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出版記念イベント#3 〜withコロナのゲストハウス これからどうまちと関わっていくのか〜

オーナーの渡邊が2019年の初夢で書籍を出版するという夢を見てからおよそ3年。ついに宿場JAPANとしては初となる書籍『ゲストハウスがまちを変える』の発売が実現いたしました!
今回はその出版記念に際して、著者の渡邊と、様々な分野でご活躍される豪華ゲストスピーカー4名と共著頂いたfootprints編集長 前田有佳利さんをお招きし、3回にわたりオンライントークイベント開催しました。


イベントの最終回に行われたトークテーマは、「withコロナのゲストハウス これからどうまちと関わっていくのか」。

 コロナウイルスによる経済的な打撃を直に受けた宿泊産業。2020東京オリンピックに向け、さらなる外国人観光客の誘致事業に力を入れていた宿場JAPANも大きな痛手を負いました。この2年間苦しい状況が続いていますが、世の中の変化にも柔軟に対応していきながら今日に至るまで休むことなく営業を続けています。緊急事態宣言や、まんえん防止措置解除後は、休業していた宿の再会の動きが見られるようになりましたが、その一方で、経営困難な状況の中、京都をはじめとする宿の過剰供給地域では、1年も持たずに潰れてしまうところが多く見受けられました。

 今回は、「一般社団法人まちやど協会」を立ち上げ、「まち全体を一つの宿に見立てる」というコンセプトでホテル「hanare」をはじめ、7拠点もの建築設計から運営までを自身で行いながら事業を通して観光まちづくりに取り組む、株式会社HAGI STUDIO 代表取締役の宮崎 晃吉氏をお招きして対談を行いました。コロナ禍の観光という、新たな局面を迎えている時代に、どのような取り組みを行いながら、この期間を乗り越えてきたのか。コロナ前から地道に築きあげてきた地域や、人との繋がりが今にどう活かされてきたのか。コロナ禍だからこそ考えていきたい、宿や地域の持続可能性や、今後どのようにまちと関わっていくべきなのかを宮崎さんにお伺いしました。

 モデレーターには、書籍の共著者であり、日本全国200軒以上のゲストハウスを巡りながら、「footprint」のサイトにてゲストハウスの紹介マガジンを運営する、フリーライターの前田有佳利さんが務めました。


宿がまちにある断片を繋ぎ合わせ、一つの宿泊体験を作り出す

ーまず、株式会社HAGI STUDIOではどのような事業や取り組みを行っているのか、そして現在の事業の拠点である谷中エリアで活動を始めたきっかけについても教えてください。

 私たちは東京の台東区にある谷中エリアを拠点に、デザインや建設設計をはじめ、宿泊施設事業「hanare」の運営や、カフェやパン屋などの飲食店事業、「暮らしと学びを近づける」というコンセプトで、いろんな人の好奇心を持ち寄る場の提供を行う、「KLASS」という教育事業、その他、イベントの企画・運営や、コンサルティングなど、幅広くさまざまな事業を展開しています。

 谷中エリアで事業を起こした最初のきっかけは、現在の築60年の木造アパートを改修した「HAGISO」という、最小文化複合施設がある建物の解体の話が持ち上がったことから始まりました。私が学生時代に仲間とともにシェアハウスをしていたこのアパートは、2000年頃から空き家になり、東日本大震災を期に取り壊して駐車場に改修することが決まっていました。その解体前に最後の記念として、入居者や元入居者、萩荘に携わった方を集めて開催したのが「ハギエンナーレ」というアートイベントでした。私を含め20人ぐらいで始めた短期間のイベントでしたが、3週間で約1500人もの方が訪れてくださり、それを見た大家さんが「愛されている建物だから何かに活用しよう」と取り壊しの意向を変えてくれました。その後、私の方で提案やディレクションを行う形で一緒に費用を出し合って修理を行い、現在はその建物をまるごとお借りして、1階にカフェ・ギャラリー・レンタルスペース、2階にホテルのレセプションと設計事務所のHAGI STUDIOを運営しています。

ー最小文化複合施設HAGISOの運営から、宿泊業にまで事業範囲を広げた契機を教えてください。

 HAGISOを運営しはじめた頃は、事業範囲も狭く、”HAGISOの施設内”でできそうな取り組みばかりを日々模索していました。しかし、自身が家を借りるお金もない中で、シャワーもキッチンもないその建物の一角に住み、毎日近くの銭湯や飲食店に通う生活をしていた時に、俯瞰してまち全体を自分の家だと捉えると、それは「地域にとってむしろ豊かなことなのではないか」という考えが浮かんできました。それを全く同じように宿に当てはめて生まれたのが、「hanare」という宿泊施設になります。まち全体を一つの宿と見たて、お風呂は銭湯チケットをお渡しして近隣の銭湯に行ってもらったり、夕食も宿周辺のお店に行ってもらえるように、チェックイン時に飲食店と銭湯を見やすいようにまとめた手作りマップの提供と、コンシェルジュによるまちの説明を行っています。僕はこの宿泊形態を「地域の断片を繋ぎ合わせ、頭の中で完成される宿」と表現しています。hanareができると地域の地主さんから空き家の物件を次々に紹介してもらうようになり、冒頭で説明したさまざまな事業を7拠点で行うようになりました。 

ー宮崎さんは一般社団法人「まちやど協会」の立ち上げ人の方ですが、発足に至った経緯や、そこに属している宿の特徴について教えてください。

 「hanare」が完成したのが2015年でしたが、ちょうどその時期に、同時多発的に他の地域でも従来の完結型の旅館やホテルから、分散型ホテルを運営する宿が増えていきました。そこで「hanare」と同じようにまち全体をホテルに見立て、分散型の宿事業を行う人同士がつながれる場をつくりたい思い、「日本まちやど協会」を立ち上げました。協会に入っている宿の特徴としては、「宿がまちにある断片を繋ぎ合わせて一つの宿泊体験を作り出している」ということです。それはその取り組みが宿のお客さんのためだけではなく、地域の人にも還元されていることが考えの根底にあります。

 この取り組みを実現すべく、まちやどに共通して見られる要素は、1)地域に詳しい宿のコンシェルジュがまちと旅人をつなげる役割を果たしていることや、2)まちに溶け込んでいるお店を利用し、そのまち特有の建物に住んでいるかのような体験をお客さんにしてもらうこと。3)有名観光地を案内するのではなく、地域の人とのコミュニケーションの機会を与えること。最後に4)地域のお店を利用してもらえるように、なるべく宿の中で完結しない仕組みをつくることだといえます。江戸時代には、街道上の宿場町をホッピングしながら旅をするスタイルが一般的であったように、旅行者に地域で様々な体験をしてもらえるようにいかに促せるかが重要だと思います。


社会の変化にも柔軟に対応しながら、しなやかなまちづくりを

ー今回の対談のテーマが「〜withコロナのゲストハウス これからどうまちと関わっていくのか〜」ですが、株式会社HAGI STUDIOがこのコロナ禍ではじめた新たな取り組みがあれば教えてください。

 コロナ禍で新たにはじめた取り組みとしては主に2つあります。1つは「谷根千宅配便」というローカル配達サービスで、もう1つは「まちまち眼鏡店」というローカルウェブメディアです。これらの活動は、宿の経営が窮地に至ると同時に、会社で運営する事業がちょうど2020年前後に増え始めていたので、それらがコロナによる大打撃を受けての新たな試みとなりました。

【谷根千宅配便】
 ローカル配達に着目したきっかけは、コロナ禍で地域の飲食店の営業状態が萎縮していたためです。この時は、現在は主流の配達サービスである◯◯◯◯イーツもまだ普及していませんでした。思い立ってからは、すぐに作業に取り掛かり、僅か2日でローンチに至りました。まずチラシを作って各お店に声かけをしに行き、地域の自転車屋から自転車をお借りしたり、無料で原付のバイクをもらったりして、普段キッチンで働いているスタッフを集めて配達を行いました。結果として、このサービスを始めたことで、お店の営業が困難なシリアスな期間を乗り越えることができたように思います。

【まちまち眼鏡店】
 ウェブローカルメディア「まちまち眼鏡店」のコンセプトは「誰かの目線で暮らしが深まる谷根千ご近所のローカルメディア」です。人の数だけいろんなものの見方があるように、まちに対する見え方も人それぞれ異なると思います。それをまちを愛する地域の方々の視点に着目し、新たなの魅力の再発見と、暮らしの日常をより豊かにするヒントの提供を目的として始めたのがこのメディアになります。地域の方が住んでいながらに感じる谷中の少しディープな場所の魅力や、住民の暮らしの紹介などを寄稿文として取り上げたり、地域の空き家物件の紹介やアルバイト募集の掲示板、イベントの情報など、さまざまなローカルコンテンツを発信しています。

 メディアを始めたのは、ある時に路上園芸鑑賞家の方と街歩きをしたことがきっかけでした。その方は路上園芸鑑賞家ならではの目線でまちを見ており、自分の視点からは全く見えてこない、新たな地域の魅力を発見することができました。その時に他者のまちに対する捉え方を知ることで、海外旅行はできないけれども、地域を違うレイヤーで旅することは可能であると感じました。
 
 また、地域に根付く個人店を主として、小規模店舗の多い谷中エリアでは、ウェブ上でアルバイトを募集するにはかなりのコストがかかるため、店前に紙を貼り付けて求人をしているところが多く見られるため、その仲介役としての役割もローカルメディアが担うことができると考えました。

ー新たな取り組みに関して、何か現状での課題はありますか?

 このローカルメディアのターゲットは観光客ではなく、あくまでも地域のことが好きな人にリーチしたいという思いで発信しているため、限られたターゲット分母の中でいかに持続可能なメディア事業を成り立たせていけるかが課題になっています。地域のみなさんと一緒にメディアを運営していきたいという思いもあるので、現在は会員制度を作り、会員になると編集会や、サークル活動に参加できるなど、特典も付与しながら気楽な町会のような体制を整えています。

ーコロナ禍での取り組みを通じて、改めてご自身が行っている事業において大切だと感じたことはありますか?
 
 このコロナ禍で、多くの小規模な会社や店舗が一つの組織だけで事業を続けていくことのリスクや、社会の変化に対していかに柔軟に動いていけるかが大切だと感じたと思います。私たちがコロナで新たに始めた取り組みのうち、谷根千宅配便はまさにコロナによるまちの変化からさまざまなニーズを汲み取って思いついたことでした。しかし、案が思い浮かんでからわずか2日というスピードでサービスを開始できたのは、”普段からの地域事業者とのつながり”があったからこそだと思います。しなやかなまちづくりにおいては、そのようなリスクマネジメントとしての地域内での連携や、つながりがいかに普段から構築できているかが重要な要素であることをこの期間により実感しました。


地域の価値が高まると同時に生じる、まちの再開発というジレンマ

ー渡邊:宮崎さんが取り組まれている事業のお話を伺っていると、成功している背景には谷中エリアにある店舗が充実しているという仮説が見えてきますね。一つ気になったのは、東京はマンション需要が極めて高いため、僕らがローカルビジネスをしながらエリア価値を高めていくと、美味しいところだけを企業に持っていかれてしまうことがよくありますが、その点についてはどうお考えでしょうか?

 渡邊さんがおっしゃるように、まちの価値が高まれば高まるほどマンションが次々に建つというジレンマを日々感じています。しかし、谷中エリアではマンションの建設に対する反対運動を住民が一致団結してできているという点では一歩前進できているように思います。この問題に関しては、地域で不動産を売買する経営者の意識を変え、1円でも高く売ることに価値があるのかの共通認識を持つことが大切なのではないでしょうか。その点でも、まちまち眼鏡店の取り組みを通じてまちで商売を営む人だけでなく、暮らしている人がどのようにまちを見ているのかをアーカイブしていくことや、それを共有していくことが地域にとって意味のあることではないかと感じています。


まちづくりにおいて地域の人をどう上手く巻き込んでいくか

ー宮崎さんがおっしゃっていたように、このコロナ禍で地域に住む人々がさまざまなレイヤー層で地域を見れるようになり、よりまちのことを深く知ったり、見つめ直す機会になっていると感じました。最後にお二方に質問に答えていただきたいと思います。

1. まちづくりにおいて地域をどう巻き込んでいるのか。興味ない人にどう関心を持ってもらえば良いでしょうか。

宮崎:まちづくりに興味を持ってもらえない人に対して無理に関心を持ってもらうことは難しいことですので、それよりも町会に興味あるけど接点がない、持てない人に対してどうアプローチをするかや、そういう人たちにいかに地域と接する機会を提供できるかが課題だと思います。

渡邊:まちづくりの活動を始めると必ずどこかで地域の人との衝突があったり、理解者がでたり、これまで無関心だった人がそこで初めて自分ごととして携わる機会ができたりもします。その中でも、僕自身は特に、そこで活動に対して口出しをしてくれたり、怒ってくれる人がいて初めて接点ができるように思います。怒ってくれる人というのはその取り組みに対して何かしらの感情を持ってくれている人だと捉えると、どこかの場面で味方になってくれる可能性が高いとも言えるからです。

2. どのように子供を地域に巻き込んでいけば良いでしょうか?仕組みづくりの事例があれば教えてください。

宮崎:まちやど協会にも入っている「シーナと一平」という宿のラウンジにはミシンが置いてあります。よく地域のお母さんたちがそこに集まって子供に持たせる給食袋などを作りに来ており、そこに子供たちが自然に集まってくる様子が見受けられます。このように何かのきっかけで、お母さんや子供たちが集まってこれるような「自然発生的に居場所となる場所」が地域にあると良いと思います。最近新しくできた「asatte」というジェラート屋の裏庭に小屋があるのですが、そこで今後子供たちがチャレンジ的にお店を出店してみるという商売の体験の場として活用できたらいいなと考えています。

渡邊:一番手っ取り早いのは既存の地域のお祭りに乗っかることだと思いますが、私がもし谷中に住んでいたら、感のいいお店の店主と地域の子供たちを巻き込んだイベントの企画を一緒に考えてみたりしたいです。ですが、それを一部のコミュニティ内で行うと周囲から微妙な反応をされてしまうので、昔から住む住民の方や理事会の方にもアプローチしながらフォローしてくれる人と一緒に企画を立ち上げていくのが理想的だと思います。


▼ 登壇者

hanare宮崎さんポートレート

株式会社HAGI STUDIO 代表取締役 宮崎 晃吉 氏

1982年生まれ。群馬県出身。一級建築士。2011年、建築設計やプロデュースを行う株式会社HAGI STUDIOを設立。2013年に東京都台東区谷中で最小文化複合施設「HAGISO」を開業し、2015年に地域と一体となった分散型の宿「hanare」を開業。2017年、全国22軒の宿と連携した一般社団法人日本まちやど協会の代表理事に就任。多数の宿泊施設や飲食店の企画や設計にも携わっている。

前田有佳利さんプロフィール画像

前田 有佳利
ゲストハウス情報マガジン「FootPrints」代表。全国200軒以上のゲストハウスを旅する編集者。1986年生まれ。同志社大学商学部を卒業後、株式会社リクルートに勤務。2011年FootPrintsを立ち上げ、2014年和歌山にUターンし、2015年からフリーランスのライター「noiie」として独立。2016年『ゲストハウスガイド100 -Japan Hostel & Guesthouse Guide-』(ワニブックス)を出版。ゲストハウスや和歌山のまちづくりを専門分野に、さまざまなメディアやプロジェクトで執筆・編集・企画を担当。

▼ 開催概要
日時:2022年3月19日(水)11:00~12:00

▼ 本イベントのYouTubeアーカイブ配信はこちら

▼ 書籍情報

著者:渡邊 崇志・前田 有佳利
監修:宿場JAPAN
定価:2,300円+税
発売日 ‏ : ‎ 2022/4/3 / 288ページ
ISBN-10 ‏ : ‎ 4761528141
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4761528140
発売元:(株)学芸出版社
書籍URL: https://amzn.to/3styIGP

(執筆:小河恵美里)