死闘ジュクゴニア_01

第56話「風花雪月」 #死闘ジュクゴニア

目次】【キャラクター名鑑【総集編目次】
前回
「行け! エシュタ!」

 叫びと共に、球体から少女が跳躍する。
 その額には輝く筋が二本。そこに、第三、第四の瞳が現れていく。

 その四つの瞳、そこにはジュクゴが輝いていた。
 それは真に恐るべき、戦慄の四字である!

 それこそは──

 見 敵 必 殺 !

 エシュタは四つの瞳を見開く。

 その瞳から放たれていくのは力だ。それは文字通りの見敵必殺、エシュタが見つめるありとあらゆる生物を必殺する、目に見ることすら能わざる、不可視の殺気である!

 眼前の敵はたったの三名。「何も違いはない……」相手が三名であろうが、百名であろうが、千を超す軍勢であろうが。「いつも通りに、殺れる(とれる)!」エシュタは確信する。だが──

 ──それは、空にちりばめられた宝石のようだった。それは、満天を埋め尽くす輝きだった。エシュタの背後から、そして頭上から。そのちりばめられた耀きが、突き刺すような光を放っていく。その瞬間、エシュタの確信は揺らぎ、そして気がつく。(これは……!)己が一転、死地にいるという事実に。

「滅べよ、賊っ!」

 まさしく刹那の出来事であった。大喝とともに天空の輝きは騎馬の大軍勢へと姿を変えていく。その数は万をも超しているだろう。天空を揺るがす鬨の声、怒号とともに、輝ける軍勢は殺到していた。ジンヤ最上層へと降り注ぐ、致命の波濤と化して!

「ぐほはっ!? ちょ……おまっ……」

 フォルは目を見開き叫んでいた。直後、騎馬突撃の直撃を喰らい、瞬時に肉塊と化した。残忍極まりない戦士は、その屍山血河の力を振るう暇すらなく散っていったのだ。

「くそっ」エシュタは空中で身を翻し、その殺気を押し寄せる軍勢へと向ける。だが、「数が多すぎる……!」

「エシュタ!」

 ヴォルビトンは跳躍し、エシュタを抱きかかえた。その身体から展開される雷霆万鈞の力が、辛うじて二人を肉塊となることから防いでいた。「ぐぅぅ……!」唸る。二人の視界が光に染まっていく。軍勢は絶えることなく降り注ぎ、激突を繰り返していく。二人は凄まじい勢いで、雷霆万鈞の力場ごとジンヤ最上層の床へと叩きつけられた!

「ぐっ……これが! ジュクゴニア帝国……かっ!」

 力場を展開し続けるヴォルビトンは決死の表情だ。その身体は震え、早くも限界が近づいている。その表情が諦念に染まろうとした、その時だった。

「ヴォルビトン」その落ち着いた呼びかけにヴォルビトンは我に返り、エシュタを見る。「エシュタ……」

「助けてくれて、ありがとね」エシュタは微笑んだ。彼女の第三、第四の瞳はすでに閉じていた。しかし、その必殺の双眸は見つめ続けている。降り注ぐ光の先、方天戟を振るう若武者がいた。その左肩に刻まれしは、星旄電戟の四字だ。

「はは。あたしたち、さっそくのピンチだ。笑える」エシュタの微笑みはニヒルな色彩を湛えていた。「でもどうってことはないよ、ヴォルビトン。君とあたしの二人なら」エシュタはヴォルビトンの目を見た。

「君の力であいつまでの道を作る。そして、あたしが一瞬で終わらせる。ただ、それだけだから」

 その瞳に宿る必殺の二字が鋭い輝きを放っていた。「あぁ、そうだな」再びヴォルビトンの表情に力が宿る。(エシュタ。お前はやはり王たる器だ)ヴォルビトンもまた光の先を見据えた。その先で、方天戟を持つ若者が笑い、大見得をきっていた。

「ははは! 見たか、賊よ!」

 その所作は芝居じみている。

「大元帥バガンが滅び、そしてダカツ、シンキ、フォルすら亡き今! ハンカール様と共にジュクゴニア帝国を背負い、帝国の明日を担う男は! このバーン! この、星旄電戟のバーンである!」

 方天戟を回し、大袈裟に構えをきめる!

(決まった……)

 バーンは満足げな表情を浮かべていた。大元帥バガン。あのガキはどうやら、敗れ去ったようだ。ガキが。あんだけ偉そうにしていたのにな。面白すぎる。笑えてくる。それにフォル。下品でうざかったあの女も、ついでだから殺しておいた。実に爽やかな気分だ。あぁ、そして、ということは、ということは、だ。名実ともに、ジュクゴニア帝国最強の男とは、このバーンのことではないか(ただしハンカール様とフシト陛下は除く)! あとは片っ端から、目の前に現れる賊を始末するのみだ。事態は極めて単純だ。我がジュクゴニア帝国の栄光は、今ここから始まるのだ……。

「んん……?」

 バーンはその目をすぼめた。奇妙な光景が見えた。

「なんで……」

 バーンの表情が曇る。輝く軍勢が降り注ぐ中を、力強く、そして美しく、こちらに向かって歩いてくる男がいた。バーンは目の前の状況を信じることができない。しかし、それは確かな現実なのだ。バーンの表情が、みるみるうちに憤怒の色に染まっていく。

「なんだお前は……なんなんだお前……」

 光の中を、花びらが、そして粉雪が舞っていた。轟々と鳴り響いていた軍勢の大音は途絶え、辺りには、沁み入るような楽の音のみが流れていた。それは弔うような、どこか悲しげな、哀愁漂う音色だった。

「なぜだ……なぜ、我が星旄電戟を前にして……平然としていられる! お前……お前ぇ!」

 バーンは方天戟を振り上げようとして、そして気がつく。(え?)己の意に反して、体がゆっくりと、極めて緩慢に動いていく。(麻痺……しているだと?)しかし、そうではなかった。(いや……違う……違うぞ)己の身体だけではない。目に入るすべての光景が、すべての物体が、まるで弛緩したようにゆっくりと流れていき──そして、ついにはすべての事象が静止した。時が、止まったかのように。

「わたしは……」

 ミヤビは力強くバーンを見つめ、その歩を進める。その堂々たる姿を荘厳するように、周囲には美しき花びらと粉雪が、はらはらと舞っていく。

「わたしは愚かな男だった。美しさを至上のものとしながら、何が本当の美であるのかを、わたしは知りもしなかったのだ」

 バーンは持てるジュクゴ力を使い、活路を見出そうとする。しかし(う、動けない……なんで!)

 ミヤビの眼差しには、以前にはなかった色がたたえられていた。それは、深み。悲哀と優しさが入り交じった深みのある色だった。

「我が花鳥風月は、奪うことしか知らぬ力。人を跪かせる力こそが真の美だと信じて疑わなかった、愚かなるわたしの力!」

 その顔に刻まれし花鳥風月の四字が、静かに輝きを増していく。

(なんだ……あれは……)

 バーンは気がついた。ミヤビの右上腕に、文字が浮かび上がっている。それは「」、たったの一字。そして左上腕には同じく「」の一字が浮かび上がっている。

「わたしは死の淵に立ち、そして生まれ変わった。今、我が花鳥風月の大地の上に──花と月の二字の上に、誰からも奪うことなく、誰からも奪う必要もない、新たなる力が咲き誇ろうとしている」

 ミヤビの左肩、輝く月の一字の上に、文字が浮かび上がろうとしていた。

「わたしを想うツンドラのジュクゴ力が、彼女の永久凍土の力が、わたしを死の淵から救い、そして、何ものにも動じない心と力を与えてくれた」

 その文字は「」。冷厳でありながら優しさすら感じさせる、静かなる「」の一字であった。

「そして! フウガの叱責が、やつの疾風怒濤の力が! わたしに、何ものにもとらわれない心と力を授けてくれた!」

 ミヤビの右肩、花の一字の上に新たなる文字が浮かび上がっていく。それは「」。風雅なる「」の一字である!

(あ……あ……なん……だと……?)

 バーンは見た。ミヤビの顔に輝く花鳥風月の四字を! そしてその双肩に輝く、新たなる四字を!

 その右の肩には「風花」!
 その左の肩には「雪月」!

 鮮やかに咲き誇る「風花雪月」の麗しき四字を!

(四字ジュクゴが……二つ……だとっ!?)

 ミヤビは剣を構えた。

「一度死に、生まれ変わろうと……我が愚かさ、そして、我が罪は消えはしない」

「だが……」ミヤビは目をつむる。その視界に浮かびあがるのは、拳を握りしめ、ミヤビへと立ち向かってくる一人の少年。そして、その瞳に輝く不屈の二字だ。

 ミヤビは目を見開いた。

「だがそれでもわたしは、我が罪と共に、前を向いて生きていくのだと覚悟を決めた!」

 ミヤビの体が四散し、花びらと雪が渦巻く一陣の風と化していく。ミヤビの咆哮が木霊する。

「わたしは、逃げることなくすべてに決着をつける!」

 風はバーンの体を吹き抜けた。それは、認識することすら不可能な、超スピードの疾風であった。

(あ……あ……そんな……そんな……バカな……!)

 バーンの背後、吹き抜けた花びらと雪が寄り集まり、再びミヤビの体を形成していく。

(この僕が……この、この、この、僕がっ……!)

 ミヤビは背を向けたまま、首を回してバーンに告げた。

「バーン。貴様は凄まじきジュクゴ使いであった」

 再び前を向く。

「だが、今のわたしの敵ではない」

(僕がっ! こんな……こんな……ところで……っ!)

 直後、バーンは花びらと化し、爆散して散った。

【第57話「それはおぞましき屍山血河」に続く!】

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