみりさせないよう、おどけるような言い方はきっと彼女のキャラクターだろう。なのに、オフィスの社員誰も立ち上がらず、見送らず、駆け寄らず、何も言わず、拍手などもせず、椅子に座ったままAさんを見つめ、スマホのカメラを向けている。誰も駆け寄ったり声をかけたりせんのかいな、と突っ込みたくなるくらい異様な光景。一応、みんな笑ってはいるから好意的な様子はたしかなのだけど、何かが起こる瞬間をカメラに収めようと皆、待ち構えるようにスマホを向ける。Aさんはカメラを気にしてか、ちょっと大げさに泣き始める。Aさん「ありがとう〜」的なことを二言三言言った後、会社の代表と思われる女性(Bさんとする)が椅子に座ったままプレゼントを手渡す。Aさん受け取ってさらに泣く。やっとここでBさんが立ち上がり、Aさんの隣に並ぶ。周囲の社員は笑顔でカメラを向けたまま。両者、きれいで感傷的な涙を流す。Bさんが「Aさんがいてくれたから……」みたいな話をはじめる。その間も座ったままスマホのカメラだけを、泣いているAさんとBさんに向け続けていた。
 記録にとらわれすぎている、と思った。もちろんコロナ禍ということもあり、必要以上に抱き合ったりディスタンスを保てないような行動を謹んでいるのあると思うが、それでも怖かった。今日退職するそのひとの顔を、スマホ越しに見るだけでほんとうにいいのだろうか。Aさんは、半年や一ヶ月など短期間ではなく、決して短くはない期間勤めていたというのだから、さらによくわからなくなった。
 でも、Aさんはその動画を後日Instagramにアップした。だからこそ、私のような関係のない人間も、Aさんの退職日当日のその光景を目にすることができた。あの場の誰かが動画を撮ってくれていたおかげで、〈Aさんが惜しまれながら退職をした〉というメッセージを受け取った。
 コロナになる前から何でもかんでも動画を撮るひとが苦手だった。特に、左手でビールジョッキ、右手でスマホを持って乾杯する瞬間の動画は撮っている人が。「かんぱ〜い」という威勢いい音頭とともに5〜6個のビールグラスがぶつかり合う音。〈がやがや〉と表現される何人かが同時にしゃべった音声。また、その動画には、撮影者以外にも“左手ビール右手スマホ”の人間が必ずと言っていいほど写り込んでいる。みんな動画のアングルを気にして、スマホ越しにしか「乾杯」できてない。とてつもなく怖い。
 〈見られ方〉は誰にだって大事だと思う。いわゆる見られる職業の芸能人やインフルエンサーに限らず、例えば恋人とデートするときとかにも〈どう見られたいか〉は発生する。どう見られたいかなんて、SNSがやって来るまえからある概念だ。清潔感ある人? モテそうな人? 仕事ができそうな人? 「前髪を作らないほうが聡明」「高級時計をつければ稼いでいるひとっぽく見える」「同じ構図の写真をアップしてるからマメなイメージがある」など、いろいろやり方はあるし。前述のAさんは、〈惜しまれて引退した愛されているわたし〉に見えたし、乾杯動画を撮ってストーリーズにアップするひとは〈お酒だいすき&おともだちいっぱいのぼく〉なんだと思う。(ちなみに今のわたしは実家義実家ともにあまり親戚付き合いをしたくないので〈忙しいひと〉に見られたい)
 別に、見られ方をブランディングする人を否定したいわけではない。ただ、その中でも、特別わざとらしいものが溜まった巣窟がInstagramだなあと最近特に感じていて、だから私はInstagramが苦手なんだなと思う。たとえ真実だったとしても、リアルでつながっている友達や家族だったとしても、SNSには嘘くさく見えてしまうようなものが転がっていて、いちいち感情を揺り動かされるのに疲れて、リア垢のInstagramはやめてしまった。つながりは、ときに人の感情を殺す。
 大学の友達がすごく高い服を買ってたり、子供がいる地元の友達がかわいいお子ショットをアップしていたり。友達だけじゃなくて芸能人の番組やドラマの告知も。容赦なく広告して物欲を刺激してくるファッションやコスメブランドにも。そういう欲望を揺さぶられる壁打ちに耐えられて、良いところだけを吸収して、ときにはスルーできる、という人には向いているんだろう。
 選ぶ自由はある。私はスマホ越しにはひとの顔を見たくないだけ。だいじな瞬間ほど、そのひとの顔や風景を自分の目だけで見たい。
 あと、この場を借りて、noteでいつもいいねしてくれる方、Twitterのフォロワーさん、みなさんゆるくつながってくれていてありがとうございます。すごく、すごくわたしにとって心地良いです。

今度一人暮らしするタイミングがあったら猫を飼いますね!!