見出し画像

第62話「天上天下」 #死闘ジュクゴニア

目次】【キャラクター名鑑【総集編目次】
前回
 少年は死んだように眠っている。その双眸は潰れ、惨たらしく血を流している。しかし、その傷の下では光が脈動していた。それは二字のジュクゴだった。

 最強。

 圧倒的な破壊をもたらす、真に畏怖すべき極限の二字。
「ははっ! 安心しな。こいつはすぐに目覚めることはねぇだろうよ。だがな」
 造反有理の四字が力強い輝きを放った。
「俺は絶対、こいつとも戦友(ダチ)になるぜ!」

 ハガネは見つめていた──渦巻く無限の煌めきを。

(この……光景は……)

 万を超す群衆の頭上から、燦燦と光が降り注いでいる。人々は笑っていた。輝きの中心に浮かぶのは一人の少女。ミリシャだ。恍惚とした至福の笑みを浮かべながら、人々は、ミリシャが放つ光の渦に包み込まれていく。世界の再創造が始まろうとしているのだ。世界が再び生れ落ちようとしているのだ。ミリシャが放つ光、それは歓喜の渦だ。人々の祈りが爆発する。まさに、大いなる祝祭──

 世界五分前仮説……世界五分前仮説……世界五分前仮説……世界五分前仮説……世界五分前仮説……世界五分前仮説……世界五分前仮説……世界五分前仮説……世界五分前仮説……

 人々の唱和が聖歌のように折り重なる。それは輝きとともに弾けて、滅びゆく世界を包み込むように覆っていく。その喜びの沸騰によって、今まさに、新たなる創世の神話が紡がれようとしているのだ。

 世界五分前仮説……世界五分前仮説……世界五分前仮説……! 世界五分前仮説……! 世界五分前仮説……! 世界五分前仮説……! 世界五分前仮説! 世界五分前仮説! 世界五分前仮説ッ!

 ハガネの脳裏に、ハンカールのささやきが木霊する。

(この時、わたしはすべてがうまくいくと思っていた。まだ、予見の力など持っていなかったわたしは……すべてが祈りと安らぎのうちに終わるのだと、そう確信していた。しかし……)

「うっ……あぁぁっ!?」

 ミリシャの表情が、突然、歪んだ。

 まるで二重奏のように、過去のハンカールと今のハンカールの声が重なり合う。

「ミリシャ……ミリシャっ!?」
(ふふ……耐えられるはずもない。しょせんは神ならぬ人の身だ)

「いかん、力が……世界五分前仮説の力が溢れてっ!」
(世界を背負いきるには……世界という情報をすべて受け入れるには……人という存在は、彼女は、あまりにも小さかったのだ。だからミリシャは)

 人々の祈りが叫びへと変わり、ミリシャの輝きが、滲むような赤色で染まっていった。

「ははは……ははははははは!」

 ミリシャは狂ったように目を見開き、張り裂けんばかりに体を伸ばす。そこから、四方に向けて赤い淀みが迸っていく。

(彼女は、壊れたのだ)

「ミリシャ……ミリシャぁっ!」

「ははっ……ははは……見える……世界の果てが見える……そうだ……終わらせる……わたしは終わらせるんだ……世界を……この腐った世界を!」

 ミリシャを中心に、まるで日蝕のようなどす黒い赤が渦巻いていく。そこから零れ落ちていくのは、シャボンのように浮かんでは消える、淡い泡のような輝きだった。

 その輝きには映し出されていた──木漏れ日の中を歩く二人の姿が。ミリシャとハンカール、二人の穏やかなひと時が。その暖かい時間も、世界を変えたいという素朴な感情も、自分の力に目覚めていく高揚感も。それらがすべて──すべてがあっけなく零れ落ち、そして、泡となって消えていった。

「ははは……終わらせる……終わらせるんだ……終わらせ……終わらせちゃえ……」

 ミリシャの瞳からは血のような涙が溢れ、その頬を赤く染めていった。

「くそっ……こんなことが!」

 ハンカールの頭脳は、これから何が起ころうとしているのかを導き出していた。このままでは……結末は……世界の……消滅……そして……「ミリシャっ!」

 ハンカールはその摩訶不思議に渾身の力を込める!

「ミリシャ! 力を……お前を止める……力をッ!」

 叫ぶ。赤に対抗するように極彩色の輝きが空間に生じていく。そこから轟くように光が伸び、そして、その場にいる人々の体を次々と貫いていった。「あああ!?」人々の絶叫が響き渡る。貫かれた体は光となって、ガラスのように砕け散っていく。しかし……

「いるはずだ……この場にも! 大いなる可能性を持つ者が! 力を持つ者がッ!」

「おおお……おぉっ!」

 光に貫かれた男が雄々しく吠えた! その拳にはジュクゴが刻まれていく。それは──

震 天 動 地 !

「ぬぅぅっ……」若い男が目を見開く! その左頬には刻まれていく!

蛟 竜 毒 蛇 !

「えぇぇっ!?」戸惑う少年!

星 旄 電 戟 !

 そして!

「あぁ……!」

 光は少女を──フォルを突き刺していた。その瞳の中に今まで宿ることのなかった狂気が浮かびあがり、そしてその目が、その口角が、不気味に吊り上がっていく。

「ぐふはっ!」

屍 山 血 河 !

「はぁ……力が溢れてくる……」
「凄い!」
「ぐふはは! わかる……わかるぜぇ! この状況は……」
「ワシらが止めてみせよう、ということだ!」

 四人は導かれるように立ち上がり、赤き奔流の源へと向かう!

「はぁぁああ……!」巨大な七首の蛇が!
「ぐふはっ!」禍々しき瘴気の波涛が!
「僕なら……やれるっ!」輝ける騎馬の軍勢が!
「ぬぅん!」空間すらも歪ませる力場の渦が!

 赤き流れを食い止め、そして押し戻そうとする!
 しかし、ハンカールの顔に浮かんだ色は……絶望だった。

「あぁ……これでは……止まらない……!」

「ぐはぁっ!」「ぬぅ!?」「はぁ……」「なんで……!」

 四人のジュクゴ使いたちの力は、世界五分前仮説の暴走の前に圧倒された。赤き奔流は四人の力を押し流し、そして、圧し潰そうとしていた!

「世界を……いや……ミリシャ……お前だけでもッ!」

 ハンカールは鬼気迫る顔で振り絞る。己のすべてを、摩訶不思議の力のすべてを! しかし振り絞られた極彩色の輝きは、直後、赤によってあっさりと塗り潰された。赤はハンカールをも包み込み、その体を歪めるように締め上げていく。「あぁ……」ハンカールは手を伸ばした。そしてミリシャを見た。「ミリシャ……!」

 歪んでいく視界の向こうで、ミリシャは張り裂けんばかりに笑い、血のような赤を吐き出し続けている。「ミリ……シャ……」世界が終わる。そしてミリシャも、ハンカールも、その望みも、その想いも、人々も、そのすべてが──

「あ……れは……?」

 ミリシャの向こうで、一瞬、何かが輝いた。
 その直後、灼熱の光が赤き奔流を貫いた!

「うぉらァッ!」

 その輝きから躍り出た男がミリシャを殴りつける! 「なっ!?」ミリシャは回転し、赤をまき散らしながら吹き飛ぶ。その体から噴き出す赤が、まるで血しぶきのように尾を引いていく。

「!?」

 ハンカールは目を見開いた。その男の胸には輝いている。まるで、青天に轟く霹靂のごとき四字のジュクゴが──それこそは!

天 上 天 下 !

 
(くくく……くくくくく!)
 ハガネの脳裏にフシトの笑いが木霊した。
(くく……懐かしい……実に懐かしい!)

「お前ら! 無茶苦茶やってくれたようだがなぁッ!」

 長髪の男は、太陽のような輝きとともに不敵に笑った。

「世界の終わり? 上等だぁッ! この俺様が止めてやんぜ……この、天上天下のフシト様がなッ!」

【第63話「道化師は嗤う」に続く!】

きっと励みになります。