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瀬戸忍者捕物帳 3-1

ここは江戸・・・どこか良く似た街、瀬戸(せと)

天下を分ける戦争が終わり世が統一されてしばらく経つも、まだまだ世の中は物騒で、同心達は治安の維持に苦心していた。


日が暮れた瀬戸の街で雅な羽織を着た女同心・茜(あかね)は窃盗犯を追っていた。

「もう逃げられないわよ!観念なさい!」

商店が並ぶ表通りを走りながら茜は叫ぶ。

「ぐ! ちくしょう!」

とつぎはぎだらけの着物を着た小汚い男がしぶとく逃げる。

すると通りの反対側のから忍者装束を着た男が現れる。

「残念こっちは逃げられませんよ。」

巷では忍者同心とも呼ばれる皐(さつき)はニッコリと笑いながら、十手を構えた。

「く、くそっ!」

窃盗犯は走る方向を変え、商店の間から裏路地へと逃げようとした。

その様子を見てニッと笑った茜は「虎!任せたわよ」と叫んだ。

裏路地に駆け込もうとした窃盗犯だが、その狭い道には既に茜の手下、つまり岡っ引きとなった青年・虎吉(とらきち)がすでに木製の杵(きね)を構えて待ち伏せしていた。

「ここは行き止まりだ。観念しな。おりゃあ!」

虎吉は雄叫びとともに杵をまっすぐ、窃盗犯の腹に突き立てた。

「おぶえ!」と窃盗犯は呻き、同時に彼のアバラ骨がべきべきと折れる音がした。そのまま窃盗犯の体は後方に吹っ飛び、表通りの道の真ん中ぐらいまで押し戻された。凄まじい衝撃に一撃でノックアウトされた。

「虎くん!ナイスです!でもちょっとやりすぎかな?」

皐は虎吉を褒めながらも、その手加減知らずの攻撃に窃盗犯が生きてるかどうか心配したが、近づき確認したところ下手人は泡を吹いて気を失っているだけであった。いかに治安を守るためとはいえ、その場で犯罪人を切り捨てたり殺めてしまうのは御法度だ。同心達は帯刀を許されていたが、茜は殺生を避けるため刀は持ち歩いてはいなかった。無論、皐と虎吉も刀は持っていない。

「しかし餅つきの杵を武器にするとはね〜。」

と皐はまじまじと虎吉の持つ杵を見つめた。

「別にいいだろ。これが一番手になじむんだよ。」

この杵は虎吉が仕事で使う餅つきの杵であり、同時に先日の事件で虎吉を犯人に仕立て上げようとした者たちに利用された杵である。虎吉の雇い主、中島屋の惣右衛門(そうえもん)は、

「そんな縁起でもねえ杵は捨てちまえ!」

といったが、どうせ捨てるなら、武器として利用してしまおう、という虎吉のアイデアだった。

「うん!いい感じ!初めての捕り物にしちゃ、やるじゃない、虎!」

茜は虎吉の肩をポンと叩いて笑いかけた。

この捕り物は岡っ引きとして虎吉にとっては初めての経験であったが、犯人に物怖じすることなく、卒なくこなした。それも当然である。この男は元盗賊で戦闘には慣れており、さらに常人離れした格闘スキルを持っている。このときの犯人ごときでは相手にすらならなかった。

「あ・・・いや、姐(ねえ)さん・・・そんな大したことは・・・。」

虎吉は恥ずかしそうに俯いた。虎吉は茜のことを姐さんと呼ぶ。

この男、女性とのコミュニケーションがとにかく苦手で、すぐにこうやって目を逸らしてしまうのである。

皐とは普通に喋れるのだが、茜との会話はまだぎこちない。

「茜さんに対してもダメなの?虎くん、じゃあ女だと思わなければいいんです。例えば茜さんをメス猿だと思って…」

皐がそこまで言ったとき、茜から鉄拳が飛んできて、皐の鼻頭に当たった。

「あいだだだだ!ほら、すぐに暴力を振るうから!」

「なんで『女だと思わなければいい』から『メス猿』に行くのよ!『男だと思えばいい』ぐらいでいいじゃない。そもそもメス猿だとまだ女だし、ってそんな事はどうでもいいのよ!とにかく、虎!この調子でこの先もあたしの力になってくれないかな?」

と、茜は虎吉にまた微笑みかけた。

虎吉は素直に嬉しかった。自分のようなどうしようも人間が、人に必要とされる、またそういう機会を与えてくれた、茜と皐には心から感謝していた。

「もちろん、 俺で良ければ・・・」

虎吉は茜を見て、試しに皐が言ったように、茜をメス猿だと思って見た。茜は美しく整った顔をしているが、その男勝りな性格もあって他の女性よりも凛凛しく見える。虎吉はそんな茜の顔を失礼だと思いつつも、メス猿の顔に脳内変換した。

「姐さん、俺で良ければいつでも手助けさせてもらうぜ。いつでも呼んでくれ。」

虎吉の口から驚くほどスラスラと言葉が出てきた。それにちゃんと茜の目を見て言えた。虎吉はその事実に自分でも驚いた。

だが茜はそんな虎吉の様子の変化を訝しんだ。まさか、と思って茜は虎吉の目をじっと見た。

「…虎、あんた…今、あたしをメス猿だと思って見てる?」

茜の指摘に虎吉はドキッとして、「あっ・・・いや・・・。」とまた目を逸らしてしまった。

しばらく二人の間に妙な沈黙と気まずさが流れた。

黙ったまま変な空気になってしまった二人を他所に、皐のクスクスと言う笑い声が漏れるのが聞こえて、茜はまた皐に対し殺意を抱いてしまった。

そうしているうちに、暗い大通りの向こうから提灯の灯りが多数見えた。20人くらいの集団がいるようだ。

「あの提灯は・・・黒田(くろだ)さん?」茜は提灯の紋に見覚えがあった。

黒田は茜の先輩の同人である。虎吉が下手人を担ぎ、三人は提灯の明かりに向かって歩くと、どうやら黒田の手下である『岡っ引き』と、さらにその岡っ引きの手下である『下っ引き』を多数引き連れている。

「黒田さんもいるわね。皐!あんたがいたらややこしくなる!どっか隠れて!」

「黒田さんってあの髭面の人ですか?」

「そうよ!あたし、あんたが忍者同心ってことを報告しちゃったのよ!」

「あーそれはマズイですねえ。」

皐は世間では忍者同心と呼ばれる存在だ。しばしば瀬戸の街に現れては、卓越した戦闘能力で次々と犯罪を取り締まっているのである。また反対に同心殺しの疑いがかけられている容疑者でもある。また黒田は、そのとき茜と一緒にいた皐と一回顔を合わせており、その時は皐が忍者同心とは知らなかったが素顔を見られた。茜は後に皐が忍者同心だと報告した。そんな者が茜と一緒にいてはまずいのだ。

「では僕は屋根の上から様子を伺いますね。」

皐がひょいひょいと身軽に民家の屋根の上に登っていくのを見て、「どっちかというとあんたが猿じゃない。」と茜はボソッと言った。横にいた虎吉は頷きそれに同意した。

下手人を軽々担ぎ上げた虎吉と茜は黒田の集団に近づき声をかけた。

「こんばんは、黒田さん、何かあったんですか?」

茜は明るい笑顔を作って黒田に挨拶をしたが、黒田は浮かない表情をしていた。

だが茜の存在に気づくと表情をパッと切り替え茜に親しみのある笑顔を返した。

「よう、茜!おっ、どうやらまた下手人を捕まえたんだな!ん?おお!まさか、そこにいるのはお前の雇った岡っ引きかい?」と黒田は下手人を担いでいる虎吉を見た。

「はい、黒田さん!あたしもとうとう初めての岡っ引きを雇うことができたんです!」

「おおそうか!どれどれ・・・。」と黒田は虎吉の精悍な体つきをまじまじと眺めた。品定めされるように全身を見つめられ、虎吉は変な気分になったが、

「と・・・ 虎吉といいます 宜しくお願いします。」と挨拶をした。

「ふーん、無骨だけどなかなか腕は立ちそうじゃないか!宜しくな!」と黒田はなつっこい笑顔で、虎吉の胸にどんっと拳を突きながら言った。

「ところでどうしたんですか?こんな大人数で・・・捕り物ですか?」

茜に聞かれると、黒田は再び表情を曇らせた。

「うむ、それなんだがな。」

黒田はちらりと目を向けた先には立派な飲食店があり、その玄関近くに20代の女が不安そうな表情で黒田の岡っ引きと話をしている。

「次郎(じろう)!」と黒田が声をかけると、その若い岡っ引きはこちらへ振り向いた。

茜はその若い岡っ引きとは面識がなかったので軽く挨拶をした。

「そうですか!あなたが噂の女同心・大越茜さんですね!近頃の活躍は聞いています。お会いできて光栄です。黒田さんの岡っ引き・次郎と言います。」

最近の活躍もあって、なにやら茜は新米同心としても一定の評価を得始めているようであった。

次郎から爽やかな笑顔を向けられた茜は

(あら、結構男前ね。)

と思った。年齢は皐と同じぐらいであろうか。皐とはまた違った種類の笑顔で、優しそうな目に、顔立ちはスッキリとして好感が持てる。皐は腕は立つが、そのへらへらとした態度に腹が立ってしまうこともしばしば。こんな岡っ引きを雇えたらなあ、と茜は羨望のまなざしを次郎に向けてしまった。

「あの?茜さん?」

急に動きが止まった茜を不思議そうに見つめた次郎だが、

「あ!ごめんなさい!な・・・なんでもないわ!はは!」

慌てて取り繕う茜だった。

さて、次郎の横に立っている女だが、名前は八重(やえ)という。目尻の上がった目が特徴で、茜と同様、気の強そうな女である。茜が何が起こったのかを聞くと女は話し始めた。皐もこの商店の屋根の上から誰にも見つからないよう聞き耳をたてていた。

「あたし見ちまったんだよ!」

「見たって何を?」

「殺人現場だよ!あたしはこの裏の長屋で1人暮らしをしているんだけどね。夜中に厠に行こうとしたら・・・いたのさ。」

「いた?」

「今街で噂されてる、人斬り『鴉天狗(からすてんぐ)』だよ!」

「えっ!?」

茜はさっと顔色を変えた。

商店の屋根の上からバレないように話を聞いていた皐も耳を疑って、声をあげてしまいそうになった。

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