【大学入学共通テスト】に出題された「江戸の妖怪革命」を読むと、アマビエがブームになった理由がわかる
大学入学共通テストが下記の日程で行われています。
①令和3年1月16日(土)、17日(日)
②令和3年1月30日(土)、31日(日)※1
③特例追試験 令和3年2月13日(土)、14日(日)※2
※1 ②は、新型コロナウイルス感染症の影響に伴う学業の遅れを在学する学校長に認められた者及び1月16日,17日に実施する試験の追試験を受験する者を対象として実施。※2 ③は1月30日及び31日の追試験として実施。
1月16日に行われた国語の試験、第1問には香川雅信さんの「江戸の妖怪革命」が取り上げられました。香川雅信さんは兵庫県立博物館の学芸員をされており、日本初の妖怪で博士号を取られた先生です。
江戸の妖怪革命とは?
問題文で取り上げられている部分を中心にざっくりまとめると以下のようになります。
民間伝承としての妖怪が「表象」化されたのは江戸時代。鳥山石燕の図鑑的表現がきっかけとなり、妖怪の性質(=意味)とその姿かたち(=記号的形状)とが分かれた。それが都市化が進んだ江戸において娯楽になっていく。近代になると内面の闇に人々が気付くことで、「私」を投影する妖怪があらわれた。
すなわち妖怪が娯楽になるはじまりは江戸時代であったということです。
民間伝承として畏怖の対象であった妖怪が、現代に通じる娯楽の対象として捉えられるきっかけが江戸時代後期にあったことが述べられています。そしてそのキーワードになるのが『「表象」化』という言葉です。
安永5年(1776年)鳥山石燕という絵師によって、河童はこんな形、天狗はこんな形、かまいたちはこんな形、というふうに描かれた図鑑形式の画集が作られました。これが当時発達していた印刷技術によって広められました。これがきっかけとなって江戸の人たちを中心に妖怪に対する共通のイメージが創られました。
こうした現象を「表象」と呼びます。例えば、小学校の算数の問題で出てくる「リンゴ」。思い浮かべるイメージはあの赤い果物ですが、味や香りなどの意味的なものはひとまず切り離されています。そうした記号としてのイメージが「表象」です。
表象とメディア革命がもたらすこと
妖怪の表象化に直結する重要な要素として、版画というメディア革命は切り離せません。同じ絵や文章を大量に複製して、多くの人々の目に触れるという、今では当たり前のことが、このころから始まったのです。
私がこのことを考えるとき、いつも思い出す歴史上の出来事として、マルティン・ルターによる宗教改革があります。当時、ラテン語の聖書しかなかったことから、それを理解できる神父さんの権威は大きいものでした。そこでルターが一般の人でも読めるようにと、聖書をドイツ語に翻訳して、当時発明された活版印刷によって大量に複製できたことで、大衆が聖書の内容を直接知ることができました。その為に神父さんや、教会の権威が弱くなっていったのです。印刷技術の出現は、洋の東西を問わず歴史に大きなインパクトをもたらしたといえます。
さて、「瓦版」も江戸後期に広まった印刷物の一つ(木版印刷)であり、当時は火事や地震、ゴシップネタとしての妖怪などが、これによって大衆に広まったのです。実はその中の一つに、妖怪「アマビエ」があるのです。
アマビエは、アマビコや山童(ヤマワラワ)といった類似した特徴を持つ妖怪の仲間(というか名称の誤記)と言われています。これらは疫病を予言したり退散させる妖怪たちです。
江戸時代においても疫病は大いなる脅威だったし、今に比べて人の寿命が短かったのはいうまでもありません。「死」はけっこう身近にあった存在でした。そんな中で少し不思議で面白い妖怪の話や、アマビエやアマビコのような妖怪がもてはやされたのは当時の人々にとって自然な流れだったのかもしれません。
現代のアマビエブームの理由
さて、時を現代に戻しましょう。このコロナ禍における日本で、ひとりのTwitterのつぶやきから広がった妖怪アメビエの姿は、厚生労働省のアイコンになり、様々なグッズやデザイン、そしてアメビエの歌が出るなどアマビエブームといえる状況になりました。それだけでなく、お寺や神社などには、アマビエを印判に用いた御朱印が登場。アマビエに対して疫病退散の祈願をしたり、疫病除けのご利益を感じたりする人々が大勢いる状況になっています。
これほどまでになった理由は簡単です。それは「アマビエ」のかわいらしいキャラクターとしての視覚的形象が、新型コロナという目に見えない脅威の出現で外出もままならないという不条理な状況や鬱屈とした気分の人々に、娯楽として、わずかながらも心の安らぎを与えたからです。もはやそこには疫病にまつわる性質や意味というものから離れた記号としてのアマビエが独り歩きをしていったという側面が見えます。毛むくじゃらのアマビコや山童などが同じ(疫病退散の)性質を持つのにそこまで流行らなかったのもそれを裏付けています。
つまり、江戸後期に木版印刷の瓦版というメディアにより広がったアメビエは、今度はインターネットというメディアがきっかけとなり、『「表象」化』することで改めて陽の目を見ることになったのです。
大学入学共通テスト 国語 第一問「江戸の妖怪革命」の問4は、「妖怪の『表象』化」についての問題でした。ここには「日本人の心の中には昔も今も変わらない日々を平穏に生きていくための知恵としての娯楽すなわち妖怪文化が息づいている」というメッセージが込められている。といったら言い過ぎでしょうか。
少なくとも私は、今回の大学入学共通テストの出題は、コロナ禍における現代の「アメビエブーム」を題材としたタイムリーなものであった。と感じています。
今、妖怪美術館のnoteからアマビエの画像をダウンロードすることができます。ぜひご自由にお使いください。
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