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コスト削減・VEの話とその方法

設計の仕事でこの作業を通らずにはいられない、コスト削減・VEのお話です。
「コスト削減」の意味は説明するまでもないですが、「VE」は新人さんには耳慣れないと思うので説明します。


「VE」とはなにか?


「VE」はValue Engineering(バリュー エンジニアリング)の略でWikipediaによると、「製品や役務(サービス)などの価値(=製造・提供コストあたりの 機能・性能・満足度など)を最大にしようという体系的手法」とのことです。

この言葉は、建築やインテリアの仕事で限定的に使われるものではなく、製造業やサービス業などあらゆる業種で使われます

空間デザインの仕事でVEの具体例を挙げると、例えば「天然石を敷き詰めた床」を「セラミック(タイル)」に変更する、といったものになります。

石を選定したのは、固く頑丈という機能性と、石目の美しさ、天然であるがゆえの表情の不均一さを見せたいとうい意匠性、この両立を意図しています。

しかしコストが合わずに減額しなければならなくなった。
この時に、企画した機能性と意匠性をなるべく毀損きそんせずにコストを下げようとする行為がVEです。

石の床をVEする場合は、先に述べたセラミック(タイル)の使用が代表的な代替方法になります。なぜなら、機能性と意匠性が石と比較して大きく下がることがなく、コストを下げられるからです。

ちなみに、このVEにおいては機能性は高まることの方が多いです。石よりも割れにくく、表面加工も種々ある(たとえば防滑性が高い)からです。
しかし意匠性においては(好みによりますが)下がるといえます。

そもそもコスト削減・VEが必要になるのはなぜか?


クライアントが提示した予算内に収まるように設計すればいいだけでは?
予算を超えるなんて素人の仕事だろう。

と言われてしまいそうですが、設計の仕事では予算通りの見積りが出てくることは稀だと思います。
大なり小なりコスト削減・VEは行っている人がほとんどではないでしょうか。

なぜなのか。
一つのヒントは、見積りが「出てくる」と表現したところにあります。
「出す」ではなく「出てくる」

クライアントに提示する工事費の見積りは、自社の名義で提出するのではなく、第三者である工事会社から「出て」きます。
そう、設計事務所は工事費をクライアントから受け取らないのです。

自社と直接的な関係が全くない他者から見積りが出てくるので、コストを直接コントロールすることはできません。

たとえば石を貼る職人さんの日当は会社ごとに違うし、その会社が今回のプロジェクトで得たい利益の額がいくらなのか、こちらは知る由もありません。
だからコストを100%正確に推測することは不可能という訳です。

設計の仕事では、デザインを企画してコストを概算する時期と、実際にかかる費用を見積るまでに数ヶ月から数年の差異が発生します。(その間は図面を描いたり材料を探しに行ったり、いわゆる実施設計をしている)

コスト概算は、過去に手がけた案件のコストを分析したり、一般的な工事単価を調べたりして行いますが、この時と実際に見積りするまでに期間が開くためより価格差が出ることもあります。

たとえば、カレー(僕のnoteはカレーの例えが多いな。)をつくる場合。
「この間買い物に行った時は玉ねぎは一袋298円だったな」と思い出して予算を設定して、いざスーパーに行ったら一袋328円になっていた。

この時点で予算はオーバーします。

カレーづくりに必要な材料や作り方、調理器具は空で言えるくらいの数であり、作り方や調理器具などは決まっている場合がほとんどだから、予算オーバーといっても微々たる数値です。

しかし、設計の仕事では、カレーに比べて材料は何十倍も多いし、製作方法や工具の種類も様々であり、そしてほとんどすべての要素に「定価」がない。
だから、推測値通りの見積りをすることが難しいのです。

ちなみにこのカレーの例では、見積りをしているのは自分なのに、予算オーバーしていることになります。

自分で見積りしても予算オーバーすることがあるのだから、他人が見積りをすることの予想の難しさを少しお分かりいただけるのではないでしょうか。(言い訳と共感の強制ですね、、すみません)

高めに設定しておけば予算オーバーしないのでは?

だったら、材料や工賃などを高めに推測して概算見積りしておけば良いのでは?
と聞こえてきます。

はい、その通りです。
そうしておけば予算オーバーは防げるでしょう。

しかし人間とは欲深い生き物です。
やりたいことへのこだわり、あれもこれも欲しい、といった意識が希望的観測となって、「なんとか納まるでしょう」と「安く」見積もってしまう傾向にあります。

非常に禁欲的なクライアントと設計者がタッグを組んだ時は、予算オーバーは防げるかもしれませんね。


クライアントへコスト削減・VEを提示するための具体的な方法


実際にクライアントへコスト削減・VEを提示する際、設計者はどのような作業をすれば良いでしょうか。大きく2つあります。

1.金額の増減をまとめた資料をつくる
2.変更点を反映した図や絵をつくる

以下に詳述します。

1.金額の増減をまとめた資料をつくる

コスト削減の作業なので金額に関する資料が必要なのは当然ですね。
エクセルやスプレッドシートで表をつくりましょう。

減額・VE案資料


基本的なつくりかたですが、純粋に削減された項目については1行で記入して問題ありません。
たとえば飾り棚の設置をあきらめ中止する、といった項目です。

ですが、VEをする場合は原設計のスペックを他のもので代替えする内容になるため、単純な中止ではなくなります。

床材の石をタイルに変更する場合のように、石貼りの値段を削減したら、代わりにタイルの金額を入れなければなりません。
つまり減額と増額でひとつの項目がセットになります。

このように表示して初めて「このVEをしたらこれだけ減るのだ」と理解できるようになります。
減額の提示のみで増額部分を空欄にすると、実際にいくらの減額になるのかがわからなくなるからです。

VEの調整に十分に時間がある場合は、工事会社に変更内容を伝えて正式見積りを取ってから表に反映させれば良いですが、時間の余裕がある案件は稀なので、例のように、タイル貼る金額は「推測」する必要があります。

概算では推測が難しく、正確な見積りができないことは前述しました。
しかし、VEしようとしている今、目の前にある見積書には材料の定価に対するの掛け率や工賃の相場が示されているので、概算見積り時と比較するとずいぶんやりやすいはずです。

見積りの「構成」を読み解いてできる限り実際に則した推測をしましょう。


2.変更点を反映した図や絵をつくる

この作業は1の作業と順序立って実行するのではなく同時並行になるはずです。

クライアントの立場からすると、減額が必要なことは当然理解しており、なおかつリストに示された金額と内容の意味は理解できます。

しかしながら、素材が変わるなど意匠の変更については想像がしにくいものです。そもそもデザイン全般をプロである我々に依頼されているのですから当然でしょう。

ですから、VEを実行したらもともと提案していた空間はどのように変わるのか?をきちんと図や絵にして提示する必要があります。
ほとんどの場合はプレゼンテーションに使用したパースを更新することになります。

このように、2つの資料を作成しようやくコスト削減・VEの打合せに臨むことができます。
読んでわかったと思いますが、デザインの再検討を含んだ作業なのでそれなりに時間がかかります。

クライアントからすると、これまで色々と検討し、悩みに悩んで決定したデザインがお金の問題で変更になるわけですから、かなりのストレスになります。
そうならないためにも、できるかぎり予算感(勘)を養っておきたいところです。

ただ、現在は円安や関西に限っては万博やウメキタの開発に職人さんをとられたりと、コストが急に上がる要因が盛りだくさんなので、なかなか金額の推測が難しい状況です。

社会情勢も読み込んで工事コストがどうなるのかを予測できるようになりたいところですが、なかなか難しい問題だなと思うこのごろです。

提示する資料はあくまで「提案」であるから、「採用」されるかどうかも考慮する。


最後に。
これまで解説したコスト削減・VEの資料作成について、検討した案をすべて反映させたらクライアントの予算に「ぴったり」合うようにしてはいけません。

なぜなら、この時点のコスト削減・VE施策はあくまで「提案」であり、クライアントがその提案の説明を受けて全ての内容にOKをするとは限らないからです。

こだわりがあったり、どうしても機能的にゆずれないこともあるでしょう。
その場合は、減額幅が小さくなり予算に届かなくなります。

なので、提案では内容全てを実施した場合に予算よりも「安く」なるようにしなければなりません。そうしておけば、いくつかの項目が原設計に戻った
としても予算に合わせることが可能になります。


世の中の問題のほとんどはお金があれば解決できる、と誰かが言っていますが、工事においては本当にこれに尽きると思います。

しかし実際には投資回収の理論から弾き出された予算というものが存在するので、それに如何に機能的に、意匠的にフィットする空間を設計できるか、ここが設計者の腕のみせどころのひとつになっているのが実情です。

膨大な資産を手に入れて、クライアントの予算が足らない部分はこっちで喜んで補填するような会社があったら流行るでしょうね。(当然すぎる。)



工事費の概算について書いた記事もあります。


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