第54話「フシト降臨」 #死闘ジュクゴニア
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<前回>
「俺は心底呆れたね。とんでもない人だとは思っていたが、まさかあれほどとは、な」
「おい……ミヤビ様を……悪く言うな……」
「おぉっと、待った待った、凍らせるのは無しだぜぇ、先輩。別に悪く言う気はねぇよ。だがよ、心配する必要は全くねぇってのは本心だ」
フンっと鼻を鳴らしてフウガは続けた。
「今のあの人はとんでもねぇ……圧倒的だ。ひょっとしたら今のあの人なら……皇帝陛下だってぶっ飛ばしちまうんじゃぁねーのか?」
☆
「ふふ。ミヤビ。君は招かれてなどいないよ」
ハンカールは超然とした笑みを浮かべ、ミヤビに告げた。
「フシト陛下の客人はハガネ、ただ一人だ」
「……ハンカール。私は」
楽の音が鳴り響く中、ミヤビは剣を高く掲げた。その動きに伴って白き鎧が閃く。それは幻想的ともいえる光景だった。花吹雪が力強く、そして鋭く、ミヤビの周囲を旋回して渦を巻き、そして!
「私は、押し通ってみせる!」
「ぐはっ……! 来やがるっ」
「ミヤビさん、せっかちだなぁ」
フォルは青龍偃月刀を高速で旋回しつつ跳躍! バーンもまたハガネの傍から跳んだ。二人のもと居た場所を旋盤状に舞う花弁が貫いていく。「ぐふはっ」花弁の渦がフォルの青龍偃月刀をかすめ、フォルは空中で弾かれたように回転した。凶悪な笑みで顔を歪め、呻く。
「……強ぇえ!」
さらに花弁の渦は旋回し、ハンカールへと迫る! 「ふふ……」ハンカールは手の甲を前にして右手を挙げた。
「やれやれ、これではゆっくり話すこともできんな」
その言葉とともに、摩訶不思議の五字が極彩色の光を放った。その光は花弁の渦を侵食するように拡がっていく。そして渦は墨流しのようにマーブル状の輝きと化して拡散し、ハンカール、そしてハガネの二人だけを包み込んでいった。
「!?」
すべての景色が極彩色に塗りつぶされていく。ハガネは周囲を見渡した。ミヤビも、フォルも、バーンも、ゴウマも消え、奇妙な極彩色の空間の中にハンカールとハガネ、たった二人。
(こいつ……!)
帝国宰相、摩訶不思議のハンカール。こいつは底が知れない、得体が知れない。ハガネは身構えた。その瞳の不屈がより一層輝きを増していく。
(何があろうと……俺は決して屈しはしない……!)
「ふふ。これでゆっくり、君と話ができるね」
冷たく、超然とした微笑みがハガネを見つめていた。
「お前、何を考えている……」
「ふふ。君と少し話がしたかっただけさ、ハガネ。ふふふ……〈極限概念〉の持ち主よ」
「なんだと……?」
「ふ。君は知らぬだろうが……君の不屈も、バガンの最強も。そして無敵、必殺、常勝、永劫……あまたあるジュクゴの中において、それら十三のジュクゴは特別な意味を持つのだ。覆すことのできぬ極限。それが君たちが持つ力の意義であり、存在理由だ」
ハガネは感じていた。ハンカールの眼差しの奥底。底知れない何かが、ハガネを引き込もうとしている。
「陛下が今日、君にお会いになる理由もそこにある。ふふ……そして君は知ることになるだろう。君がなぜ、今日この時、この地に立っているのかを」
「お前は……俺を惑わそうというのか」
「ふふふ。私は惑わそうなど思っていないさ、ハガネ。ただ、君はこれから知ることになるだろう。〈崩壊の日〉の真実を。ふふ……そして君は戦うだろうね」
ハンカールは冷たく笑みを浮かべ、そして言った。
「わたしにはわかる」
霧が晴れるように極彩色の空間が消えていく。ハガネは木霊するハンカールの声を聴いた。
((わたしにはわかる……わたしにはわか……わたしには……わたし……))
夢から覚醒していく感覚。再びハガネは己がジンヤ最上部に立っていることに気がついた。そして、
「ふん……当然、この程度の攻撃は通じないということか」
堂々たる態度で告げるミヤビを見た。
(……!)
ハンカールとハガネ、二人の会話がまるで無かったかのように状況が続いている。連続する時間の中で、二人の会話だけがすっぽりと抜け落ちているかのように──ハガネはハンカールの右腕に輝くジュクゴを見た。
(これが、やつの摩訶不思議の力……!)
「当然そうさ、ミヤビ。君の力はわたしには通用しない」
ハンカールは冷たくミヤビに告げると、鋭く下知を下す。
「フォル! バーン!」
「ぐふはっ。あぁ、わかってるぜぇ。ハンカール様ぁ。ようはこの糞ミヤビを傷つけ、痛めつけ、泣き喚かせて、そして殺す! それでいいんだろぉがよぉ!」
「ふふ。そうだ、それでいい。君たちがミヤビを押えている間に、わたしは客人を陛下のもとへと連れて行く」
「ぐふははっ!」
フォルは荒々しく禍々しい笑みを浮かべた。その体から朱色の瘴気が湧き上がっていく。一方、バーンは方天戟を振りかざす。上空。花鳥風月の満月を覆うように、強烈な輝きが次々と現れた。それこそは星旄電戟の輝きである!
「ふんっ」
ミヤビは鼻を鳴らすと、その剣をハンカールへと突きつけた。
「ハンカール!」
ハンカールもまた超然と笑い、ミヤビを見た。二人の視線が交錯する。
「私は常に考えていたのだ。いつかの日か、貴様やバガンを超えてみせると……故に」
ミヤビに刻まれし花鳥風月が輝きを放ち、狂おしいまでに花吹雪が吹き荒れた。
「私は弓を引いたのだ。貴様に対して」
「……?」
ハンカールは首を傾げた。その表情には侮蔑の色が微かに浮かんでいた。
「言っておくぞ、ハンカール。我が矢は必ずや貴様の元へと届く。そして、貴様を貫くのだと」
「ふふ。わたしにはわかる。申し訳ないが、そのような未来は存在しないよ、ミヤビ」
その刹那!
「ぐふはははっ!」花吹雪を突っ切るように、フォルとバーンがミヤビに躍りかかった! 「ふふ……」同時。ハンカールは再び右手を掲げていた。
「うっ!?」
ハガネを包む眩い光。その耀きは光線のように一点へと向けて集束している。ジンヤ最上層中央、ドーム状の構造物へと。それはさながら光の道であった。
「さぁ、行こうか」
ハンカール、ゴウマ、そしてハガネの体が浮かび上がり、集束していく光に導かれるようにドームの中へと入っていく。ミヤビはそれを見つめる。
「ハガネ……お前との決着も、いずれ……!」
「ぐふははっ! よそ見している場合かよぉ、糞ミヤビぃ!」
「ミヤビ! 貴方の命は……このバーンが貰い受ける!」
ミヤビへと殺到する朱色の瘴気と白銀の閃光! ミヤビは剣を構えた。
「ツンドラ……フウガ。お前たちの想いによって私は生まれ変わった。その力……存分に使わせてもらおう!」
☆
「はっ……?」
再び覚醒する感覚。そこは白亜の空間だった。ドームの天井、その穹窿から眩い光が降り注いでいる。奥には五十段ほどの階段。ハガネはその階段を見上げていた。階段の最上部には輝ける玉座。そしてその傍らにはハンカール、その背後に隠れるようにゴウマ。
(くそっ……)
ハガネはハンカールを見た。
(まただ。俺はこの男に、いいようにコントロールされ続けている……!)
「心の準備はできたかね、ハガネ」
ハガネは身構える。ハンカールは「ふっ」と含み笑いをもらし、直後、その表情を真顔へと変じた。そして腕を挙げ、高らかに告げる。
「控えよ! フシト陛下のご降臨である!」
その瞬間!
「う、うあぁぁぁっ!?」
ハガネは叫んでいた。身を焼き尽くすような強烈な光線が天井から降り注ぎ、ハガネの身体を貫いていた。それはまさしく光の洗礼。すべてを超越する「力そのもの」とでも言うべき光の暴力であった!
(う……体が……燃えるようだ……!)
『くくくくくく……』
圧倒的な存在感とともに木霊する含み笑い。光を伴い、何者かが天井から降りてくる。
「ぐ……くそっ……こんな……!」
その光の中央。玉眼のごとき双眸が浮かんでいるのが見えた。
「うぅぅ……」
身体が燃え尽きるような苦しみに耐える。光の中にうっすらと、その双眼の持ち主の姿が見えた。それは完璧なる人間の姿だった。その輝ける長髪が光とともになびいている。その美しい肢体には腰布のみを纏っている。それはまさに、究極の美だった。
「くくく……ようこそ。バガンを乗り越え、よくぞ余のもとへと辿り着いた」
「く……そんな……バカな……!」
ハガネは圧倒されようとしていた。次元が違う。存在の格そのものが違う。ハガネの膝は自然と折れ、跪いていた。その光の中の存在の、完璧なる身体を垂直に貫くように八字のジュクゴが輝いていた。それこそが、この凄まじき光の源だった。
それは最高。それは至高。それは最上。それは至善。すべてを超越し、すべてを圧倒する。この世界において並ぶものなど存在しない。それは空前絶後、比類なき八字のジュクゴである!
それこそは
天 上 天 下 唯 我 独 尊 !
「くく……よく来たな、我が子よ。余がジュクゴニア帝国皇帝、天上天下唯我独尊のフシトである!」
【第55話「極限概念」に続く!】
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