見出し画像

第61話「造反有理」 #死闘ジュクゴニア

目次】【キャラクター名鑑【総集編目次】
前回
 エシュタの背筋に悪寒が走る。「こいつ……!」その時、ピエリッタの浮かべた表情はあまりにも異質だった。その表情は、笑みと、憎しみと、呪いと怒りとが入り混じった、不気味な恍惚に包まれていた。エシュタの戦士としての勘が危機を告げている。何か、恐ろしいことが起きようとしている。

 ピエリッタは芝居がかった所作で左手を胸に当て、右手をゆっくりと掲げた。そして、その顔に不気味な恍惚を浮かべながら、囁くように、謡うように声をあげた。

「さぁ……同志諸君。はじめようではないか。創世大戦を」

「グルグルグラァッ!」

 咆哮とともに剣の山から降り立った巨大な影。それは金属のような光沢ある皮膚で覆われた、野獣のごとき大男であった。

「ふん……気に食わんな」男の肩から襤褸をまとった女がひらりと飛び降りる。その眼差しは鋭く、冷たい。女は長い黒髪をかきあげながら、横たわるカガリを見つめる。「無様だ……小娘」

 男を見てゴンタは目を丸くする。

「お、お前は……カガリねぇちゃんと戦っていたやつ……!」
「グルグル……」男は喉を鳴らし、ゴンタを見た。
「な、なんだよッ!」
「……グルグラグラッ!」

 獰猛な笑いだった。その首筋。そこには刻まれている──

銅 頭 鉄 額

 猛々しき、四字のジュクゴが!

 傍らの襤褸を纏った女は顎をつきあげ、見くだすようにゴンタたちを眺めて言った。

「貴様ら……テロリストだな?」

 冷たく、尊大で、妖艶。その女の胸元には輝いていた──

剣 山 刀 樹

 それは禍々しき四字のジュクゴである!

「あーあー……ちょっといいか?」

 頭を掻きながら、二人の前に男が立ち塞がった。造反有理のリオ。その肩には少年を担いでいる。少年は死んだように沈黙している。

「なんだ貴様は」

 そう言う女を、リオは下から覗きこむように睨めつけた。啖呵を切るような調子で「まず第一に!」そして、声を落として続ける。

「……ひとこと、言わせてくれ。この剣の山。あんたがやったんだよな? まぁ助かったぜ、ありがとな」

 顔をあげ、ギラリとした笑みを浮かべる。「そして第二に……」二人の強大なジュクゴ使いを前にして、大胆不敵にも言い放つ。

「人に尋ねるなら、まずお前らが名乗れよ。常識だろーが、おい」

 銅頭鉄額の男が目を見開き、直後「グラグラ!」愉快そうに笑い出した。剣山刀樹の女は鼻を鳴らして冷たく目を細める。「無知なモグリが」髪をかきあげ、胸を反った。

「このジュクゴを見て、私が誰かもわからんのか……バカめ!」
「あぁ、知ってるぜ」

 リオは女に顔を近づける。

「剣山刀樹のミツルギ。最低最悪、言語道断の虐殺者。クソったれのミツルギってのはてめぇだろ?」
「……貴様」

 女の目つきがどろりと剣呑な色を帯びた。リオはさっと体を離し、続いて銅頭鉄額の男を指さす。

「で、そっちのおっさん! あんたが銅頭鉄額のアイアーンってわけだ」
「グラグラ……おもしろい」

「うわわ……」ゴンタはつばを飲んだ。殺気立ったジュクゴ力が渦巻いている。ミツルギとアイアーンの表情が、みるみるうちに残忍さで歪んでいく。

「第三に!」

 リオは、二人を制止するように手を伸ばした。「俺たちは!」まるで、その場にいる全員に見せつけるようにぐるりと回転し、そして、見栄を切って吠えた。

「ここにいる全員は……今から俺の戦友(ダチ)だ!」

「「「……は?」」」

 それは余りにも突拍子もなく、余りにも場違いな一言だった。その場にいる誰もが唖然とし、そして沈黙した。こいつはいったい、何を言っている……?

「……お前はバカなのか?」

 ミツルギが呆れたように沈黙を破る。「グラグラグラァ!」アイアーンが腹を抱えて笑いだした。「なんだこいつは! まったく! 意味がわからん!」

「いーや、お前たち全員にわかってもらうぜ!」

 腕を組み、胸をはる。

「あらためて自己紹介をさせてもらう!」

 その左目の下に刻まれた、造反有利の四字が流れる涙のように煌めいていく。

「俺はリオ。造反有理のリオ。俺はなぁ……偉そうにしてるやつらが大嫌いだ! 他人を踏みにじり、ふんぞり返ってるようなやつら! ことごとく、ぶん殴ってやりてぇ!」

「はっ、何を言い出すかと思えば……くだらん」

 ミツルギが鼻白む。あまりにも度し難い言動だ。しかしリオはなおも続ける。

「そういうやつらは実際ぶん殴る。連中には思い知らせてやるのさ……俺の、俺らの、踏んづけられている人間の、怒りを、強い衝動をな。だから俺はここに来た」

 リオは天空に浮かぶジンヤを指さす。

「つまりはあいつらだ! 気に食わねぇやつら! だから俺はあいつらを地べたへと引きずり下ろす。そして……」その手を掲げたまま、強く握り締めた。「しこたまぶん殴ってやる!」

 リオの言動は滅茶苦茶だった。だが、なぜかミツルギもアイアーンも、まるで魔法にかかったように思考が停止していく。ミツルギは辛うじて、口を開いた。

「……貴様、誰にものを言っているのか理解しているのか? 私は……」
「あぁ、理解しているぜ、ミツルギさん。元ジュクゴニア帝国の将軍さま。あんたも、そこのおっさんも、負けちまってもう帰る場所がねぇ。そうだろ?」
「貴様……ッ」
「そして、納得してねぇ……あんたは今の自分に納得してねぇ!」
「…………!」
「そうだろ? なぁあんた、なんで俺らを助けた? いや、俺らじゃねぇな。そこに横たわってる女だ。そいつを、なんで助けようとした?」
「……気に食わんからだ」
「ははっ! そうだろ、気に食わない! 俺らは見てたぜぇ! あんたはその女に負けた! だから自分以外のやつに殺されるのが気に食わない……そういうことだろ? わかるぜぇ。だがなぁ……」

 リオはギラリと笑った。

「ジュクゴニア帝国は、そういうのを許さねぇだろ」
「う……」
「ジュクゴニア帝国がある限り、あんた、このまま一生逃げ続けるしかねぇよなぁ」
「くっ……」ミツルギは唇をかみしめて沈黙した。

「おっさん!」
「グラァ?」
「あんたはどうなんだ。あんただって一緒だろぉがよ!」
「グ、グムゥ……」

「理解したか? この場にいる全員、生き残るには……」リオは再び天空を指さした。

「ぶっ潰すしかねぇんだッ!」

 客観的に見るなら、無茶苦茶な論理だった。出鱈目。荒唐無稽。傍若無人。失礼千万。普段であれば一笑に付したはずの糞論理。しかしこの時、ミツルギも、アイアーンも、なぜかその言葉に揺さぶられていた。そして、奇妙なことにリオに惹かれ始めていた。

(ふっ……さすがだ、リオ)

 リオの後ろで腕組む男、神機妙算のジニは静かに考え続けている。

(リオの言葉は、行動は、世界から肯定される。それが叛逆の論理に則っている限りは、何があろうと絶対に……それがリオだ。それが造反有理だ)

「リオ」
「あーん?」
「俺の計算によれば、そろそろ動かねばならん」
「あー、そうかい、天才くん。了解だ。ではダメ押しと行こうじゃないの」

 リオはその肩に担ぐ少年を両手で抱えると、天高く担ぎ上げた。

「見ろ! これが俺らの……切り札だッ!」

 その瞬間、瘴気渦巻き黒雲吹きすさぶ荒野に、天空から一筋、光が差し込んだ。光は神々しく、少年の姿を照らし出していく。

「は……? ばばば、バカな……そ、その御方は……」

 ミツルギの顔が瞬時に蒼白となる。

「グ……グラッ……グラァ……」

 アイアーンは驚愕し、気が抜けたようにふにゃふにゃと腰を落とした。

「あぁぁ……?」

 ゴンタは、その少年の放つ異様な迫力に震えが止まらなかった。

「なんなんだ……いったいなんだってんだい……」

 力尽きたはずのステラが、その圧力の前に思わず身を起こす。

 少年は死んだように眠っている。その双眸は潰れ、惨たらしく血を流している。しかしその傷の下では、力強い光が脈動していた。それは二字のジュクゴだった。

 最強。

 圧倒的な破壊をもたらす、真に畏怖すべき極限の二字。

「ははっ! 安心しな。こいつはすぐに目覚めることはねぇだろうよ。だがな」

 造反有理の四字が力強い輝きを放った。

「俺は絶対、こいつとも戦友(ダチ)になってやるぜ!」

【第62話「天上天下」に続く!】

きっと励みになります。