死闘ジュクゴニア_01

第55話「極限概念」 #死闘ジュクゴニア

目次】【キャラクター名鑑【総集編目次】
前回
 ハガネは圧倒されようとしていた。次元が違う。存在の格そのものが違う。ハガネの膝は自然と折れ、跪いていた。その光の中の存在の、完璧なる身体を垂直に貫くように八字のジュクゴが輝いていた。それこそが、この凄まじき光の源だった。

 それは最高。それは至高。それは最上。それは至善。すべてを超越し、すべてを圧倒する。この世界において並ぶものなど存在しない。それは空前絶後、比類なき八字のジュクゴである!

 それこそは

 天 上 天 下 唯 我 独 尊 !

「くく……よく来たな、我が子よ。余がジュクゴニア帝国皇帝、天上天下唯我独尊のフシトである!」

 まるで、終わらない悪夢を見ているようだった。

「うぅ……」

 うっすらと開いた瞳の中で、世界は霞み、朧気に揺蕩っていた。砂を噛む口内が、ザリザリと苦い音をたてている。女の意識はまどろみから覚めはじめていた。直前の記憶が徐々に取り戻されていく。

「う……あれから……あれからどうなった……ハ……ガネ……ハガネは……」

 女は──電光石火のライは大地に突っ伏していた。その意識は朦朧としている。途切れ途切れの覚醒。まるで、自分の体が自分ではないような、ふわふわとした浮遊感。そして、その胸の奥。そこでは何かが不気味に疼き、蠢いていた。

(わたしは……わたしはいったい、どうなった……?)

「ハロー、ハロー?」

(う……?)

 霞む視界の中でなぜかそれだけは、はっきりと見ることができた。ライの顔を覗き込んで笑みを浮かべる、奇妙な道化師メイクの女──

「ライ様。ざぁんねん! あなた様の悪夢は、まぁだ終わっていないのでーす」
「あぁ……」

 世界が遠ざかっていく。
 ライは気絶するように、再び意識を失っていく。

「ふむ……寝ちゃいましたねぇ。それでは、それではぁ。よいしょっと」

 ピエリッタはライを肩に担ぎあげた。そしてくるりと後ろを振り返り、威勢よく声をあげた。

「さぁさぁ、同志諸君! かくして、ついにすべてのパーツは整ったのだ!」

 熱を込めて、拳を握りしめる。

「いよいよ最終局面に突入だ! よぉし! いくぞ!」
「…………」
「どうした、どうした! 気合いをいれていこーぜ! 我らの宿願成就に向けて! 張り切って、ぶちかましていこうぜっ!」

 冷ややかな沈黙が流れた。ピエリッタの視線の先。そこにいるのはたった一人。武人のごとき佇まいで腕を組む、少年がたった一人。少年は表情一つ変えずに冷たくピエリッタを見詰めている。ピエリッタはそれでもなお、お道化たように拳を振り上げた。

「エイッ! エイッ! オー!」

 少年は表情を崩さない。「……この茶番。いつまで続ける気だ?」それは少年らしさを残しながら、しかし、威厳すら感じさせる声音だった。「えー?」ピエリッタはぴょんと跳ね、驚いてみせる。

「つれない! 実にぃ、つれない! わたくし、せっかく盛り上げようとしていますのに!」
「くだらん。俺は茶番に興味はない」

 少年は上空を見上げた。その視線の先。空に浮かぶジンヤが禍々しき光を放っている。その上部からは、もうもうとした煙が立ち込めていた。

「俺は証明するだけだ。俺が、すべての頂点なのだと」

 ジンヤを見詰める少年の瞳が、轟々とした輝きを放っていた。

「興味があるのは、ただ、それだけだ」
「うひょ……」

 ピエリッタは思わず唾を飲み込んだ。少年の身体から発散されるジュクゴ力(ちから)が、波濤のようにピエリッタの髪をなびかせている。強大。そのジュクゴ力はあまりにも強大だった。

「お前……俺を王にすると言ったな」

 ピエリッタは恍惚とした表情で返した。

「あぁ、もちろん……もちろんですとも……!」

 少年の瞳に輝くジュクゴ。それは、絶望的に強大なジュクゴである。その凄まじき概念の前に、敵などは存在しない。

 その右の瞳には「無」!
 左の瞳には「敵」!

 その瞳には輝いていた! 全てを凌駕する「無敵」の二字が!

「いいだろう。俺は王になってみせよう。それが、俺の証明でもある」
「あぁ、そうですとも!」

 ピエリッタは叫んだ。

「貴方様こそが王! 王者になるべき存在! あぁ、素晴らしい……まさに無敵! 無敵のアガラ様!

 灼熱の光が降り注いでいる。

「くそっ……」

 ハガネは膝に手をつき、立ち上がろうとしていた。体が震えている。心が屈服しようとしている。降り注ぐ光、それは抗いがたい力そのものだった。このまま身を委ねていきたい。屈してしまいたい。それはまさしく、人を心服せしめる光だ。しかし──(俺は……)バチリ。ハガネの瞳、不屈の二字が輝く。

「俺は……」
「くく……どうした」フシトは傲然と、空中から見下ろしている。
「俺は……!」バチバチと不屈の二字が火花を散らした。

 ハガネは思い出していた。ザーマの闇の中で向かい合った、世界の光景を。凄惨な現実の中でも決して屈することのない人々の姿を! ハガネは拳を握りしめる。バガンとの戦いの最中、ライから託された想いを握りしめる。俺は決して立ち止まらない。俺は──

「俺は……俺は決して、屈しはしない!」

 ハガネは立ち上がった!
 そして力強い眼差しで、敢然とフシトを指差す!

「フシト! 俺はお前を……叩き潰す!」
「くくくっ……」

 フシトは笑い、玉座の真上に浮かんだままで胡坐をかいた。その所作全てが傲岸で、そして、美しかった。

「抗うか。良い。良いぞ! それでこそ我が子というものだ!」
「我が子だと……? ふざけるな……!」
「くくっ……余はふざけてなどいない」

 フシトは頬杖をついた。それは、まさしく支配者の振る舞いだった。

「そうでもなければこの余が! わざわざ汝に会おうなどと思うものかよ」
「ふざけるな……俺は……」

 そう言いかけて、ハガネは押し黙った。
 育ての親から言い聞かされていた、自分の出生を思い出す。
(俺は……)ハガネは、捨て子だった。

(しかし……まさか……)

 一瞬訪れた沈黙。
 それを破ったのは、こらえきれないと言わんばかりの含み笑いだった。

「ふふ……ふふふふふっ」
「……おいおい、ここで笑うかよ。ハンカール」
「ふふっ! しかし陛下も、お人が悪い」

「ハガネ」

 背後からの呼びかけ。「!?」ハガネは振り返る。そこにハンカールが立っていた。ハガネは飛びのく。そして玉座の傍らを見る。一瞬前までそこにいたはずのハンカールの姿は、消えていた。

「ふふ……動揺しているようだね」

(こいつ……いつの間に……!)ハガネは半身に構える。そして最大限の警戒を保ちながら、フシト、ハンカールを交互に見た。光が強烈に、すべてを照らし出していた。

「安心したまえ。君の想像とは異なり」ハンカールは超然と微笑んだ。
「君と陛下との間に、血のつながりなど存在しない」
「なんだと……」

「……〈崩壊の日〉」

 ハンカールの言葉を継ぐようにフシトは言った。

「くく……すべての始まりは〈崩壊の日〉なのだ、ハガネ」

 玉座の上。宙に浮いたまま、フシトは力強く立ち上がった。

「聞け! 余は! 救世主である!」

「あの日、あの時」ハンカールが続ける。「わたしの……わたしたちの、そして人そのものの業によって、世界は綻び、滅びようとしていた」

 フシトは両の手を広げ、高らかに獅子吼する。

「その滅びを押しとどめ、この世界を救った者こそ! 余、天上天下唯我独尊のフシトである!」

 その輝かしき光がハガネを包み込んでいく。

「余は、世界を救うために! 汝らを、〈極限概念〉の申し子たちを! この世界へと解き放ったのだ!」

 荒野に二人。
 少女、そして長身の男が立っていた。
 二人は上空を見つめている。
 吹き荒れる風に煽られて、少女の長い黒髪がなびいていた。

「俺は……」

 男はぼそりと呟いた。その肉体は引き締まり、細身でありながらも凄まじい膂力を秘めていることが見て取れる。

「俺は、ジュクゴニア帝国によってすべてを奪われ、生きる意味を失った」
「だが……」男は少女を見た。褐色の肌、艶やかな黒髪、涼しい眼差し。
(……美しい)男は、そう思った。

「俺はお前と出会い、再び生きる目的を見出した」

 少女はニヒルに笑う。「はは。唐突だね」
 男は照れたように笑った。「俺の覚悟を伝えたいのさ、お前に」
 そして男は真顔になり、再び上空を見上げる。

「俺はお前を王にするぞ。エシュタ」
「はは。ありがと」

 上空に浮かぶジンヤ。それを見つめる少女、エシュタ。その瞳は爛々と、すべてを切り裂く輝きを放っていた。そこに刻まれし二字。それは、絶望的に強大なジュクゴである。その凄まじき概念を前にして、生き延びられる者などは存在しない。

 その右の瞳には「必」!
 左の瞳には「殺」!

 その双眸には輝いている。恐るべき「必殺」の二字が!

「そろそろ行こうか、ヴォルビトン」
「あぁ、そうだな」

 エシュタは軽やかに跳躍すると、男の──ヴォルビトンの肩の上に乗った。その瞬間、かちゃり、とエシュタの腰に差された刀が音をたてた。

 ヴォルビトンは吠えた!

「行くぞ!」

 その両の手を広げる。それとともに、胸に刻まれし四字が力強き輝きを放っていく! それこそは──

 雷 霆 万 鈞 ! (らいていばんきん)

 ブォン! 力強い音とともに、二人の体が強大な力場に包まれていく。バチバチと音をたて、その力場が球状になった瞬間! 二人は飛んでいた。弾丸のごとく、ジンヤへと向けて!

 ──ジンヤ最上層!

 凄まじき殺気を放ち、対峙するフォル、バーン、そしてミヤビ!

「ぐはっ!?」
「なんだと……」
「新手?」

 三人は一斉に上空を見上げていた。
 その視線の先。弾丸のごとく迫り来る球体があった。

「行け! エシュタ!」

 叫びと共に、球体から少女が跳躍する。
 その額には輝く筋が二本。そこに、第三、第四の瞳が現れていく。

 その四つの瞳、そこにはジュクゴが輝いていた。
 それは真に恐るべき、戦慄の四字である!

 それこそは──

 見 敵 必 殺 !

  

【第56話「風花雪月」に続く!】

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