これって引き寄せ? キャパの写真を毎日見てたらクーデターのド真ん中で写真撮ってた
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これって引き寄せ? キャパの写真を毎日見てたらクーデターのド真ん中で写真撮ってた

写真・文:稲垣收

「引き寄せの法則」というのをご存じでしょうか?
簡単に言うと、「心に強く願うことは実現する」というものです。

多くの著名人がこの法則を使って夢を実現させているといいます。(ご本人が「引き寄せの法則」ということを意識しているかどうかは別にして。)

たとえば、ロンドン五輪のボクシングで金メダルを獲得し、その後プロでもWBA世界ミドル級王者になった村田諒太選手。

彼の家では、奥さんが五輪の前から、冷蔵庫に「金メダルとれました。ありがとうございます」とマジックで書いた紙を貼ったそうです。
当時、村田選手は海外での優勝経験がまだなく、金メダルなんて考えられない状況だったそうで、最初は「何をプレッシャーかけてんねん」と思ったとのこと。

しかし、毎日その文字を眺め、奥さんからも毎日ポジティブなことばをかけられ続けているうちに、「ほんまに金メダルが欲しい」と思うようになってきたそうで。
そして自分自身でも練習ノートに、目標や夢を書き始め、「金メダル」と書き、「プロになってラスベガスで試合をする」とも書きました。

そして、その両方を村田選手は実現したのです。

詳しいことは、村田選手の著書、『101%のプライド』に書かれています。とても面白い本ですので、おススメです。
https://www.amazon.co.jp/101-のプライド-村田-諒太/dp/4344023099


 サッカーの本田圭佑選手も小学生の時、「将来の夢」という作文を書き、「ぼくは大人になったら、世界一のサッカー選手になりたい、と言うよりなる……世界一になったら 大金持ちになって親孝行する。……Wカップで有名になって ぼくは外国から呼ばれて ヨーロッパのセリエAに入団します。そしてレギュラーになって10番で活躍します」と宣言しました。


そして、作文に書いた通り、みごと名門ACミランと契約、背番号10番を背負い、大金持ちにもなっています。

他にも、こうした例はたくさんあります。


僕自身も、この引き寄せの法則によって「引き寄せた」としか思えない体験が何度もあります。

その中でも一番強烈に印象に残っているのが、ソ連8月クーデターの取材です。

僕はロバート・キャパの『パリ解放』という写真を見て、「いつかこんなふうに街にあふれる大勢の人が、みんな喜びに満ちた笑顔を浮かべている、そんな写真を撮りたい!」と思っていました。その思いがかなったのです。

キャパについては、あとで書きますが、まずソ連のクーデターについて、少し説明しましょう。今から30年近く前のことなので、知らない人も多いでしょうから。(知ってる人は、次の項、飛ばして先に進んでください)


ソ連クーデター


1991年8月、ソ連の大統領ゴルバチョフが、休暇先のクリミア半島で拘束される事件が起きました。


(ソ連というのは、もう無くなってしまったんですが、アメリカと並ぶ超大国として君臨していた社会主義国家です。「ソビエト社会主義共和国連邦」が正式名称。長い名前ですね。英語でUSSR。ビートルズの歌で『バック・イン・ザ・USSR』という名曲があります。)


ゴルバチョフ――当時の愛称は「ゴルビー」――は、副大統領や秘密警察KGBの長官ら保守派に捕まって、ソ連全土に「国家非常事態」が宣言されました。

「国家非常事態」というと、新型コロナでの「緊急事態宣言」みたいですが、もっと恐ろしいもので、モスクワ市内を始め、ソ連各地で町に戦車部隊が出動しました。

なんでそんなことになったのか?

それはゴルビーが進めていた政策と関係があります。

***

当時ゴルビーは、「ペレストロイカ」という政策を取って、ソ連の民主化・自由化を進めていたんですね。


なぜかというと、ソ連共産党による独裁政権で、「計画経済」というのが何十年も続けられてきたため、ソ連の経済は破綻しかけていたのです。
アメリカとも互いに核ミサイルを競うように作って、軍拡競争をし、国家予算の非常に多くを軍事費に投入していました。
(これ、ちょっと、どっかの国に似てませんか? 国内の経済状態が悪く、国民が苦しんでるのに、戦闘機を100機も爆買いとか……)

いずれにせよ、国民が生活に困っているのに、軍事にお金を使いすぎると、国はガタガタになっていくのです。

で、ゴルビーはアメリカ大統領レーガンと「米ソ首脳会談」をやり、核ミサイルを減らすことに合意し、軍事費を削減することにしました。これが「東西冷戦」の終結につながります。

でも、これによって軍需産業は衰退するし、国民を監視してきた秘密警察KGBや軍も、規模を縮小されるわけで、そこの幹部たちは激怒しました。

ゴルビーはまた、ソ連を構成する15の共和国の結びつきを刷新して、「新しい連邦条約」を結ぼうとしていました。15の共和国から、いろいろ不満が出てきていて、リトアニアやラトビア、エストニアなど「バルト三国」などは「ソ連から独立したい」という声を上げていたからです。

でも、この新連邦条約が結ばれると、ソ連の中央政府、クレムリンの権力は弱まります。

そこで、副大統領のヤナーエフやKGB長官のクリチュコフたち保守派は、「このままだと俺たちの立場がヤバくなるぞ」と恐れ、新連邦条約締結の直前に、「ペレストロイカを、民主化をぶっ壊す!」とばかりに、ゴルビーに「下剋上」を仕掛けたのです。

ゴルビーは夏休みを取って保養していた黒海のリゾート地、クリミア半島で、ヤナーエフらの子分にとっつかまりました。そして、モスクワなどの都市にも戦車部隊が出動し、ソ連全土は緊張に包まれました。

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モスクワの街に出た戦車。市民が作ったバリケードのそばで撮影。


クーデターに反抗したエリツィン


ところで、当時のロシアでは、ロシア史上初めての民主的選挙で「ロシア大統領」に選ばれたエリツィンが大人気でした。(ゴルビーはソ連大統領ですが民主選挙で選ばれたわけではありません。エリツィンは「ソ連の15の共和国の中で最大の共和国であるロシア」の大統領で、民主的に選ばれました。ちょっと、ややこしいけど)

で、エリツィンら民主派は、「ゴルビー拘束は許せん。民主主義を守るぞ!」という思いでロシア議会ビルに立てこもり、エリツィンらを支持する一般の人たちが、武器も持たずにこのビルのまわりに集まって、バリケードを作ったのです。

このバリケードにいち早くかけつけた市民の一人に、僕のモスクワでのホームステイ先の主人だった、アズリカンさんがいました。

僕はこのソ連クーデターの少し前に、モスクワやエストニアのロシア人家庭に滞在して、「内側から見たペレストロイカ」というようなテーマの取材をしていたのです。旅行会社に企画を持ち込んだら飛行機代と現地の宿を持ってくれて、週刊誌に企画を持ち込んだら、企画が通ったのです。


(第2話につづく)

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Shu Inagaki

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稲垣 收@ShuInagaki 出版社に3年勤務後、89年よりフリーライター。露クーデター、ドイツ統一、ソ連崩壊、ユーゴ内戦、パレスチナ等取材。格闘技取材も30年。元WOWOW UFC解説者(10年)。ヒクソン・グレイシーからジム・ロジャーズまで世界中のオモロイ人にインタビュー。