死闘ジュクゴニア_01

第53話「招かれざる客」 #死闘ジュクゴニア

目次】【キャラクター名鑑【総集編目次】
前回
 パチパチパチ、と手を打ち鳴らす音。
「お見事」
 そこに、静かに佇む男がいた。
(……! こいつ……っ)
 危機を知らせるように、ハガネの鼓動が早鐘のように打ち鳴らされていく。ハガネは理解した。
(この男はバガンと同じ……いや、ひょっとしたらそれ以上に……!)
 男の右腕。腕輪のように刻まれた五字のジュクゴが鈍い光を放っていた。それこそは──

 摩 訶 不 思 議 !

「はじめまして、ハガネ。わたしはハンカール。摩訶不思議のハンカール」

「はっはっはー! 見たか、見たかぁ、ジニ! 今の戦いをよぉ!」
「あぁ。だがすべては……俺の予測の範囲内だ」

 土煙吹きすさぶ調布郊外の荒野。そこを二人の男が駆け抜けていく。炎のように逆立つくせ毛を揺らしながら、先頭を走る男は豪快に笑っていた。

「はっはぁっ! 相変わらずスカしてんなぁジニ、おめぇは。だがよぉわかんだろ」

 男はその目をギラつかせ、叫ぶ。

「間違いねぇ。来たぜ、来たぜぇ! この俺の時代がなぁっ!」

 その見据える先。遥か上空、爆煙を上げるジンヤ。それを見つめる男の左下まぶた、そこには零れ落ちる涙のように、四字のジュクゴが刻まれていた。それこそは……

 造 反 有 理 !

「リオ、それは早計と言うものだ」
 ジニと呼ばれた後方の男が、落ち着いた声音で窘める。

「レジスタンスどもは良くやってくれた。ジュクゴニア帝国は急速に弱体化し、滅亡への道を歩んでいる。すべては俺の計算通り……だが気をつけろ。この地に集いつつあるのは、俺たちだけではない。ジュクゴニア帝国の陰で雌伏を続けていた他の連中もまた、虎視眈々とこの情況を観察している……俺の計算によれば、な」

 そう語る眼差しは涼しげだった。後ろで束ねられた黒髪が、疾走にあわせて軽やかになびいている。そしてその額。そこには四字のジュクゴが、まるで一筆書きで円を描くようにして刻まれていた。それこそは……

 神 機 妙 算 !

 リオは笑った。

「ははっ、有象無象の雑魚ども……くそダセェ奴ら! だがよ、わーってるって。この俺には油断なんてもんはねぇからよ」
「ふん、だといいんだがな…………んっ……おい、リオ。ちょっと待て」

 造反有理のリオ、そして神機妙算のジニ。二人の魔人は足を止め、上空を見上げた。その直後。大気を切り裂く音とともに、何かが、遥か上空から滑るように落ちてきた。

 どぅんっ。落下の衝撃で大地が割れる。リオは舞い上がった土埃を手で払いながら、その落ちてきたものを見つめ、声をあげた。

「おいおいおい。なんだ……なんなんだこいつはぁ……?」

 そこには大地にめり込むように、少年が倒れていた。その目からは血が流れ、その髪は黄金色に輝いている──。

「あー、違う違う! そっちじゃなーい……もっと右! あーもー、お・バ・カ……」

 首を失った胴体がふらふらと、何かを探すように彷徨っていた。その傍ら。声の主は大地に転がる生首だ。

 そう、道化芝居のピエリッタである。

「おーい、君の首はここですよぉ。こっちですよぅ。うー……」

 生首は嘆息した。

「はぁ~。もう飽きちゃった」

 次の瞬間。まるで何事も無かったかのように、そこには五体満足なピエリッタが立っていた。

「やれやれ……やっぱりオーディエンスがいないと盛り上がりませんねぇ。それにしてもライ様……」

 その顔が笑みで不気味に歪む。

「最高です。あのミリシャ様の思惑をも乗り越える胆力。このピエリッタ、心からの感服です。それでこそフシトやハンカールにも対抗できるというもの。あはは。そしてハガネさぁん。あなたも凄ぉい! さすが、このピエリッタが見込んだ男!」

 ピエリッタは頬に沿わせるように自分の手を組むと、嬉し気にくるりと回った。そして「おや!」何かに気づき上空を見上げた。「ほほぅ?」そこにはジンヤへと向かって飛ぶ、ひとつの影があった。

「うっふふふ……わくわくしてきますねぇ。いよいよ、いよいよです。舞台の上に役者が揃いつつあるわけですねぇ!」

 ピエリッタはぴょんと跳ねた。

「このピエリッタも負けてはいられませんねぇ! 一世一代、最後の道化芝居を。最高のオーディエンスの前で、最高のショーを! はりきって、ぶっ飛ばして、いぃってみましょうかぁっ!」

「はじめまして、ハガネ。わたしはハンカール。摩訶不思議のハンカール

 ハガネは身構える。その男は不気味なほど静かな気配で佇んでいた。吸い込まれるような、そして凍てつくような冷たい眼差し。只者ではない。この男は、明らかに尋常の存在ではない!

「くっ……」バガンとの闘いで満身創痍となった身体が、ハガネを苛むようにギシギシと痛んでいる。

(それでも……それでも俺は、立ち止まらないと決めた)

 その覚悟を見透かすかのように、ハンカールは冷たい微笑みを浮かべながらハガネを静かに見つめている。その、ハンカールの背後。

(……?)

 ハガネは訝しんだ。ハンカールの背中に隠れるように、おどおどと顔だけを出し、ハガネの様子を伺う少年がいた。真っ白な髪、真っ白な肌、真っ白な瞳。

 その純白の虹彩がハガネの視線と交錯する。バチリ。お互いの瞳の奥で、何かが弾ける音がした。

(……!)
「あ……!」

 少年は驚いたようにハンカールの後へと引っ込んでいく。

(なんだ……この感覚……なんだ違和感は……)

 ハガネの戦士としての直感が、得体の知れない存在への警告を発していた。その頬を、冷たい汗が流れていく。

 さらに!

「ぐふっぐふは。ぐふふふははぁ!」

 笑い。それは下劣としか言い様がない最悪な笑いだった。「!?」ハガネの背後。挟み込むように近づく強大なジュクゴ力が二つ。

「ぐふはは! ハンカール様ぁ! 殺っちまえばいいんですかねぇ? このガキ! 殺っちまえばいいんですかぁ……ぐふはっ!」

「くっ……」ハガネは首を回し背後を見た。笑いの主。巨大な青龍偃月刀を構え、狂暴な笑みを浮かべる女。その右肩には刻まれていた──禍々しき四字、屍山血河! 屍山血河のフォルである!

 直後、ひゅっと風を切る気配。ハガネの首筋にひやりと冷たい感触。

「なっ……」

 首筋に突きつけられたのは方天戟の刃。それを構え、ハガネを見据えるのは若武者然とした男であった。その左肩。眩しく輝く四字が刻まれている──それこそは星旄電戟! 星旄電戟のバーン

(バカな……いつの間に……!?)

 時代がかった仰々しい動きでバーンは告げた。

「賊よ。神妙に……縛につくがいい!」

 完全なる死地であった!

「ぐふは! なーにまどろっこしいことやってやがんだよぉ、お前ぇは! 手足を切り刻んで、痛ぶって、それから……」

「待て」

 静かに、それを制止したのは摩訶不思議のハンカールであった。

「フォル、バーン。ふふ……その者は客人なのだ」

 ハンカールは静かに続けた。

「フシト陛下のな」

「ぐはぁ!?」素っ頓狂な声をあげ、目を丸くするフォル。
「……陛下?」訝しみながら、バーンは方天戟を下げる。

「どういう……つもりだ」

 ハガネはハンカールを睨みつけた。

「ふふ。どうもこうもないよ、ハガネ。フシト陛下が君に会いたいと仰っている……ただそれだけのこと。そしてそれは、君にとっても悪い話ではないはずだ」
「なんだと……」
「考えてもみたまえ。ここで我らと争えば、君はタダでは済むまい。だが、ここでわたしに素直に従えば……ふふ……君は力を温存したまま、陛下へのお目通りが叶うわけだ」
「……何を企んでいる」
「ふふふ。わたしは企んでなどいないよ。何もね」

「ぐふはっ!」

 堪りかねたようにフォルが叫ぶ。

「納得いかねぇ……納得いかねぇぜ。ハンカール様ぁ! じゃあ俺らはなんなんだ……なんでここに呼んだんだ?」

「ふふ。心配する必要などない、フォルよ。お前たちには成すべき役割がある。見たまえ……」

 ハンカールは空を指差した。

「来るぞ……招かれざる客がな」

「ぐは……?」フォルはすんすんと鼻を鳴らした。「これは……花の……香り……? それに……」耳を澄ますと、雅やかな楽の音が聞こえてくる。

「……!」

 ハガネの眼前。ひらり、と一枚の花びらが舞い降りた。

「お前……そうか……」

 ハガネはその花びらを掴む。その瞳の不屈が力強く輝きを増していく。

「死ぬわけがない、そう信じていた」

 その直後! 辺りに狂おしいまでの楽の音が鳴り響く。空には巨大なる満月が浮かび、そして吹き荒れたのは猛烈なる花吹雪である!

「ぐふはぁ? まさかぁっ!?」
「ふふ……ようこそ、招かれざる客よ」

 花吹雪は寄り集まり、そして人の形を成していく。それは余りにも堂々とした姿だった。それは余りにも美しかった。白き鎧に朱の文様。それはまさしく、美の体現。

 白き鎧を纏った男は剣を抜き、そしてそれをハンカールへと突きつけた。

「……ハンカール!」

 ハンカールは冷たく笑い、それに応じた。

「ふふ、見事だ……だがわたしにはわかる。お前の希望は満たされることはないのだ、決してな」

 ハガネの中に奇妙な感情が生まれていた。憎むべき敵だったはずだ。しかし──今、ハガネを包んでいるのは、戦友に再会したかのような不思議な高揚であった。

「ミヤビ……花鳥風月のミヤビ……!」

 ミヤビはハガネを見た。

「ハガネ……わたしは生まれ変わった。すべてに……わたしのすべてに決着をつけるために……!」

 調布郊外の荒野。
 女を背負った男が駆け抜けていく。

「早く……早くするんだ……ミヤビ様が……ミヤビ様が……!」
「あー、無茶言うなよ、ツンドラ先輩。俺の疾風怒濤はそんな便利能力じゃねぇんだからさ」

 男は疾風怒濤のフウガ、そして女は永久凍土のツンドラ。フウガはジンヤを睨み、呟いた。

「それに……何も心配はいらねぇよ」

 フウガの顔に浮かぶ表情、それは苦笑いだった。

「俺は心底呆れたね。とんでもない人だとは思っていたが、まさかあれほどとは、な」
「おい……ミヤビ様を……悪く言うな……」
「おぉっと、待った待った、凍らせるのは無しだぜぇ、先輩。別に悪く言う気はねぇよ。だがよ、心配する必要は全くねぇってのは本心だ」

 フンっと鼻を鳴らしてフウガは続けた。

「今のあの人はとんでもねぇ……圧倒的だ。ひょっとしたら今のあの人なら……皇帝陛下だってぶっ飛ばしちまうんじゃぁねーのか?」

【第54話「フシト降臨」に続く!】

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