いつもより2秒、使う言葉を考えよう
「SNS疲れ」という言葉が最近頭の中をぐるぐるしている。
不誠実な騙り、言葉を乱暴に投げつけるような語り口、剽窃。
こんなインターネットを誰が望んでいるのか、疑問に思う。
何でもありのバーリトゥードにだってルールはある一方で、SNSの世界は、リングも、ロープも、ボディチェックさえないような印象を受ける。
”見たくないものは見なければいい”という主張も分からないでもないが、
シェアするというSNSの概念が、観なくてよいものを無理やり目に入れてくる。
一般的な話をすれば、取るべき手法は、二つに一つであると言われることが多い。いわゆる「デジタルデトックス」と呼ばれる、自分からSNSから距離をとる方法と、「スルースキル」を磨く、つまり鈍感になるという2つである。
でも、少し立ち止まって欲しい。
ただ平和に楽しくSNSをして、情報収集をしようとしている人が、泣き寝入りをする必要がどこにあろうか。
正すべきは、不誠実な者なのではないのか。
願っているのは、少しSNSの世界が優しくなっていくことだ。
他人を過剰に貶めるようなコンテンツや、虚偽虚飾を排除した、平和な世界である。
そこで、行動指針として投稿する文章の言葉について、2秒だけでも考える時間を設けようと思う。被害者の面をした論調をしている人が実は加害者であった場合はよくある。無意識な加害者とならないことが大切だ。
文章と少々の写真だけのコミュニケーションでは、発信者のテンションがどこにあるのか分からないことが多い。必要以上に強い語気になってしまうこともあると思う。それをできる限り防ぐための2秒、これを大切にしたいです。
余談になりますが、世界を優しくする言葉としてみると面白い言葉を紹介します。
それはホストをキャラクターとしてタレント活動をしているローランドの「俺か、俺以外か」という言葉です。
自分を最大限高める表現であるにも関わらず、誰も傷つけていない感じが、とてもいいと思います。
何がかというと、”俺以外”が”お前ら”ではないところです。
世界を”俺”と”俺以外”に分けると、世界の中の自分に限定して言及しています。
一方で世界を”俺”と”お前ら”に分けると、途端に世界全体に言及をして、しかも、”俺”と”お前ら”が対立しているような構図になってしまいます。
”俺以外の全てはどれもみな同じ”という意味での発言かもしれませんが、それでも、他の人について波風立てずにおくことが、優しい世界の入口な気がしています。
これから流行する言葉も、このように、優しい言葉の世界であってほしいなと思います。
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