戯曲『想いで迷子』(一場無料)

オリジナル戯曲の『想いで迷子』を全編公開します。全九場で、およそ24,000字、上演時間は60分〜70分です。黙読では45分程度で読めます。

冒頭の一場の部分(3,200字程度)を無料で公開しています。
本作品は2018年2月に、劇団道草ハイウェイ第四回本公演として上演されました。

○登場人物

小島俊介(こじま しゅんすけ):患者。男。
沖類軸男(おきるい じくを):記憶操作技師。男。
下田あずき(しもだ あずき):助手。女。
大谷香奈(おおや かな):俊介の同級生。女。
伊良部純(いらぶ じゅん):俊介と香奈の後輩。女。
A:想いで担当。性別不問。
B:想いで担当。性別不問。
C:想いで担当。性別不問。

 舞台は二部に分かれている。
 手前には通路のような演技スペースがある。奥には病院のようなスペースがある。奥のスペースには医者が座るような椅子と机と、その上にパソコンが置いてあり、そして患者が座るような椅子がある。患者が座る椅子は、マッサージチェアのような、リクライニングできるものが望ましい。
 なければソファでも構わない。

   一場

 近未来。日本。
 俊介、舞台上に目をつぶって立っている。目をあける。
 C(友人)、上手ツラから登場。

C   あっ、俊介。
俊介  あ、おう。
C   俊介……あのさ……
俊介  ん、何?
C   あのさ……あの……
俊介  何だよ。
C   この前借りた、『カービィ』さ……
俊介  あ、まさかバグった?
C   ごめん!
俊介  うっわお前マジかよぉ……
C   ごめん! ほんっとーにごめん!
俊介  え、だってあれ、俺お宝全部集めたのにさぁ……
C   ごめん! ほんっとにごめんって!
俊介  えぇー……お前ほんとなんで――

 A(母)、下手ツラから登場。
 Cはストップモーション。

A   おはよう、俊ちゃん。
俊介  え、あ、おはよう。
A   今日ね、ママ、ちょっと遅くなるから。
俊介  え、あ、そうなの?
A   お仕事でね。ごめんね。
俊介  ううん、いいよ。大丈夫。
A   夕飯は、パパがほっかほか弁当買ってきてくれるか ら、それ食べてね。
俊介  うん、わかった。
A   あ、朝ごはんはリビングに置いておいたから。いつ も通り食べて ね。
俊介  うん。

 B(教師)、上手ツラから登場。
 Aはストップモーション。

B   小島くん。
俊介  はい。
B   あなたこの前のベクトルのテスト、微妙だったわね。
俊介  あ、はい……
B   授業の感じ見てると、もうちょっと理解してると思っ たんだけどなぁ。
俊介  僕も、もうちょっとできると思ったんですけど……
B   まぁ再テストにはならなかったからいいんだけど… …あなた、大学はどうするの?
俊介  えっとですね。

 AとC、音声復活。

A   俊ちゃん。
C   俊介。
B   小島くん。
俊介  え、あ、はい、えっと。

 AとBとC、俊介を呼び続ける。
 純、下手ツラから登場。

純   あれ、先輩?
俊介  え?
純   あ、誰か待っ……デートですか?
俊介  えっと……
純   てきとーにぶらぶらしてるだけです。なんか見つけた ら買おーかなー、と。
俊介  へぇー。
純   わたし今日誕生日なんで。

純、ストップモーション。
香奈、上手奥から登場。

香奈  俊介。
俊介  え?
香奈  俊介。
俊介  えっと……
香奈  ……

 純、ABC、俊介を呼び続ける。香奈は黙ったまま。

俊介  えっと、えっと……

 沖類、下手奥から登場。下田、上手奥から登場。

下田  小島さん、小島さん。

 下田が俊介を呼び続ける中、香奈、上手奥からハケる。
 純とA、下手ツラからハケる。
 BとC、上手ツラからハケる。

下田  小島さん、小島さん。

 照明切り替え。
 俊介、立ったまま。
 沖類と下田、俊介の横に立っている。

下田  大丈夫ですか? 小島さん。
俊介  え、えぇ、大丈夫です。
下田  またあったみたいですね。
俊介  みたいですね。
沖類  あらー。目の前で見ると、確かに「思い出迷子」 ねぇ。
俊介  はい。
沖類  ちょっと様子見ます? さすがに直後じゃキツイか もしれませんし。
俊介  いえ、いつものことなんで大丈夫です。
沖類  そうですか。じゃあ。
下田  どうぞ。

 俊介、患者の椅子に座り、眼をつぶる。
 下田、俊介の頭に装置を載せる。
 沖類、パソコンを操作する。
 下田、沖類の傍に立っている。
 A(女子生徒)、上手ツラから登場。

A   やばい! 遅刻だーーーーー! 転校初日から遅刻 とか冗談キツイっしょ!

 A、ツラを向いて急いで走る。そりゃもう走る。その場 で。

A   私、神取美春十四歳、中学二年生! パパの仕事の 都合で、アゼルバイジャンから春日部とかいうド田舎に引っ越してきたの! JRも地下鉄も通ってないし、駅ナカにスタバのひとつもないし、いまいちパッとしないけど、緑が多くて住みやすそうな街! 今日は新しい学校初日なのに寝坊しちゃって、いま急いで向かってる、ってワケ! あ~、もう、 初めが肝心なのに~!

 B(男子生徒)、下手ツラから登場。ツラを向いててく てく歩いている。
 その場で。

A   ここの角をッ! 華麗にッ! 右に曲がるッ!

 A、下手を向き、Bに近づき、Bにぶつかる。

B   のわっ!
A   ぅおー!

 AとB、二人とも倒れる。

B   いっつー……あー、大丈夫ですか?
A   いたたた……ちょっとアンタ! どこ見て歩いてん のよ!
B   ……それはこっちの台詞……
A   あ、ちょっと、パンツ見ないでよ!
B   見てねぇよ!
A   もー、急いでるのに……あー、もう早くいかなきゃ! それじゃあね!

 A、上手ツラに走り去る。

B  ……朝から不幸だ。

 SE、チャイムの音。
 Bは学校の自分の席に着く。
 C(教師)、上手ツラから登場。

C   はーいみんな席につけー。ほら席につけー。席につ いてー。席につけってー。席についてよー。席についてってばー! ……はい。それではまず最初に、 転校生を紹介しまーす!

 A、上手ツラから可愛く登場。

A   おはようございまぁす! 転校生のぉ、神取美晴 でぇ~す! アゼルバイジャンから来ましたぁ~。 みんな、なかよくしてくださいねー!
B   あっ! お前はさっきの!
A   あっ! あんたはさっきの覗き魔!
B   覗いてねぇよ!
A   えっ! 覗きじゃなくて、堂々と見たっていうの?
B   だから見てねぇよ!
C   お、なんだなんだー、高橋はもう知り合いなのかー! じゃあ神取の席は高橋の隣にしよう!
A   えっ!
B   マジでっ!
C   学校のこと、色々教えてやってくれよー! 神取も、わからないことがあったら高橋に聞くといいぞー!
A&B  嫌です!
C   ハッハッハ、もう仲良しなんだな!
A&B  誰がこんなやつと!
C   HAHAHA……

 照明切り替え。
 AとC、上手ツラにハケる。
 B、下手ツラにハケる。

俊介  あの。
沖類  はい?
俊介  こういう思い出じゃあ、ないと思うんですけど…… たぶん。
沖類  あら、そう? いけると思ったんだけどなぁ。
俊介  なんか、すみません。
下田  小島さんが謝ることないですよ。
沖類  それじゃあ、今度はこれ試してみます? 『昼休み に学校の屋上に呼び出されて』……
下田  先生、ラインナップが偏ってませんか?
沖類  え? そう? ……ま、「思い出検証」は一日ひとつしかできませんから、また来てください。
俊介  はい、ありがとうございました。
下田  お気を付けて。

 俊介、上手奥にハケる。

下田  先生。
沖類  なに?
下田  小島さん、「思い出検証」の結果、あんまり出てないみたいです。
沖類  そうねぇ。やっぱ限界あるわねぇ。
下田  どうします?
沖類  んー……
下田  他の治療法とか……
沖類  っていうと、「思い出追跡」かしら。
下田  ですよねぇ。
沖類  こんだけ「思い出検証」やって効果がないんじゃねぇ。
下田  じゃあ次回は「思い出追跡」試してみますか?
沖類  そうしましょうか。準備しといて。
下田  はい。
沖類  あ、あと、コーヒーお願い。
下田  はーい。
沖類  ありがとー。

 下田、下手奥にハケる。

沖類  「思い出迷子」か。めんどうねぇ。

 暗転。
 OPアクト。

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